ドラえもん のび太とAIの子   作:マタタビネコ

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第1話 のび太、出撃!?

 スネ夫がゴーグル越しに敵の動きを読み取り、声を張り上げた。

「ジャイアン、右後ろ! しずかちゃん、援護たのむ!」

 荒れ果てた未来都市のビルの間を、のび太たちが全力で駆け抜けていた。吹き荒れる砂煙、きらめくホログラムのネオン。遠くで機械の鳴き声のような銃声が響く。

 しずかは白いブレザーのような戦闘服に身を包み、ジャイアンは分厚いアーマーでごつごつとした体格をさらに大きく見せている。スネ夫はスリムなスーツとゴーグル姿で、銃を構えながらタブレットのような装置を操作していた。

 みんなの肩や背中には、小さな球体のAI支援ロボットが、まるで生きているかのように空中をぴょこぴょこと動きながら、目の前に光の文字や矢印を浮かび上がらせ指示を出す。

「敵接近。北西方向、距離30メートル」

「ジャイアン、突撃ルートに最適化しました。ゴー!」

「うおおおおーっ、いっくぜー!!」

 ジャイアンが叫びながら前に飛び出し、しずかがすかさず回復銃で追いかける。スネ夫はビルの上階にのぼり、敵の位置を的確に仲間へ伝える。

 みんな完璧に連携していた。AIのサポートは、まるで長年連れ添った仲間のように正確でスムーズだ。

 ——ただ一人をのぞいて。

「えっ? 左? いや、右に行けってさっき言ってなかったっけ!? もう、どっちなの〜!!」

 のび太が銃をぶんぶん振り回しながら、角を曲がった瞬間——

「トラップ感知。ジャンプ! ジャンプ!」

「ジャンプって言われても、急に言われてもムリだってば!」

 ガシャーン! 地面から突然、鉄の檻が飛び出して——

 のび太は、あっさりその中に閉じこめられてしまった。

「警告:拘束トラップ発動。救助要請を開始……」

 肩のAIが、まるで淡々と実況するように告げる。

「そっちのタイミングが早すぎるんだよっ!」

 のび太が檻の中でジタバタしながら怒鳴る。

「せめて一歩前に出る前に教えてよっ!」

 肩に浮かぶ丸いAIと口論しながら、のび太はぶすっとした顔で檻の中に座り込んだ。

 みんなが順調に進む中、のび太だけがまるで別のゲームをしているようだ。

 檻を出たのび太は、ついにはAIサポートのスイッチを切ってしまう。

「もう、いい! ぜったい自分の勘のほうが当たるもん!」

 そして——

 バシュッ!

 遠くの高台から顔をのぞかせた敵を、のび太の弾丸が見事に撃ちぬいた。

 その一撃は、まるで職人のような正確さだった。

 のび太の射撃の腕前は、実はクラスでもピカイチ。

 命中率はAIより上だと、本人も少しだけ自信を持っていた。

 けれど。

「のび太、こっち助けて! 急いで!」

「え!? まって、今行く!」

 ——ズガァン!

 のび太が駆け出そうとした瞬間、またもや地雷を踏んで爆風に吹き飛ばされた。

 タイミング、立ち回り、味方の援護、状況判断——

 そういったすべてを、AIは一瞬で計算して補ってくれる。

 どれだけ狙いがうまくても、それだけではもう勝てない時代だった。

 それはまるで、昔は重宝された名人の手仕事が、今では機械に取って代わられてしまったような——

 のび太だけが「ひと昔前の名人」のように、浮いて見えた。

 そのときだった。

「のび太、後ろぉぉぉ!!」

「うわっ、うわっ、うわぁあああ!」

 ——バシュッ!!

