空間が歪んだ直後、ハジメ達の周囲では何百隻もの帆船が二手に分かれて相対し、甲板では武器を持った人々が雄叫びを上げていた。
「私、夢でも見てるのかな?」
やがて、空中へと放たれた火花が弾けたのを合図として、何百隻もの船団が動き出す。ハジメ達が乗る船と相対する側の船団も同様だ。
二つの船団は距離を詰め、ある程度まで近づくと魔法の撃ち合いを始める。火炎弾や竜巻、石化させる灰色の球が殺意と共に飛び交っていた。正に戦争である。
まるで映画でも見るような感覚だが、この空間はハジメ達を傍観者にしてくれない。向こう側より飛来した火炎弾がハジメの方にも来たのだ。このままでは直撃コースである。
『エーテルバイザー、オンライン』
状況は飲み込めていないが、危険が迫っているのは事実。ハジメは咄嗟にアームキャノンを指向し、エーテルバイザーで可視化した魔法の核を狙い撃つ。
飛翔したビームは寸分の狂いなく火炎弾へと向かっていく。そのまま、魔法の核を撃ち抜くと思われたが……
「何だと?」
ハジメは驚く。目の前で起こったのは、確かに狙って撃ったビームが火炎弾の核と交差したはずなのに、そのまますり抜けて彼方へと消えていく光景だった。
「防ぐよ! “光絶”!」
それを見た香織がバリアを展開して自分達を包み込む。こちらの迎撃をすり抜けてしまった正体不明の攻撃なので、念のため盾となるように彼女の前に立っておく。
しかし、ハジメの心配は杞憂に終わる。彼女の魔法はしっかりと火炎弾をガードし、二人に当たることはなかった。射撃ミスでもしたのかと再び飛来した火炎弾を撃つも、やはりすり抜ける。
「私も撃ってみるよ」
香織が聖弓を構え、火炎弾に向けてライトアローを放つ。すると、火炎弾は一筋の光に射貫かれて消失した。
「どういうことだ?」
香織の放つライトアローなら効果があることが分かり、彼女が迎撃を続けてくれる。ハジメのビームと香織の聖弓、その違いを考えたところ……
「魔力……か」
聖弓より放たれた矢は魔力によって構成されているが、ハジメのビームは特に何もしなければ純粋な生体エネルギーのみで構成されて発射される。
ハジメは早速、魔力操作を行って発射されるビームに魔力を混ぜる。通常のビームに赤いベールを纏わせた魔力混合ビームは火炎弾とぶつかり、そのまま迎撃に成功した。
「ハジメ君、魔力の有無が関係しているってことだよね?」
「そのようだ。ただの幻影ではないが、現実というわけではない。そして、魔力を伴った攻撃ではないと対抗できない。厄介だが、仕組みが分かれば対処は可能だ」
迎撃を続行していると、すぐ後ろで苦悶の声が上がる。振り返ると若い男が腹部を抑えて蹲っており、足元に血溜まりと血濡れの氷柱が見えた。腹部に被弾したのだろう。
幻影なのは分かっていたが、怪我人を前にして香織は思わず駆け寄って回復魔法を行使してしまう。彼女の腕なら確実に治せるが、その青年は回復魔法を掛けられると同時に光となって離散してしまった。
「え、えっ? どうして……」
「香織、どうやら魔力を伴っていれば攻撃ではなくとも効果があるらしい」
「わ、私、回復魔法で人を……こ、殺……」
「落ち着け、あれは幻影だ。君はまだ、誰一人も殺していない」
「そ、そうだったね……ごめん、取り乱した」
混乱する香織をハジメは落ち着かせる。幻影とはいえ、人を助けるための回復魔法で人を殺したのはショックが強すぎたようだ。
「香織、敵は火炎弾だけではなさそうだ」
周囲を見渡せば、敵の船団に対して攻撃する兵士に紛れ、何人もの兵士が正気ではない瞳で二人を見ていた。直後、彼らは四方八方から一斉に襲いかかってきた。
「全ては神の御為にぃ!」
「エヒト様ぁ! 万歳ぃ!」
「異教徒めぇ! 我が神の為に死ねぇ!」
そこにあったのは狂気だ。血走った眼に、唾液を撒き散らしながら絶叫を上げる口元。明らかにマトモではない。
幻影空間の中で行われていたのは、宗教戦争らしい。相対する船団からも怒号や雄叫びが聞こえ、呼ぶ神の名が異なるだけで全く同じだった。その狂気に香織は気圧されて呆然と立ち尽くしていた。
「背中は任せた」
「ちょ、ハジメ君!? あぁ、もう!!」
ハジメが魔力混合スペイザービームによる迎撃を開始し、呆然していた香織も慌てて背中を守るために聖弓を構える。
聖弓より一度に放たれるのは、三本の矢だ。香織の意思に従って分裂したライトアローはそれぞれの目標を貫通し、その背後の兵士すら射貫いて一瞬で離散させる。
「香織、飛ぶぞ」
狭い甲板の上で四方八方を囲まれるのは不利だ。ハジメは香織を抱えて跳躍し、マストの上にある物見台へと飛び移る。
