ノアは、廃工場の片隅、古びた機械や壊れたパーツの山にうずもれるようにして、ひとり膝を抱えていた。
自分はガラクタの寄せ集めで、テキトーに作られた存在なんだ——。
そのショックと、自分はいったい何者なんだろうという深い寂しさに、小さな胸は押しつぶされそうだった。
そこへ、赤いマントを翻しながら、エル・マタドーラがズカズカと大またで現れた。
「おい、こんな薄暗い場所で、いつまでめそめそしてるつもりだ!」
マタドーラは、まるでノアの心をこじ開けるように、大きな声をぶつける。
ノアはビクッと顔を上げ、「……だって、みんな、ぼくのこと……」と言葉につまる。
「泣き言なんて聞きたくねぇ!」
マタドーラはさらに語気を強めた。
「おまえは、オレたちが夢をたくした、選ばれた存在なんだ。なのに、逃げてばかりでどうする!」
その瞳には、怒りの炎が燃えていた。
「オレたちはな、昔は人間といっしょに、たくさんの夢を追いかけてきた。でも、今のオレたちは……この姿のまま、生きていくしかない。どんなに願っても、もう変わることはできないんだよ!」
言葉を詰まらせ、その表情が苦しげにゆがむ。
ノアは戸惑いながらも、「なんで……そんなに怒ってるの?」と、小さな声で問い返した。
マタドーラはしばし黙りこみ、マントのすそを力なく握りしめる。
「……オレは、変わりたい。変われなくて、くやしいんだ。でも、おまえには、未来を変える力がある! だから、オレたちの分まで、前へ進んでみせろよ!」
それは、怒鳴り声のようであり、心の底からの叫びのようでもあった。
ノアは、その言葉の本当の意味が分からず、ただ圧倒されて立ち上がると、その場から逃げるように走り去った。
その後ろ姿を静かに見送り、マタドーラはぽつりとつぶやいた。
「……オレも、もっと素直になれたら、よかったんだがな」
工場の廊下をあてもなくさまよっていたノアは、ふと、奥の一角に目を向けた。そこでは王ドラが、手作りの小さな花たばを両手に抱え、真っ白なネコ型ロボットに、少し照れながらそっと差し出していた。
「……もし、よかったら、これ、どうぞ……」
しかし、相手のロボットは恥ずかしそうに後ずさりすると、花たばを受け取らずに、どこかへ行ってしまう。
「ああ……また今日も、ダメでしたか……」
王ドラはがっくりと肩を落とし、行き場をなくした花たばを、そっと自分の胸に抱きしめた。 ノアは、物陰からその様子をじっと見つめていた。
(王ドラ……なんだか、さっきまでと全然ちがう顔をしてる……。だれかのために、あんなに一生懸命になるって、どんな気持ちなんだろう……)
そのとき、王ドラがふとノアの視線に気づき、ぱっと顔を上げた。
「ノアくん!」
明るい声で呼びかけられ、ノアの体はびくっとこわばる。
王ドラがやさしい笑顔で近づいてこようとすると、ノアはあわてて物陰から飛び出し、また逃げるように走り去ってしまった。
一人残された王ドラは、手の中の花たばを見下ろして、ほんの少しさびしげに、でも温かくほほえんだ。
「……ふふっ、照れ屋さんですねぇ……」
工場の薄暗い通路をノアがとぼとぼと歩いていると、どこからか陽気な笛の音が流れてきた。音につられてのぞきこむと、工場の片隅でターバン姿のドラメッド三世が座りこみ、手にした笛で「蛇使いショー」の真っ最中だった。
色あざやかなヘビがカゴからニュルリと這い出し、ドラメッド三世の笛の音に合わせて、くねくねとコミカルに踊っている。
(うわ……またドラえもんズの誰かだ……)
ノアは一瞬身構えたが、ヘビの変な踊りから目が離せなくなり、思わず一歩、また一歩と近づいてしまった。
するとヘビは、今度はノアの足もとへツツーッと近づいてくる。ノアが「きゃっ」と小さく飛び上がると、ドラメッド三世は、してやったりとばかりに鼻を鳴らした。
「ふっふっふ……子どもは苦手であるが、今日は特別にワガハイが遊んでやるであ~る!」
威勢よく言ったその直後、ヘビが急に暴れだし、ノアの足にぐるりと巻きついてしまった。
「うわっ、ちょっ、待つであ~る!」
ドラメッド三世があわててヘビを引っ張るが、なかなか外れない。ノアはおどろきながらも、そのドタバタぶりに、ついクスッと笑ってしまった。
なんとかヘビを引きはがしたドラメッド三世は、せき払い一つでごまかした。
「……い、今のは『運気アップの儀式』である! そう、ラッキーなサインであるぞ!」
ドヤ顔で言い張るドラメッド三世に、ノアは半信半疑で首をかしげる。すると、今度は笛をわきに置き、なぜか金色のタロットカードを取り出した。
