それは、魔人族によって王都の大結界が破られる直前のこと。王宮の別棟にある自室で休んでいた勇者一行は突然、呼び出しを受けていた。
主力である迷宮攻略組のみならず、居残り組も含めた全員が招集されていることに疑問を抱きつつも、リリアーナが行方不明となったと言われたので慌てて向かう。
やがて、一行がやって来たのは緊急時や出陣前の集合場所となっている王宮前の広場であり、そこには大勢の兵士や騎士が覇気のない様子で整然と並んでいる。彼らの前には王国騎士団副団長のホセという男が立っていた。
「ホセさん、リリアーナ王女が行方不明になったのは本当なんですか?」
広場に飛び込んだ光輝はクラスメイト達を代表してホセの近くまで駆け寄り、聞いた話の真偽を問う。
「あぁ、そうだ。団長と数人の騎士が捜索しているが見つからない。おそらく、魔人族の仕業……リリアーナ王女を利用して何か仕掛けてくる可能性があるだろう」
「そんな、リリィが……」
それなりの立場にある人物からの回答に、光輝達は動揺する。王族の身分にも関わらず、友人のように親しくしてくれた人が行方不明となったのだから。騎士や兵士達の様子が変なのも、その影響と思われた。
パキャァアアアアン!!
その時だった。ガラスの砕け散るような音が王都全体に鳴り響き、数十秒も経たぬうちに伝令の兵士が広場に駆け込んできたのは。
「伝令!王都近郊に魔人族の大軍が出現との報告あり!また、大結界の一枚目が破られたとのこと!」
どうやら、ホセの言った通りになったらしい。しかし、不自然にも周囲の騎士や兵士が動揺している様子はなく、ホセもどこか人形のように感情を見せなかった。
「勇者殿、これから重要な戦いになるだろう。我らの士気を上げるためにも、勇者一行の力が必要だ。さぁ、我らの中心へ」
そう言って、ホセは光輝達を中央に案内する。居残り組のクラスメイトも例外ではなく、今までの扱いが嘘のような状況に困惑しながらも従った。
(何か怪しいわ……)
しかし、それを不自然に思い警戒するクラスメイトが一人いた。我らが勇者一行のまとめ役、八重樫雫である。彼女だけは冷静だった。
(騎士や兵士の様子は変だし、中村さんと園部さんの姿を最近見ていない……先生の予定が急に変わったのも不自然よね……)
雫が不審に感じている要素は一つではない。夕食で会う約束をした愛子は予定が変わって消えてしまい、一部のクラスメイトの姿がしばらく見えていない。王国からはそれっぽい説明を受けているだけで、明らかに怪しかった。なお、浩介の存在は忘れ去られている。
彼女は幸利から貰った愛刀である高周波ブレード〈雷電〉を握りしめ、いつ何時何かが起こっても対処できるような心構えをしていた。
「皆、状況は切迫している。しかし、恐れることは何もない。我々に敵はない。我々に敗北はない。死が我々を襲うことなど有りはしないのだ。さぁ、みな、我らが勇者を歓迎しよう。今日、この日のために我々は存在するのだ。さぁ、剣をとれ」
兵士が、騎士が、一斉に剣を抜刀し掲げる。
「反撃の狼煙だ。注視せよ」
ホセは懐から取り出した何かを頭上に掲げた。彼の言葉に従い、兵士達だけでなく光輝達も思わず注目する。
カッ!!