 光が弾け、音が消えた。

 

 次の瞬間。

 のび太は、静まり返った部屋の中にいた。

 手に持っているのは、未来の銃じゃなくてゲームコントローラー。

 モニターには「GAME OVER」の文字。

 スネ夫の家のリビングだった。

「のび太のせいで、また負けた〜!」

「もうちょっとAIの言うこと聞いてくれればいいのに!」

 ジャイアンとスネ夫が怒鳴るように言い、のび太はむくれた顔で目をそらした。

「だってさ、うるさく指示されると、逆にやりにくいんだもん……AIなんてズルいよ……」

「はぁ? いまの時代、AIがあるのは当たり前でしょ?」

 スネ夫はクールに言い放った。

「のび太が遅れてるだけだよ」

 のび太は何も言えず、しょんぼりと肩を落とした。みんなと一緒に遊んでいたはずなのに、いつのまにか、自分だけが“取り残された”気がした——。

「さてっと、ゲームはこのへんにして——」

 しずかがパチンと手をたたいた。

「みんな、そろそろ宿題もしなくちゃね」

「え〜、もうちょっと休憩したい〜」

 スネ夫がソファに寝転んだままごろごろ転がる。

 スネ夫の広いリビングは、最新の家具と大きなモニターに囲まれていて、まるで未来の秘密基地みたいだった。

「しょうがねえなぁ……」

 ジャイアンも渋々リュックからプリントを取り出した。

「ほら、早く終わらせたほうがあとで楽よ」

 しずかの言葉に、みんなはしかたなさそうに机や床にそれぞれの教材を広げ始めた。

 スネ夫は計算ドリルのページに鉛筆で数字を書き込んでいた。

 しばらくして、「ふぅ」とため息をつきながらスマホを手に取る。

「さて、合ってるかな……AIカメラくん、チェックお願い」

「正解です、スネ夫様。すばらしい計算力です。あと3問でゴールドバッジ達成です!」

「いや〜、わかってるなぁAIくん」

 スネ夫が得意げにスマホをなでなでしていた。

 しずかは、漢字の練習をしていたようだ。

「ねぇ、ここの『機会』って、どういうときに使うの?」

 スマホに話しかけると、やさしい声が返ってくる。

「『機会』は『チャンス』や『きっかけ』の意味で使います。『この機会に勉強を始める』のような文が例です」

「ありがとう、アシスタントさん♪」

 しずかは満足そうにメモを取った。

 一方——

 ジャイアンは、ぶ厚い読書感想文の課題本を見てあからさまに顔をしかめた。

「ったく、本とかマジで読んでねーし……」

 ジャイアンはぶつぶつ言いながら、表紙の写真を撮るとつぶやいた。

「おいAI、友情と努力と感動でまとめといてくれ」

 ——数秒後、まさにそのままの作文が表示され、

「おお、さすが! よし、これでいーや!」

 ケロッとした顔でうなずく。

 その様子に、しずかが眉をひそめた。

「ダメよ、たけしさん。それって、自分で書いてないじゃない」

「いいんだよ、みんなやってるもん。先生だってプリント作るのにAI使ってるって言ってたしな」

「でもさ、この前バレて先生に怒られたじゃん……」

 スネ夫がくすっと笑う。

「それでも、AIがなきゃ生きてけねー時代だろ」

 ジャイアンは堂々と言い放った。

 その会話の輪に——のび太だけが入っていなかった。

 のび太は、一人で自分のノートを開いていた。

 けれど、筆は止まったまま。

 スマホも、AIアシスタントも、なにもない。

 ポケットにあるのは、ふるびた消しゴムと短くなった鉛筆だけ。

 みんなが「わかんない」と言えば、すぐにAIが教えてくれて、感想文も勝手に書いてくれる。

 なのに自分だけは、ひと文字書くにも時間がかかる。

 ……そんなの、不公平じゃないか。

 のび太は顔をあげて、怒ったように笑った。

「ぷっ……ぷはははっ! なにそれ!?」

 のび太が突然吹き出した。

 みんなが一斉にこっちを見る。

 のび太は立ち上がり、両手を広げて叫んだ。

「みんな、AIに宿題やらせてさ、えらそうにした気になってるけど! それって、自分で服を着たと思ったらマネキンだった、みたいなもんだよ!? 恥ずかしくないの!?」

「はあ?」

 ジャイアンが眉をひそめる。

「答えが出たって、自分の頭で考えてなきゃ意味ないんだよ! そのうち『のび太が言ってたこと、正しかった…』って、きっと後悔するからね! いや、むしろ、AIに頭まで乗っ取られて、気づけなくなるのかも!? うわ〜、こわ〜いっ!」

