開戦の直後、三人は魔人族の巧みな連携により分断されることになった。ユエは王都外でフリードと一対一で対峙し、シアはゲートに押し込まれて何処かに飛ばされ、残るノクサスは外壁上に残されてしまった。
「アルヴ様に背き、異教徒についた裏切り者めが!ここで成敗してくれるわ!!」
ノクサスは外壁上にて、灰竜を駆る魔人族の一部隊に包囲されている。皆、彼に対して罵詈雑言を浴びせており、人間族に味方したようにしか見えない裏切り者への態度は厳しいものだ。
しかし、対するノクサスは平然としており、目を閉じて瞑想までしている状態だ。舐められていると感じたのか、それは魔人族の怒りの導火線に火をつけた。
「総員、攻撃を開始せよ!血肉の一欠片も残すな!」
ノクサスを包囲している部隊の隊長は、灰竜の極光による殲滅を指示する。全方向から立て続けに砲撃を受けることになり、只人なら死まで一直線だ。
しかし、魔剣イグニスに選ばれた者は簡単には倒れない。魔を断つ刃を休むことなく振るって極光群を斬り、周囲に投影した幻影剣も駆使して凌ぎつつ、極光の合間を縫って射出した幻影剣で数体を返り討ちにする。
たったの数体が脱落した程度だが、それによりできた包囲の穴をノクサスは見逃さなかった。血色の魔力刃を放って更に散らした瞬間に走り出し、四方八方から攻撃が迫る危険からは脱した。
「逃がすな!追え!」
外壁の上を駆け抜けるノクサスの後ろから灰竜に騎乗する敵部隊が迫り、極光を次々と発射してくる。それはノクサスに当たることはなく全て外壁に着弾し、砕けた石材の破片が飛び散った。
しばらくして、ノクサスはブレーキを掛けて急停止しながら反転し、イグニスを鞘に収めて抜刀術のような構えを取る。幾つかの極光はタイミングをずらされたことで当たることはなく、その後の攻撃については幻影剣で受け流している。
彼が目を閉じて集中すること数秒後、とある神代魔法と魔剣イグニスを組み合わせた大技を使用する。開眼と同時に宙に浮く敵集団に意識を向け、抜刀術の要領で一閃した。
「“次元斬”」
直後、魔人族が密集している空間に無数の斬撃が走る。納刀すると同時に斬撃が通ったラインを境界として空間がずれ、彼らはバラバラに斬り刻まれた。
「何なのだ、この技は!?」
最後方にいた隊長や部隊の一部は、“次元斬”の効果範囲から外れていたことで生存しており、同胞がバラバラにされた瞬間を目撃し、これが人の繰り出す技なのかと驚愕で顔を歪めていた。
“次元斬”は空間魔法を使用し空間をずらすことで相手を切り裂く斬撃だ。ユエの使っていた“斬羅”と原理は同じで、防御力すら無視する凶悪な技である。
だが、魔剣イグニスを媒介とすることで負担や発動までに要する時間はかなり軽減されており、ユエ程の威力や効果範囲はないが、その差すら埋めるアドバンテージを有していた。
「くっ、だが……貴様は空を飛ぶ手段を持たない。その技もそう何度も繰り出せるようなものではない以上、消耗戦ではこちらが優勢だ!」
隊長の言う通りだった。ノクサスは飛ぶ手段を持たないので攻撃が届く距離は限定されており、次元斬も魔力量の関係で何度も出すわけにはいかない技であり、その効果範囲も決して広くはない。距離を取ってアウトレンジ攻撃に徹すれば、勝機はあるように見えた。
「流石に見抜かれるか……しかし、空を飛ぶ手段を持っているのが自分達だけであるとは思わないことだ」
「何だとっ!?お前達、奴に何もさせるな!」
すかさず、隊長はアウトレンジからの攻撃を命じる。再び四方八方から極光が迫るのだが、ノクサスは魔剣を頭上に高く掲げると剣先で円を描く。
その剣先で描かれた円の内部から溢れ出した光がスポットライトのように降り注ぎ、ノクサスを包み込んでその身を変化させていく。あまりの眩さに周囲からは何も見えず、遠くからも観測された程だ。
