この目の前の老人曰く、俺は魔法使いらしい。
冗談としか受け取れない発言を鼻で笑う。
「冗談、ですよね? どうしたんですか、いきなり」
「いやいや、冗談ではない。君は正真正銘、本物の魔法使いじゃ」
「そうですか。私の知る魔法使いとは空想のものなのですがね」
「そうじゃな、実際に見せたほうが早いじゃろう」
「何を?」
「魔法じゃよ」
そういって老人は懐から杖を取り出すと、軽く振った。
その瞬間、校長室にある全ての物が、俺が座っているソファーさえもが、まるで無重力の中にあるように浮き始めた。俺はあわててソファーにしがみつき、老人を見た。それはもう、いたずらっ子みたいな目をして笑いながら、また杖を振った。すると今度は、宙に浮いたものが輪を描くように回り始めた。まるでメリーゴーランドのようだ。俺は必死にソファーにしがみついていたが、しばらくすると、浮いていたものは全て元の場所に静かに戻った。老人は相も変わらず、笑ったままだった。
そして確信した。この人は冗談抜きで魔法使いだ。体験して分かった。確信しないほうがどうかしてる。
「ええっと、すみませんでした、失礼なことを言って。……あなたが魔法使いだとはっきりわかりました」
非礼をわびつつ、どうしても心ここに非ずと言った感じになる。爺さんは気にした様子を見せなかった。
「そうかそうか。それでは、話を進めるとしよう。まず、君も魔法使いだ、ということはいいかな?」
「つまり、あなたと同じようなことができる、ということですよね?」
「そうじゃ。では、君の両親が魔法使いだったことは、聞いたことはあるかね?」
「いえ、そんな話は聞いたことがありません。そもそも、俺は両親の顔すら知りませんし、死因すら把握してません」
「そうか。では、まず、両親の話からするとしよう」
こうして、両親のことを知った。
要約すると、両親はそこそこ優秀な魔法使いだったそうだ。しかも、純血、由緒正しき家系の。死因だが、殺されたらしい。ヴォルデモート卿という、名前を言ってはいけないことになっている人が殺したとのこと。両親は本来なら、生きていたはずだった。しかし、マグル、魔法の使えない人間だが、をかばって、ヴォルデモートに殺されたそうだ。話を聞く限り、両親はかなりのお人好しで、学生時代から多くの人から慕われていたそうだ。
その両親が通っていた学校と言うのがホグワーツで、この老人、アルバス=ダンブルドアさんが現在、校長を務める学校らしい。ダンブルドアさんは両親が学生のころからの知り合いで、卒業後も交流があったそうだ。しかし、俺と会うのは初めてだそうだ。
「両親のことを話してくれて、ありがとうございます。要件とはこのことですか?」
「いや、違う。今日は、良き友人であった君の父の頼みを果たそうと思ってのう」
「頼み、ですか。それはなんですか?」
「君をホグワーツ魔法学校に入学させることじゃよ」
「……はあ」
自分が何を言われているのか、理解することは出来なかった。
まだ義務教育も終わってないのに、そんなところに行けるはずがない。第一、俺の教育費は叔父たちが払ってるんだ。進学先なんて簡単に決められない。
頭にかすったのはそんな考えだった。
「それは少々、無理な話では、と思うんですが……」
控えめに否定をしても、老人が動ずることはなかった。
「なに、問題はない。君の叔父たちも、すでに了解してくれている。この国の義務教育とやらも、すでに手を打ってある。これで君はホグワーツに来れるはずじゃ」
「……そうですか」
「君の将来のことも、両親がしっかりと遺産を遺しているから心配あるまい。魔法界に来れば、何もかもわかる。それに、君は今の状況をどうにかしたいと思っているように見えるがのう?」
と、何か確信を得ているような感じで俺に言った。
