魔装潜闘艇が送り届けてくれたのは、海上の町エリセン近郊の無人島だった。砂浜に乗り上げた船体から全員が降りた後、潜闘艇は転移して帰っていった。
「あの、ハジメさん……迷宮を攻略したということは、私を二人目にしてくれるってことでいいんですよね?」
帰還して初っ端に話を切り出したのはシア。それは、シアが海底遺跡を攻略できれば彼女をハジメの二人目の嫁にするという約束についてだ。
「あぁ、そうだ。俺は約束を破らない。香織も、異論はないか?」
「うん、大丈夫。シアちゃんはいい子だから、信頼してるよ。一緒にハジメくんのこと、支えようね?」
「カオリさんも大好きですぅ!」
嬉しくなったシアは香織に抱きつき、流れるようにハジメにも飛びつく。そして、ハジメのことを上目遣いで見た。
「シア、何かしてほしいことでもあるか?」
「そうですね……だったら、私と手を繋いで砂浜を散歩してほしいですぅ。カオリさんも一緒で……」
「わ、私もいいの?」
「はい!ハジメさんを両側から挟みましょう!」
そして、砂浜の散歩が始まる。右側に香織、左側にシアがおり、両側から手を繋いでハジメを拘束している。なお、途中から香織は腕を絡ませてハジメに密着しており、単純に手を繋いでいるだけのシアを一歩リードしていた。
「カオリさん、ズルいですぅ」
それを見たシアは、負けじと腕を絡ませて密着する。右側には丁度いい大きさのモノが、左側には包み込んでくれる柔らかなモノが当たり、ハジメは左右で異なる感触を味わうことに。
「あ、カニさんがいますよ!!捕まえてきます!」
だが、シアはカニを見つけるとハジメから離れて捕まえに行ってしまう。まるで子供である。
「おい、シア。ハサミには気を付け……」
「手がっ!手がぁぁぁぁあっ!」
時すでに遅し。シアの手がハサミでガッチリと挟まれ、無様に転げ回っている。
「あぁ、言わんこっちゃない……」
「あはは……」
「ハジメさぁん!助けてください!」
見れば、今度はウサミミまでもが挟まれている。見かねたハジメは取ってあげることにした。
「取ってやるから動くな。いいか、カニは甲羅を掴んでやれば挟まれることはない」
「はい…面目ないですぅ」
「ふふっ、いいコンビだね」
三人は砂浜での散歩を続ける。その様子をティオと幸利が眺めていると……
「姫殿下、そしてユキトシ。魔人族に不穏な動きあり。王都への侵攻の可能性が高くなった」
突然、ワープゲートが開いて二人の背後にノクサスが現れる。どうやら、不穏な気配を察知したらしい。
「師匠じゃねえか」
「ノクサス殿、それは真か?」
「そうだ。王都近郊にて巨大な魔法陣が密かに作られている。おそらく、空間転移魔法だろう」
ノクサスはウルの後、様々な場所に潜伏して情報収集に専念していた。その最中、彼が掴んだのは魔人族が王都に侵攻する気配だった。
「それ、破壊した方がいいんじゃ?」
「しかし、魔人族が王都を攻めるのは自然なことだ。我らは侵攻に乗じて暗躍する存在への対処に集中すべきだ。無論、自衛と称して魔人族と戦うことはあり得るだろう」
「そうじゃな。侵攻が起こらぬ限り、そういった存在を表舞台に引き摺り出すことはできぬ」
「これは、大仕事になりそうだ……」
翌朝、海上の町エリセンの一角にあるマリーディア邸の一室に朝日が差し込む。それに照らされてベッドから身体を起こしたのはハジメだった。
「ふう、色々と搾り取られたな……」
ハジメは昨晩のことを思い出す。香織だけではなく、香織に招かれたシアが二人がかりで襲ってきたのだ。
強い戦士であるハジメであってもベッドの上では無力であり、二人を悲しませたくないハジメには受け入れる以外の道がなかった。
なお、シアはこういったことには不慣れなのか、事あるごとに顔を真っ赤にしていた。それとは対照的に香織が積極的だったりして、何処から仕入れたのか不明な知識でシアに手ほどきしている。
「ハジメくん、おはよう……」
「おはようございますぅ……」
やがて、香織とシアが目覚めた。どちらも生まれたままの姿であり、何ならハジメも例外ではない。体を覆うものはタオルケットくらいだ。
「あぁ、おはよう。香織、シア」
「ごめん、ハジメくん。昨日の夜は……」
「まさか、夜のカオリさんがあんなに凄いなんて思っていなかったですぅ……」
「特に気にしていない。取り敢えず、服を着ようか」
三人はベッドから出ると一斉に着替える。いつも通りの服装に戻ったのと、部屋のドアが開いてユエが出てきたのは同時だった。
「お母様、そしてシア。昨夜はお楽しみだったようで」
「ユエちゃんの教えてくれた知識のおかげだよ。ありがとう」
「え、ユエさんの知識だったんですか?」
「実践したことはないけど、知識だけならある」
どうやら、出処はユエだったらしい。彼女は長生きであるし、王族としての教育をされる中で知識を得ることもあったのだろう。
「お父様、今日は要望がある」
「何だ?」
「ん、お父様とお母様を独占したい。三人だけで町に出たことがないと思ったから」
