ハジメ達が駆けつけると、賊達はアビスゲートを名乗る不審者により全滅させられていた。そして、隊商の方から駆け寄ってくる人影が二つあった。
「南雲!やっと会えた!」
その一人は園部優花だ。ハジメに接近すると、勢いよく飛びついてきた。ハジメを探していたようだ。
「これはこれは、丁度いいタイミングだったね」
もう一人は護衛の先頭にいたローブの人物、中村恵里だ。優花と恵里がどうして王都ではなく、こんなところにいるのか疑問だった。
「園部さん、中村さん、何があった?」
「愛ちゃん先生が……愛ちゃん先生が……!」
「優花ちゃん、ちょっと落ち着こうか。これじゃあ話もできやしないよ」
優花はかなり慌てており、先生に何か起こったことだけが予想できた。これでは話にならないので、恵里が魔法で落ち着かせた。
「実は、愛ちゃん先生が攫われたの……」
「何だって?誰に?」
「それについては、私がお話ししましょう」
さらに、隊商の方から誰かが歩いてくる。小柄で目深にフードを被り、小鳥が鳴くような可愛らしい声の人物だ。フードを取ると、そこには金髪の美少女がいた。
「リリアーナ王女?」
「嘘……どうしてリリィが?」
「お久しぶりです、ナグモさん、カオリ……」
目の前に現れたフードの人物は、ハイリヒ王国王女リリアーナ・S・B・ハイリヒその人だ。彼女は結界魔法に長けており、隊商を結界で守っていた張本人でもある。
「あの結界、見覚えがあると思っていたけれど、本当にリリィだったんだね」
「こんなところでカオリに会えるとは思いませんでした。僥倖です。私の運もまだまだ尽きてはいないようですね」
「それで、先生が攫われたとのことだが……」
「ええ……それは、ナグモさんとシミズさんが異端認定された日のことでした……」
その日、リリアーナは王宮の空気に違和感を覚えていた。父親のエリヒド国王や宰相、重臣達がこれまで以上に聖教教会に傾倒し、狂信的に“エヒト様”を崇めていたというのだ。
魔人族の暗躍が相次いで報告されていることから、聖教教会との連携を強化するため、やむを得ずこのような振る舞いをしているのだと解釈することも可能だが、彼女はそう思えなかった。
何故なら、違和感はそれだけでは無かったからだ。王宮に詰めている騎士や兵士に生気のない者が増加しており、受け答えはしっかりするがどこか機械的だったとか。
そして、異端認定された日に違和感は確信となった。国王はハジメ達の功績や知名度のある愛子の異議すら無視して異常なスピードで強行採決が為されたのだ。
当然、リリアーナも父親へ抗議したが、何を言ってもハジメ達を神敵とする考えを変えることはなく、それどころか信仰心が足りないことを咎められ、敵を見るような目を向けられた。
このような父親は初めてだった。これまで、エヒト神への信仰や神のご意志といったものを前面に出すということはほぼ無く、リリアーナの意見にも優しく耳を傾けてくれたのだ。
もはや、以前の父親は死んだ。国王のことが恐ろしく思えたリリアーナは受け入れた振りをすると逃げ出し、立ち去った愛子を追いかけて異変について相談したという。
そして、夕食の席で世界のことやハジメの旅の目的について話すということで、リリアーナは同席することになっていた。しかし、彼女は目撃してしまう。銀髪の修道女が愛子を拐う瞬間を……
「銀髪の修道女か……」
ハジメが真っ先に思い浮かべたのは、以前戦った真の神の使徒だ。彼女達は全ての個体が銀髪であり、愛子を拐ったのもその一体だと思われた。
「はい。私は恐ろしくなって咄嗟に王族専用の隠し通路に逃げ込みました。仕込まれていた気配遮断のアーティファクトがなければ、私も見つかっていたでしょう……」
リリアーナはその時を思い出し、自分の体を抱きしめて恐怖に震える。もはや、彼女は才媛と呼ばれる王女ではなく、年相応の女の子になっていた。その様子を見て、香織は優しく彼女を抱きしめた。
「おそらく、あの修道女はこの事態の黒幕と繋がっています。何処に監視の目があるか分からず、おそらく使徒の皆さんは見張られていて、王宮内部の人間すら信用できず、貴方達に助けを求めようと脱出したのです」
そこで、リリアーナが思い出したのは香織という頼れる友人と、共にいるであろうハジメの存在だ。王都の外であれば監視がある可能性は低く、異変の影響も少ない。そう判断した彼女は、二人を頼るためにアンカジを目指したのだ。
「大変心細かったのですが、偶然にも王都外に出ていたエリさん、ユウカさん、ええと……コウスケさんと出会いまして、護衛をお願いしたのです」
そこでリリアーナが出会ったのは、今も同行している三人だ。ハジメがホルアドを去った後に彼らは集まって独自に鍛錬を重ね、その日は王都外に出て実戦をしていた。そして、リリアーナは三人と共に隊商へ便乗してアンカジを目指したのだ。
「取り敢えず、先生を助けよう。おそらく、先生が拐われたのには俺にも一因がある」
ハジメから聞いた世界の真実を話そうとしたため、愛子は真の神の使徒により拉致されたのだろう。それがハジメの見立てであり、責任を感じていた。
「お話しは終わりましたかね、殿下」
すると、便乗していた隊商を率いる商人がやって来る。その顔には見覚えがあった。
「たしか、モットーだったか?」
「ええ、ユンケル商会のモットーでございます。お久しぶりですな、随分と活躍なされているようで……」
「まさか、ここでまた会うとはな」
