夏休みが終わり、キングズ・クロス駅へと向かう。駅の入り口でゴードンさんに別れを告げ、去年よりも若干重たくなった荷物を持って柱に走り込み到着する。
少し早めに来たおかげでコンパートメントは空いており、楽に一部屋占領できた。
荷物を整理し、本を取り出す。『トロールとのとろい旅』だ。ロックハートの他の作品もほとんど読んだが、中々面白い。小説としては流行るのがよく分かる。例えばこの作品。トロールと旅を共にするもので、旅をしつつもトロールの引き起こす問題を面白おかしく解決していくものだ。一見、ありえないように見えるロックハートの行動も理論上は可能な事ばかりで、説明されれば納得してしまう。よく考えられているものだ。
……本当にやったかどうかは別だが。それにやっていることは派手だが模範的といえる行動ではない……。いや、読んでいて面白いけど。
取り出して読んでいるとコンパートメントのドアが開く音がした。そちらの方を見ると、ドラコとクラッブ、ゴイルの三人だった。
「ああ、やっぱりジンだったか。パンジー達はまだかい?」
俺を見て安心した様にドラコが言ってきた。少し疲れた様子を見るに、俺か誰かを探して歩き回ったのだろう。ドラコが探していなかったということはまだ来ていないのだろう。
「ああ。まあ、まだ少し時間があるしな。しかし、パンジー達が来るとしたら狭いだろ。もう一つコンパートメントをとったらどうだ? 向かいが空いてるだろ?」
「ああ、そうしようか。でも、二つに分けるのかい? じゃあ組み分けをどうしようか?」
「そりゃ、来たら決めりゃいいだろ。とりあえず、向こうに荷物を置こう」
そう言い、ドラコ達三人の荷物を向こうのコンパートメントに置いておく。荷物を置き終えると、クラッブとゴイルはそのままにしてドラコと元のコンパートメントへ戻る。
コンパートメントに戻るや否や、ドラコがウキウキとした様子で口を開いた。
「そういえば、ジン。君とブレーズにビッグニュースがあるんだ」
「何だ、それは?」
「いや、ブレーズが来たら言うよ」
話したくてたまらない、と言った様子だがもったいぶって言おうとしない。ブレーズにも関係しているようだから一緒に驚かせたいのかもしれない。
その後、夏休みの話をしていたらパンジー、ブレーズ、ダフネがそろってやってきた。
「おお、やっぱりいたか。探したんだぜ? 空いてたコンパートメントがあったが、スルーして正解だったぜ」
安心した様にそう言いながら、荷物を下していくブレーズ。しかし荷物を置いて、ふと気が付いたようにドラコを見て聞く。
「なあ、お前の荷物が無いけど、どうした?」
「ああ、そのことだけどね……」
ドラコが、二つのコンパートメントを占領していることを三人に説明する。
「成程、組み分けね……。ジャンケンでいいかしら?」
「私はドラコが一緒だったら何でもいいわ」
「じゃ、ドラコが代表でジャンケンだな。3:2に分かれるようにするか。で、2が向こうに行くと」
ダフネの提案に、ブレーズがパンジーの提案を組み入れてあっさりと方法が決まる。
「じゃ、やるぞ――」
「……そういや、ロックハートの本はもう読んだか?」
「…………」
「……休暇中も、ドラコと行動してたのか?」
「…………」
「……今、食ってんのは何だ?」
「…………」
「…………」
「ジン、諦めろよ。こいつ等が食ってる時に返事をした試しがないんだ」
ジャンケンで負けた俺とブレーズがグラッブとゴイルのコンパートメントに来たが、さっきから沈黙の中にムシャムシャと物を頬張る音しかしない。沈黙が少し気まずくて、さっきから話しかけているのだが一言も返事が来ない。ドラコの気苦労が少しわかった気がした。
「ドラコは何時もどうやってこいつ等をコントロールしているんだ?」
「意外と簡単だぜ? そうだな……。何か菓子でも無いか?」
「チョコレートバーなら一本だけ。半分溶けてるけど」
「充分だ」
ポケットから駅のホームで買ったチョコレートバーを取り出すと、ブレーズはそれをかっさらう様に受け取りクラッブとゴイルに見せつける。当の二人は、今まさにプレーンマフィンに食い付こうとしている所だった。
「味なしマフィンに、ピッタリの物があるんだけどなぁ……」
「「何が望みだ?」」
確かに簡単だ。二人の目線がバーにくぎ付けになって動かなくなった。
呆れて二人を見ていたら、ブレーズがこちらにチョコレートバーを投げてきた。
「ほら、望みを言えよ。バー一本じゃ二人で取り合いという名の乱闘が起こるから上手くやれよ?」
「おい、バー一本で充分じゃなかったのか?」
「こいつ等が単純だって知るには充分だろ?」
