日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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賢者の石編
キングズ・クロス駅


「ゴードンの宿泊所」に来てから、約二か月が経った日の夜。ホグワーツ入学も、とうとう明日だ。両親の本も読み終わり、教科書の予習、これは両親の本に強く推奨されていたことだが、もほとんど終わらせた。早いものだ、なんて感傷に浸りつつ、ある問題に向き合っていた。

 

「キングズ・クロス駅 九と四分の三番線 十一時発」

 

少なくとも、このような駅のホームは聞いたことも無ければ見たこともなかった。

最初はゴードンさんに聞けばいいと分かった瞬間に解決したと思った。だが、ゴードンさんに聞いたら期待した返答は帰ってこなかった。

 

「なんだこれは……。聞いたこともないな」

 

当然だが、両親の本にも何も書いてないし、ハグリッドに聞こうとしても連絡手段はフクロウのみ。絶対に間に合わない。必死に考えたが、何も手は思い浮かばず、気が付けば朝になっていた。当然、一睡もしていない。

時間も押しているので、とりあえずキングズ・クロス駅に向かうこととなった。

 

 

 

 

キングズ・クロス駅に着いた。当たり前だが、手掛かりは何もない。送ってきてくれたゴードンさんは心配そうにこっちを見ているが、あまり気にする余裕はなかった。

ホグワーツに行けなければ身寄りはなくなる。よしんば、ゴードンさんに面倒を見てもらえるとしても、それは一時的なもの。何も手が無ければ、自立の道は約四十分後に断たれるのだ。

途方に暮れていると、向こうに、見たことがある顔が見えた。一瞬だが、こちらを向いたとき、確信した。まだ手はあった。何も考えずに、ただ、走った。

楽しげに歩いているそいつの肩を後ろから掴む。楽しげだった様子から一転して体をこわばらせ、ヒッと短い悲鳴が聞こえた。

 

「グレンジャー!」

 

声をかけると、こちらを振り向いて顔を確認する。俺のことを覚えていたようで、顔を見た瞬間に安堵の様子は見られた。が、表情は硬いままだった。

 

「ど、どうしたの? えっと、ジン、よね?」

 

「なあ、どうしても確認したいことがあるんだ」

 

そう言って、逃がしはしまいと正面に回り込み肩をつかむ手に力を込める。

 

「え? ちょ、ちょっと待って!」

 

必死になるグレンジャーの声を聞いて、少し落ち着いた俺はグレンジャーを離し、向き合い直し、真剣に話しかけた。

 

「グレンジャー、どうしても聞いておきたいことがある」

 

「……ここじゃないとダメ?」

 

「ああ、今すぐ答えて欲しい」

 

「え、あの……大事なこと?」

 

「場合によっては、俺の今後に関わる」

 

これほど真剣な声と表情ができたのは生まれて初めてかもしれない。そんな感動を味わうこともなく、グレンジャーに思わず迫る。そんな俺を見て、グレンジャーはまたも肩をこわばらせる。

 

「お、落ち着くから待って!!」

 

そう言って、深呼吸するグレンジャー。落ち着いたのか、俺に向き直って、少し緊張した声で聞いてきた。

 

「落ち着いたわ。は、話って何?」

 

「ああ、それは」

 

ポケットから切符を取り出すと、グレンジャーに尋ねた。

 

「九と四分の三番線ってどうやって行くんだ?」

 

グレンジャーの呆けた顔を見たのは初めてだった。

 

 

 

無事に列車に乗り込み、同じコンパートメントに乗り込むグレンジャーへと話しかける。

 

「助かった。死ぬ思いだったんだ」

 

「駅のホームだけでずいぶん大げさね……。でも、確かに分からなければ焦るわよね。あなたに切符を渡した人、ずいぶんと抜けてるのね。説明もなしだなんて。……それにしても、ずいぶんと取り乱してたわね」

 

「忘れてくれ」

 

荷物を整理し、一段落したところで席に腰を掛けホグワーツの話をする。話題を変えたいという気持ちもあった。

 

