朝だ。カーテンの隙間から淡い光が差し込んでいる。俺は鞄に必要なものを詰め、リーガを起こして寮の朝ごはんを摂ったあと、学院へ向かった。
学院には、まだ試験の余韻が残っている。休み時間になると噂が途切れず、リアナの周りには常に人だかりができていた。
放課後、俺たちは結界の件を確かめるため、職員室へ向かう。
コンコンコン──
「アリア先生、いらっしゃいますか?」
「どうしたの?ジンくん、リーガくん。」
アリアの表情は不思議そうだ。声が小さくなるのを抑えつつ、問いかける。手のひらにじっと汗が滲んでいた。
「少し誰にも聞かれないところで話ができないでしょうか?」
「いいわ。来て。」
アリアは何かを感じ取ったのか、執務室へと向かった。俺たちもそれについて行く。
執務室に入ると、アリアは真剣な目で二人を見つめた。
「どうしたの?」
リーガは結界に感じた違和感、経緯を淡々と話す。アリアはそれを聞くと驚きを隠せない様子で呟いた。
「そう…あなた、魔眼持ちだったのね。しかも、この学院の魔術は侵攻前の結界よりもひどく、結界として機能していないか……」
アリアは結界の件を認知していなかったようだ。
「これは、重く見るべきね。少し待ってて、校長先生に話してくるわ。」
アリアはそう言い残し、執務室を出ていった。
「やっぱり…教師陣も把握していないみたいだね。薄々そうは思っていたよ。あの結界は誰かの憎悪によって作られていた感じがしたから。」
「憎悪か…少し嫌な感じだな。」
*
別室にて、校長とアリアが会話していた。その雰囲気は少し険悪なものとなっていた。
「そうか。結界が……これは私も知り得なかった。この国に結界を視認できる魔眼を持つものはそのリーガくん以外いないだろうからな。」
「ならば一体誰が……」
「私は国王に報告してくるよ。少し学院をあけるから、何かあったら火球を空に放て。すぐに向かう。この話は他言無用だと二人に伝えといてくれ。」
校長はそう言い、飛行魔術で王都まで飛んでいった。その速度は凄まじいものだった。
「少し、警戒すべきね。」
アリアはその後、執務室に戻り、事情を話した。
「他言無用ですか。分かりました。」
俺たちは頷き、執務室を出た。
外はもう夕闇に染まり、星が輝き始めている。だが──その星の一つが、異様な速さでこちらへ向かってくるのを、俺は見逃さなかった。
「なんだあれ…何かおかしくないか?」
「ああ。僕も変な気配を感じる。」
猛スピードで接近してきたのは、隕石のような光ではなく、意志を持った何かの気配だった。
轟音とともに、それは学院付近の地面に落ち、爆風が辺りを揺らした。
ジンとリーガは瞬時に危機を察し、学院へ走る。学院自体には外見上の大きな損傷はない──だが、空気が異様に冷たく、本能が『逃げろ』と危険信号を発している。
「二人とも逃げて!」
アリアの叫びが響く。だが周囲の生徒たちの体は固まり、動けなくなっていた。俺の身体も、一瞬思うように動かない。
その時、二つの巨大な気配が近づく。片方は大柄な男で、漆黒の翼を背に宿している。片方は少女の姿をしていて、角と鋭い尾を携えているが、発する魔力は尋常ではない。
「いやはや。本当にあの勇者の子ですか?これは思ったより楽しめなさそうですね。面白くありません。」──男は嘲るように言う。
「そう。初めてあなたと気が合った。ヨルアスが来る前に片付けてしまおう。」──少女が静かに続ける。
それが「魔人」だと一瞬でわかった。気配が重く、周囲の空気を引き裂く。
俺は本能のままにリーガの手を取って走り出すが、逃げ切れない。魔人は一瞬のうちに間合いを詰め、二人に襲いかかる。
だが、そのとき、光と炎が同時に放たれた。光の柱が魔人の刃を弾き、火炎が黒い翼を焼く。アリアとリアナだ。教師たちも次々に駆けつけ、魔人の前に立ちはだかる。
