「……清水くん、これは返すわ」
雫がそんなことを言いながら愛刀を幸利に差し出したのは、王都の戦いが終わった翌日のことだった。
「八重樫さん、理由は大体想像できるが……教えてくれてもいいか?」
「私が力不足だからよ。私はクラスメイトを助けられなかった……」
雫の脳裏に鮮明に浮かび上がるのは、目の前でクラスメイトが殺害され、檜山の傀儡となって起き上がってきた瞬間だ。
「あの時、私が動けていればクラスメイトを助けられたかもしれない……でも、私は生き残ってしまった……」
「八重樫さん……」
彼女はサバイバーズ・ギルトに陥っていた。あの時、彼女が動けなかったのは仕方ない部分が多いのだが、自身の判断ミスで負傷し、まんまと罠に掛かったことでクラスメイトが死んだ。それが罪悪感となって重くのしかかっているのだ。
「だが、仮に動けても八重樫さんが死んでいたかもしれない」
「私が……私が死んでいればよかったのよ……私一人の命と引き換えにクラスメイトさえ助かれば……貧乏くじを引くのは私だけで……」
力強く握った拳から血が滴る。雫は例え自分が死んだとしても、それで多くを救えるならそれでいいと思っていた。彼女はこれまで貧乏くじを引き続け、今も自己犠牲に囚われ続けている。
「……本当は剣術なんてやりたくなかった。道着や竹刀じゃなくて、可愛いお洋服やお人形が欲しかった……光輝のせいで他の女子から虐められて……光輝に言っても何も解決しなくて……私は……」
やがて、雫は自分の弱みを吐いた。これまで彼女が我慢してきた、その全てが溢れ出す。彼女の精神は今回の出来事で決壊寸前だったのだが、幸利に後悔を語ったことがきっかけとなった。勝手に彼女の口が動き、それを止める術を彼女自身は持っていない。そして、雫の脳裏には過去の記憶が浮かび上がる。
彼女の苦しみの発端は四歳の頃だ。八重樫流の師範である祖父が戯れに幼い雫に竹刀を持たせたところ、彼女は才能を発揮した……いや、してしまった。祖父は喜び、流されるようにして剣術の世界に足を踏み入れ、稽古が生活の一部となった。祖父も父も、道場の皆も凄いと褒めてくれたが……
光輝が家に入門してきた時、“雫ちゃんも俺が守ってあげるよ”と言われ、彼なら自分を女の子にしてくれる、守ってくれる、甘えさせてくれると思った。だが、いつも竹刀を振り、稽古のために髪は短く、服装は地味で、女の子らしい話題にも付いていけない彼女が、人気者の彼の近くにいることを周囲の女子達は許さなかった。当然、虐められた。
これは小学生時代の苦い記憶だ。虐められたことについて光輝に相談したこともあった。だが、女子同士のドロドロとした人間関係を知らぬ彼は「きっと悪気はない」だとか「話せば分かる」だとか言い、その女子達と話し合いに行くという悪手に出てしまい、より巧妙な手口で虐められるようになってしまった。
全てが苦痛だった。褒めてくれる家族や門下生達のこともあって剣術を捨てることはできず、光輝に相談しても状況は悪化するだけ。彼が悪意を持っていないことは分かっているため、完全に距離を取ることなんてできなかった。
「家族の期待を裏切るのが怖くて、剣術を辞められなかった……光輝が原因で苦しくても、悪意なんて持たない幼馴染を突き放せなかった……結局、私は優柔不断で中途半端だったのよ……!」
感情が昂り、ついに雫は泣いてしまう。凛としていて、大人びた雰囲気の彼女が周囲に見せることはなかった姿で、まるで幼い子供のようだ。
「辛かったな……大丈夫だ、俺だけは八重樫さんの味方だ。どんな君でも受け入れる。可愛い服だって買ってやる……」
「ありがとう、清水くん……」
雫を優しく抱き締める。幸利の胸に雫は顔を埋めて泣き続け、しばらくすると疲れてしまったのか、スヤスヤと眠ってしまった。
「ごめんなさい、あんなにみっともない姿を見せて……」
「いいさ。珍しい姿を見れてよかった」
「もう、清水くんったら……」
雫は頬をプクッと膨らませる。普段とのギャップからとても可愛らしい姿で、幸利も表情を緩ませた。
「清水くん、私は我慢することを辞めたわ。辛かったら貴方にたくさん甘えて、もう少し頑張ってみようと思うわ」
雫は色々と吐き出して吹っ切れたようだ。我慢するのではなく発散することを覚え、幸利に甘える気満々である。
「では、プリンセス。後で俺とデートでも如何かな?」
「……それは嬉しいお誘いね。お代は全部奢ってもらうつもりだから、覚悟しておきなさいよ?」
「お、お手柔らかに……」
後日、二人は王都でデートした。王都では復興に向けて商業が以前よりも盛んに行われており、値段も上がっていたので幸利の出費がかさむ結果となったが、雫のためなので後悔はなかった。