ホセの掲げた何かから光が爆ぜ、広場を激しい閃光が埋め尽くす。無防備だった光輝達はそれを直視してしまい、閃光弾を食らった時のように一時的に視界を奪われて何も見えなくなった。
そして、次の瞬間に事件は起こった。
「あぐっ?」
「がぁ!」
「ぐふっ!?」
視界が奪われた中、ズブリという肉を突き刺すような生々しい音が無数に鳴り、同時にクラスメイト達は苦悶の声を上げて次々と倒れた。
だが、雫だけは警戒していたので視界が悪い中でも感覚を頼りに迫りくる凶刃を雷電で防いでいる。視界が回復すると、クラスメイト達は騎士や兵士の剣で背中から貫かれ、地面に組み伏せられていた。
「な、こんな……」
クラスメイト達は高い肉体のスペックにより死んではいないが、辛うじて生きているだけの瀕死状態だ。まだ、殺すつもりはないらしい。
「クハハハハハッ!!!引っかかったな阿呆が!!」
そして、広場の上空から高笑いが響き渡る。その声には聞き覚えがあり、決して忘れるはずのないものだ。
「檜山くん……」
そこにいたのは、正真正銘の檜山大介だ。何故か空中に浮遊しており、パワードスーツを纏っているのは以前と変わらないものの、その姿には差異があった。
絶えず青いオーラを全身より噴出させ、両肩からは青白い結晶体がいくつも伸びており、スーツの表面には毛細血管のような青い管が無数に走って生物的になっている。
「これは、貴方の仕業なの?」
「あぁ、そうさ。ここにいる騎士や兵士は全て、俺が傀儡にしてやったんだからなぁ!」
「そんな、嘘よ……」
クラスメイト達を取り押さえている騎士達の視線が一斉に雫へと向けられるのだが、その目は視線が定まっておらず虚ろで、眼球は共通して青く妖しく光っている。
「あぁ、フェイゾンは素晴らしい!死体に仮初の命を吹き込み、傀儡として自由自在に操れる!まさに、俺のための能力だ!」
それは、フェイゾンの追加注入の末に檜山が身につけた新しい能力の一端だ。死体に自身から生成されたフェイゾンを流し込むことで人形に変え、まるで生きているかのように振る舞わせることができるという、傀儡化能力である。それ以外にも、檜山は浮遊能力だけでなくフェイゾンを利用した幾つかの能力を身につけていた。
「相手は一人だ!やっちまえ!」
次の瞬間、雫の背後より一人の騎士が剣を突き出してくる。それを辛うじて回避すると、他の騎士や兵士も一斉に襲いかかってきたので、雷電も使って全て凌いだ。
「クソアマが……なら、考えがあるぜ」
雫が激しい剣の嵐をたった一人で凌いでいる中、彼女の名前が何処かから叫ばれる。
「雫様!助けて……!」
「っ!ニア!?」
その声は雫の侍女をしている使用人のもので、名はニアという。彼女も広場に同行していたのだが、騎士に押し倒されると馬乗りにされ、たった今、剣で串刺しにされそうになるところだった。
考えるよりも先に雫の身体が動き、縮地を駆使してニアに急接近すると、騎士に鞘を叩きつけることで吹き飛ばした。
「ニア、無事?」
「雫様……」
雫はニアを支え起こし、彼女のことを案じる。しかし、顔を覗き込んだ瞬間、彼女の目もまた青く光っていることに気が付いた時には遅かった。
「あぐっ!?」
突然、ニアは短剣で雫の腹部を突き刺した。残念なことに、彼女もすでに殺されており、檜山の傀儡にされていたようだ。
「そ、そんな……ニアまで……」
残酷な真実に雫は顔を歪める。ニアによって雫は容赦なく拘束され、他の面々と同じく魔力封じの枷を付けられたことで、能力を制限される。
さらに、檜山の傀儡と化したニアは脳のリミッターが完全に外れており、フェイゾンによる肉体強化も入っているため、相手が神の使徒でも抑え込めていた。騎士や兵士ならもっと強いだろう。
「特別なサービスだ!お前らにも素晴らしいフェイゾンの洗礼を受けさせ、生まれ変わらせてやるよ!」
「違うわ、そんなものは……生まれ変わりでも何でもないわ!ただの人殺しよ!」
