押さえつけられたのび太は、がくりとひざをつき、顔をくしゃくしゃにしてうつむく。
「また……また、ノアを助けられなかった……」
その背中を、しずかも、ジャイアンも、スネ夫も——声も出せず、ただ見つめていた。
その時だった。
橋のらんかんの上——、頭からつま先まで真紅のマントに身を包んだ三つの影が、ふわりと宙を舞って降り立った。朝日の逆光の中、三つのシルエットが静かに立ち並ぶ。その存在感に、警官もロボットも一瞬動きを止めた。
「まさか、君たちは……!」
ドラえもんが息をのむ。のび太たちもぼうぜんと振り返った。
「え? 誰? ドラえもん知ってるの?」
三人は、バサッと同時にマントを脱ぎ捨てた。そこに現れたのは——ドラえもんにそっくりなのに、どこか違う、ふしぎなネコ型ロボットたちだった。
一人はテンガロンハット——いわゆるカウボーイハットを深くかぶり、マントの下から空気砲を構える。その隣、あざやかなカンフー着に身を包み、ヌンチャクをひらりと操るネコ型ロボット。そして三人目は、ターバンを巻いたアラビアンスタイルで、するどい目で敵をにらみつけていた。
「誰だ!」「止まれ!」
警備ロボや兵士たちが叫ぶが、三人はおかまいなしに堂々と前に進み出る。
カウボーイハットのネコ型ロボットが、ピッと空気砲を掲げ、キラリと目を細めた。
「荒野じゃ、これが流儀だぜ——ドカン!」
パシューンッ!
巨大な空気砲の風圧が兵士たちをまとめて吹き飛ばし、ロボット警官も橋の向こうまでコロコロと転がっていく。
「アチョーッ!」
カンフー着のネコ型ロボットが高速で飛び込み、両手のヌンチャクが電光石火で敵をなぎ倒していく。橋の上をあざやかな軌跡が走り、兵士ロボは次々と床に転がされる。
「怒ったであ~る!」
三人目のアラビアン姿のネコ型ロボットが大きく息を吸いこむと、その体はみるみるうちにふくらんで巨大化! 巨体で敵をまとめてわしづかみにすると、そのまま橋の下へとポイッと投げ捨てた。
「あばよ、であ~る!」
「な、なんだあいつらは——!」
「橋を封鎖しろ、絶対に逃がすな!」
「まさか……あれ、指名手配中のネコ型ロボットたちじゃないか!?」
圧倒的なパワーと技の前に、兵士もロボも一瞬で蹴散らされた。
「今だ、のび太くん!」
ドラえもんが叫び、のび太はすぐにノアのもとへ駆け寄る。ノアも腕を伸ばし、二人は強く抱きしめ合った。
「ノア!」「のびた!」
しずか、ジャイアン、スネ夫もすぐに駆け寄り、仲間たちは再び無事に一つになった。
朝焼けの中、ヒーローたち——、三人のネコ型ロボットが、静かにのび太たちの前に立ちはだかり、頼もしく守るように背中を向ける。
のび太がドキドキしながら、「君たちは……一体、誰?」とたずねると、カウボーイハットのネコ型ロボットが、自信たっぷりに笑ってハットのつばを指でくいっと持ち上げた。
「遅くなって悪かったな。オレたちは『ドラえもんズ』——その中のひとり、ドラ・ザ・キッドだ」
隣のカンフー着のロボットもヌンチャクをくるくると回しながら、静かに一礼した。「わたしは王ドラ(わんどら)。ここからは我々がサポートいたします」
アラビアン服のネコ型ロボットも、にこやかに元の大きさに戻ってドラえもんの前へ。「心配したであ~るぞ、ドラえもん。ドラメッド三世とはワガハイのこと!」
のび太たちは目をまるくして、「ドラえもんズ……!?」とつぶやいた。
だがその直後、橋の向こうから新たなサイレンと共に、さらに多くの兵士ロボや警備車両が雪崩れ込んできた。
「くそっ、これじゃ、らちがあかないぜ」とキッドが低くつぶやき、口笛をキュッと鳴らす。
すると、朝焼けの空を切り裂くように、大きな羽音——
なんと人が乗れるほどのトンボ型、チョウ型、ハチ型のロボット昆虫たちが、橋の上に次々と舞い降りてきた!
「さあ、みんな乗れ! ちょっと定員オーバーだが、いけるはずだ!」とキッドが叫ぶ。
「うわあ、すごい!」「ぎゅうぎゅうだけど……夢みたい!」「落ちないでよ~~!
