もしもカフェのマスターが元デビルハンターだったら【本編完結】 作:CP厨の悪魔
二道はマスターの店だ。けれど、今だけは二人の時間だ。マスターは空気を読んだ。が、彼の相棒はそうでは無いようだった
「オイ!キス、キスしてるゾ!」
「……あのねぇ」
「ウッヒョー!!」
呆れた様子で、出歯亀しようとしている空気の悪魔を窘めつつ、倉庫の奥に眠っていた公安時代のスーツに着替えた。シワひとつない、綺麗に整えられたそれはまるで新品のようで。
「着ることはないと思ってたんだけどね」
それは、マスターにとっての戦闘服。それは、マスターの選択への決意の表れ。
黒いコートを手に取って、愛用のエプロンを置いた。そして、彼らにとって必要になるものを入れた紙袋を手に取って、店内に戻る。
「二人ノ空気感……イイ……」
――彼らにはきっと、明るい場所が似合うだろうから。
「――さて、久々に現役復帰だ。体が鈍ってないといいな」
◇
「今から僕は厳しいことを言うけど、大事な事だからね」
マスターは、いつの間にか格好を変えていた。公安の制服であるスーツに、マキマや岸辺が羽織っているような黒いロングコート。デンジには何故か既視感があった――そう、岸辺に似ているのだ。何もかも違うはずなのに、纏う空気感は歴戦を感じさせる。
「まずはデンジ君から聞こうか」
「んぁ……俺?」
いきなり自分からとは思わず、呆気に取られた表情になるデンジ。
「君はね、
「借金まみれで、まともにご飯も食べれなかった生活から一転して、暖かいご飯を食べて、綺麗な布団で寝れる生活にね」
「でも、レゼちゃんと逃げるって言うなら話は変わる」
「逃亡生活っていうのは、短期的に、色んな場所へ動かないと行けない。追っ手に捕捉されてはいけないからね」
「時には冷たいご飯をたべて、汚くて狭い布団で二人で寝ないといけないかもしれない。今の恵まれた環境とは大違いだ」
「――それでも、レゼちゃんと逃げるつもりなのかな?」
デンジは想像する。
レゼと共に、昔暮らしてたような小屋で一緒にパンを分けあって食べて、夜はレゼに抱かれながら一緒に眠る生活を。
「最高じゃあないっすか……」
「……ふふ、君は実に良い奴だな」
にへら、と笑うデンジ。レゼは、そんなデンジを見て、嬉しそうにするが同時に申し訳無さそうな顔をしていた。
「――なら、最後にもう一つ」
「デンジ君、君はマキマさんをどう思う?」
「レゼちゃんを選ぶと言うのなら、君の恩人であるマキマさんを裏切ることになるけど」
「それは……」
それは、デンジもレゼが来るまで考えていた事だった。確かにレゼは大切な人だ。でも、同じくらいまだ、マキマの事は好きだった。
「僕は言ったはずだよ。人生において二つ同時に選ぶなんて美味しい話はないって――選ぶ道は二つにひとつ、だよ」
マスターは暗に問うた。マキマではなく、レゼを選ぶのかを。
「……オレにとってのマキマさんは、今の素晴らしき人生をくれた恩人で、超好きな人で、マキマさんに会ってなきゃオレは今頃レゼに会えて無いだろーし……」
「多分、逃げてる時もずっと、マキマさんの事はずっと好きなまんまだし、嫌いになんてなれねぇ」
「でも、俺はそれでもレゼがいーんだ。俺ぁレゼとなら田舎のネズミだっていいぜ」
「……なるほど。ありがとう、答えてくれて」
マスターは、デンジの答えに満足気に頷くと、一口、美味しそうにコーヒーを飲んだ。
そして、今度はレゼの目を見た。
「さて、次はレゼちゃんだ」
「……はい。何でも答えますよ〜」
レゼはデンジの返答を聞いてる最中、ずっと表情が暗かった。デンジがそんな覚悟をしてまで来てくれたことが嬉しいと同時に申し訳ない気持ちでいっぱいだった。
デンジの事情は知っているようでまだまだ知らなかった。
「レゼちゃん。デンジ君は本気で君と逃げるつもりだよ」
「でもね、それは君の過去の負債もデンジ君は背負うことになるよ」
「確実にソ連の追っ手は君を探すだろうね。君の首のピンの重要性は奴らにとっては非常に高い。時には殺し合いにもなるだろう」
「――それに、デンジ君を巻き込んでもいいのかな?」
レゼは、黙り込んだ。
