響け!八幡~北宇治での青春ラブコメはまちがっているのか?~   作:碧河 蒼空

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話が進まねぇ••••••。


騒動の後、帰り道にて

 丘陵地帯に建てられた北宇治高校の帰り道からは宇治の町を見下ろすことができる。町の背景に広がる空との境目は少しずつだが赤らみだしていた。

 

 前を歩く川島と加藤に黄前。その後ろを五歩分の距離を空けて着いていく。三人の会話は自然と俺の耳にも入ってきた。

 

「でも高坂さんが滝先生と知り合いだったとはね~。久美子は知ってたの?」

 

 話題はやはり先程の話。俺は滝先生の贔屓疑惑を有耶無耶にする事が叶わなかった。音楽室を片付けている時にも部員達の間で話題となっていたのは、やはりこの件だった。

 加藤も中学から高坂と一緒だったという黄前に、二人の関係の事を聞いている。

 

「ううん。私も今日初めて聞いたとこ」

 

 黄前は仲良さげな高坂が渦中の話題であるものの、いつもと変わらぬ様子で淡々と話していた。

 

「そっか。滝先生が贔屓したって話、どう思う?」

「それはないよ。麗奈はちゃんと実力でソロを勝ち取った」

 

 黄前は確信を持っているかのように断言する。

 

「だよね~」

 

 加藤もそこは疑いを抱いていないようだ。

 

「緑も公平に審査されたと信じています。ですが、そうは思えない人の気持ちも分かります」

「どうして?」

「みなさんまだ滝先生の事も麗奈ちゃんの事もよく分からないんだと思います」

 

 吹奏楽部はその規模が大きくなればなる程、パート間の関係は稀薄となる傾向にある。勿論、黄前と高坂のようにパートを跨いで交流する者達も多数いるが、大抵の者は他のパートの事情なんてよく分かっていない事がほとんどだ。

 なんなら俺も中学時代は他のパートのやつには存在すら認知されていなかった。もっとも、同じパートでも名前を覚えられていなかったが。

 閑話休題。ましてや、高坂はパート練習の時間を個人練習に当てることが多く、彼女について詳しく知る者は少なかった。

 滝先生も今年度に赴任してきたばかり。今の吹部を作るまでに相当な顰蹙を買ったと聞いた。

 そんな中、滝先生と高坂が元々知り合いだったという情報のみが先行した場合、どうなるかなんて今更言うまでもないだろう。

 

 他にも無視できないバイアスが存在する。それは、高坂の対抗馬が中世古先輩である事だ。

 中世古先輩にソロを吹いて欲しいと思っているのは吉川先輩だけではない。むしろ、俺達よりも中世古先輩と過ごした時間の長い先輩達はほぼ全員そう願っているはずだ。

 更に、これまた人望の厚い吉川先輩が中世古先輩側に就いている事が拍車を掛けていた。

 

 こういった要因が皆の認知を歪ませている。

 

「比企谷は本当のとこ、どう思ってるのさ?」

 

 不意に加藤が振り返り、こちらに水を向けてきた。

 

「本当も何も、さっきだって嘘は言ってないぞ」

「はいはい。そういうの良いから」

 

 マジで嘘を言ったつもりは無いんだけどな。ただ、穿った見方から発言しただけで。

 ちなみに、穿った見方とは本来、“物事の本質や真相を深く掘り下げて捉えること”なのだが、現在ではあまり良い意味で使われる事はほとんど無い。

 

「••••••さっきも言ったが、高坂が上手いのは間違いねぇよ。あいつは俺等みたいな凡人とは訳が違う」

 

 音を聞けば分かる。高坂は生まれ持った才能に奢らず、努力を重ねてきた天才だ。某桜庭の“勤勉な天才に凡人はどうやったら敵うっていうんだ”という言葉は真理だ。同じ土俵に立つ限り、凡人は理不尽に敵うことは無い。

 