「そういや、グレンジャーってどれくらいホグワーツについて知ってるんだ? ホグワーツが楽しみだってことはある程度知ってるんだろ?」

 

「……正直、ほとんど知らないわ。でも、教科書はほとんど暗記してるから授業で何やるかはばっちりよ。」

 

「授業のこと以外は知らないのか?」

 

「ええ。魔法界のこととか色々と知らなくちゃいけないことが多くて、ホグワーツのことまでは手が回らなかったの」

 

「もしかしてお前、マグル生まれなのか?」

 

少しばかり大きな声が出た。そんな俺にグレンジャーは不思議そうな目を向ける。

 

「ええ、そうだけど。なんでそんなに驚くの?」

 

「いや、ホグワーツに詳しそうだったし魔法が楽しみだって言うから。……そうか。なら、この本貸そうか? 生徒の目線でホグワーツについてまとめてある」

 

「そんな本があるの? ちょっと貸してもらえる?」

 

話題の転換には成功したようで、好奇心が勝ったのか俺が貸した本に意識を取られている。一安心していると、ドアにこれまた見知った顔が現れた。俺は少し戸惑った表情のそいつを歓迎するために立ち上がり、コンパートメントのドアを開いた。

 

「よお、久しぶりだな、ロングボトム」

 

「ひ、久しぶり、ジン。覚えてくれてたんだ……」

 

「ああ、そりゃそうだ。ホグワーツで一緒になる二人しかいない知り合いの一人だ。忘れるはずがない。入れよ。もう一人くらいは余裕で入るぞ?」

 

俺の言葉が嬉しかったのか、ロングボトムは少し顔を赤らめ、照れながらコンパートメントに入ってきた。中に入ってようやくロングボトムに気が付いたのか、グレンジャーは本から顔をあげ、話しかけた。

 

「あら、ネビル! 久しぶりね! 元気だった?」

 

「あ、うん、久しぶり、ハーマイオニー。元気だったよ。……何を読んでるの?」

 

「これ?ジンから借りたの。ホグワーツについて書かれてるわ。……これ、すごく解りやすい、いい本だわ。どこで買ったの?」

 

「ああ、それ、俺の両親が書いたんだ。俺がホグワーツに行っても困らないようにってな」

 

「そう……」

 

本が売られていないことを知ると、グレンジャーは少し残念そうな顔をした。しかし、すぐに明るい顔で俺に問いかけてきた。

 

「あなたの両親ってすごく優秀な方なのね! 何をしてる人なの?」

 

「さあ? ……両親は俺が小さい頃に死んだ。だから、何してたかなんて分からん」

 

予想通り、悪いことを聞いてしまったと思ったのかグレンジャーも、聞いていただけのロングボトムも少し暗い表情になってしまった。

 

「ああ、気にしないでくれ! むしろ聞いてくれてよかった。俺から両親が死んだなんて話しにくいしな」

 

「そう……。でも、ごめんなさい。嫌なこと思い出させてしまったでしょう?」

 

正直、思い出せるような記憶さえないが、それを言ったらまた暗くなってしまうと考えると何も言えなかった。俺が曖昧に頷いて誤魔化していると、列車が発車した。ホグワーツでの生活の始まりだ。

不安しかないがとりあえず、今は目の前の友人二人との会話を楽しもう。

 

 

 

 

 

「ねえ、ジンはどこの寮がいいの?」

 

列車が発車してしばらく、グレンジャーとロングボトムの二人とホグワーツについての話をしていたのだが、急にグレンジャーが俺に聞いてきた。

 

「俺か? さあな……。両親はグリフィンドールだったらしいし、両親と同じってもの悪くない。お前はどうだ、ロングボトム?」

 

「えっと……。僕もグリフィンドールがいいかな……?」

 

「二人ともグリフィンドールなのね? 私も絶対にグリフィンドールがいいわ! ダンブルドアもそこ出身だって言うし。レイブンクローも悪くないけど、二人もいるし、やっぱりグリフィンドールがいいわね!」

