響け!八幡~北宇治での青春ラブコメはまちがっているのか?~ 作:碧河 蒼空
滝先生との話が終わり、音楽室へと戻る。まだパート練習の時間であり、空っぽの音楽室は、俺が滝先生に連れられて出ていった時の風景を保たれていた。整然としたこの景色からは先程の騒動を感じとることは叶わない。
合奏練習まではまだ時間があった。ここに誰かが現れるのはまだ先だろう。いっそ、敷かれた毛布の群れに横たわってしまおうかと考えたその時、入り口の扉が勢いよく開かれた。
「吉川先輩?合奏練習はまだ後ですよ?」
そこにいたのはトランペットを片手に持った吉川先輩。彼女は俺の姿を認めると、俺の言葉を無視して中へ入り、最前列の椅子に座った。
「比企谷」
俺の名前を呼ぶとその続きは口にせず、自分の隣の椅子を叩く。そこに座れという事だろうか?
俺は指示された通りに吉川先輩の隣に座った。
隣といっても、楽器を演奏するために並べられた椅子だ。肩が触れ合いそうな事はなく、吉川先輩との間には適度な距離感が保たれていた。
「香織先輩から全部聞いたわ」
中世古先輩は部活が終わった後に、吉川先輩と一緒に帰りながら自らの本音を話すのだと思っていた。ところが、中世古先輩は吉川先輩がパート練習に戻ってすぐに二人で話す時間を設けたたのだろう。
「盗み聞きなんて良い趣味してるじゃない」
吉川先輩はジトッとした鋭い視線を俺に向けた。
「あれは、たまたま通りかかっただけで••••••」
「たまたま通りかかって、公園の中まで入ってきた訳?」
「••••••すみません。吉川先輩の声が聞こえて中に入って行きました」
「あと、さっき比企谷が香織先輩を侮辱した事まだ許してないから。後でちゃんと香織先輩にも謝ること。良いわね?」
「分かりました」
「よろしい」
腕を組んで頷く吉川先輩。どうやら一応の許しは得たらしい。
「あと••••••」
不意に立ち上がると、吉川先輩は俺の前に回り込む。
「ごめんなさい。私のせいで比企谷にあんなことさせちゃって」
トレードマークの大きなリボンの裏側が見えそうなくらい、先輩は深く頭を下げた。
驚きのあまり、俺の口から漏れる声は言葉にならない。
俺が紡ぐ言葉を見付ける前に吉川先輩は頭を上げて俺の目を真っ直ぐ見た。
「それと、比企谷のお陰で香織先輩の本音を聞けたわ。昨日、公園で香織先輩を説得してくれたんでしょ。ありがとう」
その真っ直ぐな微笑みを俺は直視し続ける事が出来なかった。
「••••••先輩はパート練いいんですか?」
俺は目と話題を逸らす。
「そうなの。私、個人連の場所を探してここに来たのよ」
吉川先輩はわざとらしく惚けた。
「折角だから比企谷、私の練習みてもらえる?」
さっき滝先生に言われたばかりなのに。どんなに希薄になっても、繋がっていた事実は無くならないと。今ここで吉川先輩との繋がりを作って、俺は何をしたいのだろうか?ただ、不思議と吉川先輩の頼みを断る気にはならなかった。
吉川先輩のトランペットの音色に耳を傾ける。真っ直ぐで暖かみのある、聞く人に寄り添うような、彼女自身のように人間味のある音色だ。
俺の言葉に耳を傾け、音を確めるように再びトランペットに息を吹き込んだ。
俺との吉川先輩の練習はパート練習が終わるまで続いた。やがて合奏練習の為に集まってきた面々は二人で練習している俺達を見て不思議そうな顔を浮かべていた。
今回は短いので、明日も更新します。