七戦王の前日譚ー勇者の子ー   作:かがりかい

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第一章5 試験編『試験の前触れと第一回実技試験』

 

 結界の件は、リーガが元気になってから聞こう──そう自分に言い聞かせていたら、いつの間にか時間が過ぎていた。

 

 試験の日はいつもより登校が遅めであり、通常より二時間後である。

 

「それまでは訓練場に行って実力を高めるように。」

 

 とアリア先生に言われていたため、俺は訓練場へと向かう。

 

 訓練場は石床の広い円形アリーナだ。中央に的が並び、端には動く練習用ゴーレムが鎮座している。

 

 屋根の陰からは多くの声が飛び、鉄と魔力が混ざった匂いが鼻をつく。剣がぶつかる金属音、遠くで魔術の詠唱が低く震え、床に伝わる振動が手首に残った。

 

 人でごった返すその中に、ひときわ目を引く二人がいた。黒髪の大柄な奴は大剣を軽々と振り回していて、振るたびに風が唸る。

 

 金髪の小柄な少女は──あの壇上のリアナだ。彼女の掌から放たれる魔力の塊が、標的を砕くように炸裂している。

 

「すげえな……」

 

 思わず口にしたら、リアナがこっちを見てにっこりした。

 

「ええと…君は確か同じクラスのジン君ですか?」

 

 彼女は首を傾げ、小さく笑う。魔力の粒がまだ掌にちらついている。

 

「ああ。」

 

 内心覚えてくれていたことに歓喜する。

 

「これは魔術じゃないです。ただ私の魔力を塊にしてぶつけてるだけですよ。」

 

「…………………?」

 

 何を言っているのか理解するのに時間を要した。魔力を飛ばすこと自体あまりにも自分にとって新鮮で分からないことなのだ。

 

「正確には、魔魂と言います。あまり聞き馴染みのないものかもしれないですね。」

 

 その言葉には聞き覚えがあった。孤児院で見せられた古い魔術書の頁に、似たような説明があった気がする。だが実物を見るのは初めてだ。

 

「いや……一度、本で見たことがあるかも。」

 

「魔魂持ちというのは、私の年齢では珍しいかもしれません。大抵の場合、高校生くらいの年齢になって開花することが多いと聞きます。」

 

「簡単に言えば、その人の固有魔術。こちらの方がわかりやすいかもしれません。固有魔術と言っても一種の概念のようなものです。」

 

「すまない…少し知識が足りなくて。」

 ジンは少し落ち込んだ。

 

「いえ。大丈夫ですよ。よければ一緒に訓練しませんか?」

 

 俺が言葉を返すと、リアナは肩をすくめて提案してきた。

 

 その提案を俺は了承し、二人で訓練する。リアナの魔術は素晴らしく火、水、風、雷、光の五種ではあるが、その全てを中級以上に習得しているようだ。

 

「ちなみに魔術は攻撃魔術に限ればどのようなものがあるか、知っていますか?」

 

「確か……水、火炎、風、光、雷、地、黒、あとは…白魔術とかな…」

 

 魔術を放ちながら俺は答えた。

 

「ええ。ですが、この世には古代魔術などもあるらしいですよ。」

 

 魔術を放ちながらリアナも答える。

 

 俺たちは互いに技を確認し合い、短い反復を重ねた。リアナの魔魂は確かに強力だが、その分制御のブレが致命的になる瞬間がある。

 

 俺は自分の魔力制御を慎重に試した。周りのざわめきが続く。誰かの歓声、誰かの叱咤。訓練場の音は止まらない。

 

 ジンは掌に魔力を集中し、小さな防御魔術を作って、リアナの放つ“塊”を受け流す練習を始めた。

 

 昼の光が少し傾き始め、俺の腕には薄い筋と汗が刻まれていた。短い反復を何度も繰り返し、気づけば訓練場は試験の合図を待つ空気に変わっていた。

 

               *

 

 試験会場は学院の上一帯とは別の区画に設けられていた。訓練場とは空気が違う——土の匂いではなく、古い魔力と金属の匂いが混じる。

 

 リーガは訓練中に顔色を取り戻しており、リアナと三人で日没前の広場へと向かった。

 

「リーガ。大丈夫なのか?」

 

「うん。元気いっぱいだよ。ありがとう。」

 

