もしもカフェのマスターが元デビルハンターだったら【本編完結】 作:CP厨の悪魔
天使の悪魔は困惑していた。突然、空から降ってきた自分も聞かされていない増援もそうだが、その中に前回捕まえたはずのサムライソードがいることだ。マキマへの疑問は今に始まったことじゃ無いが、あの規模の事件を起こしていて尚サムライソードを自分の仲間のように扱うマキマに対して強い不信感を覚えていた。
――蘇るのは、あの島の最期の光景。
天使の悪魔が直接手を触れた人間は、寿命を吸い取ってしまう。そして、その吸い取った寿命に応じて武器を作ることが出来るのが天使の悪魔としての力だ。確か、あの時はマキマに命じられて――いや、もっと違った理由のような……
「僕は……一体……何を……?」
「――天使君。君は、きみを育ててくれた島の人達の寿命を吸い取ってしまったんだよね」
「あ、あぁ……忘れるもんか。一人一人吸い取ってしまった人達の顔は覚えている……」
――僕は何故、そんなことを……?
「島の人達は君の力を知ってもなお、受け入れてくれたよね」
「まるで家族のように……。でも、君は寿命を吸い取ってしまった」
「最初に君の一番の友人。よく果物をくれた優しいおばさん。君の父親や、母親代わりになってくれた二人」
「――そして、君の大切な女性」
覚えている、忘れるものか。優しく受け入れてくれた島の人たち全員寿命を吸い取って、残ったのは自分ただ一人。後に残ったのは、目から光が消えた島民のみんな。その後、悪魔として、マキマに捕まった。
「許されることの無い事をしてしまったよね?」
「……うん」
「なら、余計な事は考えないで」
「これは命令です。私に従うと言いなさい」
「――はい」
マキマの命令に、ただ、何も言えずに頷いた天使の悪魔は、意志のない瞳のまま立ち尽くしていた。
彼にはもう、先程の不信感や、疑問は無い。ただ、マキマの命令に従うだけの人形と化してしまった。
◇
――サムライソードは混乱の最中にいた。
最初はマキマを救わんと息巻いていたが、火炎放射器の武器人間、バルエムがいきなりやられたことによって、ただの乱心したデビルハンターだと思っていたマスターに対する警戒心を最上のものとした。
「テメェ!よくもっ!」
仲間のなかで一番短気だった剣の武器人間が、マスターへと躍り出る――が。
「岸辺君よりも体術がなってないね。君はマキマに支配されている子かな?」
いつの間にか両の手に持っていたナイフで難なく剣を受け止めると、目にも止まらぬ速さで心臓を三度突き刺し、首の頸動脈を一閃し、腹部へ蹴りを打ち込み吹き飛ばす。
「アレがただのロートルだと……?」
呆然とつぶやく。しかし、そうやって攻めあぐねていると鞭の武器人間と槍の武器人間が同時に動き出した。
鋭く急所を狙い、風切り音と共にしなる鞭。
中距離から、己の槍を心臓目掛けて投げ込んだ。
「クァンシの矢よりも遅いなら、僕にも見えるんでね」
マスターはバックステップを踏みながら鞭を躱すと飛んできた槍を、ノールックで掴み、そのまま地面と鞭の武器人間を縫い止めた。
「ぐぁっ……!!」
「僕の槍を……!?」
苦悶の声を上げて、苦しむ鞭の武器人間に、驚きを隠せない槍の武器人間。無理もない。ただの人間にそんな芸当ができるとは思ってもいなかったからだ。
「お返しだ――虎、100年恩赦。食い破れ。蛸、そのまま絞め殺せ」
マスターがそう言った瞬間、蛸の悪魔が鞭の武器人間の背後から現れしっかりと首に絡みつき、徐々に絞めて行き――もがき苦しんでいたが、ダランと手が垂れ、変身も解除されそのまま力なく倒れ込んだ。
槍の武器人間の方には、三つ目の虎が背後から上半身をガブリ、と食いちぎってしまう。
――ただの瞬きも出来ぬ間に行われていた。
「さて、最後は君だけだが……おや?その姿は……」
「クソがっ!」
居合の構えを取る。サムライソードの最大の攻撃方法にして、最速の攻撃だ。
この攻撃を受けてたっていられた人間は居ない。それにチェンソーのガキにだって……
――チェンソーのガキって、なんだ?
