日本人のマセガキが魔法使い   作:エックン

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不死鳥の騎士団編 開始です


不死鳥の騎士団編
VS ルシウス・マルフォイ


夏休みにはいってしばらくは、不思議といつもの日常が続いていた。

友人達と手紙のやり取りをし、宿題を終らせ、時折ゴードンさんと話をする。

そんな日が二週間ほど続いてから、平穏が終わりを告げに来たことを悟った。

 

ルシウス・マルフォイが俺を訪ねてきたのだ。

 

 

 

 

 

宿屋の奥にある、応接室とも言える場所で俺はルシウスさんと向かい合っていた。

ゴードンさんには宿から出てもらい、今この宿にいるのは俺とルシウスさんの二人だけとなった。

ルシウスさんは変わらず高貴な身だしなみをしていて、振る舞いは紳士的であった。ゴードンさんの宿屋を一瞥し、鼻で笑うようにしていたこと以外は。

ルシウスさんは席に着くと、ゆっくりと話を始めた。

 

「元気そうで何よりだよ、エトウ君。君の事はドラコが随分と気にしていてね。君が楽しく夏休みを過ごせているか、心配していたよ」

 

遠まわしで、探るような言い方だった。

 

「遠まわしなのはやめましょうよ。あなたと腹の探り合いなんて、うんざりです。言いたいこと言ってくださいよ。こっちも言いたいこと言うんで」

 

俺がそう言うと、ルシウスさんはどこか呆れたように笑った。

 

「これは余計なお世話だが、君は政治に向いていないね。他愛もない話にこそ相手の真意がでるものだ。会話を楽しみたまえよ。世のほとんどの人間は容易く希望を口にしないものだ。私の望みや目的を知りたいのなら、君は知る努力をするべきだね」

 

「なら、何しに来たって話ですよ。俺に用があるんでしょう? それを口にしないで、俺の方から探れって言うのはちょっと傲慢だと思いますよ」

 

俺の返事に、ルシウスさんは言うことを聞かない幼い子供を見る様な、しょうがないという様な表情で笑った。

 

「ならば君は、私が口にしたことを一から十まで信じるというのかね? そして君の言葉を全て私に信じろというのかね? お互いそれは無理だろう? だから他愛もない話をするのだよ。お互いの事を探り、知って、確証を得るのだ。相手が本当のことを言っているか、嘘を言っているかをね」

 

ルシウスさんの言うことは一理あった。

確かに俺はルシウスさんの言葉の全てを信じることなどできないだろう。そして、その言葉の審議を確かめるためにお互いに探りを入れ合うというのも理にかなっていた。

 

何も言わない俺に、ルシウスさんは上機嫌になった。

 

「しかし、君が会話を望まないというのであればそれでよい。それもまた、探り合いだ」

 

ルシウスさんは微笑みながら、俺を品定めするように眺めていた。

 

「君は私と話をしたくない。それは何故か? 単純だ。話したくないことがあるのだよ。それも明確に、誰かに話してはいけないと口止めをされるような秘密を君が持っているということさ。おおむね、ダンブルドア校長からの口止めだろう? そして、君はその約束を律儀に守っている」

 

ルシウスさんは楽しそうに、俺を追い詰めるように話を続けた。

 

「ダンブルドア校長に忠誠を誓っているのだね。ああ、それはいいことだ。ただ、受けた指示は口止めだけだろう? だから君は私から情報を抜き出そうとしない。そもそも、そんな気すらない。知りたいことが山ほどあるはずなのに、君は探りもしない。何故なら、君が知っている情報はとても重要なものだからだ。そんな情報を漏らす危険を犯すくらいなら、君は沈黙を選ぶ。君は賢いからね」

 

ただ黙っていただけなのに、どうやらルシウスさんは俺の態度から多くの事を読み取ったらしい。

俺は少し怪訝な表情をした。ルシウスさんはそれすらも楽しそうに見ていた。

そして楽しそうに笑いながら、ルシウスさんは読み取った情報を俺に語った。

 

「君は交渉術が拙いようだ。ただ黙っていれば秘密が守れると思っているのかね? 表情や態度から、君の考えは浮き出るのだよ。そして君が何に怒って、何に焦っているかで、秘密はどんどん浮き彫りになる。だからダンブルドア校長も君に口止め以外の指示を出さなかったのだろうね。伝えられていたのではないか? 私のようなものが君を訪れるだろうと。だというのに、君に出された指示は口止めだけ。君はまだまだ子供だと思われているのさ。大事な仕事は任せられないと、そう思われているのだよ。しかし、君に期待をするようなことを言ったのではないか? 君が必要だとか、君が頼りだとか、協力して欲しいだとかね。矛盾していると思わないかね?」