「ちょ……なんでそこまで言う!?」

 スネ夫が引きつった笑いをこぼす。

「ふんっ、いいよもう! ぼくは正しくいたいだけだもん!」

 のび太はくるりと背を向けて、ランドセルを引っつかむと、そのまま部屋を飛び出した。

「……あいつ、逆に時代の最先端いってない?」

 ジャイアンがぽつりと言った。

 しずかはのび太の出ていった扉を見つめながら、静かに言った。

「のび太さん……ちょっと言いすぎちゃったけど、気持ちはわかるわ……」

 ドアの向こうで、のび太の足音がどたどたと遠ざかっていった。

 誰も追いかけようとはしなかった——けれど、その背中には、たしかに何かを訴える力があった。

 

「みんな間違ってる……ズルばっかりして……AIなんて……!」

 帰り道、のび太は一人ぶつぶつ言いながら歩いていた。

 自転車のベルや子どもたちの笑い声が聞こえる、にぎやかな昼間の町。

 でも、のび太の心は、なぜか曇ったままだった。

「……ぼくだって……」

 のび太は、唇をぎゅっと結んだ。

「……スマホ、欲しいよ……」

 のび太は足を止め、空を見上げた。

「AIだって使いたいよ! ドラえもん〜〜〜っ!!」

 風に乗って声が遠くまで響いた。

 でも、答える者はいない。

 

 ——家に帰るなり。

「ママーっ!! スマホ買ってぇぇぇ!」

「スマホ!? そんなの百年早いわよ!!」

 キッチンから顔も出さずに、フライパンをふるいながら雷のような声が飛んでくる。

「この前のテスト、国語も算数も0点だったくせに、スマホ? 笑わせないでっ!!」

「まずは勉強! 赤ペン持って机に向かいなさーい!! スマホの前に自分の点数見なさい!!」

「うぅ……」

 のび太は顔をしかめて、ランドセルを引きずるように部屋へ戻っていった。

「ドラえも〜〜んっ!!」

 部屋に入るなり、のび太はドラえもんの背中に飛びついた。

「スマホ出して! みんなが使ってる、あのスーパーハカセみたいなAIも!」

「ええっ!? いきなり!? スマホはママの許可がないとダメに決まってるでしょ!」

 ドラえもんがパタパタ手を振る。

「じゃあ、AIだけでいいよ! みんなが使ってるやつ、かしこくて、しゃべって、宿題もできて、感想文も書いてくれて——」

「のび太くん……」

 ドラえもんが真面目な顔で言った。

「君には、もう最高のAIがついてるのを忘れたの?」

「え? どこに?」

「ここにいるでしょ!」

 ドラえもんは自分を指さして、ドヤ顔で胸を張る。

「未来のネコ型ロボット! ひみつ道具いっぱい! 24時間サポートだよっ!」

「でも、ドラえもんって……よくミスするじゃん。道具間違えるし、おっちょこちょいだし、どこかで昼寝してるし!」

「それに、宿題も代わりにやってくれないし、先生にバレない感想文とか書けないし……。みんなが使ってるAIのほうが、すごいもん!」

「な、な、なんだよそれぇ〜〜っ!!」

 ドラえもんの顔がぽっぽっと赤くなった。

「たしかにミスもするし、お昼寝もしちゃうけど……! でもぼくだって、君のこと一生けんめい助けてきたんだよ!? 寝てても、未来の技術なんだぞ!?」

「それを『ほかのAIのほうがすごい』なんて! ぷんっ! ぷんっ! ぷんっ!!」

 ドラえもんはぶすーっとふくれっ面のまま、ポケットからタケコプターを取り出すと、窓を開けて飛び上がった。

「知らないっ! もうドラえもんやめるっ!」

 ふよ〜ん……と空へ飛び去りながら、最後にもう一度振り返って、

「ぷんっっ!!」

 と怒りの一撃(?)を残して雲の向こうへ消えていった。

「ドラえもん……」

 のび太は窓を見つめたまま、ぽつりとつぶやいた。

「ぼくは……ただ、みんなと同じものが、欲しいだけなのに……」

 部屋の中は、急にしんと静かになった。

 ふと机の上を見ると、置きっぱなしの宿題プリントが、風にカサリと揺れていた。

 

