会場に入った瞬間、胸の奥がひゅっと鳴った。三体目のゴーレムは、今までとどこか空気が違っていた。腕に刻まれた紋様が赤く光っている──その色だけで嫌な予感が胸を刺す。
「ジン…あの魔術刻印、嫌な感じがする。」
リーガが囁く。リーガは魔眼で刻印を覗き込むように目を細めていた。俺も視線を向けると、たしかにただの魔術刻印ではない気配が漂っていた。
合図が鳴った。その瞬間、ゴーレムは動かずに片手を地に突いた。地面に触れた掌から赤い光がにじみ出した。リーガの顔が変わる。
「ジン、横へ跳べ!」
リーガの声が耳に届くより早く、身体が横へ跳んでいた。耳をかすめる熱風──赤い光線が頬を撫で、会場の壁に亀裂が走った。砂の匂いとは違う、焼けた鉄のような臭いが鼻を突いた。
観客席からどよめきが上がる。
(なんだ…何かおかしい…?)
それでも俺は剣を振るった。いま出せる一番速い一撃で。だがゴーレムの動きは想像以上だった。剣は空を切り、ゴーレムは重く長い拳を振り下ろした。
その一発は、胸を裂くような一撃だった。息が抜け、視界が少し白くなる。倒れそうになった足を必死に踏ん張る。
リーガが火を放ち、ゴーレムの腕を焼いたが、傷は浅い。刻印を帯びた側は、炎を宿していた。
「まずい…」
リーガの息が荒い。魔術を連発するごとにその呼吸が早まっていくのが分かる。掌の血管が浮くように、細い白い線──魔力消耗の兆候が見えた。
次の攻撃で、俺は一瞬の隙を突いて渾身の斬撃を入れた。腕の一部が断ち切れ、会場がざわつく。だが切れたのは刻印のない側だった。
刻印の付いた腕は、まだ温存されていた。
瞬時に、ゴーレムの赤い刻印が震え、そこから波のような衝撃が放たれた。リーガはそれをかわしたが、その反動で詠唱が乱れ、身体が痙攣する。
俺は咄嗟に防御魔術を展開して衝撃を軽減したが、リーガの魔力の消耗は想像よりも早かった。
「ぐっ」
腹に鋭い衝撃が走り、リーガはひざまずいた。息が詰まる。リーガは必死に立ち上がるが、瞳に焦点が合わない。俺たちは連携し攻撃を与えることにした。
リーガの表情が一瞬、引き攣る。目が揺れている。もう動ける余力が残っていないように見えた。
二人で連携し、最後の一手を狙う。だがゴーレムの魔術は速かった。俺たちは爆発に吹き飛ばされ、壁に叩きつけられる衝撃で意識が遠のく。
観客席から一斉に吸い込むような息が聞こえた。
そのまま、視界が暗くなる。救護の声、足音。気づけば担架に乗せられ、運ばれていく感触があった。
医務室で目を開けると、リーガの顔が朦朧とこちらを向いていた——はっきりとは見えないが、唇がかすかに動いた。
「……ごめん、ジン」
その声は風に消え、俺の意識は暗闇に深く落ちた。
*
別室にて、校長とアリアが話している。
「校長、試すような真似はよしてください!試験で使ったゴーレム…あれだけ異常に強く作られていました!」
アリアはかなり怒っているようだ。アリアは校長を睨みつける。
「いやいや。勇者の子と聞き、少し実力を見たかったんだ。見た通りで判断するならば、まだまだ実力が足りなく見える。」
その言葉は、アリアの怒りを増幅させた。
「校長……いい加減にしてください。私の生徒が危険な目にあったんです。怒りますよ!」
「すまなかったな。これ以上はしないと誓おう。実力が足りないと言ったことを訂正しよう。つまり…彼は伸びしろの塊ということさ。」
「二度はありません。」
アリアは校長と話を終え、医務室へと向かった。アリアは医務室のドアをノックし、扉を開け、中に入る。
そこにはフェイズとリアナがいた。
「フェイズ、ジンくんとリーガくんは大丈夫かしら。」
「その前に、先生…あのゴーレムは一体…?」
リアナがアリアに問いかける。その表情は少し怒っているように見えた。
「ごめんなさいアリアさん。まだ事情は話せないけど、いつかあなたには話すわ。」
アリアがそう答える。リアナはあまり納得してないようだが、了承した。
「ジンとリーガのことだけど、私が治癒魔術をかけたから、一日寝ていれば治るはずよ。」
フェイズは見解を示した。アリアは仕事がまだあるようで帰り、リアナは寮の門限が近いため帰っていった。
*
気がつくと、白い天井と柔らかな光の下にいた。喉が乾いて声が出にくい。身体の重さは抜けきっておらず、筋肉が強張っていた。