そして、複数の極光がノクサスに着弾する刹那、吹雪が吹き荒れて彼を包む巨大な氷柱が出現し、攻撃を全て弾いてしまう。氷柱は内部から突き出てきた大剣により切り裂かれ、そこから飛び出してくる存在がいた。
「ウオォォォォォン!!!!」
それは、狼の意匠を持つ身長二メートルはあるような氷の魔人だった。長大な刃の大剣へと変化したイグニスを担ぎ、四肢には鋭い爪を備えており、蒼い甲殻の上から氷の装甲を纏っているのが確認できる。
これは変成魔法を応用した“人魔一体・氷狼”という技だ。適性の高い氷属性魔法を主体とする戦闘形態で、魔力の直接操作も可能となるノクサスの切り札といってもいい。
「では、短期決戦といこうか」
氷狼と化したノクサスは空中へと飛び出すと、足元に氷を生成して足場とし、連続で氷を生成して操ることでサーフィンのように空中を滑って宙を舞い、魔人族の集団へと肉薄する。
極光で迎撃されるが、圧縮して生成された氷のアーマーは頑丈で、それすらも弾いて突き進むと腕から氷結弾を連続発射して氷漬けにし、大剣と化したイグニスでぶった斬る。
ノクサスは灰竜よりも素早く空中を滑り、彼らには不可能な複雑な軌道で迫ると、大剣の餌食としたり鋭い爪で切り刻むなど、彼は暴れに暴れた。
氷狼の能力は氷の生成と操作だ。極光すら弾く頑丈な氷のアーマーと爪を作り出し、空中サーフィンを行なったのは、その能力の応用である。幻影剣との併用も当然ながら可能なので、途中からは周囲を旋回させることで凶悪さが増していた。
空中をサーフィンで自由自在に飛び回り、幻影剣をミサイルのように射出して撃墜する。接近した敵は近接攻撃の餌食となり、近距離でも遠距離でも危険な存在となっていた。
「おのれ、おのれぇ……!!」
配下が次々と無惨に殺されていくのを見て、隊長は怨嗟の声を漏らす。裏切り者により一方的にやられて、怒りが最高潮に高まっている状態だ。
「畜生めぇぇぇ!!!」
そして、隊長は怒りのままに氷狼へと突撃する。お互いに距離を詰めながらも真正面から極光を放ち続け、弾かれても気にせず接近して突撃の勢いを乗せた剣撃を放とうとする。
「お見事だ。だが……」
その行動は無謀だった。叩き付けた剣は一瞬で折れ、振り上げられた大剣イグニスにより相棒の灰竜ごと真っ二つにされる結末が待っていた。
「敵ながら、天晴だ」
シアを転移ゲートに押し込んだのは、他の個体よりも一際大きな黒鷲に騎乗した金髪の魔人族だった。
「貴様等だけはぁ! 必ず殺すっ!」
竜巻を纏った体当たりでフィールドウォールごと押し込んできた魔人族は憎悪を両眼に宿しており、何か個人的な恨みでもあるような叫びだ。
「ちょっと、私達に何の恨みがあるんですか?」
「オルクス大迷宮で魔人族の女を殺しただろう!彼女は俺の婚約者だった!よくも、カトレアを……優しく聡明で、いつも国を思っていたアイツを……!」
どうやら、あの女魔人族はカトレアという名であり、目の前の魔人族の婚約者であったようだ。だが、彼女を殺したのはハジメ達ではない。
「それは誤解ですよ?あの人を殺したのはパイレーツです。私達は寧ろ、投降を促してましたよ」
「そんなことがあるわけないだろう!同盟相手に後ろから撃たれるなど、誉れの無い死に方があってたまるか!!」
誤解を解くためにカトレアの死因を説明するも、目の前の魔人族は聞き耳を持たない。何者かによって吹き込まれたのか、残酷な真実を認めたくないのかは分からないが、大切な人の死に錯乱しているのは間違いない。
「苦痛に狂うまで痛めつけ、四肢を引き千切って、あの男の前に引きずっていってやる!」
(大切な人が死んで、正気ではいられないですよね……だからこそ、私もハジメさんのために死ぬわけにはいかないんです!)