 とぼとぼ、とぼとぼ。

 のび太は、ひとり道を歩いていた。

 ポケットに手を突っこんだまま、うつむきがちに。

 風も空も晴れているのに、心は雨雲みたいだった。

 さっきのケンカがまだ胸の奥でじくじくしていた。

 スマホもAIもない。

 ドラえもんもどこかに行っちゃった。

「……ぼくばっかり、なんでこんなに……」

 下を向いて、ぼそぼそとつぶやきながら歩いていると——

 ピタッ。

 のび太の足が止まった。

「……あっ」

 足元に、小さなアリが一匹、のそりのそりと歩いていた。

 まるで、こっちに気づかず、まっすぐな道を進んでいるようだった。

 もう少しで踏んでしまうところだった。

 のび太は、そっと足を引いた。

 しゃがみこんで、アリを見つめる。

「……君も、ひとりなんだね」

 アリはもちろん答えない。

 でも、のび太にはわかった気がした。

 小さな体で、誰にも気づかれず、黙々と前へ進む姿。

 なんだか自分とそっくりだった。

「どこ行くの? 仲間……いるの?」

 ぽつりぽつりと、のび太は話しかけた。

 そのとき——

「どけっ、のび太!」

 背中にガンッとぶつかる衝撃。

「うわっ!」

 バランスを崩して転びかけたのび太の横を、ジャイアンとスネ夫が笑いながら走り抜けていった。

「ったく、道の真ん中でぼーっとしてんなよな〜!」

「危ないったらありゃしない!」

 その瞬間だった。

 ぐしゃっ。

 あ。

 のび太の目の前で、ジャイアンの大きな足が、

 アリのいた場所を、何のためらいもなく踏みつけた。

「…………!」

 のび太は、目を見開いたまま立ちすくんだ。

 さっきまで生きてたアリは、もう動かない。

「なにすんだよっ!!」

 のび太は立ち上がって、ジャイアンに叫んだ。

「なんでアリを踏んだんだよっ!」

「は? アリ?」

 ジャイアンがきょとんとする。

「そんなもん、どこにいたんだよ」

「いま踏んだじゃないかっ! 見えてたよ!」

「見えるかそんなの! つーか、なんだよ、虫一匹で大げさに……」

 スネ夫も横から鼻で笑った。

「のび太ってさ、昔からそういうとこあるよね。落ち葉に『ごめんね』とか言ってるタイプ」

「ちょっとアリ踏んだくらいで騒いでたら、生活できねーよ。ハンバーグどうやって食うんだっての」

「バカだな、ほんと」

「まじでバカだな」

 のび太は、言葉が出なかった。

 ただ、小さくなったアリの亡骸をそっと拾い上げると、

 ポケットからハンカチを出して、それで包んだ。

「ごめんね……」

 声がふるえた。

 のび太は、それ以上何も言わず、二人に背を向けて歩き出した。

 後ろから笑い声が聞こえたけど、もう気にならなかった。

 

 そして、のび太が去ったあと。

「なあ、今の本気で怒ってたのか? アリで?」

 ジャイアンが苦笑いで振り返ったそのとき——

 ガサ……。

 電柱の陰から、ふいに現れた人物がいた。

 真紅のマントが、風にひらりと揺れる。

 裾はほつれてボロボロ。

 顔はフードの奥に隠れて見えない。

 ただ、胸に光る星のバッジだけが、キラリと光を放っていた。

 その影は、小さくて、でも存在感があった。

 背丈は子どものようで、でも動きがぬるりとして妙に滑らかだった。

 人間にしては……どこか、変だった。

 でもただ者じゃないことだけは、はっきりしていた。

 その人物が、静かに問いかけた。

「ここいらに——のび太って名の、『世界一心のやさしいガキ』を知らねえか」

「のび太ぁ?」

 スネ夫があきれた顔で言う。

「世界一バカでドジで、おっちょこちょいで、すぐ泣くのび太なら知ってるけど」

 謎の人物は無言のまま立っていた。

 しばらくして——

「さっき、あっちに行ったぞ」

 ジャイアンが気まぐれに、のび太の行った方向を指差した。

 謎の人物はうなずくと、ゆっくりとその方へ歩いていった。

 足音は軽く、でもなぜか、地面が静かに震えるような不思議な感覚を残していた。

「……なにあいつ」

 スネ夫がこそこそと耳打ちした。

「ヒーローごっこか?」

「まさか未来人だったりしてな」

 二人は笑ったけど、その笑いには、ほんの少しだけ——

 背筋に冷たいものが走ったような、そんな不安が混じっていた。

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