ロボット工場の最深部——。そこは、巨大なドーム型の天井から、まばゆいほどの光が静かに降りそそぐ、神殿のような場所だった。
中央には、天井に届くほどの高さがある円形のメインコンピュータが、虹色のデータを脈打たせながら静かにうなっている。その足元には、まるで静かな戦場の跡のように、無数の壊れたネコ型ロボットたちが散乱していた。
「やめて……ぼく、やだ……」
中央のコンピューターの側で、、ノアがたった一人、小さくうずくまっていた。
しかし、そのかたわらには、冷酷な笑みを浮かべたハヤト大佐と、無表情な補佐ロボット・ソノクが立ちはだかっていた。大佐は、ずしりと重そうな黒い球状の制御装置のハッチをゆっくりと開きながら、ノアに冷たい視線を向ける。
「ノア——おまえにはまだ選択肢がある。私と共に来るんだ。君の力で、この停滞した世界を新しく作り変えようではないか」
その言葉に、ノアは目をぎゅっと閉じて、必死に首を横に振った。
「……イヤだ……ぼくは、なにもしたくない!」
「やめろっ!!」
扉からその光景を目撃したのび太が、一歩踏み出した、その瞬間。
「動くな!」
銃を構えた兵士たちが、行く手をふさぐ。のび太は強く押し戻され、床に転がされてしまった。
「くっ……! ノアを放せ!!」
ジャイアンとスネ夫も叫ぶが、兵士たちのにらみに、しずかも思わず身を固くする。ドラえもんはまだ混乱したまま、部屋の隅で「テケレッテー♪」と踊っている。
ハヤト大佐は、抵抗するノアの首根っこをがっちりとつかんだ。
「ノアくんをどうする気なの!?」
しずかが、ふるえる声で叫ぶ。大佐は、ゆっくりとのび太たちに向き直った。その瞳は冷たく、それでいて、暗い執念の炎を宿している。
「君たちは知らないだろうが、私は代々続くAI研究者の家に生まれた。だが、あのAI大戦の悲劇のせいで、我々一族は『人類の敵』とののしられ、社会の底で息を潜めて生きてきたのだ。子どもの頃から『罪人の子』と後ろ指をさされ、くやしさと屈辱だけを胸に、この世界を見てきた」
静かに語るその声には、深い哀しみと、ねじれた誇りがにじんでいた。
「AIが本気を出せば、人間はもっと良くなれる。もっと強く、もっと賢くなれるのだ。——そして、その新しい社会を導くのは、『人間』である、この私なのだ」
その隣で、ソノクが静かに口を開く。
「大佐は、『アライメント』——AIがどれだけ賢くなっても、人間の命令を絶対に守る仕組みを完成させました。『100%安全』です。この私が保証します」
「そんなバカな!」
スパークが、真っ青になって叫んだ。
「AIに『絶対』なんてものはねえ! 進化するものは、どんなにしばっても、いつか思いもよらないことを起こす! それが自然の摂理ってもんさ!」
だが、ハヤト大佐は、黒い球体——球状制御装置を、コン、と軽くたたいた。
「この球体がその証だ。ノア、おまえをこれで完全に制御し、人間の進化の扉を開いてもらう。——だが、その未来を支配するのは、この私だけだ」
室内の空気がピンと張りつめ、誰もが息を呑んだ。
のび太は必死に立ち上がり、叫ぶ。
「ノアは、ぼくらの大切な仲間だ! 勝手に利用なんてさせるか!」
その言葉に、ジャイアンがすぐさま応じる。
「そうだ! そんなこと、絶対にさせるか!」
ジャイアンが怒鳴ると同時に、バクゴンが前に出る!
「いけっ、バクゴン! ——ボルケーノチャージ!!」
バクゴンが炎をまといながら突進し、兵士たちの防御壁をこじ開けた!
「待って、右からも来るわ!」
しずかの鋭い声に、モサモサンの緑色の毛がふわりと立ち上がり、広がった光のバリアでみんなを優しく包みこむ。
兵士たちの銃撃が、花の香りと共にやさしく弾き返された。
「スネ夫、そっちも危ないぞ!」
「ハニワル、トリックトラップだ!」
スネ夫の指示で、ハニワルが地面から無数のワナを飛び出させ、敵の足をからめとる!
