もしもカフェのマスターが元デビルハンターだったら【本編完結】 作:CP厨の悪魔
――蠢く。細長い体と、六つの足。意識は先程目覚めたところだ。おそらく、自分は地獄で死んだのだろう。
ここがどこか分からない。だが、近くに人間がいるのが気配で分かる。
「日本でレゼと三年間夜間学校通ってだいたい150ちょっとだろ〜?」
若い男の声だ。おそらく、まだ気付いていない。
「ンで、その間に二人でバイトしてだいたい100万ちょっとくらいで……」
「色々準備してアメリカに来て、家とか探すのとか諸々込みで400位で……」
チャンスだ。まずは一人、
「カフェを開くための資金を残り全部使って、銀行から借金して……」
「不思議だなぁ、マスターから貰ったバイト代と俺たちのバイト代がもう無くなっちまった」
「金、足りナイ!」
「はぁ……ったく、俺ぁ外国でも借金生活かよ……」
「でも、なんでだろうな。借金生活なのに、幸せだ」
若い青年――デンジは胸元の紐に手を掛けた。
「エア、周りになんかいるか?」
「イナイ!」
「よっしゃ……とっととこの悪魔……コーンの悪魔?殺して俺たちのカフェ――「二道」に帰んぞ!」
「帰ンゾ!」
デンジを食おうとしていたコーンの悪魔が最期に聞いたのはそんな言葉と、ブゥン!というエンジン音だけだった――。
「――こいつぁコーンの悪魔ですね。種から復活するんで焼いといてください」
「おぉ!助かったぜデンジ!やっぱ元とはいえデビルハンターは頼りになるなぁ!レゼちゃんのボーイフレンドなだけはあるな」
デンジは
受け取った明細は、当初貰う予定よりも少し多かった。
「少し多いっすけど、これって……」
「サービスだよ!サービス!」
「レゼちゃんに相談したおかげでうちの夫婦仲が良くなったからなぁ!」
「いいんすか!?あざっす!」
借金はまだまだある。カフェの経営が軌道に乗ってきたとは言え、まだまだ返済までは程遠い。貰えるものならもらっておくべきだ。デンジは喜んだ。
――ぐぅぅぅ。
チェンソーマンに変身して、悪魔を討伐したせいか、腹が減ってるようだ。
「お、デンジ腹減ったのか?簡単なモノしかないがこの際だ。ウチで食ってくか?」
「いや、今日はレゼから弁当もらって来てるんでいいっす」
「そーかそーか!お前さんらもお熱いねぇ!」
「いやぁ……へへ……」
デンジの答えに大きなお腹を揺らしながら笑う牧場主。カフェの常連で、よくコーヒーとティラミスを頼んでいる。
「もうアメリカに来て二年か……どうだ、慣れたか?」
「もうめちゃくちゃに慣れたっす!」
「それなら良かった!ここの先に小高い丘がある。こんないい天気だ。風も気持ちいし、そこで食うといい」
「あざっす!」
「ゆっくりしたら、ウチに寄ってくれ。送るからよ」
そう言うと、牧場主の男は畑の様子を見に去っていった。
デンジは、教えて貰った丘の上の木の下で一息着いた。確かに丘の上は見晴らしもよく、自分たちが開いたカフェ、「二道」があるニューヨークの街並みがよく見える場所だった。今度はレゼを誘ってここにピクニックにでも行こうか――なんて考える。
持ってきたリュックからレゼの手作り弁当を開き、一人で食べ始めた。心地の良い風が吹いている。
「この唐揚げ美味っ!」
デンジが好きな物しか入っていない中身に心を躍らせながら、箸を進めていく。
弁当を食べ終えて。リュックから取りだした水筒のお茶を飲みながら、風景を楽しむ。
いつもは二人でいるが、たまに一人になると考えてしまうことがある。
「……俺、レゼに貰ってばっかだなぁ……」
英語は付きっきりで教えてもらったし、アメリカの国籍を取る時もレゼが一人でデンジの分を用意して貰った。自分にはできない事だから仕方ない――とは考えれなかった。
あの日、日本の二道でデンジはレゼに誓ったのだ。「俺がレゼを守る。だから、レゼも俺の傍にいてくれ」――と。だが、今の状況はどうだろうか。守っていると言えるのだろうか。なにか、自分はレゼにしてあげることはあっただろうか。
……分からない。なにか、自分がレゼにしてあげられること、レゼが喜んでくれることが、全く分からない。
――然るべき時にちゃんと渡すんだよ。
悩みに悩んでいると、そんなマスターの言葉を思い出す。そして、リュックの奥の方に大事にしまってある二つの小箱のことも。
「……分かってるぜマスターさんよぉ……。でも……うぅ〜ん!!!」
考えに考えて。そして、一旦デンジはそのまま原っぱに身を任せることにした。
「ポチタ……俺ぁやるべきことは頭ン中にはっきりとあるはずなのに……勇気が湧かねぇんだ……」
「はぁ……悪魔殺すみてぇに、楽に考える事が出来たら良かったのになぁ〜」
デンジのそんな言葉は、春の陽光と優しく吹く風と共に消えていった。
◇
――カフェ「二道」は新たにアメリカという新天地にて開かれた。
これはレゼがデンジにした、最初で最後のわがままであった。
あれから五年。長いようであっという間の日々だった。マスターの助言の通りに、三年間は日本に潜伏して色々準備してから、マキマの目から逃れるためにアメリカへと渡った。国籍、書類の用意は簡単だった。なぜならレゼはソ連の秘密の部屋で鍛えられた元戦士。書類の偽造など、簡単にこなせる。
銀行に借金をしてまで開いたカフェだったが何とか軌道に乗せることができ、返済の目処もたち始めている。
レゼはゆっくりコーヒー豆を挽く。焦らないように、けれど、遅くなりすぎないように。この特殊な豆は、繊細な力加減が重要なのだ。
『ジェーンとのデートの日
綺麗におめかしをしたら
朝 一緒に教会へ行こう
カフェでコーヒーを飲んで オムレツを食べよう
公園で散歩したら
水族館にいって 最愛なるジェーン イルカとペンギンを見よう
昼食後には休憩しよう
それで 僕らは今朝何をしたかって?
