疑心貌 作:カカラカ
【スナ】沈黙
産まれたときから、私の声は細く、弱く、その場にいた誰にも私の意志を伝える事は出来なかった。母を呼ぶ声が遠くで鳴くカラスの声でかき消され、私は助けを求める声の出し方を知ることができなかった。
保育園、欲しかった積み木が他の子に取られてしまったとき、私はだんまりとしたまま手にあるたった三つの積み木で遊んだ。ただ横か縦に並べることしかできなくて退屈だった。
先生は私を手のかからない子どもだと思っていただろう。当時の私にとって先生とは、保育園の外を歩いている大人達となんら大差ない存在だった。私に関心のない人間だった。
小学校、知らない人間が大きく増えた。先生、同級生、先輩。知らない人間が知らない人間であるまま、時間だけは進んでいった。
五年生の頃、転校生がやってきた。私と同じ女の子、目鼻立ちがとても整っていて、クラスのみんなはその子に夢中だった。転校してきてすぐ、その子はこのクラスでの人気者になった。隣の席だった私は、その子と最初に会話して以降、二度と話すことはなかった。
卒業前、すでに学校一の人気者となった転校生が、みんなで書いた寄せ書きを先生にプレゼントしていた。先生は笑顔のまま、泣いて喜んでいた。そこに私の名前は入っていないけど、先生はきっと気にしなかっただろう。
その日の帰り、玄関の扉を開けると甲高い声が耳に入ってきた。兄が中学に上がってから飽きるほど繰り返され、私の中ではすでに慣れたものになっていていた母親と兄の喧嘩。私は誰に何を言うわけでもなく、その音を右から左に流して自分の部屋の中に入った。
音を出さずにただ暇を潰す。私が母親に呼ばれたことに気付かなければ、母親は怒りの矛先を私に向けることになるからだ。
自分の部屋といっても何も無い空間で、暇を潰すといっても何も無いからぼーっとするしかないのだ。
家の中にいればずっとこの調子。今となっては、随時と無意味な時間だったと感じている。
中学校、同じ小学校の人たちも多くいて、小学校の時となんら変わらない時間を過ごすだろうと思っていた。
小学校のとき、一番の人気者だった転校生がこの学校では一番じゃなくなっていたらしい。それに怒っていたかどうかは知らないが、少なくとも不満は感じていたようで、自分の抱える不満を吐き出す対象に私は選ばれてしまった。
世間ではいじめと呼ばれる行為を受けた。物は無くなるし、服の内側もあざだらけ。少しでも相手に従わなかったら、いじめは長時間続いた。
転校生も、転校生の友達もみんな私を使って不満を解消していた。私が助けを求めれないと分かってからは頻度も酷さも増した。きっと私はその頃から人間が嫌いになりはじめていた。
時間で問題が解決することは無い。私は入学してから一年間、憂鬱な中学時代を送っていた。
二年生の中頃、その日は転校生に違和感を覚えた。いつものハキハキとした言動はぎこちないし、手も少し震えている。
私はしっくりこないまま日課のいじめを受け始めた。そこでかけられる言葉の節々から怯えが感じられた事で、転校生がなぜそんな状態なのかを理解した。
どうやら、何をしても物言わぬ人間は不気味に見えてきたらしい。
自分の抱える不満の八つ当たりから、私が何か仕返しを企んでいるんじゃないかと不安にかられ、報復されないために抵抗しているような八つ当たりに変わっていた。
それは、いじめられている私にも理解できていた。
いじめ、あるいは報復への恐怖行為。弱いものいじめの筈が、強いものいじめをしている気分を味わっていることだろう。
その日のいじめはいつもよりも軽く、中途半端に終わった。持ってきていた着替えが意味を成さなくなったから、私は余分な荷物を持ってきたことを少し後悔しながら家に帰った。
なんと不思議なことに、それ以降は転校生達からいじめを受けることがなくなった。沈黙は金とはこのことだろうか。
なんにせよ、再び訪れた日常に私は安心した。これからは失って久しい放課後の自由時間が増えるのだ。
その代わりかは分からないが、同じクラスの大人しい子が新たな標的になったらしい。毎日向かっていた体育館裏の光景を尻目に、軽い足取りで私は帰路につく。
意図せずのことだったが、私の問題は解決した。
これ以上、私が関わる理由は──少なくとも、私の中には見当たらなかった