物見台の上には弓を構えた兵士がいたので、魔力を纏った蹴りで蹴り落として安全を確保。下を見ると、狂気に彩られた兵士達が血走った眼でハジメ達を見上げていた。
どういうわけか、敵国同士で争っている兵士達は二人を狙う時だけ敵味方の区別なく襲ってくるようだった。先程まで目の前の敵と相対していたはずの兵士が、突然動きを止めて機械のように首を捻り、ハジメ達を凝視して直後に群がってくるのだ。ホラーな光景に香織も真っ青だ。
「ハジメくん、この変な空間から抜け出すにはどうすればいいと思う?」
「この場にある船の何処かに脱出口はありそうだが、この空間に約六百隻はある……戦いながらは困難だ」
「なら、この戦争を終わらせればいいんじゃないかな?」
「なるほど……それだ」
この場にいる兵士を全てぶちのめせば、こちらを襲ってくる存在はいなくなる。香織にしては随分と脳筋だった。
「香織、広範囲を一度に回復できる魔法はあったか?」
「まあ、一キロ四方くらいなら大丈夫だけど、短くても二分くらいは準備の時間が必要で……」
「大丈夫だ、それまでの時間稼ぎは俺に任せてほしい。頼りにしてるぞ、香織……」
「ありがとう。私、頑張るから」
そして、甲板に転がる臓物や手足、頭部を踏み越え、兵士達は神の名を叫びながら特攻を仕掛けてくる。彼ら同士の戦いでは流血するのでかなりスプラッタな状態だ。
『スペイザー、オンライン』
『ビームバースト、オンライン』
ハジメは群がってくる兵士達をビームバーストで薙ぎ払う。アームキャノンからはマシンガンの如くビームの嵐が撒き散らされ、たった一人で大群の進行を食い止める。
ビームバーストは魔力を使用するアビリティだ。そのため幻影に対しても効果があり、ハジメの武装の中で最も手数があるので最適だった。
制限時間があるので通常の魔力混合ビームの使用も挟みつつ、香織が詠唱する時間を稼ぐ。隣の船から飛び移ってくるので敵が途絶えることはない。
やがて、隣の船の上空に巨大な火球が現れる。おそらく最上級魔法であり、何人もの術師が手を掲げていた。どのように迎撃しようかと考えた時、香織の詠唱が完了した。
「もの皆、その腕に抱きて、ここに聖母は微笑む “聖典”!」
直後、香織を中心に光の波紋が一気に戦場を駆け抜けた。脈動を打つように何度も広がり、半径一キロメートルの敵を一人一人包み込む。
最上級回復魔法“聖典”は超広範囲型の回復魔法だ。その範囲は術師の魔力量と技量に左右されるが、最低でも半径五百メートルといったところ。本来なら数十人で長い詠唱、巨大な魔法陣が必要だが、香織は単独かつ一分から二分で行使できるので、チートの域に達していた。
“聖典”の光に戦場が包み込まれ、幻影の兵士達は全て消滅する。その効果が終わると、魔力の枯渇で香織はふらつくが、すかさずハジメが支えに入った。
「ねえ、ハジメくん。私、役に立ててるかな…」
「あぁ、もちろん。活躍していた」
「でも、私は足手まといになってて……」
「そんなことはない。俺は君のように魔法は使えない。まして、回復魔法で大勢を癒すことはできやしない。それが出来るのは俺達の中で君だけだ」
香織は劣等感を感じていたことを吐露する。だが、ハジメは香織にしか出来ないことがあるのだと語った。
「香織、魔力があればまだ動けるか?」
「うん、まだやれるよ」
事前に渡されていたエーテルタンクからの補給を終えた香織は、再び立ち上がった。幻影の軍勢はまだ残っている。二人は迫り来る軍勢との戦いを開始した。
物理攻撃の通用しない、恐れを知らない狂信者の軍勢。それと狭い船の上で戦うなど、普通なら厳しい状況。だが、ここにいるのは規格外の二人だ。一時間後、二国の大艦隊はたった二人の人間によって殲滅されたのだった。
「うっ……」
「大丈夫……ではなさそうだな。まさか、あんな光景を見させられることになるとは……」
吐き気を堪える香織。彼女がこんな風になったのは、先ほどまで見されられていた幻影によるものだ。
それは、船団の中でも最大の船に降り立った時だった。空間が歪んで現れたのは豪華客船であり、立食式の料理が並んでいて人々が談笑している、パーティーの光景だ。先ほどの凄惨な光景とは程遠いものである。
人々の会話を聞いてみると、これは終戦を祝う海上パーティーらしい。人間族だけでなく亜人族や魔人族もおり、種族関係なく談笑していた。
しかし、現在の状況を考えると、この和平も神の介入で崩壊することになるのだろう。このパーティーが凄惨な光景に変わる可能性は十分にあった。
