列車を降りると、ハグリッドがいた。どうやら、一年生の案内を任されているようだ。全員、ハグリッドについていき、暗い道を歩き、船に乗り、大きな扉まで来た。ハグリッドが扉を三回叩くと、扉はぱっと開き、中からエメラルド色のローブを着た背の高い、厳しそうな顔つきをした魔女が現れた。
「マクゴナガル先生、イッチ年生の皆さんです」
「ご苦労様、ハグリッド。ここからは私が預かりましょう」
今度は魔女、マクゴナガル先生が案内役となった。マクゴナガル先生は俺達をホールの脇にある小さな空き部屋に押し込んで話し始めた。見た目通り、厳しい物言いで注意を終えると、部屋を出て行った。そこでホッと一息つき、あたりを見渡した。ほかの生徒は何やら緊張しているのか、何処かそわそわしている人が多かった。何人かの話を盗み聞きしたところ、組み分けの方法が試験だと思っているらしい。グレンジャーもそれを聞いたのか、俺に話しかけてきた。
「ねえ、組み分けって、組み分け帽子が行うんじゃないの?」
「本にはそう書いてあったな。まあ、親父が入学したのも二十年以上まえだし、変わってても不思議じゃないな。そんなに時間がたってたら、帽子もダメになるかもしんないし」
「……そうね。試験かもしれないわね。」
そう言って、グレンジャーはブツブツと早口で教科書の呪文を唱え始めた。そんなグレンジャーの行動に一層緊張を強くする者もいた。確かに、まだ入学もしていないのに教科書の内容を覚えているものがいたら不安にもなる。それがクラス分けに響く可能性があるとしたらなおさらだ。
流石に、周りの目も気になったのでグレンジャーの頭を軽く小突きやめさせる。グレンジャーはなぜ俺に小突かれたのか分からないようで、俺を睨んで喰いかかってきた。
「ちょっと、何するのよ!」
「そう周りを緊張させるな。それに試験とは決まってないんだ。少し落ち着け」
「でも、準備するに越したことはないわ。呪文の復習くらい、やっておくべきでしょう?」
「普通は入学前に教科書を丸暗記しないんだよ。試験前にそんなことやられたら周りが緊張する」
まだ納得していないグレンジャーが反論しようと口を開いたとたん、いきなりゴーストたちが現れた。驚かなかったのは、両親の本のお蔭だろう。ゴーストたちは話しながら、こちらに見向きもせずスルスルと壁を越えていく。何人かは、こちらに気が付いて友好的に話しかけてきたが、すぐにマクゴナガル先生が戻ってきたので部屋の向こうへ行ってしまった。
マクゴナガル先生についていき、大広間へ入っていった。そこは不思議な光景だった。数えきれないほどのロウソクが宙に浮き、テーブルには金色の大皿とゴブレットがあり、天井は本物の空のように見える。本で読むのと実物で見るのは全く違っていて、すぐにその光景に魅せられた。しかし同時に、なんだか自分が場違いにも感じた。これだけの光景を目にして、驚くのは当たり前だろう。魔法界出身のロングボトムが、緊張を忘れて周りをキョロキョロ見渡しているのがそれを証明している。しかし、この光景を前にして、その魅力より、これが普通となってしまうことを心配する人はこの中に何人いるのだろうか。
この光景は、改めて、自分が魔法の世界に来たことを実感させるものだった。もちろんそれは他のマグル出身の人も同じだろう。しかし周りを見ても、この光景に感動したり魅了されたりと、不安な表情はしていない。皆が組み分けの不安を忘れて、この光景に魅入っている。そこにはマグルの世界への未練は見られない。それが、なんとなく俺に場違いだと思わせた。
マクゴナガル先生がぼろぼろの帽子、恐らく組み分け帽子だろうが、を持って来たので、周りは次第に静かになり、俺もそこで考えるのをやめ、帽子を見た。静かになると、本に書いてあった通りに帽子は歌を歌い、組み分けが始まった。組み分けはファミリーネーム、苗字の順番で呼ばれていて、俺は三人の中で一番最初だ。Eから始まる俺は、すぐに順番が来た。グレンジャーとロングボトムに軽く手を振って、俺は帽子をかぶった。すると、帽子の低い声が聞こえた。