 

揺さぶりと挑発をかけられる。

このまま揺さぶりに負けて何かを話したり、挑発に乗って反応をしたりしてもそこから何かを読み取られるだけだろう。

ルシウスさんは勝ち誇ったように笑っている。

 

「なぜ、ダンブルドア校長がこんな矛盾することをしていると思う? それはね、君を利用しようとしているからなのだよ。人を利用しようとする人間というのは、どこかで矛盾が生じるものだ。仕事を任せもしないのに頼りにしている言ったり、秘密を明かしもしないのに信頼していると言ったり、助けようともしないのに仲間だと言ったりね。……冷静に考えたまえ。ダンブルドア校長は本当に君を助けてくれると思うかね? 今まで君は、ダンブルドア校長に助けられたことはあったかね? ないはずだ。ダンブルドア校長が君を直接助けてくれたことなんて、一度もないはずだよ」

 

よく黙ったままの俺からこれだけの事を読み取れたものだと、感心してしまった。

ここまでのルシウスさんの話はどれも当たっており、下手な反論もすぐに論破されるだろう。

黙っていても読み取られ、話をしても読み取られる。こういった交渉の場は、ルシウスさんの得意とする戦場なのだろう。

 

ただ、俺は相手の土俵で戦うつもりがない。

まどろっこしいやり取りを終らせようと、俺は口を開いた。

 

「成程、あなたがしたいのは腹の探り合いじゃなくて格付けな訳だ」

 

ルシウスさんは少し笑みをひっこめた。

 

「俺を言い負かし、言いくるめ、格付けをしたいんだ。俺が下で、あなたが上だって。その上で本題に入りたいんでしょう? 俺に言うことを聞かせるために。自分の要望を通すために。だからあなたは律儀にも俺の反応から読み取ったことを口にする。わざとらしく挑発までして、黙っていることすら封じる。俺に負けたと思わせたいから。敵わないと思わせて、俺を従わせたいんだ」

 

少しの間だけ沈黙があった。

しかし、直ぐにルシウスさんは愛想のいい笑みを浮かべて話始めた。

 

「いやいや、一本取られた。まったく、見事に私の思惑を言い当てられてしまったよ。君を侮っていたわけではないが、君は私が思う以上に賢かった。いいだろう。もう腹の探り合いはなしだ。さっそく、本題に入ろうじゃないか」

 

ルシウスさんは一本取られたと言いながら、痛くもかゆくもないという様子だった。この人にとっては、ほんの小手調べぐらいのつもりだったのだろう。

そんなルシウスさんに嫌悪に近い感情をいだきながら、話の続きを待った。

 

「君も興味のある話だと思うよ。以前に聞いた、君の唱える純血主義の話だよ」

 

ルシウスさんは楽しそうに話を進めた。

 

「私は以前に聞いたね? 君の本質がどちらの属するのか。この際、ハッキリさせたいのだよ。マグル生まれを利用すると言っていたが、本当にそう思ってるのかね? ただマグル生まれを優遇するべく言葉遊びをしているのか、私達のような純血主義者と同じような思想を持っているのか、どっちなのだね?」

 

「……はっきりさせる意味はあるんですか?」

 

以前と同じ返事をすると、ルシウスさんは肩をすくめた。

 

「あるとも。君は今年で五年生になるのだろう? O・W・Lを受ける年だね。将来の事を考えるに最適の歳さ。そして、君はとても優秀だ。……まあ学校の成績を聞くに、だがね。そんな君が果たして我々と同じ志を持つ仲間なのか、それとも別の考えを持つ者なのか、私は大いに興味がある」

 

ルシウスさんの口調は随分と挑戦的なものであった。

 

「君が同じ志を持つ者ならば、私は君の力になれる。だが違う考えだというのであれば、残念だ。君の力にはなれないだろうね。いや、むしろ君の考えや希望を否定しなくてはならないかもしれない。何せ、我々の考えとは真逆の事をしようとしているのだからね」

 

これは分かりやすい意思表示だった。

ルシウスさんに、つまり闇の帝王に協力をする気があるかどうか。それを問われているのだ。

そしてここで協力を拒否することは闇の帝王と対立関係になると認めるようなものだと言われているのだ。

ただ、言い方が酷く遠まわしだった。

 

そのような言い回しになる理由は分かる。

 