 

「まだどこって決まったわけじゃないし、僕たち、一緒になれるかなぁ……」

 

「なれたらいいな。そういや、本にも寮について載ってたな。えっと……これだ。そうそう、親父が書いた文だったな」

 

両親が書いた本だが、母さんと親父の二人が交互に書いている。だから、途中で文の口調が変わっている。俺はこれはこれでこの本に一層の親しみを持てていた。

 

「寮は四つに分かれている。ハッフルパフ・レイブンクロー・スリザリン・そして私たちが所属していたグリフィンドール。寮の組み分けは組み分け帽子によって行われるため、何が基準となって分けられるかはハッキリとわからない。家柄や血筋、才能といたる推測が成されているが確信に至るものは未だない。私見では、恐らく、組み分け帽子をかぶった人の性格が大きく関わっている。性格に重きを置いていると主張の文を引用すると

 

ハッフルパフに行く人は、自由を重んじる。自分の好きなことを見つける喜びをこの寮では手にするだろう。

 

レイブンクローに行く人は、知識を重んじる。物事を様々な方向で捕える広い視野をこの寮では手にするだろう。

 

スリザリンに行く人は、結果を重んじる。いかなる状況でも目的を達する狡猾さをこの寮では手にするだろう。

 

グリフィンドールに行く人は、勇気を重んじる。どんな時も誇りを持つ心をこの寮では手にするだろう。

 

君が自分の望んだ寮に入ることを願っている。しかし、どの寮に入っても、きっとホグワーツは楽しい所だと言っておこう。

 

 

……だとさ。意見は変わったか?」

 

「そうね……。やっぱり、レイブンクローもいいと思えてきたわ」

 

「僕は、ハッフルパフかもしれないなぁ……」

 

「なんだ、ハッフルパフは嫌なのか?」

 

「うん……。だって、あそこは劣等生の行く場所だって、よく聞くし……。きっと、僕はハッフルパフだ。僕、勇気と誇りなんて持てないし、二人と別々なっちゃう……」

 

「……ま、まあ、まだ決まったわけじゃないんだ。そう落ち込むなよ」

 

ロングボトムに寮の話は禁物だな、と心に刻んでおいた。

時間を見るとそろそろ一時。そろそろ昼食にしようというグレンジャーの提案に賛成し、昼食をとることにした。

 

グレンジャーはサンドイッチ。中身はツナで、グレンジャーの好物らしい。

ロングボトムもサンドイッチだが中身が怪しい……。ロングボトムの好物らしい。

俺はおにぎりだ。中身はツナマヨ。贅沢をいうならば、梅の方がよかった。しかし、ロンドンに梅なんてないだろう。むしろ、握り飯を用意してくれたことに感謝するべきだろう。

グレンジャーもロングボトムもおにぎりを珍しそうに見ている。グレンジャーに至っては

 

「日本食……」

 

と、感動してる。

 

「……弁当の中身を交換し合うか?」

 

と聞いてみたところ、二人とも喜んで承諾した。

俺はおにぎりを渡し、グレンジャーとロングボトムからサンドイッチをもらった。グレンジャーとロングボトムもサンドイッチ同士で交換し、結局は三人で交換する形となった。二人ともこんな感じで弁当を分け合うのが初めてらしく、すごく楽しそうにしている。三人とも話すことなく、ただ食べるだけの昼食となったが空気はどこか楽しげなものだった。

昼食も終わり、そろそろ降りる準備をしようという時にロングボトムが急に悲鳴を上げた。

 

「ああ! ト、トレバーがいない!」

 

「どうした、急に? トレバー? なんだそれは?」

 

「きっと、ネビルのペットよ。ホグワーツにはペットを持って来てもいいことになってるから。何を持って来たの?」

 

「ヒキガエル……。いっつも僕から逃げるんだ。せっかく、叔父さんからもらったのに……」

 

意気消沈と言ったロングボトムの様子は心に来るものがあった。グレンジャーと目を合わせる。

 

