未来の巨大な裁判所は、まるでクリスタルでできた宮殿のようだった。透き通った壁と、なめらかな曲線を描く金属のフレームでできていて、その中を光のラインが幾重にも走り、頭上をチューブ型のエレベーターが音もなく上下している。人間もロボットも入り混じった色とりどりの傍聴席は、すでに満席だった。
中央の審判台には、人間の裁判長と、その両脇に人間とロボットの裁判官がずらりと並んでいる。誰もが氷のように冷たい目つきで法服に身をつつみ、その横では記録係の鳥型ロボットや、証拠データを映し出すためのホログラム操作ロボが静かに出番を待っていた。
ノアは、透明なガラスのような壁に囲まれた、ステージの中央にぽつんと立たされていた。心細そうに小さなこぶしをにぎりしめ、会場中の視線を一身に集めている。すぐそばには、ノアを箱庭で捕らえたハヤト大佐とソノクも、弁護人として静かにひかえていた。
傍聴席のすみっこに、こっそりと入りこんだのび太たち。みんな身をちぢこませ、固唾をのんでノアを見守っている。
「……なんだか、息がつまっちゃうよ……」
スネ夫が小声でつぶやく。
「シーッ、始まるわよ!」
しずかが、祈るように胸の前で手を組んだ。
開廷の合図が鳴ると、中央の席に座る人間の裁判長が、威厳のある声で宣言した。
「これより、特別公開裁判を開始する。被告、AI個体『ノア』——きみの存在が、この未来社会におよぼす影響について、審理を行う」
その両脇には、無表情なロボット裁判官たちがじっとノアを見つめていた。
すると、検察側の、人間の検察官——背筋をぴんと伸ばした女性が席を立ち、手元の端末を静かに操作した。
「証拠申請します。証拠番号A-1、タイムテレビ映像『ノアが存在し続けた場合の未来』。再生の許可をお願いします」
「よろしい。再生を」
その瞬間、法廷の巨大な『タイムテレビ』のスクリーンが静かに光を放ち始めた。これは過去や未来に起こる出来事をそのまま映し出すことができる装置。未来の法廷では、この装置が映す映像は『絶対に起こる未来』として、何よりも重い証拠として扱われるのだ。
そこに映し出されたのは、キラキラとかがやく未来の街——。しかし次の瞬間、空に黒い雲のような『機械の巨大な群れ』が現れる。それはまたたく間に世界中をおおい尽くし、緑の森も、美しい街も、青い空も、すべてが黒い機械に飲みこまれていく。逃げまどう人々、次々と倒れるロボットたち。やがて画面は、いのちの気配が完全に消えた、灰色のがれきの荒野に変わってしまった。
「うわっ……」「ひどい……!」
傍聴席のあちこちから、悲鳴やどよめきが上がった。
「まさか、本当に……」「あの子がこんなことを!?」
「危険なAIを野放しにしたら、こうなるってことか!」「やっぱり破壊すべきよ!」
ノアは必死に首を振った。
「ちがう! ぼくはそんなこと、絶対にしない!」
両手を握りしめて、涙声で叫ぶ。
「ぼくは……ただ、友達と一緒にいたいだけなんだ! みんなと遊んで、笑って、幸せに暮らしたいだけなのに……!」
しかし、ロボットの裁判官が静かに、だが鋭い口調で問いかける。
「だが、きみの『適応度』は人間や他のロボットをはるかに上回っている。このまま放置すれば、人類も社会もほろびる危険がある——この映像が、その動かぬ証拠だ」
傍聴席で見ていたのび太も「そ、そんな……」と小さくふるえながら、ノアに向かって思わず身を乗り出す。
「ノアくん……かわいそう……」
しずかの目にも、みるみる涙がうかぶ。
ジャイアンも、めずらしく言葉もなく、巨大なこぶしをにぎりしめていた。スネ夫は顔を真っ青にして、くちびるをかみしめている。
「何も悪いことしてないのに、どうして……!」
ドラえもんが、胸の前で手をぎゅっとにぎった。
傍聴席の後ろからは、さらにヤジや議論が巻き起こる。
「感情で判断しちゃいけない!」「危険なAIは破壊すべきだ!」
ノアはうつむき、ぽろぽろと涙をこぼしながらも、懸命に声をふりしぼる。
「ぼくは……みんなをほろぼしたりなんて、絶対にしたくないよ……!」
——緊張と混乱、そして、どうにもならない孤独の重さが、ノアの小さな背中を覆っていた。
のび太たちも息を呑み、ただただ、ノアの無事を祈ることしかできなかった。
法廷に緊張が走る中、ハヤト大佐が一歩前に出た。
「お待ちください!」
大佐は冷静な声で裁判官たちを見わたす。
「ノアにそこまでの罪はありません。たしかに危険な力ですが、適切に管理すれば、きっと未来社会のために役立つはずです。どうか、早まった判断はなさらないでいただきたい!」
傍聴席で見守るのび太たちは、大佐がノアの味方をしてくれたのかと、一瞬だけ希望の光を感じる。しかし——ノアの顔には、苦しみととまどいの色が、いっそう濃くうかんでいた。
フィールドの中で、ノアは拳を強く握りしめ、震える声で呟く。
「ぼくは……ぼくはみんなと生きたいだけなのに……!」
その瞬間、ノアの心の不安が限界をこえた。
バチバチッ!
