上手く行かないことばかりで悩むマリー・ラプンツェル。姉に憧れる彼女へアドバイスに現れた人物は……

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第1話

 

「拠点を無力化しました!」

 

 高らかに声をあげて遠くの味方へ知らせる。敵の拠点を封じれば逆に攻め返す足がかりになるのだ。

 戦力に限りがある想定の模擬戦、今のマリーは単独行動中である。興奮を深呼吸で鎮めながら周囲を確認する――森へ身を隠す背中が、一瞬だけ見えた。本当に一瞬だが見間違いじゃない。

 

 元々敵にとっても大事なポイントだからこそ拠点を設置していたわけで、もしも奪い返されたらそのまま勢いでカウンターされてしまう危険がある。だから定石として拠点を制圧しても極力そこを離れないのが原則。移動するにしても一旦こちら側の本拠地に戻ってのダメージ回復がせいぜいだ。だが気になる、あれも押さえたらきっとより大きな戦果になる。チームに貢献したい。

 

(向かいます)

 

 後を追う。

 さっきの人物を発見した。森に馴染む意匠が特徴の狩人、メイド・マリアンだ。まだこちらに気づいていない。

 茂みに隠れながらぎゅっと抱き枕のフェルドを握る。これならじっとして魔力を溜める時間もある。黒い制服と、そして黒い髪の毛のおかげでばれにくいはずだ。

 フェルドが何かいいたげに腕の中でうごめいているが、やめてほしい。

 

「なあマリー、」

「吹きとばしますよー!」

「マリイィィィイ!」

 

 あろうことか口を開いて勝手に喋りそうだったのでもう決行。

 足元にマリーが扱わない種の魔力の感触。すぐに光と音が炸裂して目が眩む。もしやフェルドはこれに気づいていた?

 座学で知っている、メイド・マリアンの扱うトラップで――

 

「遊びの時間は終わりだ!」

 

 ひるんだところに遠距離サポーターとしての領分をわきまえないゼロ距離での接射。こうしてあっさりマリーは戦闘不能になった。模擬戦もマリー側のチームが負け。

 

 

   *

 

 

 模擬戦の会場となっていた魔法学校、その中庭の小高い丘で大の字になって寝転がるマリー。ああ、空は青いし雲は白いし、そして私はボロボロ。黒い髪の毛に葉っぱが絡まっても気にする元気もなかった。

 離れたところで他のみなが鍛錬する音が聞こえている。向こうの空に飛来物が浮いたあと地響きが伝わったのはミクサが祖母から継いだ炎の塊か。今度は空が一瞬光って、遅れてゴロゴロと雷鳴が届くのは怪童丸がまとう雷神の加護か。

 非力なマリーでは全力魔法でもあれらに遠く及ばない。遠くで誰かが気づいたりするほどの輝きなんて出ない。

 

「姉さまみたいになれません……」

 

 天才魔女・フィーの魔法なら、おとぎの塔を守る軍隊のよう魔法弾が飛び出し破壊する音はこの爽快に違いないし、抱き枕に乗って空高く飛ぶ姿は見事な金髪と相まって虹がかかったように見えるはずだ。

 横に置いておいたフェルドが自力でこちらを向くよう転がってくる。

 

「俺じゃ駄目か? マリー」

「……」

 

 マリーが魔力の媒介とするこの抱き枕は、枕だから手足なんてなく、ちょっとウネウネと芋虫のようひねるくらいしかできない。そのフェルドが顔だけでも方向転換するというのはかなりの重労働で、それだけ心配しているという客観的証拠にもなるが、まともに返事をしてあげる気力すら出なかった。

 気だるい時間がだらだらと停滞している。向こうで修練しているメンバーが入れ替わったらしく、銃声や不協和音の塊が聞こえてきた。

 そして芝生を踏みしめる音がこちらへ近づいてくる。

 

「ちょっと失礼するよ」

「勝手にどうぞ」

 