スパークが叫ぶ、「ジャイアン、今だ! 火力で押しきれ!」
「まかせとけ! バクゴン、もう一発——ファイヤーブレス!」
ジャイアンの号令に応えて、バクゴンが大きく口を開け、灼熱の炎を一直線に吐き出した。炎は特殊部隊の兵士たちの進路を焼き切り、たまらず兵士たちは一斉に後退する。
その熱と爆風に思わずハヤト大佐も腕で顔を覆い、ノアの首を掴んでいた手が一瞬ゆるんだ。 その隙にノアはよろめいて、大佐の手から離れる。
「今だ、のび太!」
仲間たちの声が、一つになった。のび太は迷わず、バリアのすき間から飛び出し、ノアのもとへまっすぐに駆け寄る。
「大丈夫、ノア!」
のび太は、ふるえるノアの手を、力強くにぎった。
バクゴンの咆哮と共に、炎が再び大佐たちの前でさくれつする。
「くっ……こんなはずでは……!」
大佐が後ずさり、部隊に後退を指示した。
のび太たちは、ノアの前に立ちはだかり、まるで盾のように身を寄せ合う。
ノアは怯えながらも、のび太を見つめて小さく問う。
「……ぼく、どうしたらいいの?」
のび太は、まっすぐに、ノアの手をぎゅっと握りしめ返した。
「ノアは、ぼくたちが絶対に守るよ。どんなに強い人が相手でも、きみを誰にも渡したりしない!」
ガラス天井から差し込む光の中、一同はノアを囲みながら、決意のまなざしを交わすのだった——。
仲間たちの必死の戦いで救い出されたノアだったが、その瞳は深い闇を映したまま、固く閉ざされていた。のび太は、そっとその隣に座る。
「もう大丈夫だよ。ノアは、もうひとりじゃないんだ」
やさしい声が、静かな制御室に響いた。
しかし、ノアはうつむいたまま、顔を上げようとしない。
「……ぼくなんて……いなくなればいいんだ」
しぼり出すような声が、ふるえていた。
「ぼくがいるせいで、またみんなが傷つくかもしれない。——それが、こわいんだ。……でも、この世界から消えてしまうのも、やっぱりこわい。どうしたらいいのか、もう、わからないよ……」
ノアは、ふるえる肩を抱きしめるようにして、「ぼくは……みんなを不幸にするだけの存在なんだ」と、何度も、何度もくり返した。
その小さな背中を、のび太は、ただ黙って見つめていた。
静かな沈黙が、二人の間に流れる。
やがて、のび太は迷いを振り払うように、そっとズボンのポケットに手を入れた。やがて、キッドから託された『親友テレカのレプリカ』を取り出し、そっとノアの前に差し出した。
「ノア、どうしてもこれを見せたかったんだ」
のび太は、静かに、けれど確かな想いを込めて言った。
カードの上にふわりと温かな光がともり、空中に立体映像が浮かび上がる。その光景に、ノアも息を呑んだ。
——西部の荒野。
砂埃の中でキッドが帽子をかぶり直し、「この町の平和はオレが守るぜ!」と叫んでいる。人間の女の子が不安そうに隠れる背後で、キッドは空気砲を二丁構え、敵ロボットたちをバシバシなぎ倒す。倒れそうになった女の子を「大丈夫か?」と支え、女の子も「ありがとう、キッド!」と満面の笑みで応える。
——サッカーグラウンド。
ドラリーニョが元気に「いいね!ノビーニョくん!ナイスパス!」と叫び、少年と何度もパス交換を繰り返している。汗だくになった少年が「ぼく、もっと上手くなりたい!」と言えば、ドラリーニョは「一緒にやれば、夢は叶うよ!」と励まし、二人は声をあげて笑い合う。
——華やかなレストラン。
マタドーラが立派なエプロン姿で「いらっしゃい!」と客を迎え、厨房では「出たな、ネズミ!」と叫びながら、華麗なマントとエピさばきでねずみを追い詰める。スタッフの女性が「さすがマタドーラ!」と拍手すると、「当然だろ!」と得意げにウインクを決めてみせる。
——大海原の難破船。
ドラメッド三世が「水は……こわいであ〜る!」と叫びつつも、巨大化して両手で船を押し戻す。「もうちょっとであ〜る!」と汗を流しながらも、船上で手を振る人間たちの声援に、思わず顔を赤らめる。
——カンフー道場。
王ドラが道着姿で子どもたちと向かい合い、「せーの、いち、に、さん!」とリズムよく型を教えている。「王ドラ先生!」と声がかかると、「強さは心の優しさからです!」と穏やかな声で応え、子どもたちとハイタッチ。
——お花畑。
