響け!八幡~北宇治での青春ラブコメはまちがっているのか?~   作:碧河 蒼空

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1話の前書きにGeminiに作ってもらった本作の表紙絵を追加しました。

今回はオノマトペを多用しております。


響け!八幡

 学校に到着した俺と川島はまず職員室へ音楽室の鍵を受け取りに向かう。職員室には滝先生が昨日と寸分違わぬ姿勢でデスクに座り、イヤホンを耳に挿していた。

 

 こうも昨日と変わらない姿を目にすると、もし滝先生ががっこうぐらしをしていたとしても、最早驚かないかもしれない。

 教員は部活動の時間には残業手当は存在しない。いわゆる給特法という名の公認タダ働きシステムである。つまり、今先生が行っているのは無償奉仕だ。やはり、教職はブラックである。元気で~す(ヤケクソ)。

 

「おはようございます。今日は川島さんと比企谷君が一番乗りですね」

 

 滝先生は引き出しから纏められた鍵二つを俺に差し出した。俺が鍵を受け取ると、滝先生は視線を少しずらす。

 

「背負っているのは比企谷君のユーフォですか?」

「ええ、まあ」

「なるほど。それで今日はこんな早くいらっしゃったんですね。それは黄前さんの為ですか?」

「別に、自分の仕事をやり易くする為ですよ」

 

 今の俺のミッションは府大会で黄前にコンバスとのユニゾンを吹かせることだ。その為に効率的な方法を取ったに過ぎない。

 

「そうですか。お二人ご一緒と言う事は音を合わせるんですよね?よろしければ、少し私も聞いてよろしいでしょうか?」

「構いませんよ。滝先生としても、黄前に聞かせて良い音か確認しておかない訳にはいかないでしょうし」

 

 助言する立場の俺が楽器を持つと言う事は、黄前が俺の音を見本にすると言うことだ。それに値する演奏を俺が出来るかどうか、指導者である滝先生は知る必要がある。

 

「確かにそれもありますが、純粋に比企谷君の奏でる音を聞きたいんです」

 

 物好きなものだ。

 滝先生は俺が音楽準備室で吹いたユーフォを聞いていたはずだ。

 俺の演奏技術は田中先輩より上である。これは見栄や自惚れなんかじゃない事実だ。だが、俺よりも上手い高校生は当然いる。何なら楽器は違えど、高坂や隣にいる川島の演奏技術は、俺なんかとは比較にならないくらい高い。

 ならば、滝先生の真意はどこにあるのか。

 

「それでは行きましょうか?」

 

 答えを詮索する猶予も与えられず、滝先生は立ち上がると職員室の外へ向かった。先生により、職員室の施錠が行われ、扉に貼られた紙には“音楽室の鍵は開いています”と手書きによる伝言が残された。

 

 音楽室方面へこの三人で歩くというのは、昨夜とほぼ同じシチュエーションである。

 音楽室の前に到着すると、鍵を持っていた俺が音楽室の扉を開けた。中からは逃げ場を求めていた熱気が俺を押し退けるように雪崩出てくる。

 

 一瞬だけ後退りしそうになるのを堪え、熱気を押し返すように進む。

 

「コンバス取ってくるから、川島は換気しといてくれ」

「分かりました。ありがとうございます」

 

 音を出す時は窓を閉めないといけないが、準備段階で少しでも換気をしておくと幾分かマシだろう。

 

 俺は音楽準備室の施錠を解き、音楽室に劣らない熱気の中を進んだ。コンバスを抱え上げると、両手にずっしりと重さを感じる。コンバス自体の重さは8~15kg程度だが、楽器ケースを合わせると20kgになる事もある。額に汗が滲むのを感じながら、壁や鴨居にぶつけないよう細心の注意を払って移動した。

 

 音楽室へ戻りコンバスを降ろし、俺は額の汗を拭う。

 

「お疲れ様です。あとは自分でやりますので、比企谷君もユーフォの準備をしてください」

 

 川島が手際よくコンバスのセッティングを始めたのを見届け、俺も自分のケースのジッパーを開いた。

 

「Bessonのプレスティージュですか。良いユーフォですね」

 

 滝先生が感心したように呟く。

 そう、貰った当初は露程も知らなかったが、このユーフォ、プロの奏者も愛用者が多いトップモデルなのだ。父の知り合いは何故これを父に差し出したのか、未だに謎である。

 