のび太たちは大あわてでしがみつき、ドラえもんもノアもドキドキしながらロボ昆虫にまたがる。
「いくぜ、野郎ども! 発進だ!」
ロボット昆虫たちが一斉に羽ばたくと、強い風が橋の上を吹き抜ける。のび太たちを乗せた一行は、サーチライトとサイレンを背に、朝焼けの森の中へと、勇ましく舞い上がった——。
*
巨大なロボット昆虫の羽音が静かに遠ざかると、のび太たちはドラえもんズに導かれ、今はもう使われていない廃工場の地下へと続く、迷路のような裏道をどんどん進んでいった。薄暗い通路をぬけ、重い鉄の扉を通り抜けると——。
突然、ふわりと空気が変わった。
そこは、まるで忘れられたおもちゃ箱をひっくり返したような、ふしぎな場所だった。崩れた天井のすき間からはやわらかい光が差しこみ、壁や機械のすき間からはツタや草花が顔をのぞかせている。広い空間には、使い古された機械やパーツが山積みになっているが、その間には手作りのテーブルや椅子、色とりどりの旗がかざられ、どこか温かい秘密基地のような雰囲気がただよっていた。
「え……ここ、本当に地下なの?」
のび太が目をまるくして声をあげる。
「森みたい……」
しずかも、思わず息をのむ。
よく見ると、古びたお掃除ロボットがのんびりと床を磨き、少しさびついたペット型ロボットが、足もとでボールを追いかけている。昔の学習用ロボットは、子どもに絵本を読んであげるように、すみっこで静かに物語を再生していた。
「すごい……みんなロボットばっかりだ!」
スネ夫がきょろきょろと見回すと、近くにいたペットロボが、ちょこんと頭を下げてあいさつしてくる。
「この工場で出た部品や廃材を使って、みんなで助け合って暮らしているのですよ」
王ドラが両手を広げて、誇らしげに語る。
「ここはな——進化もアップグレードも禁止されて、『用済みだ』って捨てられたオレたちみてえなロボットの、『隠れ家』であり、『最後のふるさと』なのさ」
キッドがカウボーイハットを傾けて、ちょっぴり寂しそうに笑った。
旧式のロボットたちは、お互いにそっとネジを締め直したり、足りないパーツをゆずり合ったりしながら、静かに、でも確かに助け合って暮らしている。人間の子どもと遊んだ記憶を、今でも大切そうに話す者もいた——。
「むかし、ある女の子が、わたしにこのリボンを結んでくれたのよ」
「少年とキャッチボールをした日のことが、わしのいちばんの宝物なんだ」
しずかは、ふとやさしい目でロボットたちを見つめる。
「みんな、とても優しそう……。でも、だからこそ、なんだか少し……切ないわ……」
その言葉に、地下のアジトの空気が、ほんのりと温かく、けれどどうしようもなく切なくゆれた。
アジトの奥にある広場に、崩れた天井のすき間から朝の光が斜めに差しこんでいた。のび太たちの前には、それぞれ違った色や服装の、個性豊かなネコ型ロボットたちが、思い思いのポーズでずらりと並んでいる。
「よぉっ、やっと全員そろったな!これでドラえもんズ、勢ぞろいだ!」
キッドが胸を張ると、みんながそれぞれ自己紹介を始めた。
「コイツがドラニコフだ。シベリア育ちのネコ型ロボットで、寒さにはめっぽう強い。……ま、無口だが、根はやさしいヤツさ」
キッドが自信たっぷりにドラニコフの肩をポンと叩く。
ドラニコフは何も言わず、モコモコのマフラーをふわっと巻き直すと、マフラーの隙間から白い息を静かに吐いた。その瞳は、ちょっぴり照れくさそうにみんなを見つめていた。
その隣には、オレンジ色のサッカーのユニフォームを着たネコ型ロボットがいた。ボールを足元で軽やかにリフティングしながら、自己紹介を始める。
「サッカー大好き!ボールはアミーゴ(友達)!」
そして、ふと首をかしげて、「えーと、キミ、だれだっけ?」と、のび太に尋ねる。
その隣で、今度は赤いマントをひるがえしたネコ型ロボットが、勢いよく名乗りを上げた。
「ヒラリとかわすは、このエル・マタドーラ様よ!」
真っ赤なマントをパッと広げて、得意げにクルリと回ってみせる。
「闘チュウ(とうちゅう)の特訓の成果、見せてやるぜ!」
……が、マントのすそが足に引っかかって少しよろめき、「うわっ、失敗だーっ!」と転びかけるも、すぐにポーズを取り直して「ま、闘牛は一度じゃ倒せねぇからな!」とにやり。
「みんな、変わってるね……でも、ちょっとカッコいいかも……」
スネ夫が小声でひそひそ。
しずかも目を輝かせながら、「ドラえもんズって本当にいろんなのがいるのね」と興味津々。
ドラえもんは、そんなみんなの様子を見て、少し恥ずかしそうに、でも本当に嬉しそうにほほえんだ。
「ぼく、みんなにまた会えて、すごくうれしいよ。ドラえもんズとは、ロボット学校の時にずっと一緒だったんだ。勉強も運動も、いつもみんなで大さわぎして……かけがえのない、大切な仲間なんだ」
