ハジメ達は再びアンカジに足を踏み入れた。ノクサスからの情報提供で王都を目指し、神山を確保するために移動していたのだが、その前に再生魔法でオアシスの汚染を元に戻そうというのだ。
アンカジに戻ると王国の救援部隊やそれに便乗した商人の馬車が列を成しており、要請は通ったようだ。物資には困らないだろう。
もはや有名人なので門番はすぐに通してくれたし、領主への取り次ぎはスムーズである。香織が汚染を元に戻せる手段があることを伝えると、ランズィは身を乗り出す勢いで浄化をお願いしてきた。
やがて、オアシスの湖畔に立って魔法の準備を始めたのは香織だった。ちなみに、再生魔法の適性は香織が最も高く、次がティオ、その次が幸利、最後がユエだ。
ハジメとシアは適性が皆無である。なお、まともに発動できなくてもオートリジェネのような自動回復効果があるらしく、意識すれば傷や魔力、体力や精神力の回復も段違いに早くなるらしい。特にシアはそれが顕著であり、超人と化していた。
香織が詠唱を始める。三分間にも渡る長い詠唱だ。しかし、エリセン滞在中の修行により最初は七分だったところから縮めた成果であり、普通の術者と比べたらチートだった。緊張感が場を支配する中、いよいよ再生魔法が発動する。
「“絶象”」
瞑目したまま、アーティファクトのガントレットを装着した手を突き出して魔法名を呟くと……
次の瞬間、前方に現れた水滴のような淡い光がオアシスの中央に落ち、そこから発生した光がオアシス全体に波及していく。すると、水面から光の粒子が湧き上がって天へと昇り、神秘的な光景が目の前に広がった。
誰もが、その光景に息をするのも忘れて見蕩れてしまう。オアシスを覆った神秘の輝きが空に溶けるように消えた後も、彼らはしばらく余韻に浸るように言葉もなく佇んでいた。
「領主、調べてみてくれ」
少し疲れた様子の香織を支えつつ、ハジメは我を失っていたランズィに促す。彼が慌てて部下に命じて水質調査を行わせると、嬉しい報告が帰ってきた。
「オアシスに異常なし! 元のオアシスです! 完全に浄化されています!」
その瞬間、ランズィの部下達は一斉に歓声を上げる。荷物も書類も全てほっぽりだし、互いに抱き合ったり肩を叩いたりする程だ。ランズィも深く息を吐きながら感じ入ったように目を瞑り天を仰いでいた。
後にこのオアシスは、聖女により浄化された土地として聖地となり、〈聖女教団〉なる謎の組織も誕生することになったとか。
「後は、土壌と作物を浄化できるといいのだが……領主、作物は廃棄したのか?」
「……いや、一箇所にまとめてあるだけだ。廃棄処理にまわす人手も時間も惜しかったのでな……まさか……それも?」
「あぁ、他の仲間も同じことはできるからな。ユエ、清水、ティオさん、行けるか?」
「ん、問題ない」
「妾に任せよ。丹精込めて作った作物を捨ててしまうのも勿体ないというもの……」
「姐さんの言う通りだな」
オアシスどころか汚染された土壌や作物まで復活させてもらえることを実感し、領主は胸に手を当てると深々と頭を下げ、ハジメ達へ感謝の念を伝えた。
早速、オアシスから農地地帯の方へと移動しようとするのだが、不穏な気配を感じ取って足を止める。見れば、遠くからヤケに殺気立った集団が迫ってきており、公国や王国の兵士とは異なる装備を纏った集団が隊列を組んでいた。
それは、この町の聖教教会関係者と神殿騎士の集団だった。彼らは、ハジメ達の近くまでやって来ると半円状にハジメ達を包囲し、白い豪華な法衣を着た初老の男が進み出た。
物騒な雰囲気に、ランズィが咄嗟に男とハジメ達の間に割って入る。
「ゼンゲン公……こちらへ。彼等は危険だ」
「フォルビン司教、これは一体何事か。彼等が危険? 二度に渡り、我が公国を救った英雄ですぞ? 彼等への無礼は、アンカジの領主として見逃せませんな」
