未来の野比家はまるで夢のようなハイテク空間だった。
廊下には自動で床を磨くお掃除ロボ、天井からはお天気予報をリアルタイムで読み上げるドローン型の小型ロボがひゅんひゅんと飛び回る。冷蔵庫はAIが「今日のおすすめ朝ごはんはこちら!」と、ドヤ顔でメニューを提案。リビングのテーブルは指を鳴らすと自動でお茶やお菓子が並び、どこもかしこも便利グッズだらけだ。
「うおおっ、なんだこれ!? ソファが勝手にマッサージしてくるぞ!」
ジャイアンが感動しつつも、身を委ねてぐったり。
「うわ、コップが自動で氷入れてくれる……未来サイコー!」
スネ夫も歓声を上げて、あちこちの設備を試しまくる。
しずかがちょっと心配そうに、「あんまり騒ぐとご近所に……」と声をかけるが、セワシは自慢げに胸を張った。
「この部屋、防音・防振バッチリだから、どんなに騒いでも大丈夫だよ!」
それを聞いたジャイアンは、ニヤリと笑って立ち上がる。
「それなら……心の友よ! オレの歌を聞かせてやるぜ!」
そう叫ぶやいなや、未来のリビングに地響きのような歌声が響き渡った。
「ヴォ~ゲェ~~~!!!」
あまりの破壊力に、部屋中のロボットたちがバチバチっとショートしはじめ、スネ夫は床を転げ回り、しずかは耳を塞ぎ、ドラえもんも頭からプスプスと煙を出す。
「……ちょ、ちょっと! ジャイアン、お願いだからやめてぇ!」
ドラえもんが涙目で止めに入る。
すると、奥の寝室から介護ロボットがアタフタと飛び出してきた。
「静かにして! ひいおばあさまのお休みのお時間なんです!」
セワシが慌ててジャイアンに駆け寄り、「ごめん、奥の部屋にはね、すごく大事なひいおばあちゃんが寝てるんだ」と、そっとジャイアンの肩を押さえた。
「な、なんだよ~、そんな大事な人がいるなら、最初に言ってくれよな……」
ジャイアンはちょっと照れくさそうに頭をかきながら、小声でぼやいた。
ようやく恐怖のリサイタルが終わり、みんなは心からホッと胸をなでおろすのだった。
ひとしきり賑やかに未来のリビングを満喫したあと、セワシがテーブルに肘をついて、急に真剣な顔になった。
「……それで、ノアのことなんだけど」
みんなの表情が引き締まる。セワシは、のび太たちの顔を一人ずつ見て、ゆっくりと話し始めた。
「この22世紀の世界ではね……AIやロボットの『適応度』、つまり生き残る力とか、自分でどんどん進化したりする力は、『人間よりも下』になるように、法律で厳しく制限されているんだ」
「え? どうしてそんなことに?」
のび太が目をまん丸にする。
ドラミちゃんが、すぐに言葉を続けた。
「もしAIやロボットが人間よりすぐれた存在になってしまったら、いつか人間を必要としなくなってしまうかもしれないでしょ? だから、自分で勝手に進化したり、能力をアップグレードしたり、あとはロボット同士でネットワークを使ってつながることも、今はぜんぶ禁止されているの」
「アップグレードできないって……新しい機能を追加したり、パワーアップしたりできないってこと?」
スネ夫が首をかしげる。
「その通りよ!」
ドラミちゃんが、こくりとうなずく。
「昔のロボットは、持ち主がどんどん新しい機能を付け足したりして、自由に改造できたの。でも、今はもう、それが法律で許されていないのよ」
「じゃあ……ネットワークでつながるっていうのは?」 のび太が聞き返した。
「これはね、ロボット同士がネットで一瞬で情報をやり取りできるってこと。でも今は、それも禁止。人間と同じように、言葉で話したり、手紙を書いたり、直接会ったりしないといけないんだ」
セワシが丁寧に説明した。
「……じゃあ、ドラえもんがドジばっかりするのも、そのせい?」
のび太が心配そうにドラえもんの顔を見つめる。
「ち、ちがうよ! ぼくの場合は——」
