廃工場のアジトの片隅。崩れた屋根の穴からは、ぽつりぽつりと星が見えていた。 パチパチとはぜる焚き火を囲んで、ドラえもんズと、のび太たちが輪になって座っている。
「やっぱ、どら焼きはこうでなくっちゃな!」
キッドは、ケチャップとマスタードをどら焼きにドバッとかけると、大きな口でガブリとほおばった。
「わたしは、ピリ辛が好きなのです」
王ドラは、ラー油と酢じょうゆをたらした、特製のどら焼きを上品に味わっている。
その横では、ドラリーニョが黙々とタバスコをたっぷりふりかけていた。
のび太は、思わず顔を引きつらせる。
「えぇっ、それ、本当においしいの……?」
「ドラちゃんも、やってみたら?」
しずかがそっとドラえもんの腕を引っぱるが、ドラえもんは「いや、ぼくはふつうのが一番好きだよ……」と首をすくめた。
「ぼくのは、バターをのせたスペシャルどら焼きだよ!」
スネ夫が自慢げにかぶりついたとたん、「うまそうだな、ちょっと味見させろ!」とジャイアンが横から大きな手でスネ夫のどら焼きをうばいとる。
「ちょ、ちょっとジャイアン! それはぼくのだよ!」
「ケチケチすんなって。友情は、分け合うもんだろ!」
二人のやりとりに、みんなの笑い声がはじけた。
そんな中、ドラリーニョが「いいおやつ、ある!あげる!」と、のび太にビスケットのふくろを丸ごと差し出した。
「え、もらっていいの?」
のび太がふくろからビスケットを一枚取り出し、うれしそうにパクリと食べた——その瞬間。
ぽんっ!
のび太の体が、一瞬でかわいらしいヒヨコの姿に変わってしまった!
「ピヨ……!? ぴ、ぴよぴよ!?」
一瞬の沈黙——からの、大爆笑。
「わははは! のび太、似合いすぎだぞ!」
「あれ~? それ、動物変身ビスケットだった。ぼくも忘れてた~」と、ドラリーニョが頭をかく。
「のび太さん、大丈夫?」
しずかが、涙を流しながら大笑いしている。
「た、助けてよドラえもん~!」
ピヨピヨと鳴きながら羽をパタパタさせるヒヨコののび太に、ドラえもんはあわててビスケットのふくろをのぞきこんだ。
「確かこの中に、『人間に戻るビスケット』があったはず……これだ!」
人間型のビスケットを見つけ、のび太に食べさせる。パッと光がはじけ、のび太は無事に元の姿に戻ることができた。
焚き火の炎がぱちぱちとはぜる中、ノアはどら焼きを両手でそっと持ちながら、みんなのやり取りを静かに見つめていた。
「……ねぇ、みんな」
ノアがぽつりとつぶやく。
「ぼく、ここが好き。ドラえもんズや、みんなといっしょにいると、あったかい気持ちになる……。ここで……生きていきたい、って思う」
場がふっと静かになった。
のび太は少しうつむき、「……でも、なんだか寂しいよ、ノア」と小さくつぶやく。
ノアはすぐに顔を上げて、しっかりとのび太を見つめる。
「ごめんね、のびた。でも、はじめて自分で『ここにいたい』って思えたんだ……。それくらい、この場所が大事に思えるの」
そのまっすぐな瞳に、のび太はゆっくりとうなずいた。
「……そっか。ノアがそう決めたなら……ぼくも、応援するよ」
ドラえもんも、「ノアくんがどこにいたって、ぼくたちは友達だよ」とやさしくほほえむ。
しずかが、「ノアくんが笑っていられる場所が、一番すてきな場所よ」と、そっとノアの手をにぎった。
ジャイアンも、「ここなら、メシもたらふく食えるしな!」と笑い、スネ夫も「未来の隠れ家なんて、ちょっとカッコいいかも!」と乗っかる。
キッドは、自分のどら焼きを半分に割ると、ノアに差し出した。
「ほらよ、ノア。今日からおまえも——オレたちの『家族』だ。えんりょなんかすんじゃねえぞ!」
ノアは、おどろいたようにキッドの顔を見上げた。
「……家族……?」
一瞬、言葉につまったが、そっと手を伸ばしてどら焼きを受け取ると、「……ありがとう」と、小さくほほえんだ。
その笑顔に、みんなの心もあたたかくなる。
キッドはのび太たちを見回して、にっと笑う。
「今日はとにかく、ここでのんびりしていけ。お前たちも、タイムマシンのことは気にすんな。明日の朝になったら、オレたちがちゃんと家に帰る作戦立ててやる!」
王ドラも「今夜はここが一番安全です。みなさん、安心して休んでください」と穏やかに微笑んだ。
