響け!八幡~北宇治での青春ラブコメはまちがっているのか?~ 作:碧河 蒼空
黄前の名前を呼ぶと言う川島からのミッションを達成した後の事。帰りに某ハンバーガーチェーン店へ寄ると言う三人に別れを告げたはずが川島に捕まり、俺は不可避な同行を余儀なくされた。
中川先輩から集団退部について聞いた直後だからか、女三人寄れば姦しいという言葉とは裏腹に、俺達四人の座るテーブル席は湿り気を帯びた雰囲気を漂わせている。
そんな空気の中、川島は夕食前にも関わらずフライドポテトを購入し、“ご飯は別腹”などと冗談を飛ばしていた。
••••••冗談だよな?
ちなみに、別腹というのは好きな食べ物を見た時に胃が動いて内容物を小腸に送る事で隙間を作るのだ。つまり、同じ腹である。
俺は買ったコーヒーにガムシロップ五つとポーションクリーム六つを投入した。斜向かいに座る加藤がドン引きした様子で見ているが無視を決め込む。
話題は先程の中川先輩の話へ。加藤がもしも去年入学だったら部活を辞めていたかもと零せば、川島は音楽が好きだから続けていただろうと言った。
その一方で、黄前はまたしても意識を内心の海へと沈めている。
「久美子ちゃん?」
「え、あ、ごめん••••••」
黄前は謝るだけで何も話そうとはしなかった。黄前をおかしくしたトリガーは幼馴染みの退部なのだろうが、その根っこはもっと前から彼女の奥深くでトラウマのように巣くっているのかもしれない。
「比企谷はさ••••••部活入らないのって人間関係が理由?」
唐突に黄前が真剣な眼差しで問うてきた。俺は茶化すこともできず、正直に頷く。
「••••••まあ、そうだな」
「そっか••••••」
それっきり会話が途切れた。
俺も中学時代の黒歴史を思い出した事で、心がささくれ立っていくのを感じていた。
「もうっ、暗いよ二人とも!ほらっ、ポテト買いに行くよっ」
まるでマイナスイオンが停滞したかのような空間を切り裂くように加藤が立ち上がる。
「なんだ藪から棒に?」
「ポテト食べてその暗いのをリセットするの!」
「どんな理屈だよ••••••」
「いいからっほら、久美子も行くよ」
加藤は黄前の腕を引き、半ば強引に注文カウンターへと連れていった。
「••••••悪い、川島。ちょっと待っててくれ」
ため息を一つ吐き、俺は二人のの後を追う。
注文カウンターにはちょうど列が無く、俺は並ぶこと無くポテトを注文する。
現在、このハンバーガーチェーンではポテト全サイズ150円のキャンペーンをしており、店の外やカウンターの上のポップでもその事を大々的に広告していた。テレビでもコマーシャルを流す程の気合の入れようで、俺も度々目にしている。資本主義の暴力的な誘惑だ。
とはいえ、夕食前の胃袋にLサイズを叩き込む勇気は俺にはない。俺に別腹は実装されていないのだ。Sサイズを注文し、受け取りカウンターで二人と合流する。
案の定、二人のトレーに乗っていたポテトは巨大なLサイズだった。
「お前らだって帰ったら夕飯だろ。何でLサイズ頼んでんだよ」
さっき川島がポテトを買ってきた時に同じ様な事を言っていた加藤へ思わず突っ込む。
「え?だって同じ値段なのに大きいの頼まないと勿体ないじゃん」
当然のように答える加藤。むしろ何言ってんの?と言わんばかり。黄前の方は己の浅ましさを自覚しているのか、きまりが悪そうに視線を逸らしていた。
「そんじゃ、先戻ってるねー」
加藤は黄前を引き連れテーブルへ戻る。俺のポテトもすぐに提供されたので、すぐに二人の後を追った。案の定、俺のポテトのサイズが小さい事にすぐ気付いた加藤が同じ値段なのに勿体ないと言う。とはいえ、ポテトのサイズがキャンペーンを行っていても胃のサイズは変わらない。食べ進めていく内に加藤と黄前の表情が曇っていった。
「全部食わないと勿体ないぞ。まあ安心しろ。ご飯は別腹らしいからな」
加藤に対し当て付けの意味も込めて言うと、彼女は夕食の献立を想像したのか、涙目になってこちらを見る。
「••••••ごめん、比企谷。ポテト手伝って」
「••••••私も」
結局、二人の余剰分を俺が食べることとなった。
繰り返しになるが、俺に別腹はない。さて、晩飯はどうしたもんか••••••。
店を出てからは駅まで歩く。当然、その程度の運動では俺の胃袋の渋滞は何の解決もしなかった。
駅に到着して解散の間際、黄前がぽつりと口を開いた。
「比企谷、さっきはありがと」
「これに懲りたら次からは食べれる分だけ注文するんだぞ」
親父も言っていた。
飲み会で食べ放題の店に行くと、自分があとどれだけ食べられるか考えずに注文するやつがいる。そんな奴に限って最後は残った料理を人に押し付けるのだと。
「いや、それじゃなくて••••••。部活終わってからわざわざ様子見に来てくれたじゃん?」
「ああ、そっちか」
それは川島からの圧に屈した結果であり、俺の善意ではない。だから礼を言う必要なんかないんだ。
黄前と加藤が電車に乗ると、やがて二人を乗せた電車は駅から離れて行った。
「比企谷君、グーです!」
川島はまた親指を立てて俺を称える。
「何も解決しちゃいないがな」
「そんな事ありません。味方がいるって分かるだけで心は軽くなるものですから」
俺達は伏見稲荷駅方面へ向かう電車がやってくるホームへと歩きだした。ホームまでの道中、俺は川島の話に相槌を打つ。
ホームに着くとタイミングよく列車の接近を知らせるアナウンスが流れた。
「比企谷君が部活に入らないのは人間関係が理由だと言っていましたが、比企谷君にとって今、吹部にいるのはお辛いですか?」
「••••••別に、所詮は部外者だしな」
俺はマネージャーでもなければ部員でもない。人間関係もなにも吹部の奴らとはそもそも何の関係も無いのだ。そうやって、自分の立ち位置を無に設定することで発生するリスクを最小限に抑える。
「そうですか。私は部活でも比企谷君とご一緒できてとても楽しいです。ですので、比企谷君もこの時間がお辛いと感じていないのでしたら良かったです」
俺の否定的な言葉を川島は肯定する。そんな好意的な彼女を俺は信じることが出来ない。その態度には何か裏がないかと疑ってしまうのだ。
「比企谷君がどうあろうと、私は比企谷君の味方ですからね」
「••••••ああ、そうか」
俺の返事を駅に進入する電車の音がかき消した。
人の真意なんて他人には分からない。理解し合う為に言葉を尽くすと言う者もいるが、その言葉が嘘か本当か分からない以上、そんなものはただの妄想でしかないのだ。
勝手に期待して、自分の勘違いを棚に上げて裏切られた気になる。思い上がりも甚だしい。
そのような過ちを俺は繰り返したりはしないのだ。
列車から漏れる灯りが俺の視線を川島から扉へと誘導する。
扉が開くと同時に、俺は川島の言葉を振り払うように電車へ乗り込んだ。