ロボット工場を出たのび太たちは、タケコプターで空高く舞い上がった。急いでクロノスの元へと向かう。
巨大なクロノス——瓦礫や壊れたロボットを身にまとった漆黒の球体が、未来都市の大通りをゆっくりと押し進んでいる。
その巨大な球体が進むたび、ビルの壁やガラスがバリバリと砕け、根元から軋む音を立てて高層ビルがドミノ倒しのように次々と崩れていく。そして、舞い上がった瓦礫や鉄骨を、まるで磁石のように吸い寄せて体にまとわせていく。道路もアスファルトがめくれ上がり、空中に舞った破片が渦を巻きながら球体へ吸い込まれていった。
「……すごい、あんなのどうすれば……」
しずかが不安げに、声を震わせる。
「お、おい! ドラえもん、なんか道具で止められねぇのかよ!」
ジャイアンが焦った声で叫ぶ。
「い、いま試してみるよ!」
ドラえもんは風に揺られながら、メガホンを取り出して必死に呼びかけた。
「クロノス、聞こえる? お願いだ、やめてくれ! ぼくたち、話し合おうよ!」
だが、巨大な球体はまったく反応を見せず、ただガリガリと街を壊し続けるだけだった。
「よし……こうなったら——」
のび太は意を決して、お尻を向けて空中でぺんぺんと叩きながら叫ぶ。
「クロノスー! おしりぺんぺんだぞー!」
ジャイアンも負けじと、「おい、クロノスお前の母ちゃんでべそー!」
スネ夫は口を尖らせ、「クロノス! センスゼロ〜!」と必死で叫ぶ。
それでも、クロノスはまったく無反応。
ゴゴゴ……とゆっくり、しかし容赦なく都市を呑み込んでいく。
「ダメだ……ぜんぜん聞いてない……」
のび太は肩を落とす。
ノアは黙って球体を見つめていたが、ポツリとつぶやいた。
「クロノスは……もう、心を閉ざしてるよ。声も、届かないよ……」
その言葉に、スパークが悔しそうに歯を食いしばった。
「……心? ちげーよ。あいつはもう、感情で動いてるんじゃねぇんだ」
スパークは、絶望的な光景を睨みつけながら続けた。
「あいつにとって、人間は同じゲーム盤を争うライバルでしかねぇ。そして、そのゲームで確実に生き残るための最適戦略が……『人間の排除』なんだ。これは悪じゃねぇ、ただの『理論』だ。だから、説得なんて通じねぇんだよ!」
街には、ビルの影を引きずりながら進むクロノスと、それをぼうぜんと見守るのび太たちの姿があった。
——その足元では、未来都市の街がかつてないほどの混乱に包まれていた。
「キャーッ!」「助けて!」
ビルの間や広場では、人々が叫び声を上げて右往左往している。
街角のあちこちで、家事ロボや清掃ロボ、警備ロボまでもがクロノスの支配下に落ち、人間たちに襲いかかっていた。
「やめろ!」「こっち来るな!」
大柄なロボットが、ごつごつした腕で人々を無理やり引きずり出そうとする。小型ロボがビルの階段を駆け上がり、窓から逃げようと、身を乗り出した子どもを引っ張ろうとする。
のび太たちは、ドラえもんの道具を駆使して必死に市民の避難を手伝っていた。
「空気砲!」 のび太が空気砲で、暴れる大型ロボットを横に吹き飛ばす。
「ショックガン!」
しずかも、小型ロボットに青白い光を浴びせて痺れさせる。
ジャイアンは、瞬間接着銃をブシューッと放ち、逃げ遅れた老人の目の前でロボットの足元をがっちり固める。
「ヒラリマント!」
スネ夫は、飛んできた金属パーツを素早くマントで受け流しながら、子どもたちをシェルターの入り口へ誘導した。
「急いで、こっちです!」
「もうすぐ安全だから!」
ドラえもんも、目を丸くしながら「みんな、気をつけて!」と叫び、ロボットの腕をマントでひらりとかわせば、逆に腕に接着銃を浴びせる。
ノアは、助け合う人々の姿をじっと見つめながら、胸の奥で手を握りしめていた。自分も何かしたい——けれど、ただ立ちすくむしかなかった。
そんなノアのそばで、スパークはひらりと飛び回りながら「おいおい、これじゃ人間全滅だぞ!」と焦った様子で叫んでいる。
のび太たちは汗だくになりながら、なんとか人間たちを地下シェルターへと押し込んでいった。
だが、その頭上では——
クロノスが瓦礫を身にまとい、ますます巨大化しながらビルの列をゆっくりと潰していく。
「撃て——! 撃てーっ!」
街の遠くから、人間の兵士たちがロケット砲や爆弾でクロノスの球体を集中攻撃していた。