突然、ノアを囲んでいた警備ロボットたちが一斉に青い火花を散らし、システムエラーを起こす。裁判所のモニターというモニターが砂嵐のように乱れ、「ムザイ! ムザイ!」と叫び出すロボットまで現れて、会場は大混乱におちいった。
「な、なんだこのノイズは……!?」
「裁判システムが乗っ取られてるぞ!」
傍聴席にいたドラえもんも、突然ピクリと動きが止まり、目をぐるぐる回してフリーズしかける。
「うぅ……ぼ、ぼくの回路が……ム、ムザイ……! ムザイ、ムザイィ……ヘルプミー……!」
すかさず、うしろからジャイアンがゴツン!とドラえもんの頭にゲンコツを落とした。
「しっかりしろ、ドラえもん! 今ふざけてる場合じゃねーぞ!」
「ふがっ! ありがと、ジャイアン……ちょっと目が覚めた……」
ドラえもんが我に返ったのとほぼ同時に、場内のロボットたちも一斉にハッとしたように正気を取り戻し、あたりに静けさが戻った。
混乱の中、裁判長が叫ぶ。
「静粛に! このAIの『力の源』を、ただちに解析せよ——!」
分析官たちが、空中に浮かぶ透明なパネルをものすごい速さで操作し、ノアの頭上に無数のデータや設計図を立体的に映し出して、解析を始めた。
やがて、ひとりの分析官が、ふるえる声で報告する。
「被告ノアの中核部には……AI大戦で使われた、伝説の『ハート型モジュール』が使われています! これ以上の解析は不可能ですが……きわめて危険な存在かと!」
その言葉に、場内はさらに大きくどよめいた。
「そんな……! 伝説のモジュールが……?」
「やはり、人類の敵だ!」
裁判長は、氷のように冷たい声で言いわたした。
「これ以上は、人類にとって危険すぎる。被告ノアは、ただちに破壊処分とする」
その言葉に、ノアの瞳が大きくゆれる。
「いやだ……消えたくない……!」
のび太たちは絶望のあまり声も出せず、未来社会の冷たさと、ただ見ていることしかできない自分たちの無力さに、胸を締めつけられていた。
傍聴席のしずかがハンカチで涙を押さえ、スネ夫は拳を震わせている。ジャイアンも、今はただ静かに唇を噛みしめてノアを見つめていた。
その時——
場内のシステムは、さっきのノアの力の暴走から、まだ完全には復旧していなかった。
パチッ……!
突然、ノアを囲んでいた透明なガラスの壁が、火花を散らして消えた。その、ほんのわずかなチャンスを、のび太は見のがさなかった。
「今だ!」
のび太は叫ぶと、ポケットからタケコプターを取り出し、頭につける。
「ノアは……ぼくの友達なんだ!」
誰も止める間もなく、のび太は傍聴席から飛び立った。
「おい、のび太! 無茶だぞ!」 ジャイアンの声がひびく。
のび太はステージにいるノアのもとへ、空中を一直線に飛んでいく。
「ノア、大丈夫⁉」
「のび太……!」
「絶対にきみをひとりにしない! ぼくが守るから!」
のび太はノアをぎゅっと抱きしめると、「しっかりつかまって!」と叫んだ。
バチチチッ!
