扉を押し開け入った大広間はいつにない熱気に包まれていた。全員がパジャマ姿で騒ぎ、テーブルにはクリスマスやハロウィンの時にも劣らないご馳走が並んでいた。食べて飲んで歌って騒ぐ中を潜り抜け、スリザリンのテーブルに行くと、真っ先に俺に気がついたブレーズとダフネがこちらに駆け寄ってきた。
「おいジン、お前だろ? スリザリンの継承者を捕まえたのはよ! マクゴナガルから聞いたぜ、部屋にお前がいなかった理由。今日一日中、何をしていたかを一つ残らず教えてもらうぜ!」
「どうやって解決したの? 犯人は誰? ああ、何から聞けばいいか……!」
興奮した面持ちでブレーズとダフネが詰め寄ってくる。それを少し笑いながら受け流す。ここで二人と盛り上がるのも魅力的だが、やらなければならないことがあるのだ。
「後で、嫌になるほど話してやるよ。それよりも、ドラコは何処だ? ハーマイオニーとパンジーはどうした? 石化は治っているんだろう? ちょっと話したいことがあるんだが……」
「パンジーとドラコならあそこにいるぜ。パンジーがドラコに話しかけてる」
ブレーズに示されたところを見ると、上の空のドラコにパンジーが一生懸命に話しかけていた。近づくと、ドラコが俺に気がついたようで表情を引き締めてこちらに向き直った。パンジーは急なドラコの変化を見て驚いたが、俺が来るのを見ると不満そうな顔をしてこちらに向かってきた。
「あんた、ドラコに何した訳?」
いきなり食らいついてくるパンジーに返答する。
「継承者について話しただけだ。それと、そのことでドラコと話そうと思ってね。ちょっと二人にしてもらっていいか?」
ハーマイオニーのことも聞きたいが、ここはドラコの方を優先するべきだろう。そう考え、パンジーは軽く流す。パンジーはむくれながらダフネの方へ向かった。ドラコと向き合うと、ドラコは複雑そうな表情だった。
「さて、俺の宣言通りになったわけだが……」
そう話を切り出す。ドラコは硬い表情のまま頷いた。
「俺は石にならなかった。そして継承者は捕まった。お前はこの事実を受け入れて、どう思うんだ?」
しばらくの沈黙の後、ドラコは渋々と言った感じで話し始めた。
「嬉しいとは思うさ。これでもし、君と一緒に理想を唱えられるならね」
まだ心残りがあるようだった。いまだ、マグル生まれの追放を否定することは快く出来ないらしい。
「君に聞きたいことがあるんだ」
そう質問するドラコは、何かに縋る様な表情だった。
「君は、スリザリンの継承者に会ったのだろう?」
「ああ。ついでに、少しばかり会話もしたな」
「それじゃあ、継承者が何を考えていたか分かるかい?」
ドラコの質問に少し混乱した。継承者が、ヴォルデモートが何を考えていたかを、どうして気にするのだろうか? 戸惑った様子の俺に、ドラコはなおも質問を畳み掛ける。
「継承者がマグル生まれの追放に拘る理由さ。彼の考えが聞きたかったんだ。どういう思想を持っていたか、千年も長く残り続けた偉大な思想とはどのようなものか。知りたいんだ、僕が今まで信じてきたものがどんなものだったか」
ドラコにとって、俺の考えに賛同することは今までの考えを捨てることと同義なのだろう。そう考えると、ドラコにとっては一世一代の決断になるのかもしれない。闇雲に信じてきたことを否定するのは厳しい事だろう。
俺が見てきたこと、思ったこと。そのまま話すしかないが、ドラコにはキツイことかもしれない。そう思いながら話し始めた。
「もし継承者が崇高な目的で動いていると思っていたのなら、それは間違いだ」
キッパリと宣言してやると、ドラコはやはり驚愕の表情を作った。
「継承者が動いていたのは、要は自分の目的のためだった。そこには世のためなんて思想は無い。なあ、継承者の正体と、そいつの目的が何だったか分かるか?」
「……分からない」
「継承者の正体はヴォルデモートだ」
ドラコは顔を蒼白にさせた。俺が名前を呼んだこと、そして自分の思っていたのと事態が随分と違っていることで混乱している様だった。