有頂天にまであがった気分がどん底に落ちたような気分だった。考えなかったわけじゃない。けれど、一人で逃げるつもりだったから。ずっと、ずっと、一人だったから――。
ふ、と横に座るデンジの顔を見る。
デンジはレゼの視線に気付くと、にへら、と笑った。その顔を見てるとなぜだか、酷く安心してきて。
――レゼは俺がずーっと、傍にいるから、レゼも俺ん近くに居てくれ
デンジの言葉が、レゼの胸に響く。そして、決心したかのように顔を上げた。
「……デンジ君、私の手、握ってて」
「おう」
深呼吸して。レゼはマスターに向き直った。
「私はそれでも――デンジ君と行く」
「ずっと、一人で生きてきた。そして、これからもずっとそうなんだって思ってた」
「……だけど、デンジ君がついて来るって、ずっと傍に居てくれるって誓ってくれたから」
「デンジ君が居ない人生なんてもう――考えられなくなっちゃった」
「それに、さっきデンジ君が言ってくれたんだ。――俺がレゼを守るって」
「なら私は、それに素直に甘えちゃおっかなって」
「だから私は――デンジ君をちゃんと、巻き込みます。私の人生全部に」
レゼは答えた。他の誰でもない、自分の意思で。
デンジの手を強く握りしめながら、マスターの問いに立ち向かったのだった。
「ありがとう。うん……僕が聞きたいことは全部聞けた、その上で――」
レゼの返事を聞いて、マスターは満足気に頷く。
「――君たち、100点だ」
「僕も、その答えを聞いて決めたよ」
「君たちを全力で逃がそう。ルートはもう決めてある」
「ソ連の方は少し難しいけど……マキマさんの方は私が何とかしよう」
マスターの一言に、驚きを隠せない二人は揃って口をあんぐりと空けていた。
「裏口の路地裏を出たところに駐車場がある。そこに僕の車があるからそれに乗って隣町の駅まで行くといい。レゼちゃんは運転できるよね?」
「え、うん……まあ、訓練で一応……でも――」
マスターはどうするのか、なにをするつもりなのか、そう聞こうとしたレゼを手で制止して、マスターは続けた。
「ならば良し。車は駅に着いたらそこに置いといていいからね。――今は東京本部襲撃で、それどころじゃないから、混乱に乗じて逃走するなら少し離れた駅から出発するのがベストだろうね」
「駅に着いたら東京から離れた田舎に行くんだ。できるだけ遠くが良い。如何にマキマさんの力をもってしても日本全土を探すのには苦労するだろうね」
「あぁ、でも……ずっと日本に留まってはいけないよ。二、三年程お金を稼いだなら、海外へ逃げなさい」
「そうだな……アメリカとかなら安全かも」
「ちょ――ちょっと待った!!なんで、なんでマスターは私たちにそんなにしてくれるの?!私たち、まだ一週間しか関係が無いのに……!!」
淡々と逃走ルートを話すマスターに、レゼが割り込む。当然の疑問だろう。世話を焼くにしてもやりすぎなぐらいだった。
「理由なんて、簡単だ。君たちがとても美しいものに見えたから」
「……なんだか、とっても懐かしくて、綺麗なものにね」
マスターはレゼの疑問に、少し悲しげに微笑みながら返した。一週間だけだったけれど、彼のカフェ――「二道」で過ごした日々は、マスターにとって宝石のような思い出となっていて。
昔を思い出すような、若人の青春が――いつしかマスターにとって最も大事なものに並んでいたから。
「そんな、そんな理由で……?あの魔女――マキマとも対立するの……?」
「彼女は悪魔だよ。なら……デビルハンターの出番じゃないかな」
「えっ……マキマさんって悪魔だったの……?」
「あれ、デンジ君は知らなかったのかい?彼女は支配の悪魔と言ってね、虫や小動物だったり、自分よりも格が低いと思った者を支配して操ることができるんだよ」
「そーだったのか……」
会話の流れをさっぱり理解出来ていなかったデンジであったが、マキマの事だけはちゃんと聞こえていた。
マキマが、実は悪魔だったなんて……
「ま、俺はそれでもマキマさんの事好きだけど〜」
「ちょっとそこ!浮気みたいなこと言わないの!」
「いまはレゼがいっちばん好きだぜ。これは変わんねぇよ?」
「ちょ……デンジ君……」
マスターとしては、いきなり始まったイチャつきをもっと眺めていたい気持ちではあったが、グッとこらえて、手に持っている二つの紙袋をデンジとレゼにそれぞれ手渡した。