雫は檜山を非難する。訓練で剣を交えたこととある見知った騎士や兵士、親しい従者の尊厳が目の前で凌辱されているのだ。彼女は身勝手な檜山の行為に怒っていた。
しかし、檜山は聞く耳を持たない。
「まあいい、その光景を見れば分かるはずだ!フェイゾンの起こす奇跡というものをなぁ!」
そして、檜山は一部のクラスメイト達を取り押さえている傀儡騎士に命じた。騎士達は彼らを串刺しにしていた剣を引き抜くと、心臓の位置に合わせて再び突き立てようとする。周囲からは制止の声が上がるが、剣は止まらない。
「や、やめっ!?がぁ、あ、あぐぁ…」
「やだ!死にたくない!嫌ぁ……!?」
「やだよぉ……やだよぉ……!」
生贄にされたのは五人のクラスメイトだ。その一人は檜山とつるんでいた近藤であり、残りは居残り組である。彼らが選ばれたのは偶然のようなものだ。
彼らは命乞いも虚しく心臓に深々と剣を突き立てられ、くぐもった悲鳴を上げる。腐っても神の使徒なので高いステータス故にもがいていたが、やがて動かなくなった。
「さあ、奇跡の瞬間を見やがれ!」
檜山の両肩にある結晶から光の触手が出現し、事切れた元クラスメイト達の死体に突き刺さる。それを通してフェイゾンを注入された後、彼らは起き上がった。その目は傀儡騎士と同様に青い。
「あ、あぁ……嫌ぁ!!」
地獄のような光景に、まだ生きているクラスメイト達の中から悲鳴が上がる。傀儡とされた彼らの中に友人がいた者に至っては発狂しかけている程だ。
「見ろ、これがフェイゾンの奇跡というやつだ!」
「ふざけるな!クラスメイトを殺すなんて俺が許さないぞ!」
「天之河ぁ……結局、てめえは勇者のくせして何も救えなかったじゃねえか。何が“俺が許さない”だ?そんなことを言える立場かよ。てめえには面白いものを見せてやる」
すると、うつ伏せに拘束された雫の背後に傀儡騎士が現れ、彼女の背中に騎士剣を突き刺そうとしてくる。その狙いは心臓だ。
「やめろ!!檜山ぁ!!」
幼馴染が目の前で殺されそうになり、光輝は激昂して拘束を振り払おうとする。だが、傀儡騎士のパワーはすでに人外レベルである上、数人がかりなので脱出は困難だ。
合計で五つも付けられた魔力封じの枷には亀裂が入り始めている。だが、関節を固められていることもあってすぐには振りほどけず、幼馴染を助けることは叶わない。
(ごめんなさい、香織、清水くん……どうか、次に会った時は私を信用しないで……どうか、私のことを殺して……あぁ、清水くんともう少し先に進んでいればよかったわ……)
走馬灯が走る中で、雫は祈る。大切な親友である香織が傀儡となった自分に騙されずに生き残り、ハジメと幸せになるのことを。そして、後悔する。幸利ともう少し関係を進めていればよかったと。
雫は自分の命が奪われるのを待つ。このまま抵抗すら出来ずに殺され、無惨にも尊厳を奪われる悔しさと共に……
やがて、突き下ろされた剣は……彼女の命を奪うことはなかった。
「え?」
「は?」
突き下ろされた騎士剣の切先は、掌サイズの障壁によって止められていた。何が起きたのかと、檜山を含めた全員が呆然とするのだが、その空気を打破するように数発の銃声が木霊する。
ドパンッ!ドパンッ!
飛来した光の筋が傀儡騎士の頭を次々と吹き飛ばし、たった今彼女を殺そうとしていた騎士やニアも例外なく餌食となる。
「雫ちゃん!」
「間一髪だったな、八重樫さん」
そして、雫の耳に飛び込んできたのは、幸せを願った親友と想いを寄せる人の声だ。痛む腹部を押さえながら、その方向を見ると……
「香織……清水くん……!」
そこに立っていたのは、香織と幸利だ。すでに犠牲者は出ているが、これ以上の被害が出る前に救援が間に合ったらしい。あの三人がパイレーツを引き受けなければ、雫は傀儡にされていただろう。
幸利は雫の側に素早く移動し、お姫様抱っこで持ち上げると離脱する。そして、四肢に取り付けられた痛々しい枷を破壊してやった。
「クソが!神聖な儀式を邪魔しやがって!」
「寝言は寝て言えよ。ただの殺人だろうが」
「てめえも傀儡にしてやらぁ!」