「そして、その目的は自分の復活とハリー・ポッターへの復讐だった。マグル生まれの追放を唱えたのも、生徒を石にしたのも、ポッターを誘き寄せるためだ。パンジーが純血であることなんて眼中になかった。アイツは、自分が石にした人間がどんな奴だったかなんて興味なかったよ。ただ、ポッターが自分の所に来てくれさえすれば良かったんだ」
ドラコは何も言えずに黙っていた。ショックだろう。盲目的に信じてきた継承者が、理想とかけ離れた存在だったのが。
「継承者は、欲望にまみれた最低な野郎だった。お前はまだ、そんな奴のことを気にするのか?」
問いかけると、ドラコは俯いてしまった。ドラコの気持ちは、正直量りかねる。俺は盲目的に何かを信じたことなどないし、信条と言えるものだって抱いたことは無い。それが否定される気持ちなど、分かるはずもなかった。
「……正直に言えば、僕はどうすればいいか分からないんだ」
だから、困った様に言うドラコに何と声をかければいいか分からなかった。
「生まれてこの方、ずっと純血主義を信じてきたからね。それが自分の身を守るものだと思っていたし、名家たる所以だとも思っていた。矛盾なんて、見てないふりをするのが楽だった。けど、君と話して、初めて自分の理想を見つけたんだ。素晴らしいじゃないか。マグルを受け入れた上に、名家たるまま魔法界に存続できるなんて。けど、父上は許さないだろうなぁ。父上の教えに、つまり継承者の教えに反することは……。その継承者の教えが、今となってはサッパリなわけだけど……」
乾いた笑い声を出しながらそう言った。どういったものか悩んでいたら、ドラコが質問してきた。
「君は、僕はどうするべきだと思う?」
「……どうするべきか、じゃなくて、どうしたいか、で考えてくれないか?」
月並みな言葉だが、それしか出なかった。ドラコはキョトンとした顔でこちらを見た。
「何も今までの考えを捨てろって言ってるわけじゃないんだ。俺の考えに従えとも言ってない。別に、決断を迫ってるわけじゃない。ただ、考えて欲しいんだ。お前に何かを強要する奴はいないって。それを考えた上で、お前は本当にマグル生まれの追放を唱えるのかって。……そりゃ、俺としては同意してくれた方が嬉しいが」
言葉を濁らせながら言うと、ドラコは少しだけ笑った。それを見て、もう少しだけ話を続ける。
「お前が本当は何をしたいかを考えて欲しい。それでお前が今まで通りの考えを通すって言うなら俺は何も言わないよ」
そう言うと、ドラコはしばらく考え込んでから答えた。
「……僕のやりたいことは、単純さ。君達と一緒にいたい。君達と楽しくやっていきたい」
驚いてドラコを凝視すると、顔を真っ赤にさせてアタフタと話し始めた。それに思わず笑ってしまった。
「まあ、つまりだ、あれだ……。大人になっても、君達とは良い関係を築いてゆきたいんだ! そうさ、何も恥ずかしいことじゃない! 何が可笑しい!」
「いや、可笑しくないよ。ただ、嬉しかっただけだ」
笑いながら言うと、ドラコはジト目でこちらを見てきた。それからドラコは肩の力を抜いて、ポツリポツリとは話し始めた。
「分かってはいるんだ。継承者の考えが自分のやりたいこととは裏腹なものだって。ただ、何が正しいのかは分からない。やりたいことは分かっても、やるべきことが分からないんだ」
未だに迷っているようだが、そこにはもう継承者の恐怖は無かった。望んだ回答は得られなくとも、俺がやりたかったことは十分にできている。それが分かった。
「僕は君達と一緒にいたい。そしてパンジーやダフネや君は、その感情をマグル生まれのグレンジャーにも向けていることも知ってる。……たまに思うんだ、グレンジャーさえいなければって」
「そりゃまたどうしてだ?」
「だってそうだろう? グレンジャーがいなければ、僕が純血主義を唱えても君達が傷つくことは無いじゃないか。マグル生まれの追放を嫌うのは、グレンジャーがマグル生まれだからだろう?」
「……まあ、それもあると言えばあるな。俺のやりたいことは、お前ともハーマイオニーとも一緒にいる事だからな」
「それじゃあ、考えてみてくれよ。グレンジャーがいなかったら、君はどうなっていたか」
俺の口調をまねてドラコが聞いてきた。少し笑いを堪えながら、わざと考える素振りをする。