「レゼちゃんにはこの前言っていた藤の浴衣と、僕オリジナルブランドコーヒー豆に、バイト代だ」
「バイト代……?って、こんなに貰えないよマスター!」
「いいんだよ。海外へと逃げるための資金に暫くの生活費は必要でしょ?」
紙袋の中身を確認してみると、そこにはとんでもない額が記載された通帳が入っていて、慌てて受け取れないと返そうとするレゼに「バイト代」というていで押し付けた。最初は受け取れないと返そうとしたレゼであったが、マスターが押し通したおかげで「ありがとうございます……」と、目に涙を浮かべ、深々と頭を下げた。
「頑張って。そして、デンジ君には餞別だ」
「センベツ?」
「プレゼントってこと。――耳貸して」
マスターはデンジの耳元まで顔を近付けると、レゼには聞こえないように慎重に囁いた。
「その袋にはね、指輪が入ってる。僕の両親が身につけていたらしいものでね、然るべき時にちゃんと渡すんだよ」
「…………おう」
デンジは紙袋をいっそう強く握って、マスターと拳を合わせて約束した。
別れの時がきた。マスターは裏口へと誘導すると、駐車場まで歩く二人を見送ろうと、そのまま外に出た。
「――さて、長居はしない方がいい。マキマさんが追ってくるだろうから」
「何から何まで……ありがとうございました。――それと、生意気でごめんなさい」
「いいよ、気にしてない。そこもレゼちゃんの魅力だからね」
「ぐすっ……またね、マスター!」
「うん、レゼちゃんも。また、ね」
「マスター、俺、父親とかわかんねぇけどよ」
「……マスターみたいな人が父ちゃんだったら、きっと幸せだったろうなぁって……」
「はは、嬉しいことを言ってくれるね。僕も、君みたいな良い子は大歓迎さ」
「良い子……良い子かぁ……なんか、すげ〜嬉しい。ありがとう!マスター!」
「ふふ、デンジ君!ウチの看板娘を任せたよ!」
「おう!任されたー!!」
二人は手を強く握りながら、薄暗い路地裏から光のある方へと歩いていった。マスターは二人が見えなくなるまで手を振り続け、二人もまた同じように手を振り続けた。
「さて、と」
「イッチャッタ……」
「行っていいんだよ?」
「……エッ?」
「好きなんだろう?あの二人が。あの空気感が」
「オマエは……今カラあのマキマと戦うツモリだ!ワガハイの力、必要!」
「僕ぁもう、君をただの悪魔とは思えないんだよ」
「……友達だと思ってるんだ」
「思えば、君が最初に契約した悪魔だったね」
「懐かしいなぁ、全く」
「……」
「僕のエゴには巻き込めない」
「君にゃ生きて欲しいんだよ、空気の悪魔」
「ワガハイは……ワガハイも、オマエと友達、ダ」
「ケド、イイのか、ホントに」
「僕の切り札を知っているだろう?今から契約悪魔の一人くらい、どうってことない」
「……デモ」
「ワガハイだって、オマエには生きテテ欲しイ」
「ははっ、死にやしないさ。約束する。色々終わったら、君たちの元へ行くから」
「……シロ」
「んー?」
「契約シロ!オマエは無事ニ、ワガハイたちノ所に来いト!!」
「……ふ、ははは!!!あぁ、分かった。契約しよう」
「イイか!!絶対ダゾ!絶対!」
「あぁ――絶対に、だ」
そう言うと、一陣の風が、マスターの背中から吹き抜けていった。
「……コーヒーでも淹れようかな」
マスターはまた、二道へと戻っていった。
その背中は、いつになく寂しそうに――見えた。
◇
三時を告げる時計のチャイムが鳴った。
今頃二人と一匹は、遠くに逃げることは出来ているだろうか――と思いながら、コーヒーを一口飲んだ。
――カラン、カラン……。
扉の鈴の音が鳴った。
マスターはゆっくりと視線を向けると、その先にはマキマが立っていて、スーツは血で汚れていた。そして、その背後には無数の公安のデビルハンター達が控えており、各々が武器を持って待機していた。
一触即発。ただならぬ空気が、二道を覆う。
「やぁ、いらっしゃい」
「これは命令です。――一ノ瀬ケイ、私に服従すると言いなさい」
「――注文はいつもの、エスプレッソで良かったかな?」
デンレゼ最高!デンレゼ最高!デンレゼ最高!
オマエもデンレゼ最高と言いなさい!
一ノ瀬ケイ──一ノ瀬契