「では、今夜はパーッと騒ぐであ〜る!」とドラメッド三世が張り切る。
みんなの笑い声とどら焼きの香りが、廃工場の夜にあたたかく広がっていく——
夜空に星がまたたき、屋根の穴からひんやりした風が吹き抜けていく。
——そのとき。
「うおっ、ちょっ、まて! みんな、聞いてくれ! 大変だ!」
ドラえもんのポケットから、突然スパークが飛び出してきた。
「よぉ、スパーク。ごくろうだったな!」
キッドが親しげに声をかけるが、スパークはいつになく真剣な顔つきだ。
「のんきにしてる場合じゃねぇ! あの箱庭の中に……生き残りがいたぞ!」
「えっ⁉」
その場にいた全員が、一斉に身を乗り出した。
ドラえもんは急いで四次元ポケットから箱庭を取り出すと、みんながわらわらと集まり、その小さな世界をのぞきこむ。
——そこには、ヨワリンが、ぽつんと立っていた。
しかも、ヨワリンだけじゃない。しずかのモサモサン、ジャイアンのバクゴン、スネ夫のハニワルたちも、ノアの『黒い生物』の影響を受けて、不思議な姿になりながらも、ヨワリンを守るように囲んで生き残っていたのだ。
「うわぁ……生きてる!」
しずかが感激して声を上げる。
「でも、なんだか見た目がちょっと……」
スネ夫が目を丸くする。パートナーたちは、体のあちこちに影のような黒い模様が入り混じり、少しだけ異形の姿へと変化していた。
だが、「ヨワリンだけは、ぜんぜん変わってない……」と、のび太がぽつりと言った。
ヨワリンは昔のまま、ヨタヨタと小さく震えて、だけど懸命にみんなの輪の中心でがんばっている。
スパークが、興奮気味に続けた。
「こいつら、ノアの『黒い生物』の力と混じり合いながらも、ヨワリンを守ってずっと戦ってたんだ!」
みんな、言葉も出せずに、箱庭の中の小さな命たちをじっと見つめていた——。
スパークは焚き火の脇をぴょんぴょん飛び跳ねながら、「オイオイ、感動してる場合じゃねぇぞ! ヨワリンたち、ここまでよく生き残ったな!」と、自分のことのように誇らしげに叫ぶ。
するとキッドは、おもむろにかぶっている四次元ハットの中をごそごそと探り始めた。
「それなら、いいモンがあるぜ。これが箱庭アップグレードアイテムだ!」
そう言って、まっ白なカードを何枚も取り出す。
「この『召喚カード』に、みんなのパートナーを登録すりゃ、現実世界でも一緒に戦えるようになるぜ!」
「ほんと!?」
スネ夫が、目をキラキラとかがやかせた。
みんなはカードを受け取ると、ワクワクしながら箱庭にそっとかざし、それぞれのパートナーの名前を元気に呼ぶ。カードが一瞬ふわりと光り、パートナーたちの魂が宿っていく——。
まず、ジャイアンがカードをかざし、「いけっ、バクゴン!」と叫ぶ。黒い身体に、オレンジ色の炎の模様が不気味にゆらめく怪獣が現れた。よく見ると、背中や腕に黒い影がまとわりつき、炎と影が渦を巻いている。
「おいバクゴン、いっちょ暴れてみろ!」
「ゴオォ!」
バクゴンが、大きな口から黒い煙の混じった炎を吹き上げた。
「おっとっと、火事には気をつけろよ!アジトが丸焼けになったら大変だぞ!」
スパークがあわててその周りを飛び回る。
次に、しずかがカードを掲げた。
「お願い、モサモサン!」
ふわふわの緑色の毛並みに咲いた可憐な花の合間から、黒いツタがするすると伸びている。
「バリアをお願い」
しずかがやさしく声をかけると、モサモサンは光のバリアを広げ、内側だけ、ふわりと甘い花の香りに包まれた。
「いいねぇ、そのふわふわ。バリアの中で昼寝したいぜ……」
スパークが、うらやましそうに鼻を鳴らした。
スネ夫も負けじとカードを振りかざす。
「いくぞ、ハニワル!」
土色の身体に、まるで迷路のような黒い筋が走るハニワ型のハニワルが現れ、「ぷしゅうっ」と黒い煙幕をまきちらした。
「こいつは作戦にピッタリだ!」とスネ夫は得意満面。
スパークは煙に「ゲホゲホッ」とせきこみながら、「おい、ハニワル! もう少し加減しろってんだ!」とツッコミを入れた。
みんなが次々とパートナーを召喚して盛り上がる中、のび太は少し緊張しながら、「ヨワリン……」とカードをかざした。すると、青くて弱々しい丸い体がぽてっと現れると、すぐに「ぴゅーっ」とのび太の後ろへ隠れてしまう。