魔法省は闇の帝王の復活を未だ認めない。新聞では、所々でダンブルドア先生やポッターへの中傷ともいえる記事が載っていた。闇の帝王の復活を支持する者には、容赦なく魔法省からの抑圧を受ける事になる。

そのような状況下で、魔法省で高い地位にいるルシウスさんが闇の帝王の復活などおいそれと口にするはずがないのだ。

 

ただ、俺はそんな遠まわしのやり取りをルシウスさんとする気はなかった。

ルシウスさんとは、もっと直接的に話をしたかったのだ。

変な言い回しなどせず、腹の探り合いなどせず、本心から話をしたかった。

 

「まだ腹の探り合いをしたいんですか? 俺の考えなんてどうでもいいでしょう? 聞きたいことはもっとシンプルな筈だ。最初に言ったでしょう。遠まわしなのはやめて、言いたいことを言ってください。こっちも言いたいことを言います」

 

ルシウスさんは俺の返事に、初めて笑顔を崩して怪訝そうな顔をした。それから少し周りに目線を泳がせた。

その様子を見て、俺はため息を吐いた。

 

「この会話を誰かが聞いていたり、録音していたりなんてことはありませんよ。だから本心で話してくださいよ。俺も本心で話をしますから」

 

ルシウスさんは少し困惑したようだったが、直ぐに笑顔を取りつくろった。聞き分けのない子どもへの、苦笑いといった表情だった。

 

「今まで私が本心で話していないようではないか。だから、本題の前に他愛もない話をしたいのだよ。お互いをもっと理解する必要がある。こんな誤解を受けるなんて、本意ではないからね。誤解をしたまま話をするなんて、お互いの為にはならないだろう?」

 

「どうだか……。他愛のない話をしても、誤解を重ねるだけでしょう? このままじゃ、あなたは本当の事なんて言いもしないんだから」

 

「だから、それが誤解だと――」

 

「闇の帝王が復活したんだ」

 

延々と体裁を取り繕うルシウスさんにしびれを切らして、俺はルシウスさんの言葉を遮って単刀直入に本題に入った。

ルシウスさんは驚いて目を見開き、固まった。

 

「あなたは俺に、闇の帝王に協力するか対立するかを選べって、そう言いに来たんでしょう? そして俺の答えも決まっている。協力はしない。とことん対立してやるよ」

 

ルシウスさんは数秒、驚いた表情で固まったままだった。

しかし、直ぐに穏やかな口調で話し始めた。

 

「君、大それたことを言うものじゃない。ダンブルドア校長がそう言っているとは言え、魔法省が正式に否定をしているのだ。どっちを信じるかは――」

 

「いい加減にしてくれよ!」

 

俺は再びルシウスさんの言葉を遮った。

 

「俺が話したいのは、この先の事なんだ! 俺はなんで対立するか話すから、あなたにも話して欲しいんだよ! なんで闇の帝王に協力をするのかってことを!」

 

ルシウスさんは黙ったままだった。何か探るように俺を見つめていた。

俺がルシウスさんから闇の帝王に協力しているという言質を取って、破滅させようとしていると思っているようだった。

そんな反応すらも、煩わしかった。

俺はルシウスさんの返事を待たずに自分の話を始めた。

 

「俺にとって、魔法界に来てからの四年間はかけがえのない時間だったんだ。誇張抜きで、俺の人生で一番幸せな時間だった。……ご存じの通り、途中で何度も死にかけたよ。一年生の頃にはトロールに襲われて、二年生の頃にはバジリスク、三年生の頃には吸魂鬼の群れで、四年生の頃にはドラゴンと死喰い人だ。年々、過激になってるよ。だというのに、俺は幸せだったんだ。何故か分かるか? 親友達がいたからだよ。親友達がいたから、俺は命懸けの日々だって幸せだって思えたんだ。分かるか? 俺は、親友達との日々が、自分の命と同じくらい大事なんだよ」

 

ルシウスさんは呆気に取られていた。

俺は舌打ちをしながら話を続けた。

 

「知っての通り、あなたの息子も親友の一人だよ。でも、それだけじゃない。他にも大事な人達がいる。その内の一人はマグル生まれで、闇の帝王が魔法界を支配したら間違いなく殺されるような人だ。だから俺は闇の帝王に対立するんだよ。闇の帝王は、俺の幸せを間違いなく潰す。俺の命と同じくらい大事なものを壊そうとしてるんだ。だから、命を懸けて闇の帝王に抵抗するんだ。当たり前の話だろ?」