 そう話し、リーガ、俺、リアナは試験会場へと向かう。歩幅を合わせながら、俺は胸の奥で小さく安堵した。

 

 だが、遠くに見えるドームの外縁が近づくにつれて、胸の奥の緊張は消えなかった。

 

 今日は試験だ。ルールが勝敗を決める。

 

           *

 

 会場は半透明の巨大ドーム状。床は壊れないよう魔術で鋼のように硬化され、踏むたびに低い振動が足裏に伝わる。 

 

 観客席からはひそやかなざわめきと緊張した息遣いが届いた。

 

 校長が現れ、低い声でルール説明を始める。

 

「これから三体のゴーレムと対峙してもらう。機動重視、火力重視、魔術重視──それぞれ性能が異なる。」

 

「二体を倒した者たちはペアを組み、最後の一体と戦ってもらう。評価点は『技術』ではない。『判断』だ。派手さより連携を重視する。」

 

「三体のゴーレム、まず一つ目はこれだ。」

 

 校長の手の合図で、魔術が立ち上る。無詠唱。空間がねじれ、光の粒が集まって一体目が形を成す。

 

 大人の腰ほどの高さしかない、半人型の小さなゴーレムだ。

 

 会場から軽い笑いが漏れる。校長はにやりと笑う。

 

「小さいだろう。だが、それには理由がある。」

 

 その速さは猫のような俊敏さで、音もなく間合いを詰める。

 

「見かけによらず速い。小ささを侮るな。」

 

「次に二体目だ。」

 

 二体目は、空気を引き裂くような重さを伴って出現した。身長は三メートルを越え、長く伸びた手足は鉄骨のように硬い。

 

 歩くたびに床が僅かにへこみ、ゴーレムは一撃で地面に深い溝を刻む。だがその動きは鈍重で、射程と打撃力に特化している。

 

「これはほとんど動けないが、代わりに射程を伸ばしている。その分、力はとても強い。」

 

 そう言い、校長はゴーレムを動かす。硬いはずの床に悠々と大きな穴を開けた。その瞬間床はみるみると再生し、穴が塞がった。

 

「次が最後だよ。」

 

 三体目は黒い外衣をまとった人型で、掌に紫の刻紋が浮くや否や一瞬の爆発が起き、煙が会場を満たす。

 

 煙が晴れると、腕には複雑な魔術刻印が走っていた。校長は肩をすくめて言った。

 

「すまない。少し張り切り過ぎてしまったよ。簡単に説明すると上級魔術師を元に作っているんだ。実力も劣っていない。」

 

「だが、弱点を一つ挙げるなら使える魔術が火系統しかないということかな。」

 

 一見配慮があるように聞こえるが、実際はかなり厳しい試験だ。

 

 観客席からはどよめきが起こる。俺は手のひらに汗を感じ、遠くで他の人が低く呻くのを聞いた。

 

 試験の鐘が一つ、鋭く鳴る。時間だ。

 

「では諸君。三年、二年、一年の順に戦ってもらおう。これより、第一回実技試験を開始する!」

 

 実技試験が開催され、一年生では、その内容に不安を覚える者もいる中、三年が戦う姿を見て分析する者もいた。

 

「リアナ、リーガあれどう思う。」

 

「一体目、二体目はともかく三体目は少し突破するのが難しく感じます。詠唱がなく、魔術の発動速度が速い。困難を極めるでしょう。」

 

 そう話している内に会場が大きな声援に包まれる。

 

「なんだ?」

 

「凄い……見てよ!見てよ!」

 

 リーガが珍しく興奮した様子を見せていた。

 

 黒髪の大柄な男が飛び出し、魔術を自身の肉体に纏わせて大剣を振り翳した。相手の術式を大剣で跳ね返すと、一閃でゴーレムの胴体を真っ二つに断った。会場からは驚嘆の声が上がる。

 

「すごいな……一体あれは誰だ?」

 

 俺は驚きを隠せなかった。

 

「いえ…わかりませんね。あの大剣は魔鉱石製でしょう。魔鉱石は魔術を干渉できると聞きます。」

 

 盛り上がりの中、二年生の試験が終わり、ついに一年生の番だ。大半の者が二体目のゴーレムで苦戦し、約半数がそこで敗れた。やがて、俺の番が来た。

 

