響け!八幡~北宇治での青春ラブコメはまちがっているのか?~   作:碧河 蒼空

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もう一つの俺ガイル小説がスランプだとこっちが捗ります。


退部

 サックスパートの三年生の先輩が一人、吹部を退部する事となった。受験に専念するためという、これ以上ないほど正当で、それゆえに反論を許さない理由でだ。

 

 全体練習中に退部を申し出た彼女が音楽室を去ると、それを追うように何とか前さんと同じサックスパートの小笠原先輩が練習を抜け出した。

 小笠原先輩はともかく、学年もパートも違う黄前までもがどうして狼狽えているのか疑問だったが、後から聞いた話によると、退部した先輩は何とか前さんの幼馴染みだったらしい。成る程、あの動揺も身内の緊急事態と考えれば合点がいく。

 

 暫くして、様子を見に行った田中先輩が二人を連れ戻してきたが、何とか前さんも小笠原先輩も魂をどこか別の場所に置き忘れてきたような顔をしていた。

 

 そんな不協和音があったのが昨日の事。

 

 退部した先輩がいなくなって初めての音合わせをしていた。

 最近はチューニングの際に俺が指揮台に立つことが増えた。顧問不在時、本来は部長の役割だが、俺が代行することで小笠原先輩も自身の楽器でチューニングに参加できる……はずだった。

 だが、その小笠原先輩は今日、体調不良で学校を休んでいるらしい。サックスの所に誰も座っていない椅子が二つ。

 

 ふと、ユーフォの音に混じる違和感を覚え、視線を向けると、案の定、何とか前さんはチューニングもせず、上の空でサックスの空席を見詰めていた。

 

 俺は教壇から声をかけようとして、致命的な事実に直面する。

 ••••••あいつ、苗字なんだっけ。

 

「あ~••••••ユーフォ、ちゃんと吹いてくれ」

「あっ、ごめんなさい」

 

 仕方がないので楽器名で呼ぶ。

 

 結局、その後の合奏練習でも集中力を欠いた何とか前さんは滝先生から名指しで注意を受けた。練習後には絵に描いたようなぐったりした姿を晒していた。

 

 俺は音楽室を後にする彼女を視界の端に捉えつつ、設営用の机を戻す作業に没頭する。

 

「比企谷君」

 

 最後の机を戻し終えた所で川島が声を掛けてきた。

 

「どうした?」

「前々から気になっていたのですが••••••もしかして比企谷君、久美子ちゃんの名前覚えてないのですか?」

「••••••別に相手の名前なんか分からなくても意志疎通は取れるもんだ」

 

 代名詞って偉大だよな。考えた奴に最大限の賛辞を送りたい。

 

「さっきチューニングしていなかったの久美子ちゃんだけだったのに、ユーフォと言っていましたよね?」

「別に問題は無かっただろ」

「緑だったら自分の名前を覚えて貰えないのはとても悲しいです」

 

 いや、お前はそうだろうけど。

 

 事故という強烈な接点がある川島や、向こうからグイグイ来る加藤はともかく、黄前はただのクラスメイトだ。向こうだって俺の名前なんて記号程度にしか思っていないはずだ。

 

「とにかく!これから比企谷君は久美子ちゃんの名前を呼んでください。部員と良い関係性を築くのもマネージャーの仕事ですよ。良いですか?“黄前久美子ちゃん”ですよ!」

 

 川島に背中を強引に押され、俺は音楽室の外へと強制連行された。

 

「マネージャーの仕事って、別に本当のマネージャーって訳じゃないんだが」

 

 松本先生は便宜上マネージャーと言っていたが、実際の所は期間限定の雑用でしかない。故に吹奏楽部との関係はそこまでなのだ。

 

「だとしても接点のあるクラスメイトの名前くらいは覚えましょう!」

 

 だが、俺の言い訳は川島の正論パンチによって沈められた。

 

 低音パートの練習教室へ連れて来られると、教室では何とか前さん(黄前)と加藤が中川先輩と話をしていた。

 