 

ルシウスさんは俺の話が本心からのものであるとは感じたようだった。

しかし、だからと言って罠の可能性を捨てていなかった。注意深く、周りと俺の様子を探っていた。俺の事を、全く信じていないようだった。

そんなルシウスさんに、俺は質問を投げかけた。

 

「俺の話は終わりだ。今度は、あなたの話が聞きたい。あなたは何故、闇の帝王に協力する? 死にたくないから? それとも、利益になるから? どっちの答えでも、俺は納得できない」

 

ルシウスさんは俺の言葉に、少し反応した。

そして、ようやく口を開いた。

 

「死にたくないから闇の帝王に協力する、というのが納得できない? 君は、命を脅されても闇の帝王に協力することは納得いかないと言うのかね? 自分の命を守る為でも、闇に手を染めることは許されないとでも? 随分と立派な志だね」

 

「そんなんじゃない。俺は、あなたが死にたくないから協力したと言うのなら納得がいかないと言ってるんだ」

 

「私が言うと、かね? ……随分と目の敵にしてくれるね」

 

「ああ、そうだ。目の敵にするに決まってるだろ。……あんた、ドラコのこと考えたことあるのかよ」

 

俺は、この事をずっとルシウスさんに聞きたかった。

ドラコの事を考えたことがあるのかと、ずっと聞きたかった。

ルシウスさんは俺の質問に眉をひそめた。今日一番の、苛立った表情であった。

だが、苛立ちは俺の方が上だ。

 

「あんた、知らないだろ? 二年生の時、秘密の部屋の騒動にあんたが関わっていると聞いた時のドラコの表情。どんだけ苦しそうな表情だったか、分かるか? 闇の帝王が復活したと言われた時のドラコが、どんな表情だったか分かるか? 誇らしそうにするとでも思ったのか? 知らないようだから言ってやる。あんたがドラコを苦しめてるんだよ!」

 

俺の言葉に、ルシウスさんは明らかな怒りの表情をしていた。

耐えきれなくなったのか、やや粗い口調で俺に返事をした。

 

「随分と勝手なことを言ってくれるものだ。私がドラコの事を考えていない? ドラコを苦しめている? 私からすれば、君の方がドラコを蔑ろにしているとしか思えないがね。君こそ、ドラコを苦しめているのだよ」

 

今やルシウスさんに笑顔などなく、冷たい表情で俺を睨みつけていた。

 

「君は大事なマグル生まれがいると言っていたね。そして、その人の為に闇の帝王に立ち向かうのだと。それが誰なのか想像がつく。ハーマイオニー・グレンジャー、彼女の事だろう? 君は彼女とドラコを天秤にかけて、彼女を取ったのだ。そんな君がドラコの事を考えろなどと、よく言えたものだね。君は考えなかったのか? 親友が女の尻を追いかけて自分と対立することを選んだと知った時、どんな気持ちになるかとね」

 

ルシウスさんの反論には、容赦がなかった。

 

「質問に答えようか。ドラコの事を考えたことがあるか、だったかね? 私はいつもドラコの事を考えているよ。ドラコの未来の事も誰よりも考えている。私が闇の帝王に従うのだとしたら、それは家の為だ。そして、それはドラコの為でもあるはずだ」

 

初めてルシウスさんの本心に触れた気がした。

この人がこの人なりにドラコを、家族を大事にしているのだと、それが分かった。

 

だからこそ、闇の帝王に協力していることが許せなかった。

 

「家の為だって? それがドラコの為になるだって? これからあんたがやろうとしていることの、どこが家の為でドラコの為なんだよ」

 

「君に私の何が分かると言うのかね? たかだか四年間魔法学校に通っただけの子どもが、私がやってきたことの何が分かるというのだ。私が今までどれだけの苦労を重ね、どれだけの思いで家を継いできたか、それが分かるというのかね?」

 

「あんたのこれまでの苦労なんて知ったこっちゃない!」

 

静かに怒るルシウスさんに、俺は激しく怒りをぶつけ続けた。

 

「けど少なくとも一つ、あんたの事をよく分かっているつもりだ。これからあんたが、何をしようとしてるかってことだよ」

 

「何を分かっていると言うのだね?」

 

「あんた、人を殺すんだ」

 

ルシウスさんの表情から怒りが消えた。能面の様な、完全な無表情になった。

そんなルシウスさんに俺は苛立ちをぶつけ続けた。

 

