響け!八幡~北宇治での青春ラブコメはまちがっているのか?~ 作:碧河 蒼空
ゴールデンウィーク明けの放課後。普段なら録画したアニメを消化する為に、脇目も振らず家路に就いているであろうこの時間に俺は担任である松本先生に呼び出されて職員室にいた。
「何だね、これは?」
先生は眉間に深い皺を刻み、デスクの上に置かれた一枚の作文用紙を指で叩く。
「はあ••••••一限に提出した国語の課題ですね」
「そんな事は分かっている。私は中身の話をしてるんだ」
デスクの上に乗っているのは連休中の宿題として出された作文である。はて?テーマは高校生活、それ以外は自由に書いて良いと国語の教師は確かに言っていたはずだ。
「“青春とは嘘であり、悪である。” “青春を楽しむ愚か者ども、砕け散れ。”お前は馬鹿にしてるのか?」
「近頃の高校生はだいたいこんな感じじゃないですか?」
俺の答えを聞いた先生は眉間に寄った皺を揉んだ。
「はぁ••••••どうして斜に構えた見方をするんだ、お前は?」
「色んな視点で物事を見ることが出きるって事ですね」
「••••••真面目に聞け」
先生の声のトーンが一段下がった。物理的な圧が首筋を撫でるのを錯覚する。
「すみません••••••書き直します」
俺は早々に反省の弁を述べ、作文を受け取って帰ろうと思ったが、先生は顎に手を当てて何やら考え事をしている様子。
「比企谷、着いてこい」
宣告。有無を言わせぬ足取りで先生は職員室を後にした。それに着いていく形で俺も廊下へ出る。
「どこへ向かってるんですか?」
行き先も告げずに前を歩く先生に俺は尋ねた。
「音楽室だ」
「••••••は?」
「言っただろ?私は吹奏楽部の副顧問だ」
「••••••俺も言いましたよね?吹奏楽は中学生までだって」
俺は足を止める。いくら何でも流石にこれは許容できない。
「勘違いするな。別にお前に入部しろとは言っていない」
「じゃあ何なんですか?」
「お前には手伝いしてもらう。ちなみに、これは部活動ではなく生徒指導だ。期限は夏の府大会まで。夏休みの参加は強制しない。これでも不満か?」
「••••••府大会まで。これに間違いはないですね?」
「無論だ。約束しよう」
生徒指導、ね。出口が見えているのなら妥協も致し方ないか。
俺は再び歩き出しす。、
目的地に近付くにつれ空気の振動が激しくなると、次第に俺の心はざわつきだした。
音楽室の扉の前へ着いた俺達は窓から音楽室の中を覗き込んだ。
中で合奏練習が行われており、パッと見五十人以上はいる部員の前で顧問であろう眼鏡を掛けた男性が指揮をとっている。
「なあ、うちの部の演奏はどう思う?」
ふと後ろに立つ先生が俺に尋ねた。視線を向けると、先生も腕を組んで中を覗いている。
「まあ、結構上手いんじゃないですか?」
「そうだろ。だが、先月の始めなんて海兵隊すらまともに演奏できなかったんだ。しかも、一年生だけじゃない。二、三年からも少なくない人数がだ」
それはなんとも。
海兵隊といえば吹奏楽において入門曲としてメジャーな曲である。それがまともに演奏できないというのは基礎すらままならない事他ない。
それがよくここまで持ち直したものだ。
「今年から顧問が滝先生に変わって、連中、本気で全国を目指しているんだ」
先生は音楽室の中から視線を外し、俺へと向き直った。
「お前の作文に書いた内容が全て間違っているとは私も思わん。だがな、比企谷。こいつらの青春が嘘であり悪であり、ご都合主義なのかどうか。お前はその目でしっかりと見届けてみろ」
ピタリと音が止む。
「行くぞ。着いてこい」
扉を開けて音楽室へ入っていく先生の後に俺も続いた。
刺さるような視線の雨。副顧問である松本先生が一緒とはいえ、死んだ魚のような目をした部外者が突然入ってきたのだ。俺は指揮を取っていた男性に事情を説明している松本先生の後頭部に視線を固定し、髪の毛の一本一本にまで意識を向けることで部員達を極力意識の外に追いやるよう努めた。
「事情は分かりました。比企谷君、僕は顧問の滝です。しばらくの間よろしくお願いしますね」
松本先生の後頭部から滝と名乗った男性に視線を移すと、そこには爽やかなイケメン(ケッ)がいた。歳は30過ぎ位だろうか。
松本先生は部員達を見渡す。
「みんな、ちょっと聞いてくれ。彼は府大会まで部の手伝いをしてくれることになった比企谷だ。期間限定のマネージャーみたいなものだと思ってくれて構わない」
松本先生がほら、と俺に発言を促した。無茶振りに近い紹介。俺は絞り出すような声で応じる。
「••••••ども」
案の定、松本先生は溜め息を吐くが、特に咎められる事はなかった。
部員達は戸惑いがあるのか、控えめな拍手が起こる。
こんな微妙な空気になるのも当然だ。突然目の腐った男が現れたと思ったら期間限定のマネージャーときたもんである。本当に意味が分からない。