フォルビン司教と呼ばれた初老の男は、馬鹿にするようにランズィの言葉を鼻で笑うと、逆に警告してきた。
「ふん、英雄? 言葉を慎みたまえ。彼等は、既に異端者認定を受けている。不用意な言葉は、貴公自身の首を絞めることになりますぞ」
「異端者認定……だと? 馬鹿な、私は何も聞いていない」
「当然でしょうな。今朝、届いたばかりの知らせだ。まさか、異端者の方からノコノコとやって来るとは……クク、何とも絶妙とは思わんかね? きっと、神が私に告げておられるのだ。神敵を滅ぼせとな……これで私も中央に……」
異端認定されることの重さは、信者であるランズィは重々承知している。何かの間違いかと思ったが、どうやら本当らしいと理解した。
「さぁ、私は、これから神敵を討伐せねばならん。相当凶悪な連中だという話だが、果たして神殿騎士百人を相手に、どこまで抗えるものか見ものですな」
司教はハジメ達をこの場で討ち取る構えのようだ。なお、ハジメ達に喧嘩を売るなど馬鹿な奴のすることで、自殺行為にも等しいものだ。
「さぁさぁ、ゼンゲン公よ、そこを退くのだ。よもや我ら教会と事を構える気ではないだろう?」
「領主、あんたはどちらを選ぶ?」
両者から問いかけられ、ランズィは考える。異端認定された経緯は何となく察しており、ハジメ達の持つ力のことを思えば、何と愚かな行為であろうと、中央上層部の正気を疑った。
だが、重要なのはそこじゃない。ハジメ達がアンカジを救った救世主であり、毒に侵された民を癒すばかりか大量の水を用意し、オアシスを蝕む魔物を討伐し、浄化までしてくれたのだ。
ハジメ達には大きな恩義がある。いくら異端認定されたからといって、簡単に彼らを見捨てては恩知らずというもの。ランズィの返答は決まっていた。
「断る」
「……今、何といった?」
「断ると言ったのだ!彼らは救国の英雄!例え聖教教会であろうと、彼等に仇なすことは私が許さん!」
「なっ、なっ、き、貴様! 正気か! 教会に逆らう事がどういうことかわからんわけではないだろう! 異端者の烙印を押されたいのか!」
想定外の返答に司教は驚愕し、言葉を詰まらせながらも怒声を上げる。普通、信者であれば聖教教会の決定に逆らうなどあり得ないことなので、当然だろう。
司教に対してランズィは語る。ハジメ達は公国を救った英雄であると同時に、ウルの町や勇者一行を救い、商業都市の犯罪組織を壊滅させた偉業があるのだと。
「ランズィ・フォウワード・ゼンゲンは、この異端者認定に異議とアンカジを救ったという新たな事実を加味しての再考を申し立てる」
「だ、黙れ! 決定事項だ! これは神のご意志だ! 逆らうことは許されん! 公よ、これ以上、その異端者を庇うのであれば、貴様も、いやアンカジそのものを異端認定することになるぞ!それでもよいのかっ!」
司教は聖職者とは思えない雰囲気で騒ぎ立てる。そこにいたのは聖職者ではなく、神の威光を笠に着るだけの道化であった。
「領主、大丈夫なのか?」
「まさか、貴殿らを見捨てるとでも?もしも、公国を救った英雄を売るような真似をすれば、私が領民に殺されてしまう。部下達も同じ思いだろう」
ランズィの部下達の方へと目をやれば、護衛の武官どころか文官までもが目をギラリと輝かせ、覚悟を示してくれた。
「いいのだな? 公よ、貴様はここで終わることになるぞ。いや、貴様だけではない。貴様の部下も、それに与する者も全員終わる。神罰を受け尽く滅びるのだ」
逆らう構えのランズィ達に対し、司教は容赦なく神殿騎士達に攻撃の合図を送る。しかし、それは未遂に終わった。何故なら、駆けつけてきた領民達が投石してきたからだ。
ハジメ達が異端認定を受けていることを、司教が叫ぶようにして伝えたことで一時的に投石は止むが、直後に放たれたランズィの言葉が状況を動かす。
国を救ってくれた英雄をこのまま殺させてしまうのか、守るのか。その二択を領民達に突きつけ、自身は彼らを守ることを決めたと告げたのだ。