それはそうだが、これでは下手に動けない。望みも思いつかないので、バーを左右に揺らして二人の顔を動かして遊んでいたらコンパートメントのドアがノックされ、開いた。
「ちょっとごめんなさい。何処かでハリーかロンを見なかったかしら? ……ってジン? 何しているの?」
「ハーマイオニーか? いや、まあ、ちょっとドラコの気苦労をな……」
思わぬ客に驚きつつ、バーをポケットに戻す。あからさまにガッカリした声が二つほど聞こえたが、無視してハーマイオニーの方に向き直る。
「何というか……珍しい組み合わせね」
「俺もそう思う。ついでに、パンジー達は向かいにいるから挨拶でもしてったら?」
しげしげとコンパートメントの中を見て、クラッブとゴイルを見つつハーマイオニーが感想を漏らす。まあ、同意見だが。
「うーん、挨拶はしたいんだけど、忙しくて……」
「ねえ、ハーマイオニー、いないんなら早く行きましょう。ロン達を探さなきゃ」
「……そいつは?」
ハーマイオニーの後ろから聞きなれない声がして覗き込んでみると、いつかの本屋にポッターといた赤毛の少女だった。恐らく、ウィーズリー妹。
「この子はジニー。ロンの妹」
「へー、コイツがウィーズリーの妹かぁ」
今まで黙っていたブレーズがいきなり会話に入り込んで、ウィーズリー妹を見物し始めた。
遠慮なくジロジロと見るブレーズが気に食わないのか、ウィーズリー妹は顔をしかめるとハーマイオニーの後ろに隠れてしまった。その様子を見たブレーズは、舌打ちを一つ吐くと同じように顔をしかめて座席に座りなおした。お互いに第一印象は最悪の様だ。
「ポッターは見てないぜ。ほら、探すんだろ? 早く行ったらどうだ?」
完全にへそを曲げたブレーズがハーマイオニーに八つ当たり気味にシッシッと手を振って追い出そうとする。
「悪いな、役に立てなくて。でも、そいつ妹だろ? ウィーズリーは一緒に来なかったのか?」
女のこととなったら物凄く面倒になるブレーズの様子に呆れながら、ハーマイオニーに返事をする。流石にここで黙ったままではハーマイオニーとも気まずくなる。
「一緒に来たらしいんだけど、いなくなったみたいなの。それじゃ、探しに行くわ。またホグワーツでね」
「ああ、ホグワーツで」
ウィーズリー妹のこともあってか、あっさりと姿を消すハーマイオニー。ブレーズは二人がいなくなっても不機嫌のままで、顔をしかめたまま座っている。
「そうへそを曲げるなって」
「誰が何を曲げてるって? ハッ! 同じ妹でも、ダフネのと比べると雲泥の差だな」
「ダフネにも妹がいるのか? 初耳だな」
「ああ知らなかったのか、お前。けっこうな美人だぞ。そもそも、グリーングラス家はお嬢様姉妹で割と有名だったんだ。確か来年からだぜ、そいつが来るの」
「そこは名家ならではの情報だな。そうか、兄弟かぁ……。良いもんなのかな?」
「さあ? 俺もいないし、よく分からん」
少しずつ機嫌も直ってきたのか、徐々に雰囲気も柔らかくなっていく。結局、ホグワーツに着くという放送が流れるころにはいつも通りのブレーズに戻っていた。
ホグワーツに着くと、一年の頃とは違って馬車で移動することとなった。
馬車に乗って校舎へと進み、大きな門をくぐり校舎へと入り、大広間へと向かう。歓迎会の準備はもうできており、足りないものは新入生と帽子だけの状態だった。
全員が席に着いてしばらくしてから扉が開き、新入生が列をなして入ってくることで歓迎会は始まった。オドオドと初々しい様子で入ってくる新入生を、多くの者がかつての自分と重ねて拍手と笑顔で迎える。
周りを見ると、特に去年と変わったところは無い。本物の空の様な天井に宙に浮く無数の蝋燭、机の上にある金の皿にゴブレット。
唯一変わっていると言えば、教職員の席だろうか? クィレル先生の代わりにロックハートが座っており、本来いるはずのスネイプ先生は不在。どうしたのだろうか?
「なあ、スネイプ先生は辞めたのかな? 席はあるから、違うとは思うんだが……」
そう隣にいたドラコに聞く。ドラコの唯一のお気に入りの先生だから、いなかったら心配はするとは思うのだが……。ドラコも気になってはいた様だが、心配している様子は微塵もない。それどころか、嬉しそうな面持ちで俺の問いに答える。
「大丈夫さ。もし先生が辞めるのだったら、必ず僕の――と言っても僕の父上のだが――耳にその情報が入る。なにせ、先生にこの職を勧めたのは僕の父上だからね。それよりも、ほら! 見てみなよ、グリフィンドールの席を! 邪魔な二人組が消えてるぞ!」
言われるがままにグリフィンドールの席を見ると、確かにポッターとウィーズリーの姿が見当たらない。列車の中でハーマイオニー達が探していたのに加えてこの場にいないとなると、もしかして列車に乗り遅れたのだろうか?
