スネ夫がゴーグル越しに敵の動きを読み取り、声を張り上げた。
「ジャイアン、右後ろ! しずかちゃん、援護たのむ!」
荒れ果てた未来都市のビルの間を、のび太たちが全力で駆け抜けていた。吹き荒れる砂煙、きらめくホログラムのネオン。遠くで機械の鳴き声のような銃声が響く。
しずかは白いブレザーのような戦闘服に身を包み、ジャイアンは分厚いアーマーでごつごつとした体格をさらに大きく見せている。スネ夫はスリムなスーツとゴーグル姿で、銃を構えながらタブレットのような装置を操作していた。
みんなの肩や背中には、小さな球体のAI支援ロボットが、まるで生きているかのように空中をぴょこぴょこと動きながら、目の前に光の文字や矢印を浮かび上がらせ指示を出す。
「敵接近。北西方向、距離30メートル」
「ジャイアン、突撃ルートに最適化しました。ゴー!」
「うおおおおーっ、いっくぜー!!」
ジャイアンが叫びながら前に飛び出し、しずかがすかさず回復銃で追いかける。スネ夫はビルの上階にのぼり、敵の位置を的確に仲間へ伝える。
みんな完璧に連携していた。AIのサポートは、まるで長年連れ添った仲間のように正確でスムーズだ。
——ただ一人をのぞいて。
「えっ? 左? いや、右に行けってさっき言ってなかったっけ!? もう、どっちなの〜!!」
のび太が銃をぶんぶん振り回しながら、角を曲がった瞬間——
「トラップ感知。ジャンプ! ジャンプ!」
「ジャンプって言われても、急に言われてもムリだってば!」
ガシャーン! 地面から突然、鉄の檻が飛び出して——
のび太は、あっさりその中に閉じこめられてしまった。
「警告:拘束トラップ発動。救助要請を開始……」
肩のAIが、まるで淡々と実況するように告げる。
「そっちのタイミングが早すぎるんだよっ!」
のび太が檻の中でジタバタしながら怒鳴る。
「せめて一歩前に出る前に教えてよっ!」
肩に浮かぶ丸いAIと口論しながら、のび太はぶすっとした顔で檻の中に座り込んだ。
みんなが順調に進む中、のび太だけがまるで別のゲームをしているようだ。
檻を出たのび太は、ついにはAIサポートのスイッチを切ってしまう。
「もう、いい! ぜったい自分の勘のほうが当たるもん!」
そして——
バシュッ!
遠くの高台から顔をのぞかせた敵を、のび太の弾丸が見事に撃ちぬいた。
その一撃は、まるで職人のような正確さだった。
のび太の射撃の腕前は、実はクラスでもピカイチ。
命中率はAIより上だと、本人も少しだけ自信を持っていた。
けれど。
「のび太、こっち助けて! 急いで!」
「え!? まって、今行く!」
——ズガァン!
のび太が駆け出そうとした瞬間、またもや地雷を踏んで爆風に吹き飛ばされた。
タイミング、立ち回り、味方の援護、状況判断——
そういったすべてを、AIは一瞬で計算して補ってくれる。
どれだけ狙いがうまくても、それだけではもう勝てない時代だった。
それはまるで、昔は重宝された名人の手仕事が、今では機械に取って代わられてしまったような——
のび太だけが「ひと昔前の名人」のように、浮いて見えた。
そのときだった。
「のび太、後ろぉぉぉ!!」
「うわっ、うわっ、うわぁあああ!」
——バシュッ!!