それにはシアも同情するが、彼女にも死ぬわけにはいかない理由がある。故に、シアは本気で彼の相手をして殺すことを選択した。
「仕方ないですね、貴方を殺して天国に送ってやりますよ!」
「この、薄汚い獣がぁ!!!」
目の前の魔人族、ミハイルは大黒鷲に再び竜巻を纏わせ、高速で突っ込んでくる。彼が更に詠唱すれば竜巻から風の刃が無数に発射され、シアの退路を塞いだ。
フィールドを張った鉄拳で風の刃を容易く蹴散らし、力場を足元に出して跳躍することで体当たりも回避するが、それはミハイルの想定に入っていた。
見上げてみれば通常の黒鷲に騎乗する複数の魔人族が存在しており、おそらく彼の部下だろう。彼らは回避直後のシアを狙い、無数の石の針を翼から一斉に射出してきた。
「そんなもの!」
『サンダーハンド、オンライン』
散弾のように電撃を放ち、シアは針の雨を蹴散らす。さらに力場を使って空中を駆け抜けると弾幕の隙間を抜け、上空の黒鷲の一体目掛けて跳躍し、ブースターを展開した腕を容赦なく振り抜いた。
唐突のことに魔人族は反応できず、そのまま鉄拳を受けて骨や内蔵を粉砕されながら吹き飛んでいった。さらに、シアは殴り飛ばした勢いを利用して回し蹴りを放ち、呆然としていた別の敵をも粉砕した。
「くっ、接近戦をするな!空は我々の領域だ!遠距離から魔法と石針で波状攻撃しろ!」
ミハイルの指示は的確で、部下もすぐに応えた。シアと中距離以下に接近しないことを徹底し、四方八方から魔法と針を飛ばしてきたのだ。
力場を利用した空中ステップで回避しつつ、接近を図るシアだが、彼らが全力で距離を取ってきたため、思うようにいかない。
「いいぞ!奴の射程は短い……これを続ければ、いずれは倒れるはずだ!」
ミハイルの分析では、シアは接近戦タイプで飛び道具も保有しているが、射程はあまり長いものではないという見解だった。そのため、距離を取って持久戦に徹すれば勝てると踏んだのだ。
「なるほど、考えましたね……ですが、私にはハジメさんから貰った新兵器があります!」
「何?」
『サンダーハンド、フルチャージ』
ガントレットに電撃が最大チャージされ、まるでアームキャノンのような形状に変形する。その先端には激しくスパークする球雷が存在しており……
『サンダーバスター』
球雷がガントレットの中に吸い込まれた直後、入れ替わるようにして高圧電流を束ねた太いロープ状のビームが発射される。それは先端から継続的に照射され続け、グングンと伸びて遠くの魔人族の集団へと届いた。
黒鷲の一体に直撃すると騎乗している魔人族もろとも一瞬で感電死させ、電撃が付近にいた仲間にまで伝播して被害が増加する。
ホーミング性能も持ち合わせているのか、シアが電撃の鞭を振り回せば、自動的に先端が付近の敵へと狙いを定めて襲いかかる。照射が終わったときには、かなりの数の魔人族が犠牲となっていた。
「おのれ、奇怪な技を使いおって!」
シアの使用したサンダーバスターは、球雷として圧縮・増幅した高圧電流を集束させて断続的に放つ武装だ。ウェイブビームの技術も組み込まれているため、ホーミング性能を備えていた。
「次は撃たせるな!互いに距離を取ることを徹底しろ!」
固まっていれば全員まとめて餌食となるので、ミハイルは怒りに震えながらも部下に指示を出しつつ、自ら牽制の魔法を連発してシアを自身に釘付けにする。直後、シアの頭上から数少ない彼の部下達による範囲攻撃魔法が振り注いできた。
「フィールドウォール……全開!」
咄嗟に頭上にフィールドウォールを展開し、振り注いできた強力な複合魔法を受け止める。激しい衝撃が伝わってきただけでダメージはシアに入っていない。しかし、ミハイルには狙いがあった。
「もらったぁ!!」
防御に集中して身動きが取れないと判断し、シアへと突撃するミハイル。大黒鷲の放つ通常個体とは桁違いな量の石針を“砲皇”に乗せて接近しながら放ってくる。
シアはそれに反応し、重力魔法で体重を重くすることで素早く落下して回避する。その直後を狙った風の刃も迫るが、力場を足場に大跳躍するとジェットブーツを吹かし、急接近して飛び膝蹴りを大黒鷲にお見舞いしてやった。
クゥェエエエエエ!!!