隣からかすかな寝息が聞こえる。リーガだ。顔を向けると、額に冷えた布が当てられていて、呼吸は浅かったが生きている。
「……目を覚ましたのね。」
その声の主はフェイズだった。白衣の袖に、わずかに血の匂いが混じっているように感じたが、彼女は表情を崩さず、淡々と包帯を巻いていた。
「ここは医務室よ。今は安静にしていて。詠唱で内傷を整えたから、あと、数時間もすれば楽になるはずよ。」
フェイズの声には疲れが混じっているが、それでも安心感があった。リアナがベッドの脇でジンの手を握っている。
リアナの顔は少し青ざめていたが、笑おうとする力だけは残っているようだった。
「大丈夫、ジン。起きてくれてよかった。」
リアナが小声で囁いた。だいぶ、安心したのか敬語が外れている。俺は喉を鳴らして弱々しく笑った。
どうやら、試験が終わってから丸一日眠っていたらしい。窓の光が、その時間の長さを教えてくれる。
「私は、少し授業の合間の休憩時間に来たからそろそろ行きますね。」
リアナはそう言って、慌ただしくクラスへ戻っていった。ジンは彼女の後ろ姿を見送った。
*
夜が更けるころ、リーガも目を覚まし、体調はだいぶ戻っていた。俺たちはフェイズに礼を言い、寮の自室へ戻ろうと立ち上がる。
去り際、フェイズが小さな声で囁いた。声は冷たくもあり、どこか温かい。
「今日はゆっくり休んでね。たとえ失敗したとしても、足掻き続けなさい。光を掴むのよ。」
*
俺は目を閉じ、天井の光の揺らぎを見つめた。
フェイズの言葉が、頭の中でちらつく光、足掻き。何か大きな期待と危険が自分を取り囲んでいる気がした。
眠りの縁で、リーガの小さな声が聞こえた。
「ジン……ごめん」
謝る理由はわからなかった。でも、その言葉は胸の奥に針を残した。手のひらでその針を押さえ込むようにして、深い眠りに落ちていった。
翌日も学校生活は続く。
だが今はただ、夜の静けさに身を委ねるしかなかった。
*
一方その頃、魔王城では別の会話が交わされていた。
「魔王様、新たな情報が手に入りました。どうやら、あの第三勇者には子がいたらしく、その子は生きているようです。」
側近は淡々と報告する。
「現在は『ガルデリア学院』に通っていると。ガルデリア学院──魔王様、この危険分子をどういたしましょうか」
「そうだな…さっさと殺そうではないか。私の計画に今後、邪魔になるかもしれない。」
魔王は不敵な笑みを浮かべていた。その裏にはとてつもない悪意が含まれている。
「さすが魔王様。即断即決。その判断力に感服いたします。」
側近は目を輝かせる。
「向かわせるのは誰にしようか。」
「ならば、この私、ガレリア・オーウェンにお任せください。」
側近もとい、ガレリアは自身満々に答えた。
「そんなので大丈夫なのかい?魔王様。」
突如として、ガレリアの背後に魔人が現れた。その魔人は一切の気配を発していない。
「おお…!久しいではないか。ギルデズナ。」
「ええ。お久しぶり。魔王様。」
その風貌は人間に角が生えた姿をしていて、後ろには鋭利な尻尾を携えていた。顔は美しく美少女と言っていいほどに整っている。
その実力は底が知れないほどに強い。魔王に敬語を使わないことを許されている五人のうちの一人である。
「私が迎えば、すぐに全てを破壊できるよ。」
自身の実力を理解してるが故にその発言が出てきた。
「あなた様は力加減ができません。ここはやはり私が行くべきなのです!魔王様!」
ガレリアはギルデズナに言い返した。
「あなた…五光魔帝の一人である私に対する口の利き方がなっていないようだね。」
ギルデズナは魔力をほのかに放出する。その気配だけで場が締まる。
「ガレリア、ギルデズナ──二人で向かえばいいではないか。」
魔王はそう提案する。
「ただ一つ注意がある。『ヨルアス』という男には気をつけることだ。」
「ヨルアスですか?」
ガレリアは問いかける。
「ヨルアス。あの国にいる魔術師で最も強い人間…会いたくない。」
ギルデズナの声は微かに震えていた。
「まあいい。では準備することだ。この世界を支配する一段階としてな…」
ガルデリア学院が、その標的に選ばれたことを──誰も予想しえなかった。