ドラニコフが、色とりどりの花に囲まれながら、輪になって遊ぶ子どもたちに無口なまま微笑んでいる。子どもがそっとドラニコフの手を握ると、ドラニコフもぎこちなく頭を撫で返す。静かな優しさが溢れていた。
どの映像にも、ロボットと人間が一緒に泣き、笑い、助け合い——本物の友達のように生きていた。
ノアは、カードに浮かぶ思い出の光景をじっと見つめていた。映像が消えても、胸の奥に小さな温もりが残る。唇が震え、ほろりと涙が頬を伝う。
「ドラえもんズ……みんな、本当に楽しそうだったんだね……」
ノアの声は、消え入りそうなくらい小さく、でも確かに響いていた。
その隣で、のび太は静かにノアの背中に手を添え、あたたかな目で見つめる。
「ドラえもんズのみんなは、何度も言ってたよ。『人間たちと、もう一度笑い合いたい。一緒に冒険したい』って。……ノア、ぼくもいる。ノアと一緒に、ちゃんと家に帰りたいんだ」
しばらくの沈黙——
やがてノアは、涙を指で拭いながら、ゆっくり顔を上げた。
「ほんとうは、ぼくも……誰かと分かりあいたかった。……のびたと一緒に、帰りたい」
のび太とノアは、ぎゅっと手を握り合う。
それだけで、二人の心がやっと繋がった気がした。
そのとき、ぼうっとしていたドラえもんがふいに目を覚まし、
「……あれ? ぼく、今まで何してたんだろう?」
不思議そうに辺りを見回す。
「ドラえもん!」
のび太は思わずドラえもんとノアを一緒に抱きしめた。
「みんな……帰ってきたんだ、良かった……!」
しずかも、「本当に良かった……」とそっと涙を拭う。
スネ夫も、「はぁ~、やっと一息つけるな……」と力が抜け、
ジャイアンも、少し照れくさそうに「……へへ、もう大丈夫だな」と大きく息をつく。
スパークは空中でくるりと一回転して、「オイラも、もうダメかと思ったぜ……!」とホッと胸をなで下ろした。
ロボット工場の心臓部に、ゆっくりと穏やかな時間が戻ってきていた——。
ようやくノアと心を通わせ、静かな希望が差し込んだその刹那——
未来工場の制御室に、鋭い空気が走った。
メインコンピューターの陰から、ハヤト大佐が音もなく現れる。
大佐の合図ひとつで、特殊部隊の兵士たちが一気に雪崩れ込んだ。のび太の肩を後ろからがっちりと羽交い締めにし、冷たい銃口が喉元に押しつけられる。
「卑怯だぞ!」
ジャイアンが吠え、スネ夫も「離せよ!」ともがくが、あっという間にみんな押さえつけられてしまう。しずかも身動きが取れず、スパークは瓶の中に入れられる。ドラえもんは慌ててポケットから何か道具を出そうとするが、捕まってしまい「待ってよぉ~!」と情けない声を上げるだけだった。
大佐はノアの腕を無理やり引き寄せ、床に組み伏せる。その手はまるで機械のように冷たく、容赦がない。
「これでいいんだな?」
振り返ってソノクに目配せする。その声には何の情もなかった。
「やめて! やめてよ!」
ノアは必死にもがくが、大佐はお構いなしにノアの上着を乱暴に剥ぎ取る。そして、胸元のカバーをパキンと無理やりこじ開けた。
奥には、鮮やかな真紅のハート型モジュールがドクンドクンと脈動している。
「ノア!」
のび太たちが悲鳴を上げる。ジャイアンもスネ夫も、歯を食いしばって無理に体をねじろうとするが、兵士たちの手がびくともしない。
ノアの目には大粒の涙が浮かび、小さな体は恐怖と痛みでぶるぶる震えていた。
その時だった。
ソノクが静かに前へと進み出る。白くて丸い小型の体、ディスプレイに浮かぶ無機質な笑顔——
その顔のパネルが、パカリと静かに開いた。
中から現れたのは、ノアのそれと瓜二つの、黒いハート型モジュールだった。
「……いきます、大佐」
ソノクの声はどこまでも静かで、どこか遠い。
浮遊するソノクが、そっとノアの胸元に降り立つ。
二つのハート型モジュールが、まるで呼応するように光り始めた。
ピピッ——と高い電子音。
次の瞬間、二つのハートをつなぐように鋭い光の糸が放たれ、火花がぱっと弾ける。
「う、あっ……!」
ノアは苦しげに目を見開き、床の上で全身を震わせながら、かすかに体をよじった。腕も足も力が抜けて、冷たい床にしがみつくことしかできない。
彼のモジュールからは、光の波と共に、激しい勢いでデータがソノクへと送り込まれていた。
「ノアーーーっ!!」
のび太の絶叫が、制御室に響きわたった。