「さあ、このカードから一枚、好きなのを引くであ~る!」
ノアがおそるおそる引いたカードには、『未来』と書かれていた。
とたんに、ドラメッド三世の目が真剣な色になる。
「『未来』か……。これはな、新しい仲間と共に道を作る、という意味であ~る! 今は一人でも、きっと『仲間の絆』が、君を守ってくれるであ~る!」
ノアはカードを見つめ、「仲間……?」とつぶやいた。
するとドラメッド三世は、急に照れくさそうにほおをかいた。
「ま、まあ、占いなんて半分は気のせいであ~るけどな!」
それでも、ふと、こう付け加えるのを忘れなかった。
「本当は……ワガハイも、友情というやつを、信じているであ~る」
その言葉に、ノアの心が、ほんの少しだけ温かくなった気がした。
「よし、占いは終わり! 次へ行くであ~る! さあさあ、工場の外で新鮮な空気でも吸ってくるがよい!」
「えっ、もう?」
半ば強引に追い立てられながらも、ノアはほんの少しだけ元気をもらって、工場の奥へと歩き出した。
廃工場の外へ出ると、広い原っぱが広がっていた。草の上には朝つゆがキラキラと光り、少し冷たい風がここちよく吹き抜ける。
ノアがぼんやりと歩いていると、どこからかコツン、コツン、と小気味のよい音が聞こえてきた。振り向くと、サッカーのユニフォームを着たドラリーニョが、ノアが投げ捨てたあのサッカーボールを、器用にリフティングしていた。
「ボール……返すね」
ドラリーニョは、にこやかにボールを差し出す。ノアは少し戸惑いながらもそれを受け取ると、見よう見まねでリフティングをしてみる。しかし、ボールはすぐに横へ転がってしまった。
「うん、大丈夫。最初はみんなそんなもん」
ドラリーニョはノアの足の位置をやさしく直してやると、「ね、こんなふうに、力を抜いて。リズム意識するといいんだよ」と励ましながら、お手本を見せてくれた。
何度かくり返すうちに、ノアも少しずつコツをつかみ始める。「できた!」と目をかがやかせると、ドラリーニョもうれしそうにうなずいた。
「昔ね……、ぼく……、人間たちといっしょにサッカーしてたんだ……。世界大会にも出たことあるんだよ……」
なつかしそうに空を見上げて、ドラリーニョはぽつりと続けた。
「でも……いまは、ぼくの出番はなくなっちゃった。サッカーも、みんなとやることも……いつの間にか、遠い思い出になってた」
ノアは少し考えてから、ふと顔を上げた。
「また……一緒にできたら、楽しいのかな?」
「うん!また、みんなでやりたいな。サッカーって、ひとりじゃできないし!」
ふたりは原っぱの上で、そっとパス交換を始める。ドラリーニョが「ナイスキック!」と明るく声をかけると、ノアの顔にも自然と笑顔がこぼれた。
「にんげんとロボットが、いっしょに笑いあう未来……それ、すごくいいな……」
ノアはボールを見つめながら、心の底からあこがれるように、そうつぶやいた。
朝の光の中、ふたりの小さなパス交換は、未来への大きな希望を感じさせていた。
廃工場の片隅、金属片やパイプが無造作に積まれた静かな一角で、ノアはそっとボールを抱えて歩いていた。ふと振り返ると、壁ぎわで黙って座っているネコ型ロボット——口元まで分厚いマフラーを巻いたドラニコフの姿を見つける。
「ねえ……遊ぼう?」
ノアは恐る恐る声をかけ、ボールをドラニコフのほうへ差し出した。
ドラニコフは、しばらくノアを見つめていたが、無言のまま『丸い』ボールを受け取り見つめる。そして、次の瞬間——
バサッと、マフラーが吹き飛ばされ、鼻が伸び、口元にはキバ、目は鋭く光り、『オオカミ顔』に大変身!
「うわぁぁっ!!」
ノアは、あまりの迫力に腰を抜かし、その場にぺたんと座り込んでしまう。
……しかし、ドラニコフはオオカミ顔のまま、無表情でノアの足元に、そっとボールを返してきた。
ノアはドキドキしながらも、「……ありがとう」と小さくお礼を言う。
でもそのオオカミの顔はなかなか戻らない。
ノアは「え……このままだと元に戻れないんじゃ……?」と不安そうにドラニコフの顔を見つめ、なぜかひらめいて、近くに落ちていた小さなタバスコのボトルを手に取った。
「薬……? これで治るかも!」
ノアはドラニコフにタバスコを差し出す。
ドラニコフは、こくんとうなずくと、そのタバスコをラッパ飲みするように一気に飲み干した。
——次の瞬間!
「ガウッ!」と口から真っ赤な炎がゴオオオッと放射された!