「これはまた難しい。非常に難しい。今日、最も難しいかもしれん。
君は勇気があるわけではない。しかし、恐怖に対する強い心がある。
君は探究心が強いわけではない。しかし、知ることの大切さを知っている。
君は必ずしも物事に忠実ではない。しかし、他人への優しさを心得ている。
君は強くなりたいわけではない。しかし、目的をなすために狡猾さは必要だと思っている。
君は、どこの寮に入っても喜びと困難の両方を手にする。さて、何処にいれるか。君は、どんなところに行きたい?」
悩んでいるかと思えば、俺に話を振ってきた。
帽子がしゃべることにも驚きだが、自分に話を振られるとは思ってもいなかった。
両親の本には、どの寮になっても楽しめるとは書かれていた。しかし、少し気になるところもあったのだ。魔法界に来る前から、来てからずっと気になっていること。
とりあえず、その以前から思っていたことを口にした。
「一番、就職しやすいところにしてくれ」
俺の答えを聞いた帽子は急に黙り込んでしまった。何か、まずい答えでもしたんだろうか? そう焦るが思いあたる節はない。しばらくしたら、また、帽子が話しかけていた。
「……理由を教えてくれないか?」
帽子が再び声をかけてきたことに若干の安堵を覚えつつ、返答する。
「理由? ああ、俺はマグルに育てられてね。魔法界については詳しくないんだ。両親は魔法使いらしいけどね。だから何がしたいかも決まってない。そこで、卒業する時に就職の選択肢が多ければ多いほどいいと思ってな」
「……」
そういって、また黙った。が、次の瞬間、大きく叫んだ。
「スリザリン!」
ハーマイオニーとネビルは驚いていた。まだ会って二日目だが、彼、ジンが優しい人であることは良くわかっていた。だからこそ、なぜ彼がスリザリンに入ったのかが分からない。二人はスリザリンについてはあまりいい噂は聞かなかった。狡猾で卑怯な生徒が多いと聞くし、何より「例のあの人」の出身の寮だ。列車での話でも、スリザリンという言葉は本以外では話題にすらならなかった。しかし、優しい彼はなぜかスリザリンに入れられた。
この事実は、二人を動揺させるのに十分だった。ジンのすぐ後にハーマイオニーの順番になったのだが、彼女のさっきまでの自信のあった表情はなくなり、不安そうに組み分け帽子をかぶった。しかし、組み分け帽子は彼女が被るとすぐに
「グリフィンドール!!!」
と叫び彼女の望んだ寮に入れた。
そこでようやくハーマイオニーはホッと安心した表情になり、嬉しそうに自分の寮の長机へと向かった。が、すぐに複雑な表情になりスリザリンの長机の方を、スリザリンの長机にいるジンを見た。
ジンもハーマイオニーの視線に気が付いたのか、彼女の方に向き軽く手を振る。ハーマイオニーはどうしたらいいか分からず、とりあえず手を振りかえすと今度こそ自分の寮の長机に向かった。
仲のいい友達と別々の寮になってしまったのは悲しいが今は自分が望んだ寮に入れたことを喜ぼう、と納得させて。
三人の中で一番最後となったネビルもまた、先ほどまでのハーマイオニーと同様に不安に駆られていた。
ネビルにとって、ジンは憧れだった。会って間もないが、それは確かなことだった。自分と違って落ち着きがあり、大人っぽく、優しい。そんな自分の憧れだからこそ、ネビルは、ジンが自分の憧れの寮であるグリフィンドールに入るものだと信じて疑わなかった。しかし実際には、ジンは最もネビルが入りたくない、それこそハッフルパフなんかよりも断然に入りたくない、スリザリンに行ってしまった。
…………もしかしたら、自分もスリザリンになってしまうかもしれない。
そう考えただけで、緊張せずにいられなかった。たとえジンがいるとしてもあの寮だけは嫌だった。もしスリザリンになってしまったら、おばあちゃんはなんていうか……。考えるのも恐ろしい。
自分の順番になった時、緊張で死ぬかと思った。彼は組み分け帽子をかぶった時、必死にスリザリンじゃありませんようにと祈った。祈りがかなったのか、組み分け帽子はしばらくしてから