「……まぁいい。結局手柄を取るのは俺だけってことだろ!」
僅かな疑問が浮かぶが、雑念だ。振り払うようにサムライソードは、己の手から生えるような形で出現している刀をマスターの首元へ、一瞬にして詰め寄った。
「サムライ君、君は足元を掬われる事が多いだろ」
マスターのそんな言葉が聞こえた気がした。
サムライソードの足元には彼の気付かぬ間に、鉄の扉が展開されていて、そこから二つの眼光がサムライソードを認識した。
「鱓、20年恩赦」
手始めに足を食われる。激しい痛みとともに血が辺り一帯へと撒き散った。
「――コン」
足を封じられ、あと一歩のところで刀が逸れてマスターの頬を少し切りつけることしか出来なかったサムライソードに対して、しっかりと三指を立て狐の悪魔の腕が突き刺さる。
「――ごはっ!!?」
こんなはずでは無かった――そんな、サムライソードの心中の独白は、誰にも察さられる事なく遥か遠くの空の彼方へと吹き飛ばされたのだった。
援軍である武器人間たちは、マスターの手によって簡単に完封されてしまった。
「(あの天使みたいな子、さっきは普通だったのに今は違うね。おそらく支配されてしまっているのか……)」
マキマの武器庫となっていた天使の悪魔を倒しておきたがったが、どうやら自分の意思が無いと見ると出来る限り殺さないように務めようと方針を固めたマスターは、マキマに向き直った。
「さて、君の切り札とやらは潰させて貰ったよ。あとは君だけのようだが……」
「――1000年使用」
マキマが天使の悪魔に命令すると、天使の輪から凄まじく長い槍が出現する。マキマは槍を受け取り、右手に刀、左手に槍を持つ形で、マスターと対峙する。
「ブランクを感じさせませんね。さすがです」
「それほどでもってね。これでもおじさん、結構疲れてるんだよ?」
純粋に褒めるマキマに対し、少し疲れた表情を見せながら肩をすくめるマスター。
しかし、両者共に息は上がっていないようだった。
「――先ほど、足元注意と言われましたが」
「あぁ、言ったね」
「私も毎回、下を向いて歩いているわけではないんですよ」
「人というのは、
「良いことを言うね。あぁ、そうだとも。足元ばかり気にしていても、目的地には付かないからね」
「えぇ。ですから私からも一つ忠告です」
「
マスターは空を見上げた。そこに青空は広がっておらず、まるでそこにぽっかり穴が空いてしまった様な巨大な輪が、存在していた。
「――まさか」
「近隣住民を巻き込んでも尚――戦いを出来るのですか?「最優」さん」
マスターには心当たりがあった。自分の監獄の悪魔が生み出す空間とは別の次元――地獄の存在だ。
よく目を凝らしてみれば。ぽっかり空いた空間のさらに先には無数の扉の天井が広がっていて、ただならぬ雰囲気をマスターは肌で感じとる。最悪の予想が、マスターの頭で駆け巡る。支配の悪魔の権能、それを考えれば思いつけたはずだった。
おそらくマキマは――自分が支配した悪魔をここで大規模に呼び出すつもりなのだ、と。まだ、人が残っている気配がする。とてもじゃないが守り切れるとは思えない。
マスターはここに来て初めて、焦りの表情を浮かべた。
「さぁ――おいで、皆。私を手伝って」
一つ、扉が開く。落ちてくる悪魔がなんなのか分からない。しかし、その凶悪性は醜悪な見た目が示していた。さらに一つ、もう一つ。流れは止められない。
落下速度からして地上に落ちてくるまでにそう時間は多くかからないだろう。
「――羆、天狗、鯨、竜巻、山火事、砂嵐。それぞれ六体の
大きな監獄門が、マスターの頭上に展開されると、六体の悪魔の真の姿が地上に君臨した。それぞれの悪魔たちは釈放されたことに喜びの雄叫びを上げながらも、最後の刑務作業に、天高く登り出した。
「――余所見」
鋭い痛みが、マスターの左腕に走る。すかさず躱したつもりだった。しかし、気を空に向けていたのが良くなかった。左腕には先程天使の悪魔が生み出した槍が突き刺さっており、勢いそのままに千切とってしまう。油断したつもりは無い。しかし、彼の認知の外からの攻撃に思わず呻き声を出してしまう。
同時に、膠着状態だったデビルハンター達が動き出す。マスターはスーツのシャツで強く出血部分を締め付けながら、右手に持つナイフ、そして契約している蛸と狐の悪魔を総動員して、一切を薙ぎ払った。
満身創痍の身体のまま、マキマを確認する。
――……どこにもいない?
