もしもカフェのマスターが元デビルハンターだったら【本編完結】 作:CP厨の悪魔
「じゃあ俺ぁ公安戻るわ」
「え〜〜もっと話そうよ〜〜」
「っぐ……いやっ……でも今日は早く戻んねぇと早パイがうるせぇし……!!」
「それって、一緒に住んでいるっていう口うるさい先輩のこと?」
「おう。いつもトイレは長いだの風呂は黙って入れだの口うるせぇ先輩のことだよ」
「ちょ〜っとくらいサボっちゃうのも――ダメ?」
「ダメじゃなァい!」
「でもっ……時間守らねぇのも……良くねぇってマキマさんが……」
――死ぬほど可愛い上目遣いだ……。
デンジは至福の時間を過ごすと共に、苦渋の選択を迫られていた。正直、アキとの時間の約束などどうでもいいが、デンジにとって憧れの人――マキマも待っている日なのだから、何がなんでも遅刻する訳にはいかない。
しかし……デンジの右腕にもたれ掛かるレゼ。そして、その腕に触れる確かな
抗いたい。抗えない。抗いたい。抗え、無い………!
しかし、思い出せデンジ。あの時の手の感触を、噛む力を、耳の形を!!
「むぅ……仕方無いなぁ……ならデンジ君、明日は早くここに来てさ、今日よりも長くお話しよ?」
悩みすぎて、頭からプスプス煙を出しているデンジを見かねたレゼが、頬を膨らませながら助け舟を出す。
「お、おう!」
「私も、遅刻せずに待ってるから――約束だよ?」
「や、約束……借金の返済以外ですんの初めてだ……」
「なぁにそれ〜!やっぱデンジ君っておもしろ〜い!」
――約束だからな!!約束!!
と、言い残すとデンジは勢いよく飛び出して行った。そして、そんなデンジの様子をにこやかに手を振りながら送るとすぐさま無表情に――無表情に――……
「(あ、あれ?いつもみたいになれない……?)」
レゼは、「秘密の部屋」出身のスパイだ。道具として扱われ、ソ連に尽くす為に育てられた戦士だ。当然、表情のコントロールもそこで叩き込まれた。
ある時は悲しみに暮れて、ある時は心の底から笑って、またある時は――。ありとあらゆる感情という名の仮面を、まるで道化師のように切り替えることができるようになった、なってしまった。そして、いつしか、自分の本当の感情など忘れてしまった……はずだった。
――いつしか素で笑っていることに。
――感情の仮面の付け方を忘れてしまっていることに。
――デンジという少年に………………………………。
「――おや?デンジ君帰ってしまったのかい?」
「んっはい!公安に戻らなきゃってついさっき……」
「忙しいんだねぇ……」
何か慌ててるようなレゼを見て不思議そうな顔をするマスターだったが、彼女の表情を見て何かを察したかのようににんまりと笑うと、コーヒーの準備をしながら問いかけた。
「随分と楽しい会話をしてたんだねぇ」
「へっ……?」
「だってほら、その表情、とても楽しかった〜って顔してるよ?」
マスターが取り出した手鏡を見ると――そこには頬を染めて、口元に微笑みが浮かんでいるたった一人の少女がいた。
◇
大雨が降っていた。天気予報通りの雨で、ところによっては記録的豪雨ともなるらしい――。
生憎の大雨のせいか、もうじきランチタイムだと言うのに、デンジが来る気配は一向に無い。
「……やみませんねぇ」
「そうだねぇ。なかなかここまでのは久しぶりだ」
ポツリ、と零したレゼの呟きに反応したマスターも新聞から顔を上げて窓を激しく打つ大雨を見ていた。
レコードプレーヤーから流れるジャズと、雨音がカフェ「二道」をこだまする。
「――少し、気になったんだけどね」
「レゼちゃんってさ、どういう性格の人と仲良くしたい〜とか、こういう人なら一緒にいたいな〜とか、そういう――いわゆる好きな人のタイプって、あるの?」
不意に。
