響け!八幡~北宇治での青春ラブコメはまちがっているのか?~ 作:碧河 蒼空
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府大会への追い込みは続く。
トランペットソロの再オーディションを経て、吹奏楽部の部員達は再び一つに纏まり、滝先生の指導の下、ひたすらに楽器を奏でる毎日を送っていた。
『今の所、ユーフォ入れますか?百五十八小節目です。コンバスとユニゾンで』
本番まで二週間を切ったある日、滝先生のそんな言葉からユーフォの演奏パートが追加された。
そこは音が薄かった事もあり、全体を俯瞰すれば的確な修正であることは間違いないのだが••••••。
「うーん、ここかぁ。確かに難しいよね」
長瀬先輩の言う通り、府大会が差し迫ったこのタイミングで追加するには難易度が高い。低音でのダブルタンギング、目まぐるしい指使い、16分音符から4分音符、8分音符への急激な変化。15秒にも満たない演奏でこれでもかと技術的要素が詰まっている。
「まあでも、先生の言うことも分かる。ここはちょっと音の厚み弱かったしな」
ただ、後藤先輩は俺と同様に、滝先生の判断に一定の理解を示す。
「じゃあちょっとやってみるね。黄前ちゃん聞いてて」
田中先輩がまず追加されたパートを吹いて見せた。
初見であるはずのそれを一度目からそつなく吹いてみせた田中先輩に、黄前と長瀬先輩が称賛の言葉を口にする。
続いて黄前も同じ箇所を吹くが、こちらは音を安定させることすらままならず、後半には目に見えてミスが連発した。
「あの••••••私、個人練行ってきます」
黄前は焦燥感を隠しきれない様子で、勢いよく立ち上がる。
「まあまあ、待ちなって。黄前ちゃんが居なくなったら比企谷を呼んだ意味が無くなっちゃうわ」
田中先輩が俺の名前を出したので、全員の視線が俺に集まった。やめて、そんな見ないで。逃げ出したくなっちゃうから。
「••••••ようやく俺がここに呼ばれた理由を教えてくれるんすね」
俺は理由も告げられず、田中先輩により低音パートへ連れて来られていた。
「That's right. 君が黄前ちゃんの練習を見てあげるの」
つまりは何だ。田中先輩は黄前が上手く吹けないことを予期していて、彼女の面倒を見させる為に俺を呼んだって事か。
「黄前だって経験者ですよ?俺の助言なんていります?」
「聞いたわよ?比企谷って私よりユーフォ上手いらしいじゃない」
「••••••誰ですか?そんなこと言った恐れ知らずは」
「さぁ?壁に耳あり障子に目あり、とだけ言っておくわ」
田中先輩がそう言うと川島、加藤、黄前、中川先輩がスッと不自然に目を逸らした。四人とも心当たり有りとかよ••••••。
「そんな訳で黄前ちゃんをヨロシクね。はいっ、黄前ちゃんは比企谷を連れて個人練に行って良し!」
「えっ、は、はい」
黄前は視線を田中先輩に戻して返事をすると、先程まで座っていた椅子に手を伸ばした。
「あ••••••」
だが、黄前の手が届く前に、俺が椅子と譜面台を掴み上げる。俺の行動が意外だったのか、黄前はポカンと面を食らっていた。
「ほら、行くぞ。案内してくれ」
「うん、ありがとう」
ポツリと黄前の口からお礼が漏れた。
「わお。比企谷ってば紳士的!」
一部始終を見ていた田中先輩がすかさず俺を茶化す。この人は一々人にちょっかいを出さないと気が済まないのか?
「そうなんですよ。普段はぶっきらぼうなのに、こういうとこはしっかりしてるんですよ」
中川先輩も田中先輩に同調して口元を意地悪く歪める。ブルータス、お前もか••••••。
面白がる先輩達を無視して、黄前と俺は校舎裏の一角に移動した。ここはちょうど校舎が日陰を作っており、蒸し風呂と化している教室より幾分か涼しさを感じた。
黄前は俺が無造作に置いた椅子と譜面台の位置を微調整すると、腰を下ろし、左腿にハンカチを敷いてその上にユーフォを乗せる。
汗を浮かべた顔で空を仰ぎ、息を吐いた。おい、妙に色気を出した息遣いをするな。
「よしっ」
気合いを入れ直し、黄前はユーフォに息を吹き込む。外に出て来ただけで演奏が良くなる事は無く、先程と同じ様に本番で吹くにはあまりにも未熟な演奏となった。
「まず、タンギングを気にせずリズムから覚えるのが良いんじゃないか?それから••••••」
俺の助言を聞きながら、黄前は短いフレーズを何度も何度も繰り返す。
日陰の大きさが半分くらいになっても、彼女はひたすらユーフォを吹き続けていた。汗が制服へと滴り、呼吸も荒くなっている。
••••••そろそろオーバーワークか?
俺は黄前の用意した水の入ったペットボトルを、キャップを開いて差し出した。
「ほれ、そろそろ水飲んだらどうだ?」
「••••••ありがとう」
黄前は肩を上下させてペットボトルを受けとると、水を一気にあおった。彼女が思っている以上に体は消耗している様子。
こちらに近付いてくる足音が一つある事に気付く。こんな所、俺達のどちらかに用事が無ければ、まず来ることはないだろう。俺は視線を黄前から移すと、姿を見せたのは高坂だった。
「良くなってる。でも、コンクール的には駄目」
高坂もどこかで黄前の演奏を聞いていたらしい。挨拶も抜きに、彼女はそう淡々と告げた。
彼女の言う通り、黄前の演奏は最初と比べると良くはなっている。それでも、コンクールに間に合うかどうかはまだ何とも言えないのが正直な所だ。
「だよね」
それは黄前も理解していた。猛暑の中、水分補給を忘れる程に彼女は追い込まれていた。
「ねえ麗奈。私、上手くなりたい、麗奈みたいに。私、麗奈みたいに特別になりたい」
「じゃあ私はもっと特別になる」
「••••••うん」
黄前と高坂は何やら二人だけの空気を作る。高坂の作る表情はいつも見るそれより柔らかい。俺はというと、すっかり蚊帳の外である。二人とも俺がいることを忘れていませんかね?
「比企谷に教わってるの?」
あ、ちゃんと俺の存在を認識してたのね。
高坂は俺をチラリと見た後、黄前に尋ねた。
「うん。あすか先輩が比企谷に教われって」
「ふーん。悪くない人選ね。比企谷もユーフォ使ったら?その方が効率良いんじゃない?」
高坂の言う通り、教える側が目指すべき音を示すことはとても有効な手段だ。
「吹いたことも無いフレーズを、俺が吹けることを前提で話すな」
だが、当然ながらそれは俺が正解の音を出せることが前提となる。
「比企谷なら出来ると思うけど」
「••••••買い被りすぎだよ」
「そう。ずいぶんと自己評価が低いのね。それとも、ただ惚けているだけかしら?」
黄前と話していた時のような表情を、彼女は俺に向けない。迷いない言葉が淡々と紡がれるだけだ。
「••••••私も練習に戻るわ」
それ以上は踏み込もうとせず、高坂は俺達に背を向けて去っていった。
本来、お守りを作るシーンはこの後になるのですが、私が見ていた時系列票が原作準拠のもので、アニメ版の時系列がずれている事に気付かず、だいぶ前倒しでお守りのシーンを作ってしまいました。
今から書き直すのも手間なので、このままいきます。