「でもそれって結局キツイ練習したくないための言い訳だったんだよね」

 

 中川先輩は去年の吹部の惨状を話しているようだ。察するにいま話の途中で、しかも黄前の名前を呼ぶ為だけに中へ入っていく雰囲気でない。

 

 タイミングを見計らうのに耳を澄ませる。

 

 真面目にやりたい一年生を、三年生が居ないものとして扱う。無視などという次元ではなく、存在の抹消。その静かな暴力は志ある一年生たちが去るまで続けられたという。

 学校生活において大抵の場面で上級生の力は強い。去年の吹部でもそんは三年生に逆らえる者はおらず、出来た事といえば一部の二年生がお互いの話を聞き、間を取り持つ程度に留まった。

 結果、やる気のある一年生の多くが退部してしまった。

 

 去年のこの部で起きていた問題は、俺が聞かされていた以上に闇深かったようだ。

 

 中川先輩は続けて語る。去年の集団退部を止めることが出来ていれば。多分先輩達は思っていると。

 

「思っていないのはあすか先輩くらいじゃない?あの人は去年、どっちにも荷担しなかった。どこまでも中立、今と全く変わらず」

 

 中立ねえ。あの人の行動原理は常に合理的で利己的である。おそらく、彼女にとってその争いが無益だっただけだろう。冷徹なまでの合理主義。

 

 話が一段落したところで、先輩がこちらの気配に気付いた。扉の窓越しに俺達の視線が交わる。

 

「どうしたの?そんなとこで立ち聞き?こっち来なよ」

 

 中川先輩に呼ばれた俺と川島は教室へと入る。

 

「すみません、取り込み中っぽかったんで」

「そ。話は終わったから。比企谷も用があって来たんでしょ?」

「その、まあ••••••」

 

 先輩に話を振られ、視線だけ何とか前さん••••••あや、黄前に向けた。

 この場にいる全員が俺に注目し、俺から出る言葉を待っている。俺と目が合った黄前は自分に用があるのだと察した様子だが、同時に心当たりも無いようで首を傾げた。

 逃げるように視線を反らした先では川島が胸の前で拳を握り、俺の事を静かに応援しているようだった。位を決して黄前に視線を戻すと、俺は決して重い口を開く。

 

「えっと••••••なんだ。黄前、大丈夫か?」

「え?大丈夫って?」

「ほら、今日調子悪そうだったからな?」

「••••••もしかしてその為にわざわざ来たの?」

「あー、気を悪くしたならスマン••••••」

「いや、そんな事ないけど。ただ意外っていうか」

 

 黄前の反応は至極真っ当だ。俺は彼女に関わろうとした事は無かったし、その逆も然り。そもそも黄前に限らず、俺は高校に入ってから自ら他人に干渉しようとした事なんて一度も無かった。

 

「そう?比企谷は何だかんだ面倒見良いと思うよ?」

 

 中川先輩はそう言うが、自分でも柄じゃないと思っている。今だって川島に無理やり連れて来られなければ、俺はこの場に居なかったのだから。

 

「先輩、最近比企谷と仲良いですよね?」

 

 黄前が中川先輩に尋ねる。どうやら、先輩はみんなに俺との練習の事を話していないようだ。

 

「実は比企谷にユーフォ教えてもらってるんだよね。昼休みも練習見てくれてるんだよ」

 

 中川先輩から返ってきた答えに、黄前はどうしてかとても驚いた様子を見せる。

 

「先輩は後輩に教えてもらう事に何とも思わないんですか?」

「どうして?比企谷は経験者だし、実際すごくユーフォ上手だったよ?」

 

  それじゃ、と言い残して中川先輩は教室を去った。後に残されたのは、未知の生物を見るような目で中川先輩を見送る黄前と、満足げに俺へグーサインを突き出す川島、そして状況が飲み込めていない加藤だった。




何とか前さんと書くのが面倒臭くなったのす。
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