 丁寧に刈られた草原と似た色と匂いをした女性、メイド・マリアンが丘のてっぺんにやってきた。

 許可だけもらったマリアンはクロスボウを静かに構え、丘のふもとに立てられた的へ矢を飛ばす。中心に突き立つ。マリーは他の《キャスト》たちについて文献も研究しているから、あの矢は殺傷能力こそ乏しいが周囲の状況を仲間に知らせる監視カメラ、発信器の役割をすることを知っている。

 

 ――お手本のように矢が立つマリアンの的の横の的が、マリアン以外によっていきなり破壊された。的の中心部から粉々だ。

 その残骸には既に刺さった矢にもう一度矢を当てるテクニック、継ぎ矢がされていた。あれはロビン・シャーウッドの『ダブルショット』だ。同じ一点に重ねることによって硬い装甲をも貫く技で、また現代へ伝わっている伝承ではおのれの技量を観衆へ示すための技でもある。

 丘のふもとから遥か離れた修練場の手前、的をぶっ壊した主であるロビンがドヤ顔で胸を張っていた。わざわざマリアンが射るのを待ってから、続いて見せつけるべくぶっ壊したということだ。

 

「自慢なんてイヤな人ですね。私、何度も射抜かれましたし」

「わかるぜ」

 

 今は訓練用の的がやられるが、模擬戦では自分たち《キャスト》がロビンの的にされる。完全に意識の外から撃たれたらマリーごと吹っとばされるが、気付いた上でやれたときは抱き枕のフェルドが受け身用クッションになるか即席の盾になってくれていて、もう何度も修繕したからフェルドの綿はすっかりボロボロだ。

 マリアンが苦笑いしながら肩をすくめる。

 

「あたしにイイトコロ見せたいだけだからさ。ああいう性格なのは勘弁してあげておくれよ」

 

 マリアンが雑に手を振って応えるとロビンは満足げに戻っていった。

 交代で立ったのはマリーが敬愛するフィー・ラプンツェル。おそらくあの二人は遠距離狙撃の訓練中ということだろう。同じく超遠距離から魔法で形成した虹色の弾丸をぶっぱなし、また並んだターゲットを派手にまとめてぶっ壊してみせた。単発威力と射程に優れたロビンとはまた違う、フィーならではのスタイルだ。

 ひと仕事終え、髪の毛についたマジックハンドとフィー自身の、合計四つの手でピースで妹に向けてアピールしている。

 さっき恋人へイイトコロを見せびらかすロビンへ八つ当たりしたところで、同じことをしているフィーの姿を見て胸がかき乱された。

 

「妹に手ぇ振ってるんだから、振り返してあげなって」

 

 そう促されてやっと、髪の毛についたミトンで控えめに振った。髪の毛にデバイスを取り付け魔力で制御して三本目、四本目の手として扱う――マリーは姉のような天才ではないからこの魔法技術も再現が不十分で、指まで制御できない。だからミトン型デバイスを使っており、姉のようなピースサインを返すことはできない。

 フィーは妹からの『返事』に満足してフィーも戻っていった。訓練用の的をロビンとフィーでみんな壊し尽くしてしまっているから遠距離狙撃の訓練はおしまいだ。

 ふたりが行った頃にようやく砂煙が収まってきて、改めて残骸が目に入るようになる。一撃のロビンと広域爆撃のフィーで壊れ方が違うのは少し興味深いが、観察と研究をするほどの元気が今日は出ない。

 

「にしても、どっちもアタッカーの名に恥じないねぇ」

「あなただって、」

 

 援護に徹するはずのロールでありながら、私を仕留めたじゃないですか。

 どろどろとした感情がまた吹きだしそうになる。口に出してしまえば自分の品位を損なうばかりだと理性が必死にブレーキをかけているが、お見通しとばかりにマリアンが繋げてくる。

 

「あたしはサポーター、あいつはアタッカー、そしてあんたはファイター。――マネっこなら、“別人”《アナザーキャスト》として創る必要がないじゃあないか。賢いんだろ?」

「私は姉さまに負けている部分ばかりです。追いつくため何でもします。それこそ、劣化コピーでも構いません」

 

 涙をたっぷり目に溜めて睨む。ラプンツェルの涙は神秘をもたらすというが、この涙は悔し涙で、ぬるくて、耳が熱い。

 横でフェルドがそうじゃねえんだよなあという顔をしているがマリーは気づいていない。

 