「ドラえもん……! 『今ごろどこで何してるのかな』って言ってた、その仲間たちに……また会えたんだね!」
のび太は、おどろきよりも、まるで自分のことのようにうれしそうな顔で、ドラえもんにほほえみかけた。
「よかったね、ドラえもん!」
ジャイアンも「へっ、泣かせるじゃねえか」と腕を組み、しずかやスネ夫も、温かいまなざしでドラえもんたちを見守った。
「まさか、こんな形でまた集まれるとはな!」と、キッドが誇らしげに腕を組み、ノアを見てにやりと笑う。
「——しかも今日は、オレたちの最高傑作も紹介できるしな!」
「えっ、最高傑作……?」
のび太が不思議そうにキッドの視線を追う。
「そう、このノア! オレたちドラえもんズが作ったんだぜ!」
キッドが自慢げにノアの背中をぽんと叩く。
ノアは俯いたまま、何とも言えない表情でみんなを見上げていた。
「でも……どうしてノアをそんな『苦しい』作りにしたの?」
のび太が、真剣な顔で問いかけた。
しずかも、そっとノアの肩に手をそえて言う。
「ノアくん、ずっと悩んでいたの。自分の力が強すぎるせいで、誰かが消えてしまうのが怖いって……」
「えっ? 最強なら文句なしだろ?」
キッドは得意そうに胸を張った。
「適応度、一万! 最強なんだぜ、ノアは!」
みんなは顔を見合わせ、ノアはその言葉にますます表情を曇らせていく。
「ハート型モジュールなんて、なんでそんな危ないの付けたの?」
のび太がくいさがると、キッドは待ってましたとばかりに自慢話を始めた。
「ありゃあ、大戦の戦場跡から、苦労して見つけてきたんだぜ。見た目もカッコよかったし、なんかピカピカ光ってたし! 強さもピカイチだったしな!」
王ドラが、横からそっと口をはさむ。
「でも、裏に小さい字で『危険』って書いてありましたよ、キッド。わたし、ちゃんと忠告しましたよ……」
「そんなしょぼい文字、読めるかよ! 男は見た目で選ぶんだよ、普通!」
キッドがあわててごまかすと、マタドーラがノアの背中の羽をバシッと叩いた。
「その羽、いいじゃねぇか! このオレ様が選んだんだぜ!」
ノアは少し困った顔で、「……これ、じゃまだよ……」とポツリ。
「おかしいな、収納できるはずなんだけど……。うっ、スイッチが効かねぇ!? おいおい、中古パーツだったのか? こりゃ、失敗だーっ!」
マタドーラが、あせって背中のボタンをガチャガチャと押しまくる。
「顔の塗装も、ちょっとハゲてきてるであ~るぞ?どこで買ってきたであ~るか?」
ドラメッド三世がドラリーニョに聞くと、
「え~と……あれ~、どこだったけな~。思い出せないや~」と首をかしげてうやむやに。
「ちょっと、みんな! もっと責任持って作ってあげてよ!」
のび太が思わず叫ぶと、
「オレはパーツ集め担当だったぞ!」「ワタシは設計担当であ~る!」「オレはマニュアル読む係だった!」
……と、ドラえもんズはいつの間にか責任のなすりつけ合いに発展し、わちゃわちゃ大騒ぎ。
ドラえもんズたちの口げんかはますますヒートアップし、場の空気はすっかり大混乱になっていた。
その中で、ノアはとうとう耐えきれずに声を上げた。
「ぼく……ずっと、なんで生まれたのか、どうしてこんなに苦しいのか……なやんでたのに……」
くちびるを強くかみしめ、今にも泣き出しそうな顔で叫ぶ。
「なのに、そんなテキトーに……! ——もう、ドラえもんズなんか、大キライだーっ!」
ノアは手に持っていたサッカーボールをぎゅっと抱きしめると、くやしさと悲しさをぶつけるように、思いきり地面にたたきつけた。そのまま、アジトの奥の通路へと走り去ってしまう。
「ノアくん……」
転がってきたボールを拾い上げ、ドラリーニョが静かにつぶやいた。
「くそっ、オレたちの何がいけなかったんだよ……」
キッドも顔をしかめ、くやしそうにこぶしをにぎる。
「ノアのために、一生懸命やったつもりだったんだぜ……!」
王ドラも肩を落として、「ノアくんの気持ち……ちゃんと分かってあげられなかったんでしょうか」と自分を責めるように小さくつぶやいた。
マタドーラはマントのすそをいじりながら、「やっぱり、オレたち……不器用すぎるぜ……」とため息をついた。
そんなやりとりを聞いていた、のび太たちも、ただあぜんとその場に立ち尽くすばかりだった。
「……のび太たちは、ちょっとここで休んでな。ここから先は……オレたちが、ちゃんとノアと向き合うからさ……」
キッドは、のび太たちのほうを振り返り、今度は真剣な目でそう言った。
アジトの広場には、静かな朝の光が差し込み、不器用なロボットたちの影を長く伸ばしていた——。