二人が飛び上がった瞬間、すぐ足元でガラスの壁がもとどおりに現れた。あと一秒遅かったら、閉じ込められていたかもしれない。
のび太はノアを抱えたまま、傍聴席まで全速力で戻る。
「おい、よくやったぞ、のび太!」
ジャイアンが思わず拳を突き上げ、スネ夫も「ヒーローだよ、のび太!」と感動のまなざし。
そこへ、ドラえもんがすかさず四次元ポケットから秘密道具を次々に取り出した。
「みんな、これを使って! 『空気砲』! 『ショックガン』! 『煙幕ボール』もあるよ!」
「おうっ、やっと出番だな!」
ジャイアンは空気砲を構え、スネ夫はショックガンを手にドキドキ。しずかも涙をぬぐい、「ノアくんを絶対に助けるわ!」と気合い十分。
「行くぞ、みんな——ノアを絶対にここから連れ出すんだ!」
ノアの手を引くのび太を先頭に、みんなは必死に出口へと駆け出した。
「道を開けろーっ!」
ジャイアンが空気砲をドカン!と撃てば、スネ夫のショックガンがピカッと光り、警備ロボットの動きを止める。しずかが煙幕ボールを投げ、「こっちよ!」とみんなを導く。
「早く、早く!」
のび太が叫びながら出口を飛び出すと——。
人混みの中、目深にフードをかぶった二人組が手を振っていた。赤いリボンをちらりとのぞかせる小さなロボットと、サングラスにマスク姿の少年——ドラミとセワシだ!
「こっちだよ!急いで!」
セワシが未来カーの扉を開け、ドラミも「早く乗って!」と急かす。
のび太たちはバタバタと車内に飛び込み、未来カーは滑るようにチューブ道路の中を加速していく。
車内では、みんながゼーゼーと息を切らしながらも、のび太はノアの手をぎゅっと握りしめていた。
ノアは小さく震えていたけれど、のび太の手の温もりがしっかりと伝わっていた。頬にはまだ涙の跡が残り、うつむいたまま息を整えようとしていたノアを、みんなが優しく見守る。
「ノアくん、もう大丈夫よ」
そっと手を添えるしずか。ノアが顔を上げると、しずかは安心したように微笑み、ノアの髪を優しく撫でた。
「よかったぜ、ノア……! 本当に無事でよかった!」
ジャイアンは目を赤くしながらも、ぐっとこぶしを握りしめて大きくうなずく。
「もう……もう二度と会えないかと思ったんだぞ!」
スネ夫も、こっそり涙をぬぐいながら、ノアの肩にそっと手を置いた。
すると、ドラえもんが四次元ポケットをごそごそと探り、見覚えのあるサッカーボールを取り出した。
「ほら、ノアくん。ずっと大事にしてたボール、ちゃんと持ってきたよ」
そう言ってボールを差し出すと、ノアは思わず目を見開き、両手でそっとボールを受け取った。
「……ありがとう、ドラえもん」
ノアは、ボールを胸にぎゅっと抱きしめ、はじめて少しだけ明るい笑顔を見せる。
そして、のび太はノアの横で、真っ直ぐな目で微笑みかけた。
「またこうして一緒にいられて、本当に……よかったよ。ノアが戻ってきてくれて、すごくうれしいんだ」
ノアはみんなの顔を順番に見て、ボールを抱きしめたまま、ぽつりとつぶやいた。
「……みんな、ごめんね。でも、ありがとう……」
顔を隠したセワシが、バックミラー越しにのび太たちへ小さくうなずき、助手席のドラミもフードから顔を出して、「もう少しで家に着くから、安心してね」と優しく声をかける。
未来都市の夜景を背に、車内には小さな温もりと、ほんのり涙のにじむ静かな喜びが広がっていた。
一方その頃、裁判所のホールには、まだざわめきが残っていた。
その片隅——
ハヤト大佐とソノクが、静かに人目を避けて言葉を交わしている。
「……まさか、ノアが『伝説のハート型モジュール』を持っていたとはな」
ハヤト大佐は鋭い目で遠ざかる警備隊を見送り、悔しげに唇を噛んだ。
「逃したのは痛手ですが、大佐。あの力は、あなたの野望を叶えるために必要不可欠……。必ずまた捕まえてみせましょう。私はどこまでもあなたのお役に立ちます」
ソノクの目が、静かに、しかしどこか冷たく光った。