思い出すまで語り合おう
ぼくらは思い出さないだろう
そうして夜は 教会で眠ろう』
紡がれるは、ロシアの童謡。「ジェーンは教会で眠った」――良い思い出の少ないソ連で、数少ない好きな歌だ。人のいない店内だからこそ、歌える歌。デンジの前でも聞かせたことの無い、静かで悲しげな曲。
レゼは幸せだった。先のない人生、過去は真っ暗。あるのは、痛みと、血と、死。歩んできた道は真っ赤な足跡が続いている。
――ずっと、それが続くのだと思っていた。
けれど。日本でマスターがその道筋にある割れた硝子を振り払い、後ろからすごい勢いで追ってきたデンジがレゼを抱えてどこまでも走ってくれた。
レゼは今、最高に幸せだった。
「レゼ!表ノ掃除、終わっタゾ!」
「ありがとうエアちゃん。はい、お礼のココア」
「ヤッター!」
エアこと、空気の悪魔が箒とちりとり片手に店内に戻ってきた。二人はお揃いのエプロンをして、二道で働いている。彼女には色々掃除をしてもらっていた。マキマの目となる小動物や、虫はもちろんのこと、店周りのチリまで一緒に綺麗にしてもらっている。
「レゼ、何カ悩み事?」
「ん〜デンジ君はいつ帰って来るのかなあって」
「ウーン分身の様子ハワガハイでも見れナイからナ〜」
「他の女の人に鼻を伸ばしてないといいけど」
「ソレはナイ!……と言いキレナイのガデンジだからナ……」
「ふふっ、そう言うところも好きだよ、私は。――ま、浮気は許さないけど」
「コワ〜……」
ココアをちびちび飲みながら、レゼから一瞬漏れ出た殺気に恐怖する空気の悪魔。
「デモ……デンジは鼻ノ下伸バスだけダト思ウゾ!」
「知ってる。デンジ君、あれでいて紳士だもん」
コーヒーの良い香りと共に、穏やかな時間が流れていた。
もうすぐ、夕方になる頃だ。不意に、裏口の扉が開いた。
「帰ったぞ〜」
「デンジ君!おかえり、どうだった?」
「ああもう楽勝よ。コーンの悪魔でよぉ、久々に茹でたやつ食いたくなったぜ」
「じゃあ帰りにマーケットに寄ってから帰ろっか」
「おう」
デンジが帰ってきた。レゼの人生に一筋の光を照らしてくれた存在が。
「もうすぐ閉めるだろ?手伝うぜ」
「ありがと〜助かります」
「気にすんな〜」
軽い調子で。エプロンを身につけると洗い物を片付けていくデンジ。疲れているだろうに、色々手伝ってくれる彼を見て、再度幸せを実感する。レゼはただ隣にデンジが居てくれるだけで、それだけで良かった。
「――デンジ君」
「ありがとね、一緒に逃げてくれて」
レゼはデンジに聞こえないように、呟いた。
「……」
しかし、ここには空気の悪魔がいる。レゼに気付かれないように声を届かせることなどちょちょいのちょいだった。当然、今のつぶやきもデンジには届いている。
だが、当の本人は黙ったままだった。……しかし、その表情は何かを決意したもので――。
「なぁレゼ」
「なぁに、デンジ君」
時刻は夜。二道の締め作業を終えてレゼはテーブル席で休憩していると、裏口から出てきたデンジに話しかけられた。……彼が右手に持っているのは、いつだったか、日本の二道で貰った花束と同じようなもので。
いつになく真剣な表情のデンジは、そっとレゼの前に花束を差し出した。
「何これ〜?くれるの?」
「うん。俺ぁレゼに貰ってばっかりだったからさ……ありがとうっていう意味も込めて」
「え〜!?嬉しい!」
――そんな、私はデンジと一緒にいれるだけでいいのに。
そんな、声なき言葉がレゼから聞こえた気がした。
「でも、俺はまだ、これだけじゃ足りないって、思ってんだ」
「レゼは色んなことを俺に教えてくれた。コーヒーの淹れ方とか、英語とか――いろんなもんを」
「……そんな花束じゃ、まだ返した気にはなれてねぇ……」
「だからよ、考えたんだ」
「ずっと傍に居てくれるって言う証を渡すってことをさ」
デンジはポケットから小さな箱を取り出す。シンプルだが、綺麗なガーベラの花の刻印がなされている。
「レゼ。俺と――結婚してくれ」
芝居がかった動きで、片膝を付けながらデンジは――指輪をレゼに差し出した。
「…………………………………………へっ?」
レゼの思考回路がショートしている。なにを、デンジは言ったのだろうか。結婚?結婚と口にしたのか?誰が、デンジが?
