七戦王の前日譚ー勇者の子ー   作:かがりかい

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第一章11 蛇闘編『リーガの違和感』

 

 俺は咄嗟にその人影を追いかけた。人影は路地裏に消えていったため、路地裏を確認したが、忽然と姿を消していた。

 

 リーガはこちらを不思議そうに見ていた。

 

「何かあったの?」

 

「いや……なんでもないよ。」

 

 言葉に詰まり、それ以上喋らなかった。どこかで「話してはいけない」と小さな声が言っている気がしたのだ。

 

 二人はそのまま寮に戻り、夕食を摂ってから各々寝床に入った。しかし、身体は疲れているはずなのに目は冴え、先ほどの人影が頭に張り付いて離れない。

 

 翌日、学院に出るとクラスは騒然としていた。最近、学内で生徒が行方不明になる事件が立て続けに起きているという。しかも被害者の中には、同じクラスの人も含まれているらしい。

 

 

 学院は事態を重く見て騎士団へ通報し、全生徒に

「怪しい人物を見かけたらすぐ報告する」

よう指示が出された。俺は迷わずアリアに相談することにした。 

 

「アリア先生、怪しい人影を目撃したんですが。」

 

「分かったわ。」

 

 アリアはすぐ執務室へ案内した。机の上で手早くメモを取りながら、顔を上げる。俺はアリアに事情を話した。

 

「紋章があった……ね。どんな模様か覚えている?」

 

「確か…蛇のような紋章だったと思います。」

 

「蛇ね……調べておくわ。君は今日はなるべく外の行動を控えて。危険を回避するのが最優先よ。」

 

 その返答がどこかよそよそしく、胸に小さな不安を抱いた。自分にできるのは強くなることだけだ──そう決めた瞬間、授業が始まるベルが鳴った。

 

 授業中も、休み時間も、リーガの様子は気になった。いつもより口数が少なく、目が泳いでいる。理由は意外と早く判明した。放課後、リアナが俺を呼び止めた。

 

「ジンさん。少しだけお時間もらえますか?リーガさんについての話があるんですが。」

 

「ああ。俺も少しリーガの様子に気になることがあるんだ。」

 

 リアナと並んで歩きながら、リーガのことを尋ねる。すると、彼女は少し躊躇してから切り出した。

 

「あれは……リーガさんではないです。」

 

 先に切り出したのはリアナだった。その回答は想定外のものだった。俺は反射的に聞き返す。

 

「リアナ、それは一体……どういうことだ?」

 

「彼から別の気配が感じました……私の家系は人の魔力の気配を感知できるんです。と言っても少し分かる程度ですが…」

 

 リアナの言っていることが本当だと自分の直感が言っていた。

 

「彼はリーガさんではありません……どちらかと言うと邪悪な人間以外の気配です。」

 

「魔物ってことか?」

 

「いや違います……それよりももっと何か別のものの感じがしました。」

 

 リアナは不安が抑え切れないのか、手が震えていた。俺とリアナは無言で寮の前まで来ていた。翌日、二人でリーガに接触する約束をして、それぞれ解散する。

 

 だが寮に着いても、リーガの姿はなかった。遅くなっても帰らず、心配になった俺は寮監に報告だけして床についた。

 

 翌日。リーガはクラスに来ていた。だが、前日よりもその表情は硬く、どこか遠くを見ている。リアナに報告すると、彼女は眉を寄せた。

 

「今日のリーガ、俺でもわかるくらい違和感があるな……他のやつは気づかないのか?」

 

「気づいてないんだと思います。ジンさんも私と同様、感知する力が強いのでしょう。おそらく普通の人は分からないのかと。」

 

 夕暮れ、俺たちは剣を携え、あえて二人でリーガの後を追うことにした。彼はいつもよりゆっくり歩き、人気のない路地へと入っていった。

 

 リーガは角を一つ曲がると、古びた扉の前で立ち止まった。そこで、彼は立ち止まり、誰かを呼ぶように片手を掲げた。

 

 薄暗がりの中、黒いフードの人物が静かに現れる。二人の間で交わされる言葉は聞こえない。だが、僅かに漏れ聞こえたものが俺の鼓動を早めた。

 

 ──「紋章」「準備」「魔獣」

 

 リーガがその人物に近づく。フードの男の袖が捲れ、腕に小さく刻まれた赤い蛇の紋がちらりと見えた。息を詰める。あの時見た紋章と同じだ。

 

 リアナが小さく肩を震わせる。俺も一歩前へ出たとき、リーガがこちらを振り向いた。薄暗い顔の下から、不気味な笑いを浮かべる。瞳は人のそれではない──黒い縁取りの中に薄紅の光が宿っていた。

 

 その吐息は、路地の空気を震わせる。

 

「見つかったか。」

 

 声は低く、背後でフードの男が固まる。リアナの手が震え、短剣の柄を握り締める。

 

 次の瞬間、街灯が一斉に消えた。闇が落ち、路地を満たすのは三人の呼吸だけだった。

 

 フードの男は、ゆっくりと手をひらき、掌の内で黒い蝋のような塊を転がした。塊の表面に細い線が浮かび、その線がゆらりと蛇の形を描く。

 

 リアナの瞳が見開かれた。

 

「あれは──」

 

 言い終わらぬうちに、塊から鋭い光線が走る。俺は反射で身を投げ出した。地面を滑り、膝と掌が石に擦れた。だが、リアナの声が耳を裂く。

 

「ジンさん!離れてください!」

 

 暗闇の中、何かが唸った。遠く、低く、──それは始まりの音だった。

 

 俺は泥まみれの膝を抱え、振り向く。フードの男の背後で、リーガの影が変わっていくのを見た。彼の肩から、ほんの一瞬だけ、冷たい光がにじんだ。

 

 ──リーガの目の奥に見たものは、確かに彼のものではなかった。

 

 背筋を走る寒気。足元で、何かが微かに震えた。

 

 そのとき、路地の突き当たりから──低く、魔物のような唸りが迫ってきた。地面が小さく震える。影が揺らぎ、光が一瞬ほとばしった。

 

 リアナと目を合わせる。二人とも、同じ言葉を飲み込んだ。

 

「駄目だ、ここにいると何かまずいことになる!逃げ──」

 

 言い終わらぬうちに、背後から冷たい掌が首筋へ触れた。誰かに押される感触。振り向く間もなく、視界に一筋の黒い紋様が落ちた──それは蛇の形をした影だった。

 

 心臓が、耳鳴りのように高鳴る。暗闇の中で、何かが、ゆっくりと近づいてくる足音が聞こえた。

 

(──魔物か?)

 

 その問いは、答えを待たず、現れたそれの咆哮によってかき消された。

 

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