響け!八幡~北宇治での青春ラブコメはまちがっているのか?~ 作:碧河 蒼空
吹奏楽部のマネージャー(仮)の仕事は少なくない。
教室の準備から備品や部費の管理、楽譜を初めとした配布物の準備などなど。音楽室の机の運び出しといった力仕事は男子部員の共同義務だが、合奏後のパート練習に向けた設営は、俺一人の肩にのしかかる。
勿論、頼まれれば練習のフィードバックも行う。俺が経験者である事は既にバレているので、アドバイスを求められることはかなり多い。特に特に俺と同じ低音、あるいは小町と同じトランペットのパートに顔を出すと、ついつい専門的な話にまで踏み込んでしまうのは経験者の悲しい性なのだろう。
今日は中間試験が終わって初めての活動日。俺はコンクールに向けたスケジュール表を配って回っていた。
8月の予定に書かれた“吹奏楽コンクール京都府予選”の文字。俺が吹奏楽部に関わるのもここまでとなる。このまま何事もなく京都府予選を終えてくれよと密かに思った。
だが、その考えがフラグとなったのだろうか。プリントが配られた後に滝先生から伝えられた言葉によって、部員達に衝撃が走る。
「今年はオーディションを行う事にしたいと思います」
後で知ったことだが、北宇治は例年上級生が優先的にコンクールメンバーに選ばれていたらしい。
コンクールで演奏できるのは上限55名と決まっており、それを越える部員を抱えた北宇治高校吹奏楽部は今年からオーディションにて滝先生が審査し、メンバーを選出する事となった。
松本先生の言うように本気で全国を目指すなら是非もなく導入すべき。下級生にもチャンスが与えられるのならメンバーに選ばれる為により一層練習に励むだろうし、上級生だってコンクールに出られる保証がなければ自らの立場に胡座をかくことは無くなるはずだ。だが、デメリットが無いわけではない。
『お前さぁ、調子のってね?俺次のコンクールが最後なんだわ。邪魔すんなよ』
脳裏をかすめる、中学時代の呪詛。
競争が部員間のトラブルを生みかねないことだ。
俺は印刷した楽譜と滝先生から預かったCDを持って各パートに配って回っていた。楽譜も全部員分となると流石に重い。持ち手が食い込む事で感じる紙袋の重量に辟易としながら荷物の中身に目を落とした。
課題曲、プロヴァンスの風。自由曲、三日月の舞。
三日月の舞はユーフォニアム奏者にとってはなかなかの曲者なのだ。速い
どうやら、松本先生の言っていた本気で全国を目指すというのは本当らしい。
さて、楽譜とCDもほとんど配り終え、そのユーフォニアムが所属する低音パートへとやってきたわけだが••••••。
「緑の人でなし!!」
教室の扉に手を掛けようとした時、中から加藤の叫び声が聞こえてきた。
「だからっ、初心者も今年からレギュラー取るつもりで頑張る!冬に凍死するキリギリスのようにならない為にも」
「あ••••••はいっ、分かりました」
加藤と田中先輩の、噛み合っているようで一方的に蹂躙されている掛け合い。
「なんか例えがおかしいような••••••」
「キリギリスって凍死しましたっけ?」
キリギリスが蟻に見捨てられた所でアリとキリギリスの物語は終わるため、死因については言及されていない。ただ、キリギリスがアリに言った“歌うべき歌は歌いつくした。私の亡骸を食べて生き延びれば良い”という台詞からキリギリスが死ぬという結末を読み解くことができる。
「ノンノン。日々の練習が大切ってこーと」
田中先輩にに言わせれば、サボった奴の末路、の象徴なのだろう。
いつまでもここにいても仕方がないので、俺は扉を開けて中へ入った。
「失礼します」
「やあ比企谷!ついに入部して低音を救う気になった?」
「••••••CDと楽譜を持ってきました」
吹奏楽の手伝いを始めて暫くしてから、俺は田中先輩の相手をするのを止めた。彼女の相手をしても疲れるだけなのだから。
「悪いな、いつも助かる」
低音パート唯一の男子である後藤先輩が楽譜とCDを受けとった。彼とは身長差があるため、メガネ越しの目は俺を見下ろすこととなる。この人の担当楽器はチューバ。最も大きな金管楽器であるチューバもこの人が持つと相対的に小さく見えるから不思議だ。
ちなみに奥にいる同じく2年生のチューバ奏者である長瀬先輩と付き合っているらしい。ハッ、リア充爆発しろ!