 プレスティージュは左手でレバーを操作して主管を伸ばし、微妙な音の調整を助けてくれるチューニングスライドトリガーが標準搭載されている。こいつを当然のように使っていたが故に、初めてこのトリガーが無いユーフォを使った際、存在しないレバーを左手で空しくサワサワと探し回るという奇行を晒したことがあった。

 

 閑話休題。俺は川島の隣に椅子を引き寄せた。川島が用意した譜面台を斜めから覗ける位置に収まる。

 チューニングを済ませると、件の154小節目のフレーズに息を吹き込む。

 

「••••••悪くないが、ここは少し走ったか」

「そうですね。もう一回やりましょうか」

 

 スマホで録音した今の演奏を再生し、川島と二人でチェックした。修正点を共有して再度演奏。これを二回繰り返す。

 

「流石ですね。これだけの演奏でここまで出来るようになるなんて」

 

 滝先生は感心したように俺を見た。

 

「ただ楽譜に書いてある通りに吹いただけです。田中先輩だって、始めからそこそこ吹けてましたよ」

 

 俺の冷めた返答に、滝先生が困ったように笑う。

 

 まあ、田中先輩を基準にすると黄前が落ち込みかねないので、この場以外では黙っておく事にしよう。

 

 何度かそのフレーズを擦り合わせた後、俺達はその曲を一度、最初から通して合わせることにした。昨日の滝先生も指摘した通り、黄前には同じ所をひたすら練習させる訳にはいかないからだ。

 

 川島のコンバスに耳を傾けながら演奏していると、やはりその音色は見事という他なかった。ボワッとぼやけて広がる事なく、一点にピントの合った芯がありながらも、まろやかで暖かい響きを持っている。その旋律は地鳴りのような深い響きが空間を包み込み、ただ音が大きいとかそんな次元ではない確かな存在感があった。

 この音に乗せて音楽をするのは、凄く心地好い。

 

 一曲分の録音データを二人で聞き直していると、入り口からガラガラと引き戸が開かれた。

 

 現れたのは二年生の先輩女子。背中まで伸ばされた長髪にぱっつんの前髪とぱっちりまつ毛。可愛らしいというよりかは綺麗という形容が似合う彼女だが、その表情筋は旅に出ているのか、その役目を放棄している。下がった眉尻や血の気を感じさせない真っ白な肌は、そんな彼女の華奢で儚げな印象を演出していた。

 

 確か、この人はオーボエの先輩だったか?

 

「おはようございます、鎧塚先輩」

 

 川島の挨拶に先輩はこくんと頷く。ケースからオーボエを取り出した彼女は誰とも目を合わす事も無くいつも定位置へと腰を掛けた。

 

「あー、俺達移動した方が良いすかね?」

「••••••いい」

 

 鎧塚先輩の取るコミュニケーションは必要最低限の省エネ設計。そのままリードに口を付けてからはひたすらに基礎練習を繰り返す。

 

 ははーん。さてはこの人、俺と同じぼっちだな。

 周りの雑音の一切を遮断し自分の音と向き合うそのひたむきな姿勢と、まるで機械のように正確無比な超絶技巧。鎧塚先輩のそれは仲良しごっこにかまけていた者が手にすることは決して無いものだ。

 

 また暫くすると、今度は高坂と吉川先輩がやってきた。高坂のやつが俺の姿を認めると、何やらこちらを睨んでいる気がする。何故に?全く心当たりが無いんだが。早朝から登校しただけで威嚇される俺の立場はどうなる••••••。

 

 吉川先輩の方は鎧塚先輩の元へと歩いて行った。

 

「みぞれ~、おはよう今日も早いね」

「優子も今日はいつもより早い」

「なんか早く目が冷めちゃって」

 

 ついさっき抱いたばかりの、鎧塚先輩のぼっちのイメージが崩れ去る。めっちゃ仲良さげに話しかけられてんじゃん。

 

「で、比企谷はユーフォ持って何してるの?」

 

 吉川先輩の視線が俺を捉える。

 

 俺は最近、パート練習の時間に黄前の練習を見ている事、そのツールとして自分のユーフォを使う為に川島と練習している事を説明した。

 そして言われたのが••••••。

 

「ふーん。じゃあ、私も入るわ!良いでしょ?」

「••••••今更、一人や二人増えたところで変わりませんけど」

 

 俺はこの勝ち気な先輩を拒否する術を持ち合わせていないのだ。

 