「ジンさん頑張ってください。」

 

 リアナがにっこり笑いかける。胸の奥がちょっと温かくなった。

 

「ちなみにリーガとリアナはいつなんだ?」

 

「私はジンさんの次です。」

 

「僕は、リアナさんの二つ後だよ。」

 

            *

 

 試験の時が近づき、控え室で心身を整えた。孤児院で譲り受けた剣を携えている。スピーカーから先生の呼び出しが聞こえた。

 

「一年B組、ジンさん入場してください。」

 

 会場に立ち、呼吸を整えた。目の前には小さなゴーレムが立っている。俺はこれからあれと戦う。再び息を整えたところで──開始の合図が鳴り響く。

 

「始め!!」

 

 ゴーレムは凄まじい速さで真正面に向かってくる。腕を刃に変形させ迫ってくる。剣を構える。だが、その瞬間ゴーレムが視界から消えた。

 

 足音がしない。首が不自然に回る。俺の目は追うだけで精一杯だ。掌の汗が冷たくなる。

 

「まずい」

 

 ──呟く前に動いてきた。刃先が俺の脇をかすめる。風を切る音、耳を掠めていく。

 

 ゴーレムの速さに翻弄されるがそこには規則性がある。ジンは軌道を読むため、防戦一方に回る。

 

 一拍。二拍。軌道がわかった。切っ先が一度、胸の前で小さく引っかかる。間合いを詰めるクセだ。本で読んだ。

 

 速い相手は「戻り」を作る。戻りを見たら、次は必ず同じ線を通る。

 

 俺は足を滑らせず、膝を沈める。防御魔術を練る。小さな盾だ。掌に残る冷え。詠唱は短く、息は吐き切るように。

 

 刃が来る。盾で受け止める。痛みは来ない。だが受け流すと同時、相手の脚関節が僅かに露出した。わずかな隙だ。

 

「今だ」

 

 心の中で叫ぶ。詠唱を解き、体重を前に移す。剣が軋み、剣先が関節を捉えた。金属の音──短い。ゴーレムが後方に崩れる。

 

 会場からどよめきと拍手。

 

 俺は息を整え、肩を震わせながら立っている。勝った。だが胸はまだ張れない。次が来る。

 

 一体目と二体目の間に十分ほどの休憩があり、俺は三年や二年の戦いを思い出し、対策を練った。二体目は射程が長い代わりに懐に入られると弱い。その「懐」を取るための方法を反芻する。

 

 休憩が終わり、二体目が姿を現した。長い手足を持つ、歩くたびに地が震む巨躯だ。

 

「ゴーレムは遅い。射程を正確に読めば勝てるはずだ。」

 

 俺はまず後方に飛び退き、距離を取りながら防御陣を張ろうとした。

 

 ──だが、その射程は想定外に長く、ゴーレムの振り回した腕の攻撃が魔術を展開する前に当たってしまう。その結果、後方へ弾かれ、会場の壁に叩きつけられた。

 

 かろうじて衝突までに剣を差し込み、攻撃を軽減したが、肩に痛みが走る。

 

(射程を見誤った。甘かった)

 

 なんとか持ち直し、正確に射程を読み取った。

 

 立て直した俺は、魔術を組み合わせる作戦に切り替えた。まずは視界を切るための魔術だ。

 

「火よ、燃え盛れ──水よ、溢れよ。」

 

 短く二つの詠唱を放つ。火と水を同時に発動させ、瞬間的に水蒸気を立ち上らせた。蒸気が視界を曇らせるうちに、俺は横を抜けてゴーレムの背後へ回り込むつもりだった。

 

 しかし相手は単純ではなかった。

 

 全方向に腕を振り回し、背後に回れないように範囲攻撃で牽制してくる。しかも腕の揺れは不規則で、隙を作らせない。

 

「今だ!──」

 

 攻撃が収まった一瞬、俺は剣を握り締め、全身の力を一点に込めて踏み込み、間合いに飛び込んだ。

 

 ──剣を力強く振り、ゴーレムを一刀両断することに成功する。会場は拍手に溢れ、戦いを終えた。

 

 心は一旦の安静を取り戻し、会場を後にして座席に戻る。次はリアナの戦いだ。

 

 

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