そして、ユエは要望する。ハジメ、香織と共にエリセンの町に出たいのだという。
「シア、二人を借りてもいい?」
「いいですよ。私が邪魔をするわけにはいかないですからね」
こうして、エリセンの町を三人で散策することが決まった。
エリセンの町は巨大な人工の浮島がいくつも組み合わさって構成されていた。広大な海が無限の土地となるので、全体的にゆとりがあって拡張性が重視されている。
港にはいくつもの漁船が停泊し、近海には養殖用の網が沈められているのが分かる。話を聞いてみたところ、水中で呼吸が可能な海人族の特性を活かして素潜り漁をしたり、魚を網まで追い立てるといった漁をしているようだ。
そんな漁業が盛んな町の中をハジメとユエ、香織は歩いていた。ハジメがユエを肩車し、香織と手を繋いでいる状態だ。三人が見つけたのは、貝殻や珊瑚を使ったアクセサリーの露店だった。
「わあ、綺麗だね……」
「ん、お母様に似合いそう」
店主は海人族だ。自ら素潜りして採ってきた貝殻や珊瑚、蟹を加工した品々であり、ハイリヒ王室に献上したこともあるのだと自慢げに語っていた。
「ねえ、ハジメくん。どれが似合うと思う?」
「そうだな……」
ハジメは熟考する。お洒落というものに慣れていないハジメだったが、香織のためなので頭をフル回転させた。その末、ハジメが決めたものとは……
「ありがとう、ハジメくん。とっても可愛らしい髪留めだね」
その後、香織は二枚の貝殻を組み合わせた蝶々のような髪留めを着けていた。後ろから見れば、綺麗な蝶々が止まっているように見える。
「気に入ってくれて良かった」
「ハジメくんが頑張って選んでくれた。それだけで私は嬉しいよ」
「ん、お母様とお揃い……」
ユエもまた、香織に買ったものを小さくしたような髪留めを買ってもらった。小さな貝殻で作られており、シジミチョウのようだった。
町を散策する中で、彼らは見覚えのある食べ物にも出会った。
「見て、ハジメくん!寿司みたいなのを出しているお店があるよ!」
「本当だな。お腹も空いたし、入ってみるか」
ウルにカレーモドキがあったように、当然ながらエリセンには寿司モドキが存在していた。米はウル産であり、漁業が盛んなエリセンの町とのコラボレーションだ。
「スシ?たしか、お父様とお母様の故郷の食べ物……食べるのが楽しみ」
やがて、三人はモドキとはいえ寿司に舌鼓を打つ。醤油やワサビのようなものもあり、過去に日本人でも来ていたのではないかと思える程だ。
どれも本家にも負けない程に美味しかったのだが、カルフォルニアロールのような変わり種もあり、三人は楽しむことができた。
そこにあったのは、本当の家族のような姿。鳥人族の遺伝子を引き継ぐハジメに、多くを癒す聖女の香織、数百年生きる吸血鬼というバラバラな組み合わせだが、そんな違いは感じられないほどだった。
また数日経って、ハジメ達がエリセンを去る日が来た。桟橋にはミュウやマリーディア夫妻、市民の方々が集まってきている。
ミュウの母親、レミアは旦那に支えられなくとも立てるようになっているのが見える。本当は完治にはもう少しかかる予定だったのだが、そこで神代魔法の出番だ。
香織は入手したばかりの再生魔法を使い、レミアの足を一瞬で治して完全な健康体に戻した。この奇跡は瞬く間に話題となり、後に香織は〈癒しの天使〉と呼ばれて〈豊穣の女神〉と並んで信仰される存在になったとか。
「本当に…本当に…ありがとうございました。娘と再会するばかりか私の怪我まで完治したのは皆さんのおかげです」
「あぁ、僕からもお礼をしたい。あなた方のおかげで、家族が再び一つになれた。本当にありがとう」
深々と頭を下げたのはマリーディア夫妻だ。本当なら家族が二度と会えなくなり、レミアも大怪我を負ったまま寝たきりになっていたかもしれないのだ。二人は感謝してもしきれないと言っていた。
「お師匠、また会えるの?」
「あぁ、また会えるさ。全てが終わったら、また立ち寄ろう。約束だ」
「うん、分かったの!待つのも修行なの!」
この先、ミュウを旅に連れて行くことはできない。【ハルツィナ樹海】を除いた残り二つの大迷宮は【氷雪洞窟】と【神山】となっており、大勢力の真っ只中なのだ。連れて行くなど以てのほかである。
旅が終わったら再び会いに行く約束をし、ハジメとミュウは指切りをする。トータスにこのような文化はなく、ハジメが教えたものだ。再び離れることも修行だと認識してくれているので、ハジメの教育の賜物である。
「うう、ミュウちゃんと離れるなんて悲しいですぅ……」
「シアお姉ちゃん、泣かないの。ミュウがナデナデしてあげるの」
特にシアは悲しそうだ。本当の妹のようにミュウを扱っており、かなり情が移っていたのかボロボロと涙を流していた。これではミュウの方がお姉さんである。
「ユエ、香織、そろそろ行こうか。シアも、ミュウに泣きつくのはそれくらいに……」
「ん、名残惜しい」
「そうだね、ハジメくん……」
ハジメ達は次々と潜水艇に乗り込む。その日、彼らは大勢に見送られて海上の町エリセンから旅立った。