響け!八幡~北宇治での青春ラブコメはまちがっているのか?~ 作:碧河 蒼空
期末テストを乗りきり、今日はコンクールのオーディションの日となった。
A編成に出場できるのは55名。うちの吹部は65人の部員を抱えている事から、10人落選することが確定している。
「ここにいる全員、コンクールに出場するのに恥じない努力をしてきたと、私は思っています。胸を張って、皆さんの今までの努力の成果をを見せてください」
滝先生のその言葉から二日間にわたるオーディションは始まった。
以前から思っていたが、滝先生は言葉選びが巧みだ。
今の言葉で先生は“努力”を強調していたが、オーディションで見られるのは成果である。努力は成果を出す手段にすぎない。
今回で言えば、努力の成果は演奏技術で、更に言うと 演奏技術もA編成選抜という成果の手段なのだ。
努力は自分を裏切らないが、成果を裏切ることはある。
そして、今回滝先生は10人に対してA編成選抜という成果を否定しなければならない。
成功体験に基づく自信や自己承認は脆い。望んだ結果が得られなければ、それは容易に崩れ去ってしまう。
対して、積み重ねた努力による自信や自己承認は揺るぎにくい。ましてや、指導者である滝先生が事前に肯定してやった事で、それは更に補完された。
オーディションに落ちる十人も、結果が伴わなくたって努力したという解釈ができれば慰めにもなるだろう。
事実は変えられなくとも解釈は変えられる。あの優しげな笑顔の裏で滝先生はとんでもなく合理的で冷徹な計算をしていた。食えない人だ。
閑話休題。俺の今日の仕事はオーディション参加者の誘導である。先生達の審査の準備が出来次第、次の部員を音楽室へ招き入れる。また、楽器毎に音楽室の外に集合するため、次の楽器を呼びに行くのも俺の役目だ。
その職務上、俺は多くの部員の審査に立ち会う事となる。
トランペットは高坂の奴が群を抜いていた。中世古先輩も確定だろう。
小笠原先輩は音楽室に入る時こそ緊張した面持ちだったが、いざ審査が始まると安定した演奏をみせた。やっぱりこの自信の無い先輩は普通に上手い。
今はユーフォのオーディションで、音楽室の中では田中先輩が演奏している。彼女の審査は事前に通達があった範囲を終えるとすぐに終了となった。
続いて中川先輩の出番。
指定の範囲の演奏は問題なく演奏できていた。最初にベストプレイスで耳にした時と比べると格段に上手くなっている。
だが、田中先輩とは違い、中川先輩の審査はこれで終わらなかった。予定に無かった箇所の演奏が中から聞こえてくる。先程の演奏とは違い、その旋律はぎこちなかった。ミスが焦りを生み、次々とボロが出てきている。
いくら予定になかったとはいえ、中川先輩は実力相応の演奏が出来ていない。
積み重ねた努力による自信は強い。確かに俺が見てきた中川先輩は猛烈な努力を重ねてきた。しかし、その何倍もの時間をやる気の無い先輩に混ざり、練習をサボってきた。張りぼての一夜城が脆くも崩壊している。
自信が崩れ、実力を出しきれなかった先輩は果たして何を慰めにすれば良いのだろうか?
これまでの中川先輩の姿がフラッシュバックする。
昼休みや個人練習で汗を滲ませながらもユーフォに息を吹き込む姿。
決して小さくないユーフォを背負って帰る後ろ姿。
ーーこんなんでも私、音楽好きだから。
俺は勢い良く音楽室の扉を開け放つ。
「失礼します。次呼びに行くのはチューバでよかったんでしたっけ?」
俺は中川先輩のユーフォに負けないようあえて声を張った。演奏が止まり、先輩と滝先生、松本先生の視線が俺に集まる。
「おい比企谷、オーディション中に何を考えてるんだ?」
松本先生が俺を咎めた。
「すみません」
「••••••チューバを呼んでこい」
松本先生は深く溜め息を吐き、俺へ指示を出す。
「分かりました。中川先輩も、すみませんでした」
「ああ、うん」
中川先輩は唖然とした表情で俺を見た。
「どうしたんですか?そんな背中丸めて。そんな姿勢じゃオーディションに影響しますよ••••••って、邪魔をした俺が言うことじゃないすね。失礼しました」
どんな時も正しい姿勢と呼吸。昼休みにも練習を見るようになってから口酸っぱく言ってきた事だ。
俺は音楽室を出て扉を閉める。しばらくすると、再び中川先輩の演奏が始まった。決して上手とは言えないが、さっきまでと比べれば、だいぶマシだろう。
「へぇ。比企谷、思いきったことするじゃん」
順番待ちで音楽室の外に並べられた椅子に座る黄前がからかうように言ってきた。
「何の事だ?俺は次の確認をしただけだぞ」
「あっそ」
俺の反論を黄前はあしらい、淡々と指使いの練習に戻った。
俺は眉間に皺を寄せるも、チューバを呼ぶために低音パートへと向かう。加藤、後藤先輩、長瀬先輩を連れて音楽室へ戻る最中に中川先輩とすれ違った。
「比企谷、また後でね」
一方的に俺へ告げると、中川先輩は廊下の先へと歩いて行く。
音楽室の近くまで戻ると、音楽室から漏れるユーフォの音が聞こえてきた。これまた予定外の範囲だが、その音は中川先輩のものよりも纏まっていた。