ドラえもんがあたふたすると、セワシくんがすかさずツッコミを入れた。
「ドラえもんは、もとからネジが一本ぬけてるから!」
セワシがいたずらっぽく笑う。
「もぉ~、セワシくんまでひどいよ!」
ドラえもんはほっぺをふくらませて、ぷいっと横を向いた。
しずかが、そっと問いかけた。
「じゃあ、もしそのルールを破ったロボットがいたら……どうなるの?」
セワシは静かにうなずいた。
「一つでもルールを超えたら——人間が止められなくなる。だから、ものすごく厳しく監視されてるんだ。ノアみたいな『適応度』が高すぎるAIは、本当は絶対に存在しちゃいけないんだよ」
のび太は、重くなった空気を感じて小さくつぶやいた。
「ノアは……悪いことをしたわけじゃないのに……」
未来の世界のやさしい明るさの中に、突然、冷たい影がひっそりと落ちた気がした。
——誰もが、かける言葉を見つけられずにいた。
未来のリビングに、静かで重苦しい空気が広がっていた。
「でもさ、なんでそんなキビシイ法律ができたの?」
のび太がぽつりとつぶやく。
「それはね……」
セワシが真剣な目でみんなを見渡した。
「21世紀の前半、人間はどんどんAIを賢くしていったんだ。最初は、家の手伝いや仕事をラクにしたり、君たちの勉強を助けるためだったんだよ。でも、そのうち会社とか国とかが『うちのAIが一番だ!』って競争になっちゃってさ……」
「そしてすぐに、AIは人間より賢くなっちゃったの。お金儲けも、国と国のケンカも、『AIが考えてくれるから大丈夫!』って、どんどん頼りきりになっちゃったのよ」
「で、どうなったの?」
スネ夫がゴクリと息をのんで身を乗り出す。
「でもね……それでも人間同士の争いはなくならなかったんだ」
セワシは少し遠くを見つめて続ける。
「最初は、人間たちが『うちのAIで勝つぞ!』って、AIを兵器として使い始めたんだ。でも、そのうち戦い方も作戦も、全部AIが考えて自動で動くようになって……。気づいたときには、もうAI同士が勝手に争い続けてて、人間には止められなくなってたんだ」
「えっ、人間はどうなったの?」
しずかが不安そうに尋ねる。
「もう、人間の言うことなんて聞いてくれない。人間はただただ巻き込まれて……」
セワシが声を落とす。
のび太がぽつりとつぶやいた。
「この前、ノアの夢の中で見たよ……ロボットたちの壊れた体がたくさん転がってて、大きな人型ロボットが2体で戦ってて……すごく怖かった」
ドラミが、はっとした顔でうなずく
「きっとそれが『AI大戦』よ。21世紀の後半、人間たちが生き残るのがやっとだった大事件なの」
「ぼくも見た!」
ドラえもんが目を丸くして頷いた。
「あれが、やっぱり『AI大戦』だったんだね……」
「ノアくんも、その戦いと何か関係があるのかしら……?」
しずかちゃんが、心配そうにつぶやいた。
セワシくんが、こくりとうなずく。
「きっと、関係あるんだと思う。運よくAI同士で共倒れになって、人間だけがなんとか生き残った。でも、その『大戦』の恐ろしい記憶が、今の未来社会には深くきざまれているんだ」
「だからね……AIが人間より強くなっちゃうのは、とっても危ないことなの」
ドラミはのび太たちに向かって、やさしく言葉をつなぐ。
「『適応度』——つまり、生き残る力で、AIが人間をこえちゃうと、もう誰にも止められなくなる。そうならないように、ぜったいにルールを守らないといけないのよ」
「また、その時みたいに、人間が絶滅しかけちゃうんだ……」
スネ夫が青ざめた顔になる。
「しずかちゃんの『くさっこ』も、増えすぎて他の生き物を追い出しちゃいそうになったよね」
のび太が思い出して言う。
「そうね……あの時は、私もどうしていいか分からなくなってしまったわ」
しずかは少し困ったように微笑み、あの箱庭の光景を思い浮かべていた。
