響け!八幡~北宇治での青春ラブコメはまちがっているのか?~ 作:碧河 蒼空
「サンライズフェスティバル?」
「はい。五月の第一日曜日に太陽公園で開催されるんです。私達も参加するので、良かったら比企谷君も見に来ませんか?」
昼休みになり、コンビニで買ったパンの入ったビニール袋を持って外に出ようとすると、川島に捕まった。どうやら吹奏楽部のイベントへのお誘いらしい。
川島曰く、サンライズフェスティバルとは京都府の吹奏楽部が集まって公園の敷地を演奏しながら練り歩くマーチングの祭典だという。
しかし、屋内で座って演奏する吹奏楽が何故、屋外で、しかも歩きながら演奏しなければならないのだろうか?
マーチングバンドの歴史を紐解けば、そのルーツは軍楽隊へと行き着く。反戦活動家の皆さん出番ですよ。ほら、そこかしこから軍靴の音が聞こえてきませんか?
もしも、うっかり我が校の野球部が甲子園などを決めた日には、夏の日差しが牙を向くアルプススタンドでの演奏も半強要されるのだろう。
あれ? 吹奏楽部ってインドアを装った超アウトドア文化系部活なんじゃね?
「まあ、行けたら行くわ」
こう言っておけばこの場の空気を悪くすること無く、当日になれば“いやー、急にのっぴきならない用事が入りまして”と適当な理由をつけてバックレる事が可能なのだ。
「はい!是非いらしてください」
俺の言葉の真意など想像だにしていないのだろう。川島は嬉しそうに笑った。
あのですね、そういう無防備な態度がピュアな男子を勘違いさせるんですよ。俺がプロのボッチでなければ、うっかり惚れて告白してフラれるところだった、ってフラれちゃうのかよ。
「いやいや、これ絶対来ないやつだよ」
うっさいぞ何たら前。
川島の傍らにいたクラスメイトに心の中で悪態を吐く。
「詳細は後でLINEで送りますね」
これ以上の深入りを避けるべく、俺はそそくさと教室を後にした。
そんなやり取りがあった事を思い出しながら、俺はソファーで朝のコーヒーを飲んでいた。
今頃、川島は会場へ向かっている頃だろうか。
悪いな川島。俺には一週間の疲れを癒し、英気を養うという大切な用事があるのだ。
テレビの中ではプリティーでキュアキュアな少女たちがエンディングを踊っている。
ああ、今日も非常に良かった。ニチアサの眩しさは、俺のような日陰者にさえ一時の勇気と活力を与えてくれる。
窓に目を向ければ燦々と日差しが差し込んでいた。空には太陽を遮るものは無く、今日も平和な一日であろう事を予感させる。
「おにーちゃん♪」
朝から妙にテンションの高い愛しのマイエンジェル、妹の小町がリビングに降臨した。
「これから遊びに行こう。付き合ってよ!」
「何か欲しいものでもあるのか?」
「うーん、あるにはあるんだけど、一番は京都で初めてのお兄ちゃんとの思いでかな?あっ、今の小町的にポイント高い!」
そのポイントが貯まったら、俺は何かを交換しないといけないんですかね?
「どこで何するか知らんが、一緒に出掛けるくらいなら構わんぞ」
「おおっ!ありがとう!!それじゃあ、1時間後に出るから準備しといてね!うーじ 宇治 宇治 宇治 うーじ 宇治♪」
••••••宇治?
あんな所で何するつもりだ?
ルンルンと口ずさむ小町を疑問に思いながらも、俺は大したこと無いだろうと思考を停止させた。
一時間後、準備といっても財布を用意するくらいで済んだ俺と、だぼっとした部屋着から外行きの格好に着替えた小町は、一緒に家を出る。
我が家の最寄駅である伏見稲荷駅から電車でおよそ30分。宇治駅で下車すると、駅前のお店で小町が親父からせしめたというお小遣いでカップデザートを購入した。
宇治駅からはバスに揺られる。
カップデザートの入ったケーキ箱を大事そうに抱える小町は終始ご機嫌で、鼻唄を歌いながらニコニコしている。
「で、今日の目的はまだ教えてくれないのか?」
「まあまあ。もうすぐだから」
思わせぶりな態度を崩さない妹から情報を引き出すのは早々に諦め、溜め息を吐きながら背もたれに体を預けた。
まあ、今日は可愛い妹に付き合うと決めたんだ。地獄でもない限り着いていくさ。
時折小町に視線をむけつつ、外の景色を眺めて過ごしていると、小町が停車ボタンに手を伸ばした。どうやらバスを降りるようだ。
「とうちゃーく!」
バス停から少し歩いて辿り着いたのは太陽公園。••••••おやおや?