ジャイアンは「へっ、やっぱヨワリンはみんなの後ろで守ってもらってるだけじゃねーか!」とあざけ笑う。
スネ夫も、「そうそう、ヨワリンって本当に逃げ足だけは速いよな~」とニヤリ。
のび太は少しだけ肩を落としたが、すぐにヨワリンをそっと抱き上げた。
「でも、また一緒に冒険できるね。ヨワリン、うれしいよ」
その様子を見ていたノアも、そっとヨワリンの頭をなでる。
「ヨワリン……生きててくれて、ほんとによかった……。このまえは怖い思いをさせて、ごめんね」
ヨワリンは、ちょこんとノアに寄り添い、うれしそうにのび太の腕の中で揺れていた。
みんなのパートナーが勢ぞろいし、廃工場のアジトは、まるでお祭りのような温かいにぎわいに包まれたのだった。
みんなが楽しそうに笑い合う輪の中から、のび太はふと立ち上がった。
「……ちょっと、トイレ」
にぎやかな声を背に、のび太はそっと廃工場の外へ出る。ひんやりとした夜風がほおをなで、見上げれば、こぼれ落ちてきそうなほどの満天の星が、静かな原っぱの上に広がっていた。
草の上に腰を下ろし、のび太は夜空をぼんやりと見上げた。箱庭のこと、ノアのこと、みんなの未来のこと……。さっきまでの温かい笑い声が、胸の奥でふんわりと反響する。でも、不思議と一人ぼっちな気持ちはしなかった。
ふと背後で、かすかに草を踏む音がした。
「よぉ、こんなとこで黄昏て、どうしたんだ?」
カウボーイハットのつばを指でくいと上げ、キッドが現れた。その顔は、いつもより少しだけ真面目な表情をしている。
「……あ、キッド。いや、ちょっとだけ、空が見たくなって……」
のび太が照れくさそうに答えると、キッドはのび太の隣にどさりと腰を下ろし、同じように空を見上げた。
「……おまえを見てると、安心するぜ。ノアを、おまえに託したのは正解だった。……ありがとな、のび太」
突然の真剣な言葉に、のび太は驚いてキッドの顔を見る。
「えっ、そんな……ぼくなんて、何も……」
キッドは、ふと強いまなざしでのび太を見つめた。
「……なぁ、のび太。一つ、約束してくれ」
そのただならぬ雰囲気に、のび太はごくりとつばをのむ。
「万が一……もし、オレたちがいなくなっても、ノアのこと……あいつのことだけは、絶対に守ってやってくれ」
その言葉の意味が分からず、のび太は必死に首を横に振った。
「な、何言ってるんだよ、キッド! いなくなるなんて、変なこと言わないでよ! ノアは、もうドラえもんズの家族になったんでしょ? みんなで守るって、決めたじゃないか!」
キッドは、はっと我に返ると、わざと明るい声で自分の頭を軽く叩いた。
「……おっと、悪い悪い! らしくもねぇ、湿っぽいこと言っちまったな。今のは忘れろ! オレたちは不死身のドラえもんズだからな!」
キッドはそう言って豪快に笑ってみせたが、その瞳は星空の下で、少しだけさびしそうに揺れていた。
彼は再び空を見上げると、少し照れくさそうに、ポケットから一枚のカードを取り出した。
「なぁ、のび太。明日、おまえらが帰る前に、これをノアに渡してやってくれねえか」
キッドが差し出したのは、キラキラと虹色に光る、ドラえもんズの絵が描かれた特別なカードだった。
「こいつは『親友テレカ』のレプリカだ。本物は、オレたちだけの宝物だが——これは、特別に作った『ノアへのプレゼント』だ」
のび太がふしぎそうにカードを見つめていると、キッドは少し恥ずかしそうに続けた。
「この中にはな……昔、オレたちドラえもんズが人間と一緒に世界を救った時の、記録映像が入ってる。本当は自分で渡してやりてえが、昔のイキってた自分をあいつの前で見せるのは、なんだか照れくさくてな……」
「だから、のび太。おまえから、あいつにちゃんと渡してやってくれ。ノアに、『本当の仲間』ってものを、知ってほしいんだ」
のび太は、そのカードを両手で大切に受け取った。
「うん、分かった。絶対に渡すよ」
そのまっすぐな瞳を見て、キッドは少しホッとしたように、のび太の肩をぽんとたたくと、夜の工場の中へと戻っていった。
一人残されたのび太は、カードをぎゅっと握りしめ、もう一度、静かな星空を見上げた。