光が弾け、音が消えた。
次の瞬間。
のび太は、静まり返った部屋の中にいた。
手に持っているのは、未来の銃じゃなくてゲームコントローラー。
モニターには「GAME OVER」の文字。
スネ夫の家のリビングだった。
「のび太のせいで、また負けた〜!」
「もうちょっとAIの言うこと聞いてくれればいいのに!」
ジャイアンとスネ夫が怒鳴るように言い、のび太はむくれた顔で目をそらした。
「だってさ、うるさく指示されると、逆にやりにくいんだもん……AIなんてズルいよ……」
「はぁ? いまの時代、AIがあるのは当たり前でしょ?」
スネ夫はクールに言い放った。
「のび太が遅れてるだけだよ」
のび太は何も言えず、しょんぼりと肩を落とした。みんなと一緒に遊んでいたはずなのに、いつのまにか、自分だけが“取り残された”気がした——。
「さてっと、ゲームはこのへんにして——」
しずかがパチンと手をたたいた。
「みんな、そろそろ宿題もしなくちゃね」
「え〜、もうちょっと休憩したい〜」
スネ夫がソファに寝転んだままごろごろ転がる。
スネ夫の広いリビングは、最新の家具と大きなモニターに囲まれていて、まるで未来の秘密基地みたいだった。
「しょうがねえなぁ……」
ジャイアンも渋々リュックからプリントを取り出した。
「ほら、早く終わらせたほうがあとで楽よ」
しずかの言葉に、みんなはしかたなさそうに机や床にそれぞれの教材を広げ始めた。
スネ夫は計算ドリルのページに鉛筆で数字を書き込んでいた。
しばらくして、「ふぅ」とため息をつきながらスマホを手に取る。
「さて、合ってるかな……AIカメラくん、チェックお願い」
「正解です、スネ夫様。すばらしい計算力です。あと3問でゴールドバッジ達成です!」
「いや〜、わかってるなぁAIくん」
スネ夫が得意げにスマホをなでなでしていた。
しずかは、漢字の練習をしていたようだ。
「ねぇ、ここの『機会』って、どういうときに使うの?」
スマホに話しかけると、やさしい声が返ってくる。
「『機会』は『チャンス』や『きっかけ』の意味で使います。『この機会に勉強を始める』のような文が例です」
「ありがとう、アシスタントさん♪」
しずかは満足そうにメモを取った。
一方——
ジャイアンは、ぶ厚い読書感想文の課題本を見てあからさまに顔をしかめた。
「ったく、本とかマジで読んでねーし……」
ジャイアンはぶつぶつ言いながら、表紙の写真を撮るとつぶやいた。
「おいAI、友情と努力と感動でまとめといてくれ」
——数秒後、まさにそのままの作文が表示され、
「おお、さすが! よし、これでいーや!」
ケロッとした顔でうなずく。
その様子に、しずかが眉をひそめた。
「ダメよ、たけしさん。それって、自分で書いてないじゃない」
「いいんだよ、みんなやってるもん。先生だってプリント作るのにAI使ってるって言ってたしな」
「でもさ、この前バレて先生に怒られたじゃん……」
スネ夫がくすっと笑う。
「それでも、AIがなきゃ生きてけねー時代だろ」
ジャイアンは堂々と言い放った。
その会話の輪に——のび太だけが入っていなかった。
のび太は、一人で自分のノートを開いていた。
けれど、筆は止まったまま。
スマホも、AIアシスタントも、なにもない。
ポケットにあるのは、ふるびた消しゴムと短くなった鉛筆だけ。
みんなが「わかんない」と言えば、すぐにAIが教えてくれて、感想文も勝手に書いてくれる。
なのに自分だけは、ひと文字書くにも時間がかかる。
……そんなの、不公平じゃないか。
のび太は顔をあげて、怒ったように笑った。
「ぷっ……ぷはははっ! なにそれ!?」
のび太が突然吹き出した。
みんなが一斉にこっちを見る。
のび太は立ち上がり、両手を広げて叫んだ。
「みんな、AIに宿題やらせてさ、えらそうにした気になってるけど! それって、自分で服を着たと思ったらマネキンだった、みたいなもんだよ!? 恥ずかしくないの!?」
「はあ?」
ジャイアンが眉をひそめる。
