次の瞬間、ネズミたちが一斉に飛びかかった!
「ど、どうしよう! あれじゃ……!」
ドラえもんが悲鳴のような声を上げる。
のび太たちは慌てて駆け寄ったが、間に合わなかった。
どら焼きマンたちは、ペロリ——とネズミたちに食べ尽くされてしまったのだ。
「うわあぁ……どら焼きマン……!」
ドラえもんは草の上にひざをつき、その場で泣き崩れる。
あたりはしん……と静まり返り、どら焼きマンの影ももうどこにもない。
ふと見ると、ガードマンロボットの姿がない。
スパークが空をにらんでつぶやく。
「ガードマンロボットがいなくなって、あいつらが本性をあらわしたみたいだな……」
のび太は、食べられたどら焼きマンのいた場所をじっと見つめながら言った。
「守ってくれてるものがなくなると、弱い子はすぐやられちゃうんだね……」
ノアはその場に立ち尽くし、手をぎゅっと握りしめていた。顔はこわばり、何も言えず、ただただ、静かに空を見上げている。
ドラえもんは、地面に座り込んだまま、ぐすぐすと涙をぬぐった。
「どら焼きマンだけじゃない……ガードマンロボットまでいなくなって……どうして……」
スパークは空中をひとまわりしてから、ふと草むらの奥に目をとめる。
「ん……? なんだこれ……?」
みんなが近づいてみると、草むらの陰に、壊れたネジやバネ、部品がバラバラと散らばっていた。
のび太が心配そうにのぞき込む。
「誰か壊しちゃったのかな……」
そのとき、ノアはみんなから少し離れた場所で、うつむいたまま肩をふるわせていた。
じっと手を見つめ、震える唇を必死で噛みしめている。
ノアはおそるおそる一歩後ろへ下がり、顔をこわばらせて、小さな声でつぶやいた。
「……ごめんなさい……」
ドラえもんが、ふいにその声に気づいて振り返る。
「ノア……?」
ノアは大きな瞳に涙をためて、しゃくり上げながら声をしぼり出した。
「ぼくが……ぶつけて、こわしちゃったの……こわくて、かくしちゃった……」
声が震え、ほっぺたにぽろぽろ涙が伝う。
そのとき、ヨワリンがそっとノアのそばに寄り添い、小さな体でノアの袖にきゅっとしがみついた。
ドラえもんは、ノアの涙の告白に、最初はきょとんと目を丸くした。その顔が、だんだんこわばっていく。
「な、なにやってるんだよノア!」
ドラえもんの声は、震えていた。
「どら焼きマンは……ぼくの大事な友だちだったのに!」
ノアは、全身をちいさく丸めてうずくまり、しゃくり上げながら、何度も「ごめんなさい、ごめんなさい……」と泣き続ける。
ヨワリンがそっとノアにぴったりと寄り添い、静かに背中をなでていた。
あたりに、沈黙が落ちる。
やがて、ドラえもんは静かに大きく息を吐いて、ノアのそばに行き、そっと目線を合わせた。
「……ごめん。ぼくもつい、感情的になっちゃった」
声は、さっきよりずっと優しい。
「ノアも、きっと怖かったんだよね。ちゃんと謝ってくれて、ありがとう。次からは、一緒に考えようね」
ノアは涙目のまま、何度もこくんとうなずく。ヨワリンが心配そうにノアの腕にしがみつき、離れようとしない。
のび太がそっとノアの肩に手をのせた。
「ぼくもね、前に失敗したことを隠して、すごく怖かったことあるよ。でも、ちゃんと話せたノアは偉いと思う!」
スパークもくるりと宙を回りながら、苦笑いで言う。
「まぁ、箱庭の世界ってやつはさ、強いのも弱いのも、みんな同じルールの中で生きてるってことだぜ」
ドラえもんは、みんなの顔を順番に見渡して、やわらかく笑った。
「どんな生き物も、一人じゃ生きられない。みんなで助け合わないとね」
ノアはようやく、ほっとしたように小さく微笑み返した。
みんなの優しい輪の中で、少しだけ、心が軽くなった気がした。