「そうだな……。去年のハロウィンに死んでた」
そう笑いながら回答すると、ドラコは苦笑いと溜め息を同時にやってみせた。
「……そうだね、分かったよ。僕は君達と一緒にいたい。だから、グレンジャーを追い出そうとは考えないよ」
諦めかけていた時に、望んだ回答をドラコから得ることが出来た。これ以上に嬉しいことは無かった。自分でも珍しいと思えるほどはしゃいで、近くのゴブレットをドラコに握らせて無理やり乾杯をした。
「そう言ってもらえると、継承者を潰した甲斐があるって感じるな! ありがとよ!」
「……そんなに喜ぶとは思わなかったよ」
ドラコは若干呆れながらも、しっかりとゴブレットの中身を飲み干してくれる。しばらく笑い合っていたがもう一つやり残していることがあった。
パンジーに、ハーマイオニーをどう思っているか確認しなければ。万が一だが、パンジーが巻き込まれたことでハーマイオニーと距離を取ってしまえば今のやり取りも無駄になってしまうかもしれない。少しだけ笑みを引っ込めて、今度はパンジーを探す。当の本人はダフネにべったりだった。
「パンジー、用事は終わった。ありがとな」
そう声をかけると、顔をこちらに向けてしかめっ面を見せた。
「長いわね。どんだけ話してたのよ」
「大事な話だったんだ、そうむくれるな」
パンジーは興味なさげに頷き、ドラコの方へと向かおうとする。そこで、さりげなく探りを入れた。
「なあ、ハーマイオニーはどうした?」
若干緊張した声でそう聞いた。なんて返ってくるのか……。返答を構えながら待っていたら、随分とあっさりと返ってきた。
「ハーミーはまだ医務室。聞いてよ! 本当は一緒に来ようと思ったんだけど、ハーミーは薬の効きが遅いんだって。あれ? 私が早いんだっけ? まあいいや。そう、だから待ってようとしたら、マダム・ポンフリーに追い出されたの。酷くない? 結局、あれから会ってないし……」
パンジーは何も考えていなかった。危惧したことは何一つ起こらない、ただの杞憂だった。
コイツが馬鹿でよかった。ホントよかった。手を握り締めながら、心の底からそう思う。
「そうか……。まあ、治ったらこっちに顔出すだろ」
「そうよね。でも、ちょっと遅いなぁ……」
パンジーはそう呟きながらドラコの方へと向かった。安心して肩の力を抜いたところに、ダフネが笑いながら話しかけてきた。
「あなたの心配も分かるわ。パンジーがハーミーと距離を取る様になったらどうしようって、思ってたんでしょう? 大丈夫よ、パンジーはそんな人じゃないもの」
「……ただ、何も考えていないように見えるがな」
「それがパンジーの良い所よ」
俺の回答にクスクスと笑いながらダフネがそう言い切った。溜め息を吐きながらゴブレットの中身を飲み干すと、視界の隅にハーマイオニーが映った。
そちらの方を向くと、ハーマイオニーが来るか来ないかで迷っているようにしているのが分かった。ゴブレットをテーブルに置き、ハーマイオニーの方へ向かう。
「元気そうだな、ハーマイオニー」
そう声をかけると、少しびっくりした様に振り向いた。声をかけたのが俺だと分かると安心した様に笑い、話しかけてきた。
「ジン! 聞いたわ! あなたが継承者を倒してくれたんでしょう? ハリーと一緒に!」
「あー、まあな、うん。色々やらかしたけど」
「マクゴナガル先生からも、ハリーからも聞いたわ。とにかく、ありがとう! あなたのお陰で、私はまだホグワーツにいられるんですもの!」
そう言いながら俺の手を取って上下に振った。ウィーズリー夫人の時とは違って、素直に感謝を受け取ることが出来た。
「まあ、お前が元気になって何よりだ。こっちに来るか? パンジーとダフネもいるぞ?」
そう誘うと、ハーマイオニーは途端に表情を暗くさせた。
「どうかしたのか?」
「ねえ、その……」
ハーマイオニーは少し言い辛そうにしながら聞いてきた。
「……パンジー、怒ってない?」
……ああ、普通はそう考えるよな。どこか安心した気持ちでそう思った。俺が心配性すぎるのではなかったのだ。
「……大丈夫。全く気にしてない」