マスターが、警戒を強めていたその時、腹部に激痛に加え、じんわりと熱い鉄を押し付けられたような熱が広がった。
「が……はっ……!」
「
「全く、ここまでやらなくちゃ行けなくなるとは思いもしませんでした」
「あなたは「最優」。民間人に被害が起こることを最も恐れている」
「その考え方が、あなたの敗因となりました」
「よく見てください。私が呼んだ悪魔たちは貴方のところにしか
「ちょっと観察すれば分かるはずでした」
「――けれど、「最優」であるあなたが、あんな危険なモノを放っておくわけが無い」
マキマに耳元で囁かれながら、マスターは抜け出そうと踏ん張るが、肩を掴まれ、さらに奥へと刀を深々突き刺していく。
「ご、ほっ……だが……君もタダじゃすまない……落ちてくる悪魔の死骸に……押しつぶされるぞ……!」
「今更私がそれを気にするとでも?諸共――ですよ」
上空では悪魔の共食いが始まっていた。マスターが厳選した強力な悪魔たちが暴れ回っているが、数の暴力に押し込まれつつある。しかし――釈放という名の力の無制限解放を言い渡された六体の悪魔も死ぬ寸前まで、迫る悪魔を倒す。
二道の周りには、振動音と共に死骸が落ちてくる。
「はぁ、はぁ……僕は、言った筈だ……切り札は最初から使っておけ、と……」
「でも、これは言ってなかったね……」
「――
ニヤリ、とマスターは背後に回るマキマに対して笑う。
「雷、地震200年恩赦。マキマを、支配の悪魔を吹きとばせ!!」
マキマを雷光と地震が襲う。耐えきれずに刀を握りしめたまま二道の壁に吹き飛ばされ――地面に落ちた。
勢いよく抜かれた刀に血を吐いて倒れそうになるが、マスターは急いでカフェ内部へと避難した――。
悪魔による上空の戦いは、共倒れという形で幕を閉じた。いつの間にか、展開されていた地獄への空間も閉ざされ、あたりは夕方の赤い陽光に照らされ、悪魔の血でそうなっているのか、はたまた夕日か、見分けの付かない状態となっている。
マスターは振動が収まるまで、カフェで軽く応急手当を施したが、少しだけ止血をするだけであった。
「(マキマは、どこだ)」
重い身体に鞭を打ち、鈍る思考を痛みで強制的に活性化させて、外に出た。マキマの姿を探す。マスターはもう、何回彼女を殺せたのか覚えていない
――一度、退こう。
こんな重症では、マキマを殺しきる所ではないと判断したマスターは、そのままこの場所を去ろうと考えた。時間は十分稼いだ。まだ、ここから立て直せばワンチャンス残っている。そこで、必ずやマキマを――
――一人、一人、デビルハンターと悪魔の死骸を乗り越えて、離れようとしたその時だった。
マスターが通りさった死骸の山が、むくり、と動く。
マスターは気付いていない。
中かから現れたのは、刀を持ったマキマで、ゆっくりと息を殺して近付き――
「――がはっ」
僅かな物音の方へ目を向けようとしたマスターを、正面から斬った。
瞬間、その場で倒れるマスター。そして、それを見下ろす、血にまみれたスーツを着るマキマ。
「戦う前から、少し疑問だったのですが」
「何故、空気の悪魔がここにいないのですか?」
「彼女がいれば、今回の奇襲も、空中からの悪魔の襲撃も簡単に察知できたでしょうに」
マキマは、最初から持っていた疑問を投げかけた。
何故、この場に空気の悪魔がいなかったのか、と。
「は、は……彼女の強み……は、その察知能力……と、透明化……そして、対象の周りの空気を奪うことが出来る……能力だ」
「最初は……不意打ちも考えた……でも、君は……彼女の透明化を見抜いていた……」
「……彼女は僕の友人だ。目の前で……死なれるより……幸せに生きて、欲しいんだ……」
マスターはドクドクと流れる血を背に、マキマへ答えた。
「理解できませんね。友人、ですか。それも、悪魔と……」
「興味深くはありますが――まぁ、もうどうでも良いです」
「――私の邪魔をするなら、死んで」
マキマは無表情で、同心円状の瞳には欠片の興味も残っていなかった。ただ、心にあるのは地獄のヒーローであり、自分と対等な存在であるチェンソーマンのことだけ。
そんなマキマを、マスターは憐れむような目で見ていた。最期の最期で、彼は理解した。彼女が求めるものを。
――きっと、対等な存在が欲しかったんだ。
友達のような、家族のような。無条件で、ただ抱きしめてくれるような、そんな存在が。
だが、そんなことに気付いたとしてもそれを今の状態では伝えられなかった。
ただ、彼は足掻くことしか出来ない。
震える握り拳を、マキマに差し出した。
「……?これは」
「ゴホッ……レゼ、ちゃんからだ……」
ゆっくりと、握り拳を広げた。そこには、一つ手榴弾のピンがあった。マキマは嫌な予感がして、マスターの身につけている黒いロングコートを広げる。
そこには――
「――やられた」
――ドガアアアアアアン!!!