やがて、領民達の意思は投石の再開という形で示される。これがアンカジの意思であり、彼らは教会の決定に逆らって領主ランズィに追従することにしたのだ。
「なっ、なっ……」
司教に対する信頼が元々無かったのかは分からないが、言葉を詰まらせる司教に対して領民達は投石と共に言葉を叩きつける。
「ふざけるな! 俺達の恩人を殺らせるかよ!」
「教会は何もしてくれなかったじゃない! なのに、助けてくれた使徒様を害そうなんて正気じゃないわ!」
「何が異端者だ! お前らの方がよほど異端者だろうが!」
「きっと、異端者認定なんて何かの間違いよ!」
「カオリ様を守れ!」
「領主様に続け!」
「門弟達よ集え!我らがハジメ様のために戦え!」
「カオリ様万歳!この命を散らしてでもお守りするのだ!」
領主達が続々と集まってくる。投石だけでなくフォルビン司教や神殿騎士に対して怒りや敵意をぶつけ、彼らを後ずさりさせてしまう程だ。
「司教殿、これがアンカジの意思だ。先程の申し立て……聞いてはもらえませんかな?」
「ぬっ、ぐぅ……ただで済むとは思わないことだっ」
フォルビン司教は捨て台詞を吐くと、踵を返して逃げ出した。それに神殿騎士達は慌てて付いていき、教会の方へと消えていった。
この日、ハジメ達は自ら戦うことなく、自分達が助けた人々の意思によって助けられたのだった。
領民のランズィやその息子のビィズ、領民達に見送られてアンカジを発ってから二日後、ハジメ達はホルアドへと続く街道に入ろうとしていた。
そこで、ハジメ達は賊らしき連中に襲われている隊商を目撃した。十五人の冒険者と隊商が四十人程の小汚い男達に追い詰められており、彼らはドーム状の結界に閉じ籠もって耐えているようだ。
中々に強固な結界であるとユエは評価していたが、チートスペックを持つ神の使徒でもない限りは長時間の維持は難しい。実際、しばらくすると結界が消失してしまった。
待ってましたとばかりに、賊達は雄叫びを上げて隊商へと襲いかかる。人数差で明らかに不利であり、絶体絶命の危機にハジメ達は助けに入ろうとしたのだが、その必要はなかった。
何故なら……
「ぐあっ!?」
「畜生、どこから飛んできていやがる!?」
突然、隊商の方から飛来した数十本のナイフが賊に襲いかかり、首筋から鮮血を飛び散らせて絶命させていったのだ。さらにはディスクのようなものが飛来し、数人の賊の胴体と頭を泣き別れにしてしまった。
「あの武器は……園部さんに渡した……」
それでも何とかその中を突破できた賊もおり、冒険者の先頭にいたローブの人物を最初の餌食に目定めると、ヒャッハーと叫びながら殺そうとする。
しかし、ローブの人物が漆黒の本を開くと周囲に半透明な四本の豪腕が出現し、迫って来た賊を拳の乱打で殴り殺す。さらには両側に半透明な黒猫が出現すると、何本もの触手を放って後続の連中を串刺しにしてしまった。
それだけではない。想定外の反撃で混乱する賊達の頭上からフードを被った黒尽くめの男が舞い降り、落下する勢いのままに手首から伸びる刃で二人の賊の後頭部を突き刺して処刑した。
その男はうつ伏せで絶命している賊から凶刃を引き抜くと、突然の事態に唖然としている賊達の前で何とも厨二臭いポーズを取って名乗りを上げた。
「ククッ、我が名はコウスケ・E・アビスゲート。闇に生まれ、闇に生き、闇を切り裂く者である!賊徒共よ、我が刃の錆になるがいい!」
彼はサングラスをクイッとすると無駄に華麗なターンを決め、フードを取る。そこに立っていたのは……
「なあ、南雲……あれって」
「あぁ、そのまさかだ……認めたくはないが」
「あ、もしかして……」
ハジメと幸利、香織はその正体に気づいてしまった。認めたくないが、紛れもなく彼だ。
「「「遠藤(くん)!?」」」
まさかのアビスゲート卿がログインしました