響け!八幡~北宇治での青春ラブコメはまちがっているのか?~ 作:碧河 蒼空
お茶を濁すような言葉で通学中の危機を脱した俺であったが、終始ニコニコしていた川島に友達認定のスタンプを強引に押されてされてしまったらしい。
あれ?俺検討するとしか言ってないよね?日本語の“前向きに検討”って、大抵は“やらない”の丁寧語じゃなかったっけ?
そんな俺の困惑を置き去りにして、川島から職員室への行き方を教えてもらった俺は、彼女と一旦別れた。
『一旦』というのは、彼女と俺が同じ1年3組であるという事実を、既に宣告されているからだ。
職員室に入り、手近な先生に声を掛けるとパーテーションで囲われた応接スペースに案内される。
ソファーに座っていると、間も無く初老と思われる女性が姿を見せた。挨拶もそこそこに女性も正面のソファーに掛ける。
「私が君の担任となる松本だ」
ハキハキとした声で自己紹介をする先生対し、俺は我ながら覇気の無い声で自分の名を口にした。我が担任は俺のそんな覇気の無さを気など意に介すこともなく、欠席期間の事務的な説明を淡々と始める。
入院中の授業については欠席ではなく出席停止となった。休んだ分の課題提出を求められているが、これは入院中に川島から受け取っていたので、そのほとんどが既に終わっている。
一通りの説明を受けた後、松本先生に連れられて教室へ向かった。
「そう言えば、お前は中学時代は吹部だったな」
入試あるいは入学の書類には中学時代の部活を書く欄があった気がする。松本先生はそれを見たのだろう。背中越しに飛んできた問いに、俺は短く答えた。
「ええ、まあ」
「高校でも吹奏楽は続けるのか?」
「••••••いえ。吹奏楽は中学までのつもりです」
「そうか。もし気が変わったら私に声を掛けろ。私は吹部の副顧問だからな」
「••••••分かりました」
担任が吹奏楽の副顧問ねぇ。まあ、今となっては俺に関わりの無い話だ。
吹奏楽部の話が終わると、教室まで無言の時間が続いた。
「ここがお前のクラスだ。心の準備は出来ているか?」
1-3と記された学級表札の下で先生の足が止まる。
「ええ、まあ••••••」
「川島から話は聞いて、みんなお前の事情は知っている。心配はしなくて良い」
なにそれ聞いてない。
できるだけ目立たず過ごしたい俺にとって、その情報は全然大丈夫じゃないんだが••••••。
「新年度早々不運だったな。だが、お前がしたことはとても立派な事だ。私も君の担任となれた事を誇りに思う。だから胸を張れ!」
••••••猫背は元からなんだよなぁ。
松本先生から有難いお言葉をいただいた後、先生は教室の扉を開いた。先生が中に入ったことで、彼女の背中に隠れていた教室の中が見えるようになる。
教室の奥、窓側から2列目の最前列。川島緑輝はそこにいた。視界が開けて直ぐに俺と川島の目が合うなり、彼女は小さく手を振る。俺はどうにも居たたまれなくなり、川島を無視して先生後を追うように教室へと入った。
「比企谷の席はそこの空いている所だ」
そう言って松本先生が指差したのは一番廊下側の前から二番目の席。簡単な自己紹介を何とか噛まずに終えた俺は指定された席へ向かい腰を下ろした。
「見ての通り、今日から比企谷が登校する。三週間の遅れは大きいが、お前らも手伝ってやってくれ」
朝のホームルームが終わり松本先生が教室から出ていくと、俺は誰かに声を掛けられる前に机に突っ伏して寝たふりを始めた。
わざわざ初対面の人間に対し、寝ている所を起こしてまで声を掛けるやつなど居ないだろう。入学して3週間ともなればクラス内のコミュニティは出来上がっているはずだ。俺の事など気にせず、そっちでよろしくやれば良い。
完成されつつあるコミュニティに突如として入り込んできた異分子を、起こしてまで絡んでくる物好きなど存在しない。そう思っていた。
「比企谷君」
すぐ横から俺を呼ぶ透明感のある女の子の声が聞降ってくる。この声は特定するまでもなく川島だ。
俺は無視を決め込み、呼吸を整え、完璧な睡眠を演じる。
「比企谷君っ、起きてください!」
俺が無反応と見るや、川島は俺の体を揺すった。だんだんと声が近付いて、ついには俺の耳に吐息を感じる距離となった。
「••••••どうした?」
敗北を認め、寝た振りを諦めると川島の顔を見た。
「一時間目は移動ですよ」
「そうか••••••わりぃ」
「いえ、お気にならさず!ささっ、行きましょう。みどりがご案内します!」
グイグイと先行する彼女の後を、俺は力なく追いかける。
「みなさん、お待たせしました」
廊下に出ると女子二人が川島を待っていた。ナニソレ ハチマン キイテナイ••••••。
「やー、君が噂の比企谷君だね。みどりから話は聞いてるよ。私は加藤。こっちが黄前 久美子。よろしくっ!」
加藤と名乗る女の子ははつらつと二人分の自己紹介をした。隣の黄前はジトッとした視線を加藤に向けている。
分かるぞ黄前。こんな目の腐った男に名前知られたくなかった?ごめんね、でも大丈夫。俺、多分お前の事すぐに忘れると思うから。
「お、おう••••••」
我ながら無愛想な受け答えではあったが、加藤の気にする様子は見られなかった。
「ちなみに、私達三人とも吹奏楽部だよ!」
加藤は黄前と川島の間で手を広げて言った。
目の前の女の子を表現するのに天真爛漫といった言葉がしっくり来る。
「へぇ••••••」
「といっても、私だけ初心者なんだけどね」
加藤は恥を忍んでといった具合で右手で後頭部に触れた。
「良いんじゃね?別に珍しいもんでも無いだろ。経験者だって高校から楽器を変える奴もいるわけで••••••」
って、何俺は普通に話してんだ?
興味のないフリを装いながら、専門的な知識が漏れ出すのはコミュ障特有の悪癖だ。
「へぇ、結構詳しいじゃん。比企谷ってもしかして経験者?」
当然、加藤も気付くわけで、俺の発言を拾い上げる。
部員としては吹奏楽経験者という点に関心が向くのだろう。今まで一言も話していなかった、えっと••••••なんとか前さんの視線も俺に向いていた。
「どうだろうな••••••てか、移動しないのか?」
俺は吹奏楽の話題をはぐらかしつつ、視線を廊下の先へと向ける。
「そうですね。それでは行きましょう!」
川島が助け舟を出したことでこの話は終わった。彼女は病院で俺と過ごしていた中で、俺が中学時代の吹奏楽について詳しく話したがらない事を何となく察しているのだろう。
俺達四人は一限で使う教室へ向け歩き始めた。