脳内の検索エンジンが、数日前の川島との会話をヒットさせる。確かここは、マーチングの会場だったはずでは?
「別に隠さなくても付き合う位はしてやるんだぞ?」
「本当に?なら何で行けたら行くなんて言ったのさ?」
「別に行く理由が無いからな」
「••••••このごみいちゃんは••••••」
小町の俺を見る目に湿度が帯びた。
「てか、お前も呼ばれてたのな」
小町と川島は事故の件から交流を持っている。誘われていても不思議ではない。
「うん。どうせお兄ちゃん暇だろうし、一緒に行くって返事しといたよ」
「こらこら。お兄ちゃんにだってプリキュアを三回見直すという予定くらいあるんだぞ」
まあ、確かにそれ以外、今日は何も予定無かったし、何なら先週も来週も何も無いまである。
「それに、お兄ちゃんと出掛けたかったのは本当だよ。こっち来てから色々あったしさ」
小町の声からふとおふざけが消える。
思えば京都に来て早々、小町には心配を掛けた。病院のベッドで横になっている姿を見るや否や、泣きじゃくりながら俺に飛びついてきた小町の顔は忘れられない。凄く怒られたし、散々文句を言われた。
それを思えば休みの一つや二つ可愛い妹に捧げるくらい何て事無い。
「今日は小町に付き合うよ。何せ今日、お兄ちゃんは暇だからな」
「それなら、とことん付き合って貰おうかな!」
俺達二人は賑わいを見せる公園の奥へ進んでいく。
コース途中の沿道に陣取ると、小町はカップデザートの箱を開けた。
俺達が買ったのは抹茶ティラミス。抹茶スポンジとマスカルポーネクリームで四重の層になっており、上部に抹茶パウダーがまぶされていた。これを一口頬張った小町の顔は幸せそうに緩んでいる。
俺も付属のプラスチックスプーンで口に運ぶと、抹茶の苦味とマスカルポーネクリームの濃厚な甘さが口の中に広がった。本場の抹茶スイーツは確かに美味しい。
カップデザートを食べ終えると、次第に人が集まってきた。演奏がスタートしたのか、遠くからは楽器の奏でる音が聞こえてくる。
「ねー、お兄ちゃん」
「どうした?」
「お兄ちゃんが吹奏楽部に入らないのは別に良いと思うんだ。ただ小町はね、お兄ちゃんに大好きな音楽まで距離をおかないで欲しいんだ」
「••••••別にそんなつもりはねぇよ。事故にあった日だって吹きに行こうとしてたんだしな」
「そっか••••••そうだよね、ねえ、帰ったら久し振りに聞かせてよ」
「ああ、分かったよ」
楽器の音は次第に大きくなり、先頭の学校が俺達の前を通過していく。いくつかの学校を見送ると、北宇治高校のプラカードが見えてきた。
「おーい!みどりさーん!」
先頭で旗を振っていた川島に小町が全力で手を振っている。流石に川島が手を振り返す事はなかったが、彼女もこちらに気付いたようで、視線だけはバッチリ合った。
加藤はポンポンを持って弾けるような笑顔で踊っており、何とか前さんはユーフォニアムを抱えて吹いていた。
まあ、みんな楽しそうに歩いていることで。
彼女達を見送ると、すぐに次の学校がやって来た。
北宇治が通りすぎた今、目的は果たされたが、俺達は最後の学校が通過するまでこの場に立っていた。
「••••••さて、行くか」
最早ここに用は無いはずだ。流石にカップデザートだけでは腹が持たない。まずは昼食かと思ったのだが、小町は呆れ顔で俺を見上げたのだ。
「まずはみどりさんを労ってからでしょうが。終わるまで待つよ」
親父から貰ったお小遣いは小町が握っている。窘められた俺は食事にありつけるまで先は長そうだと感じた。