「……まだ時間もあるだろうし、探しに行くか」

 

「そうね。じゃあ、私はローブに着替えてから行くわ。先に探してて」

 

「ああ。行くぞ、ロングボトム」

 

「う、うん。ゴメンね……。ありがとう」

 

「気にすんな。俺はとりあえず後方から回るから、前方に行っててくれ。グレンジャーも着替え終わったら前の方に行ってくれ」

 

「分かったわ」

 

そう言って、俺は後方へ、ロングボトムは前方へ向かった。俺達がいたコンパートメントは後ろの方にあるので、割とすぐに一番後ろまで来た。一番後ろには、ヒキガエルが静かに座っていた。

一際大きいそいつは、ふてぶてしい態度で見返してきた。

こんなヒキガエルに逃げられるなんて、悪いがロングボトム以外にそういないだろう。とりあえず、こいつを捕まえて終了だな。

そう思って手を伸ばしたのだが、避けられた。偶然かと思ってもう一度捕まえようとしたが、また避けられた。なるほどロングボトムが逃がすわけだ、なんて考えつつカエル取りに専念しするが、こいつがまた避ける避ける。しかも、避けるだけ避けると、また最初にいた位置に戻る

疲れた俺はとりあえずヒキガエルを見た。その憎たらしいほど堂々と座っているカエルは、何処か渋谷のハチ公を想起させる。ヤケクソになって、カエルに話しかけた。

 

「おい、ロングボトムがヒキガエルを探してたぞ。お前の飼い主か?」

 

すると、驚いたことに、ヒキガエルは真っ直ぐにこちらを向いた。そんな動作にむしろ俺が戸惑ってしまい、動物の知能の有無について思わず考えをめぐらせた。試すようにヒキガエルに手を差し伸べて、

 

「ロングボトムのところまで連れて行ってやる」

 

と言ってみた。予想通りというか予想外というか、ヒキガエルはおとなしく俺の手に乗った。もし、このヒキガエルがロングボトムの物だったら、全ての動物に知性がある可能性が出てくる。そんなことになれば動物愛護に目覚めそうだ。

そんなくだらないことを考えながら、俺はコンパートメントへ戻ったのだが、誰もいなかった。

恐らく、前の方でまだ探しているんだろう。見つけたと報告しに行かなくては。

しばらく進むと、どっかのコンパートメントの中からグレンジャーの声が聞こえた。そのコンパートメントを覗くと、中にはロングボトムと知らない少年二人がいた。とりあえず、ノックをして中に入った。

 

「ちょっと失礼するよ。おい、ロングボトム、こいつか?」

 

「ああ、トレバー!ありがとう、ジン!」

 

「いや、いいよ。というか、お前らは何をしてたんだ?」

 

「ああ、この子が魔法を使うって言うから見学してたの。失敗しちゃったけど」

 

そこまで聞いて二人を見てみたが、黒髪の方はなんだか気まずそうにしているし、赤髪に至っては少し顔を赤くしてこちらを睨んでいる。どうみても友好的とは言えない空気に、ため息ひとつついて早々にここを出ることにした。

 

「すまないな、二人とも。こいつらが勝手に入り込んだようで。問題も解決したし、すぐに出ていくよ」

 

「あら、勝手じゃないわよ? ちゃんと見学の許可を取ったもの」

 

「はいはい、とにかく戻るぞ。ほら、ロングボトムもだ。さて、それじゃあ失礼するよ」

 

俺の物言いに少し不機嫌になったグレンジャーとおろおろしてるロングボトムを引きずり、呆気にとられている少年たちを残して元のコンパートメントへ戻った。

コンパートメントに着いたら、もうすぐホグワーツにつく時間のようで、グレンジャーには外で散歩してもらい俺とロングボトムはローブに着替え、荷物をまとめた。

荷物をまとめ終えると、グレンジャーが帰ってきて、その後すぐにホグワーツに到着した。

 

なんとも幻想的な風景に、俺は日本の街並みが何故だか恋しくなった。




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