ドラえもんは、どら焼きマンが最後にいた場所にそっと手を合わせた。
ノアもヨワリンも、そばに寄り添い、静かに手を重ねる。
スパークものび太も、その後ろで手を合わせ、しばらくみんなで静かに目を閉じた。
沈んだ空気の中に、小さな風だけが、そっと吹き抜けていく。
5人は切なさと、どこか温かな気持ちを胸に、しばらくその場に立ち尽くしていた——。
ふと、ノアが足元の草むらに何かを見つけた。
そっとしゃがみこみ、手を伸ばす。
「……あっ」
それは、あの時ガードマンロボットにぶつかったサッカーボールだった。
土と草で少し汚れていたけど、見覚えのある白と黒の模様。
ノアは、そっとサッカーボールを手に取ると、胸にギュッと抱きしめた。
ドラえもんがポツリとつぶやく。
「……どら焼きマン、もう一度だけでいいから、一緒におやつ食べたかったなあ……」
*
夕焼けが箱庭の空いっぱいに広がるころ、オレンジ色の光が草原や湖、森の上をやさしく包み込んでいた。
「今日はここまでにしよっか!」
ドラえもんがポケットにそっと手を当てて、みんなに声をかける。
しずかは、ふと足元の花を見つめながら、のび太にほほえみかけた。
「今日は本当にありがとう、のび太さん。私、モサモサンを助けてもらってうれしかったわ!」
ジャイアンも、ちょっとバツが悪そうに頭をかいてから、
「……のび太、ありがとな。今度はうちのバクゴンにも『分け合う』を教えてやるよ!」
と、のび太に拳を突き出す。
スネ夫は口をとがらせて、
「ふん、フワミルクを取り返したくらいで、いい気にならないでよね!」
とムッとした顔でそっぽを向く。
スパークはみんなの頭の上をクルクル飛びながら、
「明日はもっとスゴイことが起きるかもな! ちゃんと覚悟しとけよ~!」
と、イタズラっ子みたいな顔で手を振る。
みんなは笑い合いながら、「また明日ね!」と手を振り合い、夕焼け色の箱庭に、それぞれの姿が現実の世界へとゆっくりと消えていく。
——こうして、あたたかい友情と、ちょっぴり切ない思い出を胸に、のび太たちの一日は静かに幕を閉じるのだった。
*
夜。のび太の部屋には、月明かりがそっと差し込んでいる。
床の上に並んだ布団。そのひとつで、ノアが苦しそうに寝返りを打っていた。
「……うぅ……やめて……」
ノアの額には汗がにじみ、眉をしかめて苦しそうにしている。
隣ののび太は、眠そうに目をこすりながらも、その様子に顔を曇らせていた。
「また……ノア、うなされてる……」
のび太は、心配そうにノアの寝顔を見つめている。
——そのとき、押し入れのふすまがすうっと開いて、ドラえもんがひょっこり顔を出した。
「のび太くん、またノアくんが悪い夢を見てるの?」
「うん……この前と同じだよ。夜になると、決まってこんなふうになっちゃうんだ」
ドラえもんはノアの枕元にそっとやってきて、手をノアのおでこに当てる。
「熱はないけど……これは間違いなく『悪い夢』だね」
のび太はうなずきながら、ふと不安そうにドラえもんを見上げる。
「もしかして、何か怖いことがノアの中で起きてるのかな……?」
「……うん。たぶん、普通の夢じゃない気がする。よし、こういうときは——」
ドラえもんは、そっと四次元ポケットに手を入れた。
しばらくゴソゴソと探っていると——不思議な青緑色のはしごを取り出す。
「ふふん、今日はこれを使うよ!」
ドラえもんは小さなはしごをのび太の前に見せながら、得意げに説明した。
「『夢はしご』って言ってね、これをノアの上に立てかければ、そのままノアの夢の世界に入り込めるんだ!」
のび太は目を丸くしながら、ドラえもんの手元をじっと見つめた——。
ドラえもんがそっとノアの体の上に夢はしごを立てると、布団の上にふわりと光の穴が現れる。