「答えが出たって、自分の頭で考えてなきゃ意味ないんだよ! そのうち『のび太が言ってたこと、正しかった…』って、きっと後悔するからね! いや、むしろ、AIに頭まで乗っ取られて、気づけなくなるのかも!? うわ〜、こわ〜いっ!」
「ちょ……なんでそこまで言う!?」
スネ夫が引きつった笑いをこぼす。
「ふんっ、いいよもう! ぼくは正しくいたいだけだもん!」
のび太はくるりと背を向けて、ランドセルを引っつかむと、そのまま部屋を飛び出した。
「……あいつ、逆に時代の最先端いってない?」
ジャイアンがぽつりと言った。
しずかはのび太の出ていった扉を見つめながら、静かに言った。
「のび太さん……ちょっと言いすぎちゃったけど、気持ちはわかるわ……」
ドアの向こうで、のび太の足音がどたどたと遠ざかっていった。
誰も追いかけようとはしなかった——けれど、その背中には、たしかに何かを訴える力があった。
「みんな間違ってる……ズルばっかりして……AIなんて……!」
帰り道、のび太は一人ぶつぶつ言いながら歩いていた。
自転車のベルや子どもたちの笑い声が聞こえる、にぎやかな昼間の町。
でも、のび太の心は、なぜか曇ったままだった。
「……ぼくだって……」
のび太は、唇をぎゅっと結んだ。
「……スマホ、欲しいよ……」
のび太は足を止め、空を見上げた。
「AIだって使いたいよ! ドラえもん〜〜〜っ!!」
風に乗って声が遠くまで響いた。
でも、答える者はいない。
——家に帰るなり。
「ママーっ!! スマホ買ってぇぇぇ!」
「スマホ!? そんなの百年早いわよ!!」
キッチンから顔も出さずに、フライパンをふるいながら雷のような声が飛んでくる。
「この前のテスト、国語も算数も0点だったくせに、スマホ? 笑わせないでっ!!」
「まずは勉強! 赤ペン持って机に向かいなさーい!! スマホの前に自分の点数見なさい!!」
「うぅ……」
のび太は顔をしかめて、ランドセルを引きずるように部屋へ戻っていった。
「ドラえも〜〜んっ!!」
部屋に入るなり、のび太はドラえもんの背中に飛びついた。
「スマホ出して! みんなが使ってる、あのスーパーハカセみたいなAIも!」
「ええっ!? いきなり!? スマホはママの許可がないとダメに決まってるでしょ!」
ドラえもんがパタパタ手を振る。
「じゃあ、AIだけでいいよ! みんなが使ってるやつ、かしこくて、しゃべって、宿題もできて、感想文も書いてくれて——」
「のび太くん……」
ドラえもんが真面目な顔で言った。
「君には、もう最高のAIがついてるのを忘れたの?」
「え? どこに?」
「ここにいるでしょ!」
ドラえもんは自分を指さして、ドヤ顔で胸を張る。
「未来のネコ型ロボット! ひみつ道具いっぱい! 24時間サポートだよっ!」
「でも、ドラえもんって……よくミスするじゃん。道具間違えるし、おっちょこちょいだし、どこかで昼寝してるし!」
「それに、宿題も代わりにやってくれないし、先生にバレない感想文とか書けないし……。みんなが使ってるAIのほうが、すごいもん!」
「な、な、なんだよそれぇ〜〜っ!!」
ドラえもんの顔がぽっぽっと赤くなった。
「たしかにミスもするし、お昼寝もしちゃうけど……! でもぼくだって、君のこと一生けんめい助けてきたんだよ!? 寝てても、未来の技術なんだぞ!?」
「それを『ほかのAIのほうがすごい』なんて! ぷんっ! ぷんっ! ぷんっ!!」
ドラえもんはぶすーっとふくれっ面のまま、ポケットからタケコプターを取り出すと、窓を開けて飛び上がった。
「知らないっ! もうドラえもんやめるっ!」
ふよ〜ん……と空へ飛び去りながら、最後にもう一度振り返って、
「ぷんっっ!!」
と怒りの一撃(?)を残して雲の向こうへ消えていった。
「ドラえもん……」
のび太は窓を見つめたまま、ぽつりとつぶやいた。
「ぼくは……ただ、みんなと同じものが、欲しいだけなのに……」
部屋の中は、急にしんと静かになった。
ふと机の上を見ると、置きっぱなしの宿題プリントが、風にカサリと揺れていた。
とぼとぼ、とぼとぼ。
