響け!八幡~北宇治での青春ラブコメはまちがっているのか?~   作:碧河 蒼空

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二つのリボン

 昨夜まで空を覆っていた雨雲は姿を消し、青空に浮かぶ太陽が京都の地を照らしていた。

 

 川島から聞いた話によると、昨日一日休んでいた小笠原先輩が朝練に顔を出していたらしい。黄前も一限目に様子を窺った所、ちゃんと授業に集中していた姿を確認できた。表面上、二人を取り巻く日常は元の軌道に戻りつつあるように見えた。

 

 そうして午前中の授業が終わり、昼休みが訪れる。ただ、本日の日直である俺に自由を謳歌する権利は与えられなかった。

 

「じゃあ、このノートを職員室まで持ってきてくれ。一人じゃ難しければ誰かに手伝ってもらえよ」

 

 四限の担当教師は、教卓に積み上がったクラス全員分のノートを残し、颯爽と去っていった。

 

 “誰かに手伝ってもらえ”。これはペアを作れに匹敵する罪深い指示であることを、あの教師は知るべきではないだろうか。何故ならば、ぼっちに頼み事をする相手などいないからだ。

 

 仕方なく俺は一人でノートの山を抱え、バランスを崩さないよう慎重に廊下を歩きだした。

 

 腕にのしかかるクラス全員分のノートの重さに辟易としていると、前から四人の男女が横一列に並んで迫ってきた。会話に夢中な彼らは回避行動をとる気配すら見せない。俺は廊下の端へ逃げるが、すれ違いざま、端にいた男子の肩が俺のノートの山を直撃した。

 派手な音を立てて散らばるノート。だが、集団は謝罪の言葉一つ残さず、俺の存在など最初から無かったかのように通り過ぎていく。

 

 俺は心の中で呪詛を吐くが、当然その声は四人に届くことはなかった。このままいても仕方がないのでノートを拾おうとしゃがみ込む。

 

「ちょっとあんた達!自分の不注意で人に迷惑かけといて謝りもしない訳っ?」

 

 聞き覚えのある声に振り返ると、四人の前に茶色を帯びた髪をふわりとなびかせる少女が立っていた。瞳は生まれ持っての意志の強さを宿しており、溌剌とした良く通る声から発せられるその言葉は目の前の四人をたじろかせるだけの効力を持っている。

 

「ああ••••••悪かったな」

 

 そう一言だけ俺に言うと四人は気まずそうにそそくさと去っていった。

 

「全く、拾うのくらい手伝いなさいよね」

 

 不満そうに少女は言うと、俺のそばに歩み寄り、当然のようにノートを拾い始める。

 

 胸元の青いリボンは彼女が二年の先輩だという事を示しているが、それ以上に目が引くのは頭に着けた黄色い大きなリボンだ。

 彼女は吉川優子先輩。吹奏楽部に所属しており、トランペットを担当している。

 

「ありがとうございます」

「良いのよ。それより、この量を一人で運んでたの?」

「ええまあ。今日、日直なもので」

 

 吉川先輩は呆れた様子で俺を見た。

 

「何で誰かに手伝って貰わないのよ••••••ほら、半分持つわ」

 

 散らばったノートを回収し終えると、吉川先輩はその半分を持って立ち上がる。

 

「いえ、一人で大丈夫ですから」

「ついさっきばら撒いといて説得力がないのよ。いいから行くわよ!」

 

 有無を言わさない強引さでノートの半分を持つと、彼女は職員室へ向かって歩き出した。

 

 吉川先輩は周囲からの人望が厚いと聞く。

 多少、強引ではあったものの後輩の手伝いを引き受けてくれたり、さっきもあの四人組に対し自分事のように憤っていた。きっと吉川先輩は真っ直ぐでそれでいて優しいのだろう。普段、彼女の大好きなパートリーダーにデレデレの姿とはえらいギャップだ。

 こうして吉川先輩と二人で関わるのは初めてだが、これが彼女の本質か。なるほど、そりゃ慕われるわけだ。

 

「そういえば比企谷が学校に来るようになって1ヶ月ちょっとだっけ。どう、学校は慣れた?」

「そうですね。思いもよらず吹部の手伝いをすることになりましたが」

 

 今の物言いは我ながら可愛くない後輩だと思うが、吉川先輩は嫌な顔一つしなかった。

 

「そのまま入部しちゃえば良いじゃない。あれだけ人に教えることが出来るのに、勿体ない••••••」

「人に教えるのと演奏するのは違いますって。それに俺、本職はユーフォですから」

「それよ!あれだけ人に教えられて本職じゃないってどういう事よ!」

「そう言われましても••••••ただ、妹がトランペットやってて、分からないとこがあると俺に聞いてくるんです。目に入れても痛くない妹に頼られたら、兄としては応えないとじゃないですか」

 

 吉川先輩は一瞬の沈黙の後、吹き出して笑った。そこに蔑むような感情は一切感じられず、ただただ愉快といった様子だ。

 

「何それ、シスコンじゃない」

「千葉の兄妹はこれくらい普通なんです」

「そんなの嘘よ」

 

 小町の話をした時に大体の者は引く。何なら小町すら引いていた。肯定的に捉えたのは川島に続いてこの人が二人目である。川島は同じ可愛い妹を持つ同士である事から、ただ仲の良い兄妹ととらえた。一方、吉川先輩は俺の事をシスコンと断じた上で愉快な個性として受け入れた。

 

「何はともあれ入部はいつでも歓迎するからね」

 

 

 

 

 

 

 職員室へノートを届け終え、吉川先輩にお礼を言って、教室に戻る。教室内では弁当組が賑やかに箸を動かしていた。その中にいつもの吹部の三人組がいる。

 俺は自分の席からコンビニでパンを回収してベストプレイスに向かおうとしたその時••••••。

 

「久美子ってさ、トロンボーンの塚本と付き合ってんの?」

 

 加藤の放った上擦った声。

 

 何やら次の曲は間違っている予感がする••••••。

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