響け!八幡~北宇治での青春ラブコメはまちがっているのか?~   作:碧河 蒼空

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方程式

 降り続く雨と迫り来る期末テストに辟易する今日この頃。暗雲が空を覆い、俺の心にまで浸食してくるような感覚に陥っていた。

 生徒指導終わりの空腹が俺の心の曇天りに拍車を掛ける。

 だが、家に帰れば、愛する妹の手料理が待ってる。そう思えば例え雨の中、水の中••••••水ばっかじゃねぇか。

 

 傘を広げて雨が降りしきる鈍色の世界へ繰り出そうとしたその時、ポケットのスマートフォンが震えた。取り出したディスプレイには非情なLINEの通知が浮かび上がっている。

 

小町{今日は小町ごはん作れないから適当に済ませて]

 

 早速、心が挫けそうだ。さながら、俺は転がり落ちる岩を前にしたシーシュポス。

 しかし、いつまでここにいても腹が膨れる訳ではない。折れそうになる膝に渇を入れて、俺は足を踏み出した。

 

 そういえば、前から気になってたラーメン屋が途中にあったはずだ。今日はそこに寄るか。

 

 学校から六地蔵駅に向かい、途中で脇道に入った先にそのラーメン屋はある。雨が降っているにも関わらず、店中で順番待ちをしている客が外から見えた。 

 暖簾の向こう側の引き戸に手を掛け、店内に入る。店員が威勢の良い声で俺の来店を歓迎するが、そんな声よりも俺は目の前で順番待ちをしている女性に意識を根こそぎ持っていかれた。

 

「ぁ••••••」

「あれ?比企谷君じゃない」

 

 外からだと暖簾で顔が見えなかったが、順番待ちをしていたのは先程まで同じ空間にいたはずの小笠原先輩だった。

 俺は小笠原先輩の横に並ぶと、壁に背を預け店内を見渡す。

 席はカウンターのみで、その正面が細長い厨房となっている。

 

「小笠原先輩はよくここに来るんですか?」

 

 このラーメン屋は背脂チャッチャ系。視界に入る背中は男性のみで、女子高生が好んで利用するようなイメージは皆無だ。

 

「よくって程じゃないけど、この辺りでごはん食べる時にはここへ来ることが多いわね」

 

 スーツ姿の二人組が立ち上がり店から出ていくと、店員が手早くカウンターを拭き、俺と小笠原先輩を案内する。偶然にも先輩と隣同士となった。

 

 この店では背脂の量、味の濃さ、麺の硬さをお好みで選べる。

 

「多め・濃いめ・硬めでお願いします」

 

 小笠原先輩の漢らしいオーダーに、普段の控えめでどこか自信無さげに部員を纏める姿とのギャップを感じた。

 

 俺も先輩に習って同じお好みで注文する。

 

「比企谷君はラーメン好きなの?」

「ええ、人並み以上には。俺の血がマッカンなら、肉体の大半はラーメンとサイゼでできていると言っても過言じゃないですね」

「それは相当ね」

 

 小笠原先輩の口角が上がった。図らずとも同族を見付けてしまったらしい。

 

「よかったら私おすすめのラーメン屋を教えてあげようか?」

「それは是非とも」

 

 ラーメンが出てくるまで小笠原先輩からおすすめのラーメン屋と、その特徴を教授してもらっている。どうやら先輩はイメージにそぐわず、こってり系が好みらしい。

 

「お待ち!多め濃いめ硬めね」

 

 先輩と俺のラーメンは同時に運ばれてきた。

 どんぶりの上は真っ白な背脂に覆われ、その奥にあるであろうスープが見えない。

 

「きたきた!それじゃあ、いただきます」

 

 小笠原先輩はカウンターに備え付けの玉ねぎのみじん切りを山盛りに投入してから麺を啜ると、凄く幸せそうに咀嚼する。

 俺は一口目をそのまま頂いた。濃厚な豚骨醤油スープが太麺に絡み、背脂の暴力的な甘味とコクが最高の仕事をしている。二口目からは玉ねぎを投下。そのシャキシャキした食感が油の海に素晴らしいアクセントをもたらした。

 

「どう?美味しいでしょ?」

「ええ。これは期待以上ですね」

 

 それからは夢中で食べ進める。しばらくは無言の、しかし充実した時間が続いた。

 

 半分くらいまで食べ進めた頃、小笠原先輩はこれまた卓上の酢を手に取り、どんぶりに円を描く。

 酢は背脂の甘味を引き出す一方、塩味の角が丸くなるため人によっては物足りなさを感じてしまう。なるほど、だからこその味濃いめか。これぞラーメンの方程式。

 

 俺も酢を一回した。舌に慣れてきた油の重さが酸味によってがリセットされ、また違った味わいを楽しむことが出来る。

 

 俺も先輩もスープまで飲み干し、大満足で店を後にした。

 

「よしっ、これでオーディションに向けて気合い入れてくぞ!」

 

 小笠原先輩は自らの頬を叩き、その言葉通り気合いを入れ直す。

 

「部長が落選するわけにはいきませんからね」

「もうっ、そうやってプレッシャー掛ける!」

 

 先輩は不安がって抗議するが、サックスパートのパワーバランスを考えるに、よっぽどの事がなければこの人が落ちることはないだろう。

 

 先輩の音には確かに積み上げていたものを感じる。やる気の無い先輩達が優先的にコンクールに選ばれていたとしても、周囲に流されることもなく実直にバリトンサックスを吹いていたのだろう。

 

 ぶすっとする先輩を見て、相変わらず自己評価の低い人だと思った。

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