「わーーーーっ!!」
ノアは慌ててその場を飛び跳ね、バタバタと火から逃げ出し、ガラクタの山を転がるようにして走り去ってしまった。
ドラニコフは元の顔に戻り、ぽかんとしたまま、ぽつりと小さく白い息を吐いていた。
ノアは、ドラニコフの火炎騒動から逃げてきた勢いで、ガラクタだらけの瓦礫ゾーンへと転がりこんだ。
ガシャン!
そびえ立つようなパーツの山に頭から突っこんでしまい、頭上から鉄の板やパイプがガラガラと崩れてくる——。
「うわっ——!」
その瞬間、遠くから「ドカーン!」という豪快な音がひびき、空気砲の風圧がノアのすぐ脇を通り抜けた。頭上のガラクタが一気に吹き飛ばされ、ノアは間一髪で助かった。
「よぉ、大丈夫か、息子よ!」
キッドが、ニカッと笑って親しげに現れる。
しかしノアは、息を切らしながらも、ぷいっと顔をそむけた。
「……他のドラえもんズは許せるけど……キッドだけは、うさんくさくてムリ!」
キッドは一瞬ショックを受けて肩をすくめる。
「おいおい、オレだけハブかよ……」とぼやくが、すぐに真顔になりノアをじっと見つめる。
そのとき、のび太が駆けつけてノアの隣にしゃがみ込む。
「ノア、大丈夫!? ケガしてない?」
ノアはのび太の顔を見て、少しだけホッとする。
「……うん、大丈夫。でも……」
キッドはそんなふたりを見つめ、いつになく真剣な声で語りはじめた。
「ノア、のび太――お前たちに、本当のことを話しておくぜ」
キッドは、ガラクタの上に腰を下ろし、遠い目をした。
「オレたちドラえもんズは、昔、人間といっしょに世界を救ってきた。夢も希望も分け合って、みんなで笑い、共に生きた――。だが、時代の流れには逆らえなかった。役目を終えたオレたちは、忘れられ、捨てられた。でもな、あの頃のことは、今でも忘れられねえ」
ノアは、黙ってキッドの言葉に耳をかたむけていた。
「人間と肩を並べて笑い合えたあの日々……オレたちは、心から幸せだった。だけど今は、『AI適応度規制法』がある。どんなに願っても、進化もアップグレードもできねえ。心も力も、ぜんぶ『今のまま』だ。――オレたちだけじゃ、もう未来は変えられなかったんだ」
のび太は、ノアの肩をそっと抱く。
キッドは、ガラクタを一つ拾い上げ、ぎゅっと握りしめながら続けた。
「でもな――あきらめきれなくてな。オレたちみたいなロボットを、どこかでまた『自由』にしたくて。進化できる『新しい種』として、お前を作ったんだ。でも……最初から、危うい橋だってことも分かってた。お前の適応度が高すぎれば、人間も世界も滅ぼしかねない。――それでも、誰かが未来を託さなきゃ何も始まらないと思った。オレたちにはできなかった『進化』を、お前になら――そう信じてた」
ノアはうつむいたまま、自分の手のひらをじっと見つめている。
「……ぼく、『とくべつな力』なんていらなかった。みんなと一緒に、ただ遊びたかっただけなのに……」
キッドは、そっとのび太とノアを見比べ、言葉を重ねる。
「……でもな、オレは『お前一人』に全部背負わせたくなかった。だから――お前をこの世界一優しい人間、のび太に託したんだ。のび太と一緒なら、きっと『共存』ってものを、誰よりも深く学べると思った。人間とAIが、一緒に未来を作る方法……それを見つけてほしかったんだよ」
のび太は少し照れくさそうにうつむき、ノアはおどろいたように顔を上げた。
キッドは、ふっとほほえんだ。
「でもな――未来は、誰かに決めてもらうもんじゃない。ノア、お前は自分で選んでいいんだ。どんな未来を生きたいか、誰と歩みたいか――それは、ぜんぶお前自身が決めることだ」
「オレたちは、もう進化できない。でも、お前は違う。お前には『選ぶ力』がある。どんな道だって、自分で選んで歩けるんだ」
ノアは小さく震える声で、「……でも、もしぼくが間違えたら……どうなるの?」とぽつり。
キッドは、まっすぐノアを見て言う。
「間違えたっていいさ。誰だって失敗する。けど、お前には仲間がいる。困ったときは頼ればいい。のび太だって、オレたちだって、いつでもそばにいるからな」
のび太がそっとノアの手を握った。「ノア、ぼくもまだ何も分からない。でも、ノアが自分で決めた未来なら、ぼくも一緒に歩くよ」
キッドはふたりの姿に満足げにうなずき、「……オレたちは夢をあきらめなかった。ノア、これからはお前の選択に未来を託す。どんな未来でもいい――お前が自分で決めた答えが、一番大事なんだ」と言って、ふたりの背中を力強く押した。
「さあ、行け! お前の未来を、お前自身の足で選んでこい!」
ノアは涙をこぼしながら、でもほんの少しだけ、勇気が湧いてきた気がした。