それにポッター不在の話をする人はどうやら少なくないようで、あちこちで様々な憶測が流れている。スリザリンで流れる憶測のほとんどはポッターが学校を辞めたという願望に近いものだったが。スネイプ先生の不在も他寮ではスリザリンのポッター並みの扱いであった。もっとも、歓迎会が開始してしばらく、組み分けが終わった頃に扉を開けて姿を現した時にその希望が絶たれてしまいあちこちで溜め息が漏れた。
歓迎会も終わり、結局最後までポッター達が姿を現さなかったことに気分を良くしたドラコ達が知り合いを集めて、談話室でちょっとしたパーティーを開いた。家から持ってきたお菓子とクラッブ達が消える前に持ってきたケーキを使って、ポッター退学説を高らかに語った。
別にポッターの退学を本気で信じているのではなく、ただポッター不在の高揚した気分を分かち合いたいだけだった様だ。後半はもうただのどんちゃん騒ぎで、ポッターのポの字も聞こえなかった。疲れ切っていた俺はどこにそんな元気があるのかと半ば呆れ、半ば感心してありがたく差し出されたクッキーと紅茶を隅で大人しく味わった。
珍しくはしゃぐドラコとそれにくっつくパンジー、いつも通りのブレーズに少々お疲れ気味のダフネなどをぼんやりと眺めていたら、名前も知らない女の子が話しかけてきた。見ない顔ぶりから、新入生であることが分かる。
「ねえ、あなたがジンって人?」
何か期待するように目をキラキラさせ聞いてくる。別にそのこと自体は悪い気はしない。女の子に言い寄られる、というのは寧ろ一般では羨ましいシチュエーションの一つだ。その筈なのだが、何故か嫌な予感がする。
「ああ、そうだよ。東洋人が珍しいのか?」
努めて穏やかに返事をするが、警戒してしまうのはしょうがないだろう。この女の子の口振りでは俺の噂がそこそこ大きな規模で流れているように感じる。勘違いであったなら良いのだが……。ポッターやロックハートを見る限り、少なくとも俺は有名人にはなりたくない。碌なことが無さそうだ。
一方、俺が目的の人物と知ると女の子は益々目を輝かせ、質問を続ける。
「ねえ、去年はあなたがグリフィンドールの優勝を防いだんでしょ?」
「ああ、そのことか。まあ、運が良かったんだよ。偶然、加点されるタイミングが遅かっただけだ」
質問の内容に若干ホッとしつつ、当たり障りの無い様に答える。確かに、そのことは多少は噂になっても仕方がないかもしれない。七年連続優勝を引き分けといえども果たすことになり、今年に優勝すれば八年連続という状況を作ったことになるのだ。
しかし、まだ質問が続く。どうやら話は終わりではないようだ。
「ねえねえ、ダンブルドアから加点されたって本当?」
「うん? ……まあ、そうなるな。ただ、発表したのがダンブルドアなだけで加点自体はスネイプ先生かもしれないが」
「ふーん……。それじゃあ、」
ここで少しだけ声を潜め、囁くように聞く。
「アナタが裏でダンブルドアの指令を受けているって本当?」
「何の話だそれは?」
いきなり突拍子もないことを問われ、思わず問い返す。それに対し、女の子はどこか面白がるように話を続ける。
「だって、去年は『自らの問題に勇敢にも立ち向かった』んでしょ? それって一体どういうことなの?」
思い当たる節がある。確かに、ダンブルドアはその様なことを言って俺に加点した。あの時は対して気にも留めなかったが、冷静に考えると俺とダンブルドア以外には何の事だかサッパリだろう。変な噂が立つのも納得できる。
「ダンブルドアの指令って本当? それとも、他の噂かしら? 例えば――」
「止めてくれ、頼むから」
まだ続けようとする女の子の話を無理やりさえぎり、黙らせる。話を聞いていて少し頭痛がしてきた。この学校の噂にここまで悩まされるとは思いもしなかった。
「別に大したことじゃないんだ、本当に。ただ、まあ、偶然にダンブルドアの目に留まっただけだ。本当にそれだけ」
「どんなことが目に留まったの?」
「……ちょっとした家庭事情」
限りなく嘘に近いが、本当と言えば本当のことだ。それだけ言うと未だ納得していない女の子を残してその場から立ち去り、ドラコに疲れたから部屋に戻ると告げてパーティーから抜け出す。
自分の部屋に戻って、ようやく人心地が付いた。ベッドに飛び乗り、疲れた体を預けて天井を見上げる。
未だ学校が始まって一日も立っていないというのに碌なことが無さそうなこの感じは一体なんだろうか?
結局、ドラコが返ってくる前に眠ってしまいその後何が起こったか知らなかった。
ジンの女の子の質問に対する中途半端な対応によって、噂が少しだけ信じられてしまったという事実を知らずに済んだという点では少しだけ幸運だったのかもしれない。
春休みなので思ったよりも時間に融通が利いたのに加え、offの日に久しぶりに書いてみたらかなり筆がスムーズに進み、一話分が完成してしまいました。
タグの休止中を無くそうか悩み中。学校が始まったら、明らかに今ほど時間がかけられないのが明確なのだが……。休止していないという点では、活動報告とタグの内容を変えなくてはならないかもしれません。