「グリフィンドール!!!」
と叫んだ。喜びのあまり、急いで立ち上がりグリフィンドールの長机に向かっていき、帽子をかぶったままだと笑われ、恥ずかしい思いをしている頃にはすっかり不安もジンのことも忘れていた。もっとも、すぐに思い出し、どうやってジンに話しかけようか悩むはめになったが……。
「ポッター・ハリー!!!」
そう帽子に呼ばれて出てきたのは、列車でグレンジャー達が押し掛けた?コンパートメントにいた黒髪の少年だった。驚くと同時に名前を聞いておけばよかったと少し後悔した。
ポッターはグレンジャー達と同じグリフィンドールになった。ついでに、同じコンパートメントにいた赤髪の少年、ウィーズリーも同じくグリフィンドールだった。
組み分けも終わり、校長の挨拶?も終わり、食事が始まった。目の前のカラだった皿がいつの間にかおいしそうな料理で埋まっていた。驚きながら見ていたら、近くにいた金髪の青白い顔をした少年が話しかけてきた。
「やあ、東洋人か。中国人かい?」
「いや、日本人。そんなに珍しいのか?」
「そうだね。僕は日本人の純血は初めてだ。向こうではそれなりにいるのかい?」
「ああ、すまないが、俺の両親は俺が幼い頃に死んでね。俺はマグルに育てられたんだ。魔法界についてはあまり詳しくないな」
「……それは悪かったね。マグルに育てられるなんて、居心地が悪いなんてものじゃなかったろう?」
「……まあ、マグルは関係ないけど居心地は悪かった。というか、俺が純血ってよくわかったな?」
「何を言ってるんだい? スリザリンに入ったんだ。純血か、半純血の者に決まっているだろう? ああ、マグルに育てられてそこらへんが分からないのか。…………まあ、とにかく、君はスリザリンに入ったんだ。スリザリン生らしく自分の血に誇りを持つべきだよ。僕たち純血は選ばれた存在なんだよ?」
「はあ………」
なにやら、気取った感じで話す少年が俺に注意してきた。確かにスリザリンについて純血主義とかいう記述があったが、まさかこんな現代社会で血族による差別が本当に存在するとは。これも魔法界への認識の甘さなのだろう。
いらぬところでカルチャーショックに近い感情を抱く俺に、少年はぺらぺらと語り続ける。そんな少年に少し自分の話を理解してくれているのか疑問に思った。
マグル育ちなのだから、はっきり言えば純血や名家への理解など無に等しい。そのような中でいくらまくしたてられても、そんな意見があるのかという程度の認識を抜けない。反応のしようが無いのだ。
そんな俺の気持ちもお構いなしに、反応の薄い俺が気に食わないのか少年はより感情的になって話しを続ける。ため息を吐きながら耳を傾けていた俺に少し興味深い内容が入ってきた。
「この学校だって、入学を純血や半純血みたいに名門家族に限るべきだ。そう思わないかい? 僕らのやり方なんてわかるような育ち方をしていないんだ。まあ、君は不幸だったからね。仕方ないとして…。手紙をもらう前にホグワーツなんて聞いたこともないって連中が来るんだ。魔法なんて、信じていなかったなんて言う奴もいる。あり得ないよ。僕らは同じじゃないんだ。」
この言葉を聞いて、少し感動した。俺が持って来た常識が初めて他人と、それも魔法使いと一致した瞬間だったのだ。この瞬間に純血主義に興味を持った。
「なあ、純血主義について、もう少し詳しく教えてくれないか?」
少年はいきなり俺の反応がよくなったのに驚くが、同時に嬉しそうにした。いざ、話そうと口を開けたらダンブルドアが立ち上がり、話を始める。
思わず悪態を心の中でつきながら、話が終わるのを待つ。なぜか校歌を好きなリズムで歌うことになり、早く少年と話がしたい俺は早口言葉みたいに終わらせると、全員が終わるのを待った。
そんな俺の気持ちを嘲笑うかのように、グリフィンドールにいる双子は信じられないほど遅いテンポで歌っている。ダンブルドアもノリノリで指揮をしていた。
呆れと苛立ちの半々の感情に支配された。
結局、話は寮に入ってからとなった。
感想評価など、お待ちしております