「それも罪のない人を何人も殺すんだ。何人も何人も殺し続ける。闇の帝王に協力する限り、それは続くんだ。それがドラコの為だって? ドラコの未来をいつも考えてるだって?  冗談だろ?」

 

ルシウスさんは無表情で俺の話を聞き続けた。

 

「あんたが闇の帝王に協力し続ける限り、人殺しは続くんだ。闇の帝王が魔法界を支配しても、それは続く。闇の帝王が死なない限り、あんたは罪のない人達を殺し続けるんだ。そして、あんたが死んだらどうなるか。……分かるだろ? あんたの次は、ドラコなんだよ」

 

ルシウスさんの腕がピクリと動いた。

俺は、容赦なく決定的な言葉を放った。

 

「あんたは、ドラコを人殺しに育てようとしてるんだ」

 

次の瞬間、爆発音がして俺の視界が回転した。俺は勢いよく吹き飛ばされて壁にたたきつけられた。

痛みでうめきながらも、直ぐに立ち上がり杖を構える。

ルシウスさんは無表情で俺に杖を向けたままだった。

暫く二人でにらみ合っていたら、ルシウスさんがおもむろに口を開いた。

 

「……非礼は詫びよう」

 

そう言いながら、ルシウスさんは杖をしまった。

俺もそれを見届けてから、杖を下げた。

ルシウスさんは無表情でのまま、平坦の声で話を続けた。

 

「君の言い分は、よく分かった。どうやら、我々は決して相容れないようだ。……君はもう、後戻りはできない。精々、一日でも長く生きていられるように足掻くことだな」

 

そう言いながら、ルシウスさんは俺に背を向けて帰ろうとした。

そんなルシウスさんに、俺は言い残したことがあった。

 

「……一個だけ、俺はまだあんたの質問に答えてなかった」

 

ルシウスさんは足を止めて、チラリとこちらを見た。

 

「あんた、言っただろ? 俺がハーマイオニーとドラコを天秤にかけて、ハーマイオニーを選んだって。そして、そのことをドラコがどう思うか考えなかったのかって」

 

それは今日のルシウスさんとの会話の中で、俺に最も突き刺さった発言だった。

 

「考えたよ、ドラコのこと。そして、ドラコを傷つけることになるだろうって、それも分かってた。……でも俺が闇の帝王に立ち向かうのは、ハーマイオニーとドラコを天秤にかけて、ハーマイオニーを選んだからじゃない。どっちも捨てられなかったからだ」

 

「……戯言だ」

 

「違うよ。苦し紛れの言い訳でも、言葉遊びでもない。……俺が闇の帝王に立ち向かうのは、俺の幸せの為だ。そして俺の幸せには、ドラコの幸せも不可欠なんだ。俺は、はっきりと断言できる。俺が目指すものの先にはドラコの幸せもあるって。あんたはどうなんだ? なあ、あんただって分かってるだろ? ドラコの幸せのためには、何をしなくちゃいけないかって。……闇の帝王がいて、ドラコが幸せになるわけないだろ?」

 

ルシウスさんは答えなかった。少し間、立ち止まっただけだった。

そして今度こそ何も言わずに、ゴードンさんの宿を立ち去って行った。

 

 

 

俺は、ルシウスさんに何を言いたかったのか。

 

ルシウスさんに、寝返って欲しかったわけではなかった。

そんなことをすれば、ドラコの命が危うくなるのは目に見えている。

 

ルシウスさんに、懺悔と後悔をして欲しかったわけではなかった。

そんなもの、何の足しにもなりはしない。

 

俺はただ、ルシウスさんに考えて欲しかったのだ。

ドラコの幸せについて、本気で考えて欲しかったのだ。

ルシウスさんが人を殺し続けて、ドラコがどう思うのか。

闇の帝王が支配した世界を、ドラコがどう思うのか。

 

俺とルシウスさんは、互いに決して相容れることのない存在だ。今日、それがはっきりと分かった。

しかし、たった一つの共通点がある。

ドラコを大事に思っているということだ。

 

俺はきっと、ルシウスさんに願ってしまっているのだろう。

ドラコの幸せの為に、ルシウスさんが命を懸けてくれることを。

俺は分かっているから。

ドラコの幸せには、ルシウスさんも必要不可欠であることを。

ドラコがどれだけ、ルシウスさんを、家族を大事に思っているかということを。

そして、今のルシウスさんのままではドラコは苦しみ続けるだろうということを。

 

ドラコの幸せのためには、ルシウスさんにしかできないことがある。

そのことを、ルシウスさんに考えて欲しかったのだ。

 

 

 

 


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