「校長が来るまで、とにかく持ちこたえて!」
アリアが叫ぶ。詠唱を紡ぎ、火球や防御結界が辺りを彩る。
ここに、魔人と学院の生徒・教職員の戦いが幕を開けた。
*
教師陣はまず生徒の避難を優先した。圧倒的な強者から生徒を守ろうとするその行動に、魔人たちは淡々と名を名乗った。
「あなたたちに敬意を表し、名乗ることにしましょう。私は、ガレリア・オーウェンと申します。ぜひお見知りおきを。」
「面倒だけど…私はギルデズナ。」
「では、始めましょう。」
二人の威圧は凄まじく、空気が重くのしかかる。教師たちは間を埋めるように魔術を放ち、場を守ろうとする。
だが、ガレリアは冷たく詠唱を紡いだ。
「時間がありませんので、早く終わらせましょう。闇の根源よ。──かの者どもに死を与えよ。」
その詠唱は、耳には聞き慣れない、底の深い響きを持っていた。アリアは叫んだ。
「その詠唱は闇属性の最上級魔術よ!全員、離れなさい!」
アリアは対抗の詠唱を始める。雷を纏わせ、刃のような光を呼び上げた。彼女の詠唱は切迫していた。
「雷よ、かの者に迅雷の裁きを。」
(この魔術は一度きりだけど、同じ最上級魔術ならば、相殺できるはず……)
「
「
声は張り詰め、
衝突した魔術は、ガレリアのほうが力を上回った。雷は吸い込まれ、アリアへと制御不能の侵食が向かう。
その瞬間、轟音を伴って誰かが飛来した。校長だった。
「少し、学院を空けてしまったのは失敗だったか。」
校長は飛来するや否やアリアに触れ、魔術の侵食を押さえ込んだ。彼の存在は場の空気を一変させる。圧倒的な魔力が地を震わした。、ギルデズナはその正体を見てたじろいだ。
「ヨルアス……あなたは危険だ。ここで仕留める。」
ギルデズナはそう告げると、鋭い尾をヨルアスへ向けて姿を消した。空間が歪み、次の瞬間にはギルデズナが一歩前まで迫っている。
だが、その尾が届くことはなかった。ヨルアスは無詠唱で光の斬撃を放ち、ギルデズナの四肢の一部を断ち切ったのだ。
ギルデズナは尾で自分を後方に吹き飛ばし、辛うじて体勢を立て直す。近くではガレリアが他の教師たちと戦い、激しい光と轟音が交錯している。しかし教師陣の多くは重傷を負っていた。
生徒たちは避難している。だがジンとリーガはまだその場に残されていた。
「このままでは、埒があきませんね。君たちを先に消すとしましょう。」
ガレリアは俺たちに狙いを定め、殺意をもって襲いかかる。
俺は慌てて剣を抜き、ガレリアの手刀を受け止めようとした。手刀は重く、ジンの腕は軋む。刃が肌をかすめる音がした。
避けられない寸前、リーガが後方へ俺を引き、辛うじてかすり傷程度の被害で済んだ。
アリアはまだ動けず、魔力が枯渇しながらも懸命にを詠唱を続け、取るに足らぬ牽制を放つ。だがガレリアの視界にはそれが届かない。
ジンに追撃の気配が走る。次は避けられない一撃が来る。
そのとき、遠方から甲高い声が響いた。騎士団の援軍だ。騎士たちの隊が攻勢に転じ、ギルデズナとガレリアの包囲を試みる。
「流石に分が悪いですね。ここは一旦引くことにしましょう。ギルデズナ。」
ガレリアの額には、汗が浮んでいた。
「わかった。」
二人は地面へ魔術で火級を放ち、煙と闇に紛れて姿をくらませた。その気配が消えると同時に、騎士団は追撃を仕掛けようとした。ヨルアスが声を上げた。
「追撃はやめておけ。私でも二人の相手は厳しい。一応、他に魔物がいるかもしれない。警戒態勢を引け。」
「ヨルアス会長……いえ!分かりました!」
騎士たちは倒れた教師を救護し、学院周辺を調査した。幸いにも死人は出なかったが、負傷者は多く、事態は深刻だった。
その後、俺たちは寮へ戻り、ヨルアスに明日、詳細を話を聞くことになった。身体の痛みがじわりと広がり、二人とも深い眠りに落ちていった。今日の出来事は、彼らの胸に長く残ることだろう。