「凡人って••••••私から見れば比企谷も大概だけどね」

「学校でハブられて、友達付き合い分の浮いた時間を楽器に当てれば、あれくらい誰だって出来る」

「理由が悲しすぎる!!?」

 

 加藤は少し大袈裟なリアクションを見せた。

 

「何はともあれ、やっかいなのは別々の問題が結び付いちまってる事だな」

「どういう事?」

 

 珍しく黄前が食い付く。

 

「本来、滝先生が高坂を優遇したかどうかって話と、中世古先輩にソロを吹かせたいって話は、根っ子は別の問題なんだよ。だけど、高坂が優遇されたせいで中世古先輩のソロが奪われたっていう、分かりやすい構図が出来上がっちまってる。理解を得るのは難しいだろうよ」

 

 条件の殆どが逆風となっていると言っても過言ではない。

 

「でも、オーディションで全員が納得するって難しくない?」

「ああ。黄前の言う通りだよ。納得の出来ないやつが少数なら問題ない。何ならコンクールメンバーの殆どが滝先生の贔屓で選ばれていても良い。A編成には影響ないからな。でも、今回はそうじゃないだろ?」

 

 コンクールメンバーに選ばれた部員の中にも、今回のオーディションに納得していない者が多くいた。そいつらの理解を得るのは困難を極めるだろう。

 

「このままだと吹部は自滅するだろうよ」

 

 自分達を導く指導者を信じることが出来ず、集中力を欠いたまま本番を迎えたならば、どうなるかなんて陽の目を見るまでもなく明らかだ。

 

 川島が不意にこちらに近付いてきた。その両手で俺の左手を握りしめる。

 

「••••••えっ?なに?ど、どした!?」

 

 今起こっている事に理解が追い付かず、テンパりまくった。吃りながらも俺は川島に意図を尋ねる。

 

「比企谷君のしようとしていた事は理解しています。あすか先輩も言っていました。夏紀先輩が止めなかったら比企谷君がみんなからの敵意を集めて、その反抗心を全国への原動力に変えていたかもしれないって••••••」

 

 ••••••あの人には俺の考えなど見透かされていたわけか。

 

「比企谷君は凄いです。一人でそれだけの事を成し遂げようとしたんですから。••••••ですが、こういうのもう無しにしてください」

 

 それは縋るような懇願だった。

 

「••••••あれが一番効率が良かった。それだけだ」

「効率とか、そういう事ではありません」

「みんなに都合よくは出来ないだろ。だったらみんなの共通の敵を作るしかない。機能しなくなる全国出場の旗印に変わる分かりやすい理由だったろ?」

 

 十人十色という言葉がある通り、人の価値基準はそれぞれ違っている。そんなバラバラな人間が集まるからには、共通の確固たる大義が必要なのだ。

 

「今も部の雰囲気は良いとは言えません。既に滝先生と麗奈ちゃんの事も噂になっていました。もしかしたら違った未来があったのかもしれません。ですが、緑はそんなの嬉しくありません。葉月ちゃんや久美子ちゃんだって••••••」

 

 川島は寂しげに俺を見ていた。

 

「あれだけの事が出来るんです。だから、比企谷君自身が傷付かない方法を考えてください」

 

 川島は俺の手をそっと離して、前の二人の元へと戻って行った。

 立ち止まったこちらの様子を見ていた加藤と黄前は、普段通りに振る舞いに戻った川島に戸惑いながらも、彼女に合わせている。

 駅で加藤と黄前と別れ、俺と二人きりになってからも、川島は先程の寂しげな表情を見せることは無かった。

 

 川島は決定的に勘違いをしている。俺は傷付いてなんかいないんだよ。何故なら、都合の良い幻想を他人に抱いてなんかいないからだ。

 ただの一度も理解を求めず、ぼっちは築くことも分かつこともない。

 故に一時の関係に意味はなく、その歩みはきっと誰かと交わることは無いだろう。




 最後、ちょっぴり無限の剣製。
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