「それでは失礼します」
「まあまあ待ちたまえ。少し付き合いなよ」
逃走を試みた俺の手首を田中先輩の細い指が完璧な精度で捕らえた
「まだ他のパートを回る仕事が••••••」
「空の袋下げて何言ってんのよ」
反対の手で空の袋をつつかれ逃げ道を塞がれる。田中先輩によって、俺は低音パートの面々が集まる机の前に引きずり出された。
俺が田中先輩に捕まっている間に、川島は苦笑しながらCDを再生する為にラジカセの準備をしていた。再生ボタンが押されると、ラジカセはファンファーレを奏でた。どうやら先に三日月の舞を流すらしい。
「おぉっ、何か格好いい!」
「ですね」
初心者の加藤は純粋に感動している様子。だが、この曲を格好良く演奏するにはそれ相応の技術が必要だ。
「うふふ、この曲は低音が良いんだよね」
そう。田中先輩の言う通り、三日月の舞において低音は推進剤。低音のクオリティが曲の完成度を大きく左右する。
曲の中間部ではペットやオーボエ、ユーフォのソロがあり、特にペットのソロは一番の花形であろう。
ソロで落ち着いた曲調は終盤でギアを上げ、壮大なクライマックスへと展開していく。最後に力強い低音で締め括られると誰かの息を吐く音が聞こえた。最初こそ話し声もあったが、気が付くとみんな曲に集中し黙ってラジカセから流れる音に耳を傾けていた。
「これが譜面です。丸印の付いてるところがオーティションで吹くところになります」
先輩方から順番に譜面を配る。
「えっとー、どれどれ」
そう言って田中先輩はユーフォを抱えマウスピースに口を付けると印の付いている箇所を演奏し始めた。彼女の奏でる音はとてもスムーズで始めて吹くようには聞こえなかった。副部長兼パートリーダーを任されているだけあり、その実力は部内で見ても頭一つ抜けている。
「わー、もう吹けちゃうんですか?」
いつも一緒に練習している長瀬先輩ですら驚きを隠せないでいた。
流れで何とか前さんも吹くこととなるが、本人も“田中先輩ほどは吹けない”と言った通りたどたどしさの残る演奏となった。それでも一発で吹けるのは凄いんだけどね。
「上手いね」
もう一人のユーフォ奏者である二年の中川先輩から見ても何とか前さんのレベルも高いようだ。
「え?ありがとうございます」
「ユーフォ始めたのいつって言ってたっけ?」
「小四からです。姉につられて何となく」
「じゃあ今年で七年か。そりゃ差もつくか」
中川先輩は何とか前さんから俺へと視線を移す。
「比企谷はユーフォいつからやってるの?」
「••••••俺は小三からですけど••••••」
俺が答えると中川先輩は少し考えるような仕草を見せると中川先輩へ向き直った。
「すみません。比企谷連れていっても良いですか?」
「良いわよ。春香達には私から連絡しておくわ」
あの、本人を蚊帳の外にして俺を取引するの止めてもらえませんかね?
「比企谷、悪いんだけど一緒に来てもらえない?」
「はあ、分かりました」
俺は個人連に行くと言う中川先輩に付いて教室から出ていく。
「ごめんね、勝手に話進めちゃって。まだ仕事残ってた?」
「いえ、大丈夫です」
よくよく考えればこのマネージャー(仮)の活動にて俺の意志が存在したことなんて無かった。
「比企谷は中学までで吹部止めたって聞いたけど、まだユーフォ好き?」
「ええ。ユーフォは好きですよ」
「そ、なら良かった」
夏樹先輩は途中で寄った教室から椅子を二つ運ぼうとしたので、俺はそれを持って校舎の外に出る。
「椅子ありがとうね」
校舎裏の一角に俺を連れてきた中川先輩は椅子を並べて俺を座るように促す。
「比企谷をここに呼んだ理由なんだけとさ、私にユーフォを教えてくれない?」
「なんで俺なんですか?」
「あすか先輩も黄前ちゃんもオーディションを争ってるわけだからね。その点、比企谷はオーディション受けないでしょ?勿論、他の仕事優先で構わないから」
確かに筋は通っていた。ま、他の仕事優先で良いと言ってるし、田中先輩から逃げる隠れ蓑にもなるだろう。
「分かりました。毎回は見れないと思いますが」
「ありがとう。それで十分よ」
こうして中川先輩との奇妙な師弟関係が始まった。
いつも誤字報告のご協力をいただき、ありがとうございます。
ここの所、『••••••』を3点リーダーに直してくれる方が多々いらっしゃるので、それについてご報告します。
『••••••』を入力する際、3点リーダーを偶数重ねる慣習は私も知っているのですが、私のスマホがセンターの3点リーダーに変換してくれない事から、半角の点を6つ重ねる形で作っております。
編集者をされている方が回答されているのを拝見すると、3点リーダーでないといけない理由は無く、表現法方は自由との事でした。なんなら、3点リーダーも奇数で使うのもアリだそうです。
上記の理由から、このスマホで執筆する限りは『••••••』で統一していきます。