激痛と衝撃を受け、悲鳴を上げながら墜落していく大黒鷲。しかし、ミハイルはただでやられるつもりはないらしく、苦し紛れに石針を含んだ風の砲弾を放っていた。
「こ、これは?」
ガントレットで風の砲弾を殴り飛ばすも、内包されていた石針までもを完全に防ぐことかできず、数本がシアのバトルスーツに突き刺さり、一部は素肌にも届いていた。
「やったぞ!コートリスの石針が刺さっている!」
「これで終わりだ!」
やがて、針が刺さった付近から少しずつ石化が始まり、バトルスーツもその影響を受けてしまっていた。この状態異常を解くためには専用の薬か回復魔法が必要なのだが、シアは単独だ。
故に魔人族は勝利を確信した。しかし、彼らの表情は次の瞬間には喜色が消えて唖然としたものとなり、最終的には絶望に変わった。何故なら……
「むむっ、不覚です。しかし、これくらいなら!」
そう言って、シアは刺さった針を抜き捨てると、少し集中するように目を細めた。すると、進行していた石化が止まり、潮が引くように石化した部分が元通りとなり、傷口も塞がった。生身だけでなく、バトルスーツも同様だ。
「な、なんで!」
「どうなってるんだ!」
魔人族の目にはシアが化け物のように映った。それは当然だ。回復魔法や薬を使用した気配もなく自力で状態異常を治すなど、理解不能だからだ。
シアは再生魔法を使い、状態異常を治していた。ユエのような再生能力までは備えていないが、多少の怪我や状態異常ならば少し集中するだけで数秒で癒すことができた。
そして、シアは動き出す。圧倒的な破壊力に脅威の回復力を備えた理不尽の化身が襲いかかるのだ。この瞬間、彼女は兎から狼となった。
「さあ、行きますよ?」
シアは跳躍すると、彼女の化け物ぶりに狼狽えて硬直していた魔人族の頭上に現れる。月を背後にウサミミのシルエットが急降下し、直後に膨大な熱量が解放された。
『ヒートハンド、フルチャージ』
『サンバースト』
小型の太陽を纏った拳が魔人族の一人へと叩きつけられ、拡散した超高温の熱波が周囲にいた味方までも焼き尽くす。同胞が一瞬で消し炭にされた光景に彼らはパニックを起こし、意味もない叫び声を上げ、連携を無視した特攻を始めてしまった。
もはや、彼らは烏合の衆。簡単に仕留められる獲物へと変貌し、シアの鉄拳と蹴り、サンダーハンドによる電撃の前にまた一人、また一人と屠られていく。そして、最後の一人が餌食となったその時、ミハイルが突っ込んできた。
「刺し違えてでも!」
ミハイルはボロボロの黒大鷲と共に急降下しながら、無数の雷を振り注がせてくる。雷を受けて感電したところに捨て身の攻撃をするつもりなのだろう。
本来は極大の雷を落とす魔法である“雷鎚”を応用して拡散させるアレンジが加えられており、ミハイルの魔法の腕の高さがよく分かる。そして、雷を視認して避けることは不可能であり、シアを倒すために彼の選んだ最適解である。
しかし、シアが雷を見なくとも回避する術を持っていたことは、ミハイルにとって最大の誤算だった。彼女の“未来視”には最近になって発現した“天啓視”という派生技能があり、最大で二秒先の未来を見ることが可能だ。
たった二秒だが、その一瞬が生死を分ける。あまり魔力を消費せずに連発が可能であり、シア自身もビームを回避する程の反射神経を持ち、一瞬で判断して連続で雷を回避していた。全ては、シアの努力の賜物である。
「何なんだ、何なんだ貴様は!」
「……ただのウサミミ少女です」
全ての落雷を回避したシアは、ミハイルの突撃をも容易く躱し、すれ違いざまに手刀を振るう。その瞬間、王都上空の闇に雷光が走った。
「カトレア、俺は……」
拡散した電撃の刃により、大黒鷲もろとも八つ裂きにされたミハイルは、薄れゆく意識の中で最愛の婚約者のことを思う。“必ず君を天国で探す”と言い切る前に、その意識は途絶えた。
「なんか、後味が悪いですね……そういえば、神山にいるハジメさんは大丈夫でしょうか……ん?」
その時、シアは見た。遥か高空より大きな物体が空気との摩擦で赤くなりながら、神山へと落下していくのを。そして、何かを察知した。
「もしかして、ハジメさんがあそこに?」
しかし、シアには見ていることしかできない。そのまま、落下していく何かは神山の一角に勢いよく突っ込んでいった。
ノクサスの空中サーフィンの元ネタはメトロイドプライム3に登場するランダスです。他にも色々な作品のネタが融合してます