……そう、ダンブルドアさんの話は正しい。俺はこの状況を、叔父たちに頼りっきりの生活を何とかしたいとは思っている。もしかしたら、ほんとにもしかしたら、今の状況から抜け出せるかもしれないのだ。叔父たちに頼ることなく、自立した生活。それが、すぐにでも送れるかもしれない。
ダンブルドアさんを見た。ダンブルドアさんは、どう見ても嘘を言っているようには見えない。そう思うと、だんだん落ち着いてきた。
改めて、自分の状況を確認してみる。
俺は今、いうなれば人生の選択を迫られているのだろう。このままの生活をするか、新しい生活に全てを賭けるか。正直、新しい生活に全てをかけるのは危険な気がする。魔法があることは疑わない。さっき、あれだけのものを見た。もう十分だ。が、だからといって、うまくやっていける保障にはならない。
でも、このままの生活を選んでも、きっと、今と同じ問題に直面するだろう。義務教育は中学まで。中学を卒業すれば叔父たちは俺を学校に行かせる義務はなくなる。世間体を気にして高校まで通えたとしても、大学は分からない。就職が不安なのはどっちも同じだ。なら、少しでも、希望が持てる方を………。
「わかりました。ホグワーツに入学します」
言ってしまった。これでもう、履歴書に学校は書けない。そんなくだらないことが最後まで頭をかすめた。
了承の返事をしたことを、早くも後悔している。
確かにこの生活から抜け出せるなら抜け出したい。今、抱えてる最大の問題は、叔父と叔母の脛をかじってしか生きられないこと。その問題が解決できるなら、俺も、叔父たちも今よりずっと気分がよくなる。ホグワーツに通うだけでこの問題が解決できるなら、俺は通うべきなのだ。だが、ホグワーツを卒業した後は? 就職先はあるのか? 聞くに、ホグワーツは七年制。つまり、卒業時、俺は十八、九歳。少なくとも、魔法界から戻ってきても行くあてもないし、就職だって不可能に近いだろう。そうなると俺は魔法使いとして生きるのか、一般人として生きるのか、その選択を行ったことになる。その結果は言うまでもなく、「魔法使いとして生きる」だ。
もう一般人、マグルと結婚とかできないだろう。魔法を秘匿とするならば、魔法使いはどう見ても普通ではない。結婚どころか、最悪、マグルの友達すらできなくなるだろう。少年時代の思い出も、普段の生活も、仕事の悩み、住所や電話番号や職業さえも話せないのだから。中学・高校の勉強ができるかどうかもわからない今は、大学にすら僅かの希望も持てない。
そう落胆しながら家に帰った俺を待っていたのは、しかめっ面の叔父と叔母、にやにやしながらこっちを見る従弟。不覚にも涙が出そうだった。
「ヒゲ親父にはあったわね?」
恐らくダンブルドアのことだろう。頷いて肯定する。
「はい、会いました」
「で、あなたはどうするつもり?」
ここで、俺の考えを聞くのか。少し意外だった。
ダンブルドアによると、この二人はすでに承諾している。言ってしまえば、邪魔が消えるのだ。ならば、逆らうのも難しい。無駄に波風も立てたくない。万が一、ホグワーツ行きを拒否されたとしても、考える機会がもう一度与えられるとも受け止めることができる。
そこで正直な返答を返した。
「ホグワーツに、通ってもいいかな、と思ってます」
「そう。そうね、そうよね……」
ぶつぶつと、叔母は何かを呟き始めた。よく聞こうと耳を澄ますと、それは大声の罵倒に変わった。
「やっぱりあなたも両親と同類なのね! 魔法があるですって? そんなでたらめ言って、どこかに行くだなんて! 小さいころからあなたも変だった! 髪がすぐに伸びるわ、瞬間移動するは、何かを消すだッ!」
ダンブルドア、話が違う。明らかに了承を得ている相手の反応ではない。拒否反応でヒステリックになっている。
呆然と黙ってる俺に向かって、叔父は一言、
「明日に迎えと一緒に出ていけ。二度と帰ってくるな」
今後の雲行きが怪しくなってくるのを感じた。
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