雫の傀儡化を邪魔されたことに檜山は激昂し、攻撃を仕掛けてくる。奴が手を頭上に掲げると青い大きな火球が出現し、それを投げつけてきた。
しかし、突如として幸利を守るように出現した数枚の障壁が攻撃を防いでくれる。フェイゾンで強化された灼熱の炎を受けて障壁は割れそうになったが、その何枚かが檜山の目の前に移動して光を爆ぜた。
「っ!?」
障壁に内包された魔力を暴発させて光と障壁の破片を撒き散らす結界術の技を至近距離から受け、流石の檜山も後方へと吹き飛ばされ、石壁に突っ込んだ。
「みんな、すぐに助けるから!“聖典”!」
檜山が動けない間に香織が最上級回復魔法“聖典”を発動する。本来は長い詠唱を要する魔法だが、香織は親友の危機を感じ、道中でほぼ詠唱を済ませていたのだ。
香織を中心に光の波紋が広がり、クラスメイト達を癒やしていく。彼らに突き刺さっていた剣も回復に伴って押し出されて抜け落ち、傀儡騎士の動きも鈍くなる。
香織により全快したクラスメイト達は拘束から脱出し、幸利よりも後ろに下がると戦える者が前に出て非戦闘員を守るように陣形を組む。檜山の野望は崩壊寸前だ。
「雫ちゃん、大丈夫!?」
「ええ、大丈夫よ。香織のおかげね」
やがて、石壁から脱出した檜山が二日酔いのように頭を押さえながら、再び浮遊する。先ほどのバリアバーストといい、クラスメイトを解放されたことといい、彼はキレていた。
「ふざけやがって……どこのどいつだぁ!?」
すると、クラスメイトの陣形が真っ二つに割れ、そこから術者が前に出てくる。それは、ピンク色のドレスを纏った王国の可憐な王女、リリアーナだった。
「皆さん、何があったのですか!?それに、貴方は……」
「チッ、姫さんの仕業かよ……丁度いい、姫さんも傀儡にしてやるよ……少し幼いが、かなりの上玉だ。まあいいだろう」
檜山は仮面の下で下劣な笑みを浮かべ、リリアーナ王女のことも手に入れようとする。その発言や目線に底しれぬ気持ち悪さを感じたのか、彼女の顔は引き攣っていた。
「檜山!もうお前の好きにはさせない!俺と勝負しろ!」
そんな中、光輝が檜山に啖呵を切る。いつの間にか魔力封じの枷を破壊しており、聖剣を構えて臨戦態勢である。幼馴染を殺されそうになったことや、リリアーナを侮辱するような発言を聞いて我慢できなかったのだ。
「へへ、天之河には最高の相手を用意してやるよ!なあ、メルド団長?」
傀儡騎士が整列している前に、地面を砕きながら着地する人影があった。その姿を見て、クラスメイト達は口を手で覆う。何故なら、それがメルド団長だったからだ。
みんなの頼れる兄貴分、メルド団長もすでに檜山の傀儡だ。その彼が生気のない冷たい目でこちらを見て、騎士剣を構えてきたのは、かなりのショックをクラスメイト達に与えた。
「よくも……よくもメルド団長を!!」
「そればかりは天之河と同感だ。随分と胸糞悪いことをしてくれるじゃねえか……だが、何人増えたところで……」
光輝が激昂する一方で、幸利は冷静だ。二挺拳銃リバース&リベンジをガンカタで構え、いつでも撃てる体勢だった。幸利ならば、全ての傀儡騎士を瞬く間に片付けられるだろう。しかし、そこに乱入者が現れた。
「イレギュラー、貴方の相手は私です」
「はっ!?がぁっ……!?」
「清水くん!」
幸利の背後で金色の羽が無数に舞ったかと思えば、唐突に羽と同じく金色に輝く人物が現れ、幸利のことを蹴り飛ばす。
「くっ……お前は神の使徒、なのか?」
体内まで響く重い衝撃を受けて身体が痛む中、起き上がった幸利は先程まで自分が立っていた場所を見る。そこに立っていたのは、金色に輝く真の神の使徒であった。
「ヌルと申します。イレギュラー、貴方がここにいてはつまらないと主は判断しました。故に私と戦っていただきます」
「なるほど……そこをどいてもらおうか」
「ええ、勿論」
次の瞬間、再び金羽が舞ってヌルの姿が掻き消え、幸利の目前に現れて双大剣を振るってくる。たった今、幸利の大きな戦いが始まった。