そう断言したが、ハーマイオニーの表情はあまり晴れなかった。しかし、間の悪い事にここでパンジーの声が聞こえた。
「ハーミー! 来てたのね!」
パンジーは以前と変わらず飛びかかり、抱きつく。ハーマイオニーはまたも軽く悲鳴を上げたが、パンジーはお構いなしだった。
「遅かったわね! どうしてたの?」
「あ、パンジー……。ちょっとね……」
言葉を軽く濁すハーマイオニーにパンジーは不思議そうな顔を向ける。そんなパンジーへハーマイオニーは思い切って質問した。
「……怒ってないの?」
「え? 何を?」
「だって、ほら……。継承者に……」
「ああ、あの訳の分からない、継承者とかいう奴に石にされたこと?」
スリザリン生にして、スリザリンの継承者を訳の分からない奴呼ばわりする神経はもはや尊敬に値する。そんなことをぼんやりと思いながら事の結末を見送った。
「大丈夫! ジンが潰してくれたんだって! 知らなかったの?」
「あ、ち、違うの。そうじゃなくて……」
「あ! もしかしてハーミーも継承者に一発入れたかった?」
笑いながらそう言うパンジーは、もうどこがスリザリン生か分からなかった。ハーマイオニーは混乱しながらも、一番聞きにくいことを聞いた。
「……私に対して、怒ってない?」
パンジーはキョトンとして言い放った。
「……私が、ハーミーを? 何で? 怒るわけないじゃん」
それを聞くと、ハーマイオニーはポロポロと泣き始めた。パンジーはアタフタとしながらどこか痛いのか、と的外れなことを心配し始めた。ハーマイオニーは無言で首振ってパンジーに抱きついた。パンジーはかなり面食らった顔をしていた。ハーマイオニーから抱きついたのは、もしかしたら初めてなのかもしれない。
「……パンジー」
「な、何、ハーミー?」
「私、パンジーが大好き!」
嬉しさのあまりの言葉だろう。ほんの一瞬だけパンジーはポカンとしたが、直ぐに笑顔でハーマイオニーに抱きつき返した。
「私もハーミーが大好き!」
そう言いかえしながら、手をつないで仲睦まじくパーティーを楽しみに行った。一部始終をボンヤリと眺めていたら、肩を叩かれた。振り返ると、ブレーズがいた。
「知ってるか?」
「何を?」
いきなり質問してきたブレーズに端的に答えると、ブレーズはケラケラ笑いながら言い放った。
「このパーティーの主役、お前ら事件解決した奴等ってことになってんだけど、誰もそのこと覚えちゃいないんだ!」
ちょっとだけ寂しくなった。しかし、それも直ぐに忘れることになった。ブレーズやドラコ達とどんちゃん騒ぎに加え、試験が中止になったことやロックハートのクビ通告、そして俺のホグワーツ特別功労賞の授与と騒ぐにはもってこいの知らせがたくさん来た。何もかもが上手くいった日だった。誰もかれもが嫌な事を忘れ、今までにない最高の盛り上がったパーティーで今年の事件は幕を閉じた。
残りの日々はあっという間に過ぎ去って行った。寮対抗は、グリフィンドールの勝利で終わった。スリザリンには残念がった雰囲気はあったが、それも直ぐに風化した。秘密の部屋の騒動の方が、インパクトとして十分に大きかった。
いつものように列車に乗り込んで、ドラコやブレーズ、ダフネ、パンジーと帰りの時間を目一杯に楽しんだ。秘密の部屋での出来事は、ジニーに関しては少しだけ伏せながら詳しく話をした。何度も質問されたり、繰り返し聞かれたりと随分と話し込んでいたが、キングス・クロス駅が近くなったので、話を切り上げた。
駅には、去年と変わらずゴードンさんがいた。俺に気がつくと、軽く手を挙げて呼び寄せた。
「今年は、随分と大変だったそうだな。ダンブルドアから直々の手紙が来た」
ゴードンさんは可笑しそうに笑いながらそう言う。もう何度も話したことで、今更、もう一度なんて少々キツイものがあった。
「また、後で話すよ。今日はもうクタクタだ」
「ああ、そうだろうな。ほら、帰るぞ」
去年よりもスムーズに支度を済ませ、宿へと向かう。疲れ切った体で思う。どうか、来年は平穏がありますように。
次回から、夏休みの話に入ります。
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