「みぞれも一緒にやろ」

「分かった」

 

 おいおい、確かに一人や二人とは言ったが、本当に二人増えたよ。

 

 そして、時間が進むにつれ、次々と部員が音楽室に集まってくる。

 最初は中世古先輩と小笠原先輩、次に塚本。俺と関係を持つやつらの多くが演奏に加わった。もなかのメンバーもオーティションもオーティションの範囲など、出来る範囲で参加する。

 

「何やら困惑顔ですね」

 

 俺がどうしてこんな事態にと考えていたら、滝先生に声を掛けられた。

 

「元々、誰の邪魔にもならないように早く来て一人で練習するつもりだったのに、川島から始まって、どうしてこうなったもんかと」

「腑に落ちませんか?ですが、これがこの三ヶ月間で比企谷君が紡いだ関係ですよ」

「俺は言われた事をただやっていただけですよ」

「そうでしょうか?あなたが中川さんのオーディションに介入したり、トランペットソロを巡って吉川さんと言い合った事。昨日の事だってそうです。貴方の献身は“言われた事をただやる”人のそれではありませんよ」

 

 

 俺の心臓が一度、強く脈打った。

 俺は仮面を被るように先生の顔を視線で射貫く。

 だが、滝先生はそんな俺の事など構うこと無く、言葉を続けた。

 

「貴方の存在はちゃんと皆さんに響いているんです」

 

 

 

 

 

 

~Side 久美子~

 

 求めるべき音は頭の中でちゃんと鳴っていた。その理想が井戸の底の羽音に過ぎなかったという事を、扉一枚が隔てる向こう側で奏でられている旋律を聞いて思い知った。

 

 昨日、自分はユーフォが好きだと自覚し、気持ちを新たに登校した矢先の出来事だ。何やら音楽室がいつもより騒がしかったので、扉を開けず明り窓から中を覗くと、既に音楽室に集まった人達がどういう訳か比企谷と三日月の舞を演奏している。

 

 私の耳は自然と比企谷のユーフォの音を追っていた。

 麗奈とは違い、同じ楽器だからこそより痛感させられる実力差。

 これがまだあすか先輩だったら納得できた。だが、今音を奏でているのは同級生。

 その指、息の強さとタイミング、柔らかく包み込むような響き。全てにおいて求めていた音を上回っているのだ。今の私が敵いっこない。

 

 込み上げてくる嫉妬心を、私は首を振って振り払う。

 卑屈になっている場合じゃない。彼が練習を見てくれるというのだ。自惚れでなければ、彼がユーフォを持ってきたのは私のためだと思う。だったら、今は自分の音を少しでもあの音に近付ける事だけを考えるんだ。

 

 鞄の持ち手が食い込む手を更に握り締め、私は扉を引き、音楽室へと足を踏み入れた。

 

~Side 久美子 end~

 

 

 

 

 

~Side 麗奈~

 

 私は夏休みに入ってから毎日、朝の六時くらいに登校して職員室へ鍵を受け取りに行っている。

 この一時(ひととき)は滝先生と二人きりで話が出来る。自宅に防音室のある私が、こんな朝早くから学校に来ているのは、これが理由だ。故に、鎧塚先輩が私より早く来て練習を始めているのを承知の上で、私は滝先生に音楽室の鍵を貰いに行くのだ。

 

 しかし、今日に限って職員室の扉には一枚の書き置きが貼られ、鍵が掛けられていた。室内の明かりは消えており、恐らく中には誰もいないだろう。自分の肩がガックリと下がるのを感じながら、私は音楽室へ向かった。

 

 途中で吉川先輩と鉢合わせ、二人で音楽室の扉を潜る。

 そこで私の目に飛び込んできたのは、滝先生の前で楽器を持つ比企谷と川島さんだった。きっと、滝先生がわざわざ職員室を開けてここまで足を運んだのは、比企谷の演奏を聞くため。

 

 なるほど。私の掛け替えの無い一時(ひととき)が奪われた原因はあの男にあるのだと、私は察した。 

 

~Side 麗奈 ends~




東京タワーのイベントと劇場版行ってきました。 

東京タワーのレプリカチケットは秀一、3000円特典は久美子、劇場版の入場特典は奏でした。

ネタバレしないように劇場版の感想を書くと、演奏シーンがメチャンクソ良かったです。リピートするかも。てか多分行く。
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