いきなりマスターがとんでもないことをぶっ込んできた。レゼはばっと、振り返ってその形のいい瞳をぱちくりとさせる。突拍子もない質問に驚きが隠せないようだった。
「えぇ〜暇だからって変なこと聞きますねぇ〜?」
「いいじゃん。おじさんの暇つぶしに付き合ってくれよぅ」
「ま〜私もデンジ君来なくて暇してるからいいですけど〜」
「好きなタイプ……好きな人、か……」
レゼは思案した。好きなタイプとは何か。
それはかっこいい、だとか優しい――みたいなそういう人間的な魅力のことを差すのだろう。しかしながら、レゼにとって、別に外見や性格とかはどうだって良かった。彼女はソ連の為に戦う戦士で、道具。そんなこと、考えるつもりもなかった。
ましてや、好きな人なんて。
仮に、仮にも――だ。自分に好きな人が出来たとして、告白できるだろうか?……いいや、出来ない。好きな人と一緒になりたいだなんて願うには人を殺しすぎた。好きな人には光の当たる場所に生きてて、欲しい。そう願ってしまう。
――いやでも、願う分には良い、のだろうか。
「……私と、私と一緒に歩いてくれる人、かな……。その道がたとえ、割れた硝子が敷き詰められてしまうような道だったとしても……一緒に隣で裸足で歩いて、笑ってくれるような人が……」
「……なーんてね!は〜恥ずかし〜!ちょっと理想が高いよね〜!!こんなこと言うのマスターが初めてですよ〜!」
「――出来るよ」
パタパタと、恥ずかしさで赤くなった顔を手で扇ぐレゼにマスターは穏やかな顔で言い切った。
「君は、優しい子だから」
――揺れる。
マスターの言葉でどこか、目を逸らしたくても逸らせないような感情に気付いてしまいそうで。
「進む道がどんなに痛みに溢れていたとしても、その隣で、痛みを感じさせないぐらい明るく元気に歩いてくれる人が、きっといる」
――揺れる。
なぜだか、最近会う金髪で元気いっぱいな彼を思い出していて。
「そう……なのかな……」
――揺れる。
任務も、ソ連の戦士としての使命も、なにもかも。
「そうさ、きっと、君の近くに――」
「ひでぇー雨だった!!」
「っ!デンジ君!いらっしゃい!」
「お〜レゼ。今日は早く来たぜ〜!それに、今日の約束事はねぇからよぉ〜いっぱいサボれるぜ!!!」
雨にたっぷり振られたであろう髪を揺らしながら、デンジは自信満々にサボり宣言した。
昨日は約束があった。しかし、今日は作らなかった。なぜなら、レゼと少しでも長くいたかったからだ。
アキが何か言いたげにしていたのも無視して、途中、傘を持ってくるのを忘れたのも無視して、大雨に打たれながら、デンジは二道へやってきた。
「…………っぷ、アハハハハハ!!!」
「おぉ?今日はなんだか機嫌が良いのか……?」
「ふふ、このタオルで髪を拭くといい。そして席でゆっくり座ってなさい」
「おぉ〜!マスターサンキュ〜!」
わしゃわしゃと、受け取ったタオルで髪の水分を拭き取るとメニューを開いて、今日は何を食べようかと思案する。
「ほら、レゼちゃんも笑ってないで4番テーブルにお水、持ってって」
「くっふふふ……は〜い!」
元気よく返事をすると、メニューとにらめっこするデンジの元へ水を運び、いつもの右隣へと座った。
隣に座りデンジと楽しそうに会話するレゼは、マスターから見れば最高に――輝いていた。
レゼは悩み続ける。揺らいだ心は、水面に広がる波紋のように不定形で、不安定だ。当然、任務のこともある。どこかでちゃんと決着はつけるつもりだ。
しかし、今は、今だけは――デンジとの時間を楽しむことにした。
それは誰でもない、彼女自身の選択。
薄氷の上の幸福だったが――それでも、今は幸せなのだから。
デンレゼ最高!デンレゼ最高!デンレゼ最高!
オマエもデンレゼ最高と言いなさい!