のび太は、ひとり道を歩いていた。
ポケットに手を突っこんだまま、うつむきがちに。
風も空も晴れているのに、心は雨雲みたいだった。
さっきのケンカがまだ胸の奥でじくじくしていた。
スマホもAIもない。
ドラえもんもどこかに行っちゃった。
「……ぼくばっかり、なんでこんなに……」
下を向いて、ぼそぼそとつぶやきながら歩いていると——
ピタッ。
のび太の足が止まった。
「……あっ」
足元に、小さなアリが一匹、のそりのそりと歩いていた。
まるで、こっちに気づかず、まっすぐな道を進んでいるようだった。
もう少しで踏んでしまうところだった。
のび太は、そっと足を引いた。
しゃがみこんで、アリを見つめる。
「……君も、ひとりなんだね」
アリはもちろん答えない。
でも、のび太にはわかった気がした。
小さな体で、誰にも気づかれず、黙々と前へ進む姿。
なんだか自分とそっくりだった。
「どこ行くの? 仲間……いるの?」
ぽつりぽつりと、のび太は話しかけた。
そのとき——
「どけっ、のび太!」
背中にガンッとぶつかる衝撃。
「うわっ!」
バランスを崩して転びかけたのび太の横を、ジャイアンとスネ夫が笑いながら走り抜けていった。
「ったく、道の真ん中でぼーっとしてんなよな〜!」
「危ないったらありゃしない!」
その瞬間だった。
ぐしゃっ。
あ。
のび太の目の前で、ジャイアンの大きな足が、
アリのいた場所を、何のためらいもなく踏みつけた。
「…………!」
のび太は、目を見開いたまま立ちすくんだ。
さっきまで生きてたアリは、もう動かない。
「なにすんだよっ!!」
のび太は立ち上がって、ジャイアンに叫んだ。
「なんでアリを踏んだんだよっ!」
「は? アリ?」
ジャイアンがきょとんとする。
「そんなもん、どこにいたんだよ」
「いま踏んだじゃないかっ! 見えてたよ!」
「見えるかそんなの! つーか、なんだよ、虫一匹で大げさに……」
スネ夫も横から鼻で笑った。
「のび太ってさ、昔からそういうとこあるよね。落ち葉に『ごめんね』とか言ってるタイプ」
「ちょっとアリ踏んだくらいで騒いでたら、生活できねーよ。ハンバーグどうやって食うんだっての」
「バカだな、ほんと」
「まじでバカだな」
のび太は、言葉が出なかった。
ただ、小さくなったアリの亡骸をそっと拾い上げると、
ポケットからハンカチを出して、それで包んだ。
「ごめんね……」
声がふるえた。
のび太は、それ以上何も言わず、二人に背を向けて歩き出した。
後ろから笑い声が聞こえたけど、もう気にならなかった。
そして、のび太が去ったあと。
「なあ、今の本気で怒ってたのか? アリで?」
ジャイアンが苦笑いで振り返ったそのとき——
ガサ……。
電柱の陰から、ふいに現れた人物がいた。
真紅のマントが、風にひらりと揺れる。
裾はほつれてボロボロ。
顔はフードの奥に隠れて見えない。
ただ、胸に光る星のバッジだけが、キラリと光を放っていた。
その影は、小さくて、でも存在感があった。
背丈は子どものようで、でも動きがぬるりとして妙に滑らかだった。
人間にしては……どこか、変だった。
でもただ者じゃないことだけは、はっきりしていた。
その人物が、静かに問いかけた。
「ここいらに——のび太って名の、『世界一心のやさしいガキ』を知らねえか」
「のび太ぁ?」
スネ夫があきれた顔で言う。
「世界一バカでドジで、おっちょこちょいで、すぐ泣くのび太なら知ってるけど」
謎の人物は無言のまま立っていた。
しばらくして——
「さっき、あっちに行ったぞ」
ジャイアンが気まぐれに、のび太の行った方向を指差した。
謎の人物はうなずくと、ゆっくりとその方へ歩いていった。
足音は軽く、でもなぜか、地面が静かに震えるような不思議な感覚を残していた。
「……なにあいつ」
スネ夫がこそこそと耳打ちした。
「ヒーローごっこか?」
「まさか未来人だったりしてな」
二人は笑ったけど、その笑いには、ほんの少しだけ——
背筋に冷たいものが走ったような、そんな不安が混じっていた。