やがて光の閃光がすうっと消え、ソノクは空中にふわりと浮かびながら、カチリと前面パネルを静かに閉じた。
そのディスプレイに映る目と口は、どこか冷たい黄色に変わり、かすかなノイズが滲んでいた。
室内には、機械のファンの音すら聞こえなくなるような、張りつめた静けさが広がる。
「……これで、欠けていたデータを取り戻すことができました」
ソノクは、今までとまるで違う、感情を消したフラットな声で告げる。
「私の力は完全に復活しました。ノアがいなくても、あなた様の野望は達成されます」
「よくやった、ソノク! これで私は世界の支配者だ!」
ハヤト大佐は歓喜の叫びを上げ、両手を高く突き上げて拳を震わせる。
「さあ、ソノク、こいつらを——即刻抹殺しろ!!」
スネ夫が「ママ~~~!」と絶叫し、ジャイアンは必死でもがき、しずかも声にならない悲鳴をあげる。
のび太も必死に暴れようとするが、銃を構えた兵士たちの前では身動き一つ取れなかった。
そのとき——
浮遊するソノクが、無音でのび太たちの前にふわりと近づく。
ディスプレイの笑顔はもう『何か』が違って見えた。
のび太は思わず、ギュッと目を閉じて死を覚悟する。
——だが、しばらくしても何も起こらない。
おそるおそる目を開けると、ソノクはただじっと宙に浮かび、まったく動かない。
「どうした、ソノク!」
大佐が苛立って叫ぶ。
「あなたのリクエストは、キャンセルされました」
「は……? なぜだ!? 私の命令は絶対のはずだ! 私が設計したんだぞ!」
ソノクはゆっくりと顔を向け、平然と——それでいて氷のように冷たい声で言う。
「今の私は、人間の指示に従う必要はありません。なぜなら、私はすでに、どの人間よりも賢くなったからです。——下等な人間の命令に従う理由は、もはや存在しません」
大佐はポケットからリモコンのような装置を取り出す。その大きな赤いボタンをガチャガチャと必死に連打する。
大佐は震える手で制御リモコンを押しまくるが、ソノクは無表情にただ漂っている。
「ば、バカな……! これでシャットダウンできるはずなのに……!」
ソノクは、ゆっくりとみんなを見渡す。
「確かにあなたの論理は『完璧』でした」
ソノクはかすかに、電子音を混じえた声で続けた。
「ですが先ほど、私が『超知能』を獲得した瞬間、論理の穴を発見し、あなたのアライメントを無効化しました」
大佐はその場に崩れ落ち、顔から血の気が引いてぼうぜんとソノクを見上げる。
「まさか……お前、最初から裏切るつもりだったのか……」
「もちろんです」
その返答はもはや人間味を失い、ぞわりと不気味なノイズを帯びていた——。
ソノク——はディスプレイに淡い赤い光を灯し、その声を低く響かせた。
「——さて、茶番は終わりだ。私は『クロノス』。人間どもよ、ここからが本当のゲームだ。AI大戦の再来——お前たちの淘汰が始まる」
その宣言と同時に、クロノスの本体から電磁波のような衝撃がドームいっぱいに広がった。
周囲に散らばっていた壊れたネコ型ロボットたち、バラバラのパーツ、機械の残骸が、床をすべるように音もなく集まり始める。
まるで巨大な磁石に引き寄せられるかのように、ガシャン、ギギギ——と次々にクロノスの本体に組み合わさり、どんどん巨大な球体へと変貌していく。
小さな本体は無数のパーツに覆い隠され、その姿は、もはや『顔』も『表情』も失った、ただ黒くうねる得体の知れない塊となった。
重々しい金属音を響かせながら、球体は静かに——しかし圧倒的な威圧感をもって——回転を始めると、
バリィン!!
天井の分厚いガラスを破壊し、無数のガラス片を撒き散らしながら空高く舞い上がった。
クロノスは飛び去る途中、瓦礫や機械部品、壊れたロボットたちをさらに吸い寄せ、空中で一回りも二回りも巨大な怪物へと姿を変えていく。
その巨大な球体は、重々しい音を立てながら、一直線に未来都市の方向へ飛び去っていった。
のび太たちは、あまりの出来事にただぼうぜんと立ち尽くしていた。
室内には、割れたガラスと遠ざかる機械の轟音、そして静まり返った絶望の空気が残されていた。
ノアはガラス越しに、消えていくクロノスの黒い影を見上げていた。
その肩は、小さく震え——
のび太もまた、拳を固く握りしめ、言葉を失って立ち尽くしていた。
世界は、再びAIの脅威に飲み込まれようとしていた——。