そのの向こうには、ぼんやりと不思議な夢の世界がのぞいていた。
「いくよ、のび太くん!」
二人はそっと、夢はしごの一段目を踏みしめる——
シュワッと光に包まれ、のび太とドラえもんはノアの『夢の世界』へ、そっと足を踏み入れた。
夜明け前のように暗い、荒れ果てた荒野。どこまでも続く黒い大地の上には、ロボットたちの壊れた体が山のように積み重なり、あちこちから火花がパチパチと飛び、煙が立ちのぼっている。
ガランと静まりかえった戦場の中央——
二体の大柄なロボットが、ボロボロの姿で向かい合っていた。
ひとりは、機械の翼と鋭いツメ、そして胸の「赤いハート型モジュール」がわずかに輝いている。
もうひとりは、黒い鎧をまとい、片目に傷を負った騎士のようなロボット。その胸には「黒いハート型モジュール」が脈打っている。
二体とも、体じゅうヒビだらけ。
今にも崩れそうなほど傷つき、オイルが地面にしたたり落ちている。
「生き残るために……戦い続けるしかない……」
赤いハートのロボットが、機械の声でうめくように言った。
「共存など、もはや幻想だ……」
黒い騎士ロボットが、かすれた声で返す。
ふたりの胸のハート型モジュールが、弱々しく明滅しながら、残った力を振り絞って最後の一撃を放つ——
ガシャン! 火花とともに、二体が取っ組み合う。
どちらが勝っても、そこに待つのは虚しさだけ。
そんな絶望の空気が、戦場を支配していた。
二体のロボットがついに力尽き、ガクンと膝をつき、倒れかけた——
——その様子を、のび太とドラえもんは離れた場所から息をひそめて見つめていた。
「ドラえもん……ここ、どこ……?」
のび太が小さくつぶやく。
けれど、次の瞬間。
周囲の倒れていたロボットたちが、ギギギ……と動き出し、赤い目で二人をにらみつけた。
「敵影発見。ターゲット、排除対象」
真っ赤な目を光らせたロボットたちが、ガシャンガシャンと重い足音を響かせながら、のび太とドラえもんを猛スピードで追いかけてくる!
「ドラえもん、どうしよう! 追いつかれちゃう!」
「待って、のび太くん……あそこ、見て!」
ふたりが必死に駆け出すその先——
荒野の彼方に、ぼんやりと虹色に揺れる「光の穴」が浮かび上がっていた。
どこか現実離れした、ふしぎな輝きを放つ夢の出口だ。
「急げ、のび太くん! あそこが出口だ!」
倒れたロボットの腕や煙を上げるガラクタの山をよけて、全速力で駆け抜ける。
後ろからは、金属の手がガシャガシャと伸びてきて、もう服のすそをつかまれそう!
「夢はしご! 早く、ドラえもん!」
ドラえもんがポケットから例の「夢はしご」をバッと取り出し、
走りながら光の出口に立てかけた。
ふたりは夢中で『夢の出口』に飛び込んだ——!
——が、気がつくと二人の足元は、ぽかぽかと暖かいタイル。
「えっ……ここ、どこ?」
次の瞬間。
「きゃああああーーーーっ!!」
白い湯気の中、のび太たちの目の前には、顔を真っ赤にして驚くしずかが!
そう、今度はしずかのお風呂の夢の真っ只中にワープしてしまったのだった。
「のび太さんのエッチ!!!!」
おけが飛んでくる。
「ご、ごめんなさいーー!!」
のび太もドラえもんも、慌てて後ろ向きになって、頭を下げる。
すると夢の世界はバリバリッとノイズのように崩れ、ふたりは、現実ののび太の部屋の布団の上に、ごろん!と戻っていた。
……しずかは、自分の布団の上で「変な夢だったわ……」と、顔を赤くしながら目を覚ます。
のび太とドラえもんは汗びっしょりで目を合わせ、
「い、今のは一体なんだったんだろう……」
とつぶやく。
すぐ隣では、ノアが静かに寝息を立てている。
ふたりはノアの寝顔を見つめながら、胸の奥に小さな不安を残して、朝を迎えるのだった——。