「危ないところを助けて頂くのは、これで二度目ですな。貴方とは何かと縁がある」
それは、ブルックの町からフューレンまでの護衛をハジメ達が務めた隊商のリーダー、ユンケル商会のモットー・ユンケルだった。こんな名前だが栄養ドリンクとは関係ない。ハジメの宝物庫やシアを狙っていたので要注意人物でもある。
「できれば護衛をお願いしたいものですが、かなり深刻なご様子……私達のことは気にせずに行ってください。このユンケル商会は殿下のお役に立てて光栄です」
ちなみに、当初は神の使徒である三人を隠れ蓑にする形で王女と悟られないようにしていたのだが、旅の途中でモットーに正体がバレてしまっていた。
リリアーナとしては食事や寝床の面でお世話になったので料金を払うつもりであったが、モットーが受け取りを固辞し、彼は料金の代わりに王族からの信頼という報酬をもらうことになった。
「貴方方は真に信頼に値する商会です。ハイリヒ王国王女リリアーナは、貴方方の厚意と献身を決して忘れません。ありがとう……」
「勿体無いお言葉です」
リリアーナに王女としての言葉を賜ったモットーは、部下共々、その場に傅き深々と頭を垂れる。その後、彼らは予定通りホルアドへと続く街道を進んでいった。
このまま、ハジメは先生の救出のために王都へと向かうつもりであるのだが、その前に気になることがあった。
「ところで、遠藤のあの姿は何だったんだ?」
「あぁ、あれは三人で鍛錬しているときに遠藤くんが頭をぶつけちゃってね……」
それは、単なる事故のはずだった。転んで頭を打ったことが想定外のことを浩介に引き起こした。
「目を覚ましたら遠藤くんが二重人格になっていたのさ。それも、かなり痛々しい中二病ってやつ?」
「一応、“深淵卿”とかいう技能に目覚めた影響みたいだけど、説明がワケワカメだったよね」
「説明しよう!深淵卿は闇よりなお暗き底よりやってくる!闇のベールが解き放たれ、暗き亡者が我に力を与えるのだ!」
と、そこに深淵卿モードの遠藤浩介が現れて説明するが、異世界組は尚の事、誰一人として理解できない。彼と親しい幸利に至っては爆笑していた。
「ぷっ、はははははっ!!何だよそれ、かなり重症な中二病じゃねえか!!!腹がよじれるわ!」
「……という風に言動が強制的に中二病となり、その代わりに段階的な限界突破ができるようになる技能です……あぁ、死にたい……」
なお、浩介はいつの間にか通常モードに戻っていて、体育座りで小さくなっていた。深淵卿モードの記憶は残念ながら保持されており、解除すると一気に羞恥心が襲いかかってきてテンションが深淵まで落ち込む副作用があるのだ。
限界突破のような発動後の反動はないらしいが、恥ずかしげもなく中二病なセリフをぶちまけた記憶で精神的に殺されることになるので、浩介的にはオールオッケーではない。
「なるほど……だが、それを乗り越えれば勇者すら凌ぐ逸材になるかもしれないな。遠藤、まあ…その…頑張れ。応援はしてる……」
「それ、全然励ましになってないじゃん……畜生……」
しばらくの間、浩介は落ち込んだまま動けなかった。
王都へ向けて爆走するジャガーノートの車内にて、話し合いが行われていた。
「取り敢えず、先生を助け出すのは確定だが、クラスメイト達を助ける必要もあるだろうな」
「あぁ、八重樫さんを助けないとな……」
「僕は鈴が心配だね」
「雫ちゃんは勿論だけど、みんな王都に残されてるからね……」
その言葉に地球組の全員が頷く。雫や鈴、光輝や龍太郎、その他の迷宮攻略組、護衛隊の皆、居残り組が王都に残されているのだ。いずれかに親しい者がおり、彼らを連れて王都からの脱出も視野に入れていた。
「私は母上やランデルのことが気がかりです。メルド団長や近衛騎士達、従者の皆さんも無事だといいのですが……」
親しい者が残されているのはリリアーナも同じだ。家族だけではなく仕えている人々のことも心配しており、彼女が多くの人々から慕われる理由の一つなのだろう。
「父上のことは諦めます。優しかった父上は死んでしまったのでしょう……一体、どうしてこんなことに……」
リリアーナの可憐な手がワナワナと震える。まるで生まれたての子鹿のようであり、自分の力ではどうしようもない状況に怯えていた。
「何とも酷な仕打ちじゃ……神により家族との絆を断ち切られてしまうとは……」
ティオはリリアーナに同情し、彼女の手を握る。竜人族への迫害に加担した者達の末裔と思われる相手だが、そんなことは関係なかった。
「リリアーナ王女、俺達は先生と同郷の者達を救出し、洗脳を受けていない王族についても保護する。それでいいか?」
「よろしいのですか?異端認定されたことを恨んでいらっしゃるかと思っていましたが……」
「神を憎めど、人は憎まずということだ。話が通じる余地さえあれば、王国の関係者でもいい」
「安心して、リリィ。私達は力を貸すよ」
「ナグモさん……カオリ……ありがとうございます」
そして、最後にハジメはユエとシアの方を向いて尋ねた。
「ユエ、シア、俺達の我儘に付き合わせることになってしまうが、大丈夫か?」
「異論はない。私はお父様についていくだけ」
「私も同じです。カオリさんのお友達が困っているのに何もしないわけにはいかないですから」
ユエやシアだけではなく、ティオやノクサスも作戦に参加する意思を示した。先生達を救出するため、ハジメ達は一丸となって動き出すのであった。