やがて、人間の王が現れて演説をする。最初は和平への喜びや和平への足がかりとなった事件、すれ違い、疑心暗鬼、それを覆すためにした無茶の数々、そして、道半ばで散っていった友……とても感動的な演説だったのだが、王は豹変する。
突然、これまでの話を完全にひっくり返したのだ。彼は熱に浮かされたように演説を続け、亜人族と魔人族の存在を否定し、天を仰いで哄笑を上げた。
「さぁ、神の忠実な下僕達よ! 獣共と異教徒共に裁きの鉄槌を下せぇ! ああ、エヒト様! 見ておられますかぁ!!!」
嫌な予感はしていたが、ここまで早く崩壊してしまうとは想定外。王の恍惚とした表情を見るに、間違いなく神に洗脳されたのだろう。
ここから始まるのは殺戮だ。船員に扮した兵士が現れて乗客を包囲し、各国の重鎮や異種族を一方的に皆殺しにし、海に逃げた者も待ち構えていた兵士によって殺される。豪華客船は地獄へと変わった。
そして、空間が歪んで元の朽ち果てた豪華客船へと戻った。どうやら、解放者はこれだけを見せたかったらしい。
「香織、少し休め」
「ううん、大丈夫だよ。ちょっと、キツかったけど……それより、あれで終わりかな? 私達、何もしてないけど……」
「あれでいいんだ。信仰心の行き着く果てにある凄惨さを知らせることが目的なんだろう。その上で船を探索させる……本当に趣味が悪いな」
ハジメと香織は出口を求めて船内へと足を踏み入れる。中は完全に真っ暗で、光源はハジメのパワードスーツのみという状況である。
ハジメは技能があるので大丈夫だが、香織はそうはいかない。そこで、香織は輝く光球を浮かべる魔法を発動して船内を照らした。
「さっきの光景……終戦したのに、あの王様が裏切ったっていうことかな?」
「おそらくは……だが、王の様子がおかしかった。あの王に対する人々の親愛の込められた眼差しといい、内心であのように思っていたとして、魔人族や亜人族から慕われるとは思えない」
「やっぱり、洗脳されちゃったのかな……」
「そうでなければ説明できない。あの変わり様は……」
「イシュタルさんみたいだったよね。何か気持ち悪かったし……」
二人であの凄惨な光景を考察しつつ船内を進むと、光球が前方にある白くてヒラヒラしたものを照らし出す。それは、白いドレスを着た女の子であり、ペシャと廊下に倒れ込んだかと思うと、手足の関節を有り得ない角度で曲げ、まるで蜘蛛のように手足を動かし、真っ直ぐハジメ達に突っ込んで来た。
ケタケタケタケタケタケタケタッ!
女の子?は奇怪な笑い声を上げ、前髪の隙間から炯々と光る眼でハジメ達を射抜きながら迫る。まさにどこかの都市伝説のような感じだ。
「はあっ!?」
「いやぁあああああああああああ!!!!」
突然の出来事に悲鳴を上げ、香織はハジメにしがみつく。そのまま怪異は二人に向けて飛び掛かってくるが、魔力を纏わせたアームキャノンによる打撃を受けて盛大に吹き飛び、壁や廊下に数回バウンドしたあと、廊下の奥で空間に溶けるように消えていった。
「今のは驚いたな。こういった系統は好きじゃない」
「私は無理……反撃できるなんて凄いよ……」
「しばらく同じようなのが続くと思うが、もう少し頑張ってみよう」
「う、うん……」
その後も怪異による襲撃は続いた。生首と斧を持った男に、バイオでハザードなゾンビ軍団、大きな鉈を担いだ三角頭といった、香織の苦手なホラー的連中のオンパレードであったのだが、香織は悲鳴を上げながらも聖弓と回復魔法によって撃退しまくっていた。
やがて、二人は船倉に辿り着く。ハジメが先行して扉を開けて突入し、その後に香織も続こうとしたのだが、その前に扉がバタンと勢いよく閉まってしまった。
「ちょっ!? ハジメくん!?」
香織は慌てて扉を叩くが、返事はない。ハジメが簡単にくたばるとは思えないので、魔法で空間ごと分断されてしまったのだろう。
「ど、どうしよう……え?」
すると、周囲に霧が発生して視界が悪くなり、香織の不安を倍増させる。恐怖から体を震わせるが、そんな彼女の肩をツンツンとする誰かがいた。
「は、ハジメくん……じゃない?」
最初はハジメかと思ったが、彼に触られる感覚ではないと直感で悟る。何なら、全く温かみを感じないどころか冷たく、鋭いのだ。
油を差していない機械のように背後を振り返ると、体長が五メートルくらいある翼竜やドラゴンのような幽霊の姿が。それが大きな手で掴みかかってきたのと同時に、香織は意識を手放した。
「ギィャャァォォォッ!!!」
そして、船倉にて何者かが雄叫びを上げるのであった。
前作ではあっさりと終わった幻影空間での戦いですが、今作ではボスを生やしました