響け!八幡~北宇治での青春ラブコメはまちがっているのか?~ 作:碧河 蒼空
コンクール当日の朝は早い。
前日まで練習で使っていた楽器を会場まで運ぶ訳だが、勿論、宅配便なんて手段は使えない。当然だ。全参加校の楽器をホイホイ預かっておけるほど、会場のバックヤードは広くない。
故に、ホールを貸し切った時のように、本番の直前にチャーターしたトラックへ楽器を積み込む必要がある。コンクールの時間に間に合うようにそのトラックがやって来るのは朝の七時。それまでに積み込み準備を済ませておかなければならなかった。
現在、夏真っ盛りであるにも関わらず、A編成のメンバーは全員ステージ衣装である冬服を着用して登校してきている。
一体クールビズはどこにいったのやら。
SDGsやらエコだのが叫ばれる昨今、吹奏楽連盟も次代の波に取り残されないよう、衣装の軽装化という名の改革を推し進めるべきではないだろうか。
なんなら、五月に行われたサンライズフェスティバルの方がよっぽど涼しげな格好をしていたまである。
俺はふと、サンライズフェスティバルでの北宇治のあのチア風ミニスカ衣装を思い出した。
••••••いや、駄目だ。もし小町があんな露出の多い格好でステージに上がろうものなら、俺はホールにいる野郎共全員の目を潰して回らなければならない。やはり、吹奏楽における正装は今後も露出を極限まで制限した冬服に限る。
時代の波?そんなもの伝統と言うテトラポッドで跡形もなく粉砕してしまえば良い。よし、冬服大賛成。
トラックへの積み込みが終わると、まだ姿を見せない滝先生を除いた全員が正門前に集合していた。
「お前ら気持ちで負けたら承知しないからな。分かったか!」
全員の前で松本先生が厳しい声で発破を掛けている。
ただの根性論に聞こえるが、松本先生の言う通り、ここまで来たら小手先の技術云々の問題ではない。拍手の後に静まり返った観衆と審査員達が埋め尽くす広いコンサートホールの異様な空気に満ちる中、いかに平常心を保ち練習通りに演奏できるかが大事になってくる。結局、最後はメンタル勝負なのだ。
全員が気合いを入れて返事を響かせた直後、慌てて走りながら滝先生がやって来た。隣で背筋をピンと伸ばしている松本先生とは対照的に、膝に手を付いて情けない姿を晒していた。もはや、指導している時に見せるあの冷徹無比な悪魔の面影は微塵もない。
「ぁはぁっ••••••すみません、遅くなりました」
息を切らせる滝先生への松本先生の絶対零度の視線が痛い。
指揮者としてステージに上がる滝先生の装いは正装のタキシード。
うむ••••••
――ねーねー知ってますか?フルート奏者が酸欠になるのは息の半分以上をそのまま捨ててるからなんですよ。(豆たき)
毎日一つ、豆知識ランランラン♪
••••••いかん。最近、早朝音出しの為の早起きが続いていたからか、深夜のテンションが習慣化している。
「先生、ちょっと良いですか?」
小笠原先輩が滝先生の許可を得ると、森田先輩に話を促した。
「はい。私達サブメンバーのチームもなかが皆さんへのお守りを作りました。今から配りますので、どうぞ受け取ってください」
Aメンバーから歓声と拍手が湧き上がり、もなかのメンバーはみな照れるように笑みを浮かべる。
俺が一歩引いてお守りを配り始めたもなかの様子を眺めていると、森田先輩が俺の胸元に紙袋を押し付けてきた。
「ほら、比企谷もボーッとしてないで配って」
「は?いや、これはもなか達で配った方が••••••」
「何言ってんの?比企谷だって手伝ったんだから、自分で渡すの!」
有無を言わさぬ勢いで押し付けられた紙袋を俺が受け取ってしまうと、森田先輩はとっとと自分の持ち分を配りに行ってしまった。
袋の中には俺が作ったお守りが入っている。一度、全員分揃っているかチェックするために森田先輩が集めたものがそのまま俺の元へ帰ってきた形だ。
仕方なく俺はまず部長である小笠原先輩の元へ向かった。
「小笠原先輩、どうぞ。小笠原先輩は何の心配も無いと思いますが」
「そんなこと無いよ。多分、そんな事言ってくれるの比企谷君くらいよ」
小笠原先輩は眉尻を下げて苦笑した。
「本当にそうなら、ここにいる全員の目は節穴ですね。小笠原先輩、ここぞと言う時はきっちりやってくれる人でしょ?」
「買い被りすぎだって。でも、ありがとう」
少しだけ表情が和らいだ小笠原先輩の元を離れ、他のお守りも次々と渡していく。俺が渡したところで、そもそも受け取ってもらえるかという懸念があったが、思いの外、みんな素直に喜んでいた。鎧塚先輩は相変わらずの無表情で本心が読めなかったが、ちゃんとお礼は言われたので良しとする。
袋の底に一つだけ残ったお守り。それにあしらわれたイニシャルはS.K。俺は最後に渡す相手に声を掛ける。
「川島、ほれ」
我ながら愛想の欠片もない渡し方だと思った。
「ありがとうございます!これ比企谷君が作ってくれたのですか?」
「ああ、まあな」
それでも、川島は受け取ったお守りをまるで宝物でも扱うかのように両手で大事に包み込んだ。
「そうですか。ふふっ、ありがとうございます。大切にしますね」
「••••••大袈裟だっての。俺のご利益なんてたかが知れてるぞ」
「そんなことありません!」
こっちから渡しておいて身も蓋もない俺の言葉を、川島はキッパリと否定した。
「お守りって何かに挑む時や不安な時に心を預けるものだと緑は思うんです。この比企谷君が作ってくれたお守りがあれば比企谷君が応援してくれてるんだって、そう感じられるんです。だから、これは緑にとってこれ以上無いご利益なんです!」
真っ直ぐな瞳。一点の曇りもない全幅の信頼。
俺のようなひねくれ者の卑屈さなど一切通用しない、圧倒的な陽のオーラを正面から浴びる。
「お前が不安を感じてるとは思わねぇけどな。んじゃま、頑張れよ」
俺なんかの応援で頑張れるってなら、今回ばかりはその期待にほんの少しだけ応えてやらなくもない。
「はい!比企谷君がついてくれてると思えば、もう何も怖くありません!!」
••••••それ、某魔法少女が首から上をパックンチョされる前に言う死亡フラグなんだよなぁ。
今回で京都府大会を終わらせるつもりだったのに、全然進まなかった。