「俺ぁバカだし、レゼに英語教えて貰えてなきゃ今の生活はできてない」
「バカだから、レゼが喜ぶモンがこれしか思い浮かばなくってさ」
「――だから、これを。マスターから貰った、結婚指輪を渡すことにしたんだ」
「きっと、然るべき時ってのは今だって、思って」
まだ思考が、気持ちが追いつかないし、落ち着かない。口がパクパクと動いたまんまで、こんなことになるなんて想像もしてなかった。
「……受け取って、くれる?」
デンジが上目遣いで、レゼを見る。レゼはこの目線にめっぽう弱かった。幸せで、頭がどうにかなりそうで。
――答えなど、とうに決まっている。
「勿論だよ……うん……する…するよぉ……!」
「私はデンジ君がいい……デンジ君じゃなきゃ嫌だ」
「好きじゃない……愛してるから、私は」
「俺も、俺もそうだよ。レゼを愛してる」
レゼの瞳から涙があふれる。止めることなどできない、ただ、想いのままにデンジに伝える。
――これ以上の言葉は不要だった。
二人の距離が縮まり、抱き合う。そして顔を見合わせ――キスをした。何度も、何度も。離れないように、目を離さないように。
今、この瞬間だけは、世界に二人だけしか居ない――そう思うレゼであった。
「指輪、私に……嵌めてくれる?」
「お、おう……」
「って、こういうのって左手じゃねぇのか?」
「ソ連じゃ右手薬指なんだよ」
「……でも、そうだね。うん、やっぱこっちで」
「いーのか?」
「うん。だってもう私はソ連のレゼじゃなくて、デンジ君のレゼだから。デンジ君に合わせる」
「わ、わ〜〜……いま、俺超幸せかも」
「ふふっ……私も」
空気の悪魔はそんな二人を嬉しそうに、しかしどこか悲しげに微笑みながら、見守っていた。そして、目元をキラリ、と光らせると邪魔にならないよう透明化するのであった……。
◇
カフェ「二道」はニューヨークのビル街、その路地裏の奥の奥にあり、言わば隠れ家的な名店だ。
オススメは、その日によって豆も味も違うブレンドコーヒーに、モーニングセット。
ランチにはマスターであるレゼお手製のロシア料理が楽しめる。
店内は落ち着いたジャズと、店のアイコンにもなっている赤と白のガーベラが飾られており、温かみのある調度品と共に、落ち着ける雰囲気となっていて、特になにか悩みを抱えている客が来る事が多い。
だが、レゼも――従業員のデンジも、そんな客を歓迎している。
カフェの「二道」という名前の由来は――この先で二つの道に分かれている……というものである。――ならば、このカフェはそんな選択肢を提示されている人にとっての心の拠り所として、在れば良い。立ち止まって、美味しいコーヒーでも飲みながら、落ち着いて考える場所になってくれれば良い――。
かつての二人がそうだったように……。
今日もまた、悩める人がコーヒーの良い匂いにつられてやってくる。
ならば、マスターとしてはやる事は一つ。
美味しいコーヒーを出して、話を聞いて、心が軽やかになって、店を出ていく。少しの時間でも良い。コーヒー以外を頼んだって良い。ただ、自分の思うがままに過ごせるカフェ――「二道」
皆も是非、一度立ち寄ってくれると嬉しく思う。
二人の若い夫婦が営むカフェには今日も今日とて、平和で、落ち着いた
いつまでも、ずっと。
デンレゼ最高!デンレゼ最高!デンレゼ最高!
オマエ達も、ワガハイと共にデンレゼ最高と、叫びなさい!!!
※これにて完結です。ここまでのご愛読、ありがとございました。
映画を見て、Xのネタを見てから思いつき、この最終話以外はほぼアドリブで進めましたが、沢山読んでくださったようでとても嬉しく思っています。(某掲示板にも同じようなネタがあったのはこの小説を投稿してから初めて知りました)
※次話は今作に出てきたオリキャラなどの設定を投稿しようと考えています。
※完結という形にはなりますが、逃避行の一幕や幕間の話みたいなものは「蛇足編」として不定期に投稿していこうと考えています。
※完結と同時に、一話の方も少し修正を加えています。ストーリーは変わりませんが、少し設定を変えています。
ガバの悪魔という恐ろしい悪魔の仕業でした……。