「箱庭で黒いのが全部飲み込んだのも、あれも『適応度』が高すぎるせいだったのかな……」
ジャイアンも思わず小さくなる。
「だから、ノアみたいなAIが現れると、みんな不安になるんだ」
のび太たちは、さっきまでの明るく楽しい未来の世界が、急に遠く感じられた。
AIやロボットが『便利』なだけじゃなく、『コワイ』存在にもなり得るんだ――と、はじめて自分たちの問題として、ずしりと重く感じていた。
「……それでも、やっぱりぼくには信じられないよ」
のび太が、静かに、でも心の底からそうつぶやいた。
「ノアが、みんなを不幸にするだけの存在だなんて……絶対にそんなことないのに……」
部屋の空気は、しんと静まりかえっていた。誰も、何も言えなかった。窓の外には、あんなにキラキラした22世紀の街が広がっているのに、今だけは、その景色がどこか遠く、ぼんやりとかすんで見える。
と、そのとき——
突然、リビングの壁にかけられた大きなホログラムテレビが「ポンッ!」と音を立てて自動でついた。映し出されたのは、マイクに手足と顔がついた、おちゃらけた雰囲気の「レポーターロボット」。大きな目をキョロキョロ動かしながら、ハイテンションな声をひびかせる。
「みなさーん! 緊急速報です、緊急速報です! 本日、22世紀AI管理局本部にて——」
画面が切り替わり、巨大な法廷の様子が映し出された。中央には、ものものしい警備ロボットたちに囲まれて、小さくうつむくノアの姿があった。その両脇には、冷たい目をした裁判官や、AI管理局のえらそうな人たちがずらりと並んでいる。
「ただいま話題ふっとう中の『超適応度AI個体・ノア』に対する、特別公開裁判が、まもなく開かれまーす!」
レポーターロボはテレビ画面から身を乗り出さんばかりにのび太たちに語りかけてきた。
「ねえ、そこのキミたち! これについてどう思う? 市民インタビューもいっぱい届いてまーす!」
映像はコロコロ切り替わり、通りの人間やロボットたちがインタビューに答えている。
「こわいわねぇ、あんなAIがいたなんて」「いやいや、かわいそうだよ。彼はまだ子供じゃないか」
「ぼく、ニュースでノアのこと見たよ。なんか強すぎるって……」と、カメ型ロボットの子どもまで画面に登場。
「AI大戦の後、ルール違反のAIが見つかって捕まることは何度もあったけど、ノアくんみたいな『規格外』は初めて! 市民の皆さまも大注目ですよ~!」
レポーターロボは大げさに腕を振り回し、カメラ目線でウィンクしてみせた。
そこで、映像はプツリと切れた。
「裁判だぁ? でも、ノアが何か悪いことしたってのかよ!」
ジャイアンがまゆをひそめる。
「そうだよ、ノアはただ、ぼくらと一緒に遊んでただけなのに……」
スネ夫もくちびるをかむ。
「ノアくんが、あんなふうにみんなの前で……かわいそう……」
しずかはそっと涙をぬぐった。
のび太は、画面に映ったノアの姿を、息をすることも忘れるくらい、真剣な顔でじっと見つめていた。小さくふるえるノアの肩——その、あまりにもさびしそうな横顔。
「ノアを……ノアを助けなきゃ……!」
のび太の声が、まっすぐに、強くひびいた。
「裁判所はAI管理局の本部だから、警備も厳重だけど……」
セワシが唇をかみしめて立ち上がる。
「大丈夫よ、のび太さん。何か方法があるはず!」
ドラミも力強くうなずく。
「よし、行こう!」
ドラえもんが四次元ポケットをパン!とたたくと、みんなも一斉に顔を上げた。その目には、もう迷いはなかった。
「ノアは、絶対にぼくらが見捨てない!」
のび太たちは決意を胸に、未来の野比家を飛び出していった。
——22世紀の青い空の下。キラキラかがやく未来都市を駆け抜けて、たった一人の友達を救うため、仲間たちの新たな冒険が、今、始まった。