マキマの足元に転がった手榴弾の爆発で始まった戦いは、さらにその倍の数の手榴弾の爆発によって、幕を閉じた。
◇
「はァ……はァ……」
1人の男が、倉庫街を歩いていた。
「リング・トリック……案外上手くいくものだね……」
コートを脱ぎ捨て、左腕が欠損した状態で歩く――マスターの姿が、そこにはあった。
マスターはあの時、空気の悪魔の契約と、大隈との約束を思い出していた。死ぬつもりだった。間接的にも、直接的にも人を殺しすぎた。けれど、まだ死にきれない。
そう考えたら、何よりも体が先に動いていた。
まず、爆発寸前のコートをマキマに投げつけ、マキマごと遠くへ蹴飛ばすと、自分はそのまま監獄の悪魔の中へと逃走した。そのまま、暗い道を歩き続け、予め設定した場所に出るように配置してる扉から外に出た。
倉庫街、周りの壁を伝いながら一本道を足を引きずりながら歩く。
そして、ようやく外に出るところで――
「……なんだよ、最期に見る顔が君か……岸辺君」
そこには、公安最強のデビルハンターが立っていた。
「ここはお前が現役の時よく使っていた緊急脱出経路だ」
「俺も、よく世話になった」
「お前ならここに逃げ込むだろうとヤマを張っていて良かったよ」
マスターはすかさず右手にナイフを握った。まだ、交戦の意思があると、岸辺に分からせていた。
岸辺はそんな様子の彼を見て、大きく溜息を吐く。
「……馬鹿野郎が」
「なんであん時俺と組まなかった。俺と組めば奴を殺せた筈だ」
感情の無い声――のように見えて、少し震えているようにも感じた。しかし、マスターには細かいところは分からない。もう、そんな、岸辺の感情を読み取ることが出来ないほど意識が薄れかけている。
「僕の、ゴホッ……僕の考えていた作戦は、多くの人間を犠牲にするものだ……」
「実に、多くの……」
「岸辺君。君は良い奴だ。性格は最悪かもしれないけど、それでも……」
「同じところに、堕ちて欲しく無かったんだよ……」
マスターは何とかといった様子で答えた。
岸辺は、何も言わない。何も見たく無かった。しかし、現実は見つめなければならない。
「マキマの……底は暴いた……後は……分かるだろう?」
「ゴホッ……これ以上の、言葉は……必要かい……?」
マスターは既に構えている。満身創痍のまま
岸辺はまだ、何も構えてはいない。
――先に動いたのはマスターだった。
最後の力を振り絞り、岸辺へ向かって突進する。
……しかし、その進みは遅く、一歩、二歩、と進んで、岸辺の肩へもたれ掛かるようにして倒れる。
「目に見えてただろうが。お前が俺に体術で勝った事ないのに。しかも、そんな体で」
「は、は……意地って……奴さ……」
岸辺はそんなマスターを支えて、ただ立っていた。
「僕の……契約している悪魔……監獄の悪魔は……もう僕を見限って……次のデビルハンターを探している……」
「彼は……看守として優秀な人物を選ぶのに……苦労するだろうね……」
冗談交じりの声で、ただ笑うマスター。岸辺は笑えなかった。
「一ノ瀬、なんでお前はこんなことをしたんだ」
「……僕は、ずっと……ずぅーっと……忘れていた……あの人のことを……僕の大事な人の事を……」
「でもね、体が覚えていたんだと思う。だから……あの二人を……助けたくなっちゃったのかな……」
監獄の悪魔との契約が切れたことで、マスターは契約のための対価を全て思い出していた。脳裏に浮かぶのは輝かしくも甘酸っぱい、美しい日々。そして、失われてしまったもの。
「会え……るだろう……か」
「……感傷が、過ぎたね……岸辺君。一つ、頼まれてくれないか……」
「……なんだ」
「僕の死体を燃やせ。……骨の欠片も無く徹底的に。マキマに僕の死体を利用させないでくれ」
岸辺はただ、頷くことしか出来なかった。しかし
「ありがとう……きし、べ……くん……」
岸辺に、一ノ瀬の全体重がのしかかった。
――きっと、コイツは今笑っているんだろう。
顔を見なくても分かる。岸辺の戦友は今、彼の肩で死んだ。もたれ掛かるように、笑いながら。
岸辺はスキットルに満杯まで入っている酒を、飲んだ。飲んで、飲んで、飲み干して。
「――馬鹿、野郎が」
ただ一筋の液体が、頬を伝って、呟きと共に空気へと消えて行った。
一ノ瀬ケイ!お前は未来で最悪の死に方をするだろう!
──ただし、公安最強にとってはね!
監獄の悪魔の最後の力、釈放はこれまでの契機を全てチャラにする代わりになんでも悪魔が言うことをに聞くようになる、というものだぞ!