   *

 

「ちょっとアンタ! 何マリー泣かせてるのよ!」

 

 抱き枕に跨ったフィーが丘を逆方向に滑り登るようにしながらすっ飛んできた。

 マリーは慌てて涙と赤い耳を隠そうとしたが最初からばれている。それでもフィー自身が五感に優れた設定を持つわけではないのだから、会話までは聞かれていないはず、なんとか言い訳を練ろうと頭を回転させるが、

 

「実はさぁ」

 

 言い訳を発表する前にマリアンにかくかくしかじかと先制説明された。彼女だって当事者であるし、本当のことだから否定もできない。どこまで今日を遡ればこんな情けない結果を避けれたか、余計な吐露をする前か、丘に上がってきたマリアンと話す前か、模擬戦のときに制圧した場所から離れる前か。

 コンプレックスを暴露されて顔を覆うしかない。涙は出ないが精神ダメージはこちらの方が大きいくらいだ。

 

(もう駄目です…………)

 

 メイド・マリアンも正義の使者たるロビンの“もうひとり”《アナザーキャスト》であるだけあって、正しいと思ったことならば押し通すタイプなのだ。マリーが泣いたときはもちろん、恥ずかしさのあまり悶絶していても頓着していない。

 腕組をしてフィーは最後まで聞く。そして仁王立ちで総括。

 

「あたしみたいになれない? そんなの当たり前じゃない!」

 

 曇天。姉という憧れの虹そのものに否定されて…………。

 その虹がマリーを抱きしめてくる。ほっぺたをぶにっと掴まれて向き合わされる。

 

「マリーはあたしより運動できるし、サボらないし、コミュ力あるし、根性あるし、すごいんだから!」

 

 強引に向き合わされていたが、ようやく自分で姉の方に目を向けると鮮やかな髪の金、空の青、雲の白、草の緑が瞳に映る。濁った世界が晴れてきて、陽の暖かさや風の心地よさ、土のにおいまで急に意識にのぼってくる。

 フェルドも今日一番のテンションで「そうだそうだ!」合いの手を入れていた。全身を捻って同意していたら「アーッ」となだらかな坂を転がっていったが、マリーの瞳には姉しか映っていない。

 

「私と姉さまは、違う……」

「違うからこそ、二人で横に並べるのよ! 同じなら上と下になっちゃうわ!」

「私のやりかたを研究して、私は私でいいと言うのですね……」

 

 魔法学校の施設で最も目立つのは天才フィーに与えられた一番高い塔。マリーも成績優秀な生徒だが、マリーに与えられた塔はフィーの塔より遥かに低い。でも姉は横に並んでみせろと言う。

 追いつきたい目標の前に、大好きなお姉ちゃんの言う事なら素直に受け入れられた。抱きしめてくれるお姉ちゃんを同じく抱きしめる。

 

「あたしの出る幕なかったわね」

「泣かせたのは正解だったぜ」

 

 丘を転がっていったフェルドはマリアンが拾っておいた。

 ラプンツェルの涙は神秘をもたらすのだ。

 

   *

 

 後日譚。場所は模擬戦における本陣として構えられたお城の前にて。

 

「見てください! コブシに魔力を集めると効率的に破壊できるんです!」

 

 黒い帽子の似合う魔法使いというマリー・ラプンツェルの設定に似合わぬ、腰の入った正拳突きポーズ。

 横で「素晴らしいな!」と感心する吉備津彦。そしてマリーのフォームを日ノ本出身としての知識を活かし修正する。

 

「ただ繰り返すとなると手が傷ついちゃうので、フェルドに魔力を集めた上で効率のよい破壊を模索してみますね!」

「俺も手伝おう。太刀の振るい方など参考にするがよい」

「ギエーッ!」

「面白そうなことしていますわ! 炎の魔法使いであるわたくしも混ぜてくださいな」

「楽しそうであるな、人の子らよ」

「お前ら全員帰れ! アーッ」

 

 めでたしめでたし……?


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