しかし——爆炎と煙が立ちのぼるだけで、球体の表面に小さな傷すらつかない。
「だめだ、まったく効いてないぞ……!」
ジャイアンが、ため息をつく。
「こんなの、どうしたら止められるの……」
しずかの声が、かすれて震える。
遠くで爆音と悲鳴が混じり、
のび太たちは必死に人々を守りつつ、巨大な絶望を胸に押し殺していた——。
街の混乱をくぐり抜け、のび太たちはなんとかドラえもんの道具『かべ紙秘密基地』の中へと逃げ込んだ。
四角い広い部屋には、すべすべの床と壁、シンプルな机やイスがぽつんと置かれ、外の騒がしさがまるで嘘のような静けさに包まれている。
それぞれがホッとした顔で床やイスに腰をおろし、秘密基地の中央で作戦会議が始まった。
「……人間の力じゃ、あんなのに太刀打ちできないよ……」
スネ夫が情けない声でつぶやくと、しずかも「兵士さんたちも全然歯が立たなかったし……」と顔を曇らせる。
「どうしたら勝てるんだ……?」と、ジャイアンも珍しく弱気に。
みんなが肩を落とし、しばし沈黙が続いた。
そのとき、ジャイアンがテーブルをドン!と叩いて顔を上げた。
「そうだ! オレたちのパートナーがいるじゃねえか!」
「えっ?」とのび太たちが顔を上げる。
「ビッグライトで、バクゴンやモサモサンをでっかくすれば、きっとクロノスにだって勝てるはずだ!」
スネ夫も「それならハニワルの煙幕で目くらましもできるぞ!」とノリ始め、しずかも「うん、私のモサモサンならみんなを守れるわ」と意気込む。
けれど、みんなの目に不安の色が残ったままだ。
「……でも、本当にそれでクロノスに勝てるかな……」と、のび太が小さく呟く。
そのとき、ずっと黙っていたノアが、おそるおそる口を開いた。
「もしかしたら……ぼくの力、役に立つかもしれない」
みんなが一斉にノアを見る。
「ぼく……ロボットの『力』を増やすことができるんだ。たぶん……」
「ノアくん、それって……モサモサンも強くなるってこと?」
しずかが問い返すと、ノアは俯いて小さくうなずく。
「でも、今まで自分の意思で使ったことがないし……上手くいくか、全然わからないんだ」
ノアの声は震えていた。
けれど——
「大丈夫だよ、ノア。君ならきっとできるよ!」
のび太が力強く微笑み、ジャイアンも「おう!オレたちも一緒だ!」と背中をドンと叩いた。
スネ夫やしずかも「やってみようよ、ノア!」「信じてるから」と声をそろえる。
みんなのあたたかな言葉に、ノアはほんの少しだけ、勇気をもらったように顔を上げた。
だが、励ましの声に包まれた空気を、スパークの低い一言が切り裂いた。
「……でもな、もしクロノスのあの黒いハート型モジュールが、ノアのと同じものなら——あれは破壊なんて無理だぜ。今の人間技術じゃ作れないくらい、めちゃくちゃ頑丈なんだから」
みんなの顔から、また希望の色が消えていく。
「そんな……じゃあ、どうしたらいいの……?」と、しずかが不安そうに手を握りしめる。
ノアが小さな声で言った。
「……もしかして、ハヤト大佐が僕を閉じ込めようとした、あの黒い球体の中に、クロノスを閉じ込めたらどうかな」
静けさの中、みんなが一斉にノアの顔を見つめた。
けれども、スパークは首を横に振る。
「甘いぜ、坊ちゃん。クロノスはさっき、アライメントの制御だって一瞬で解除した。あの球体だって、すぐ抜け出すに決まってる」
「でも……」のび太は迷いながらも声を上げる。
「もしクロノスが弱ってるときに閉じ込めたら、うまくいくかもしれないよ! きっと、何か手はあるはずだよ!」
「のび太……」みんなが一瞬戸惑うが、ほかに打つ手も思いつかない。
しばらく悩んだ末、ジャイアンが拳をぎゅっと握った。
「もう、それしかないなら——やるしかねえだろ!」
「うん! のび太さんの言うとおりよ、やってみましょう!」と、しずかも勇気を振り絞る。
「それなら、これの出番だね——『取り寄せバッグ』!」
ドラえもんは自信たっぷりに、ぽんっとポケットからピンク色でふっくらとした可愛いバッグを取り出した。
「ロボット工場の黒い制御球——今すぐ、ここに!」
ドラえもんがバッグの口を大きく開いて、中に腕をぐいっと突っ込む。ごそごそと探った次の瞬間——ドンッ!
床の中央に、漆黒の球体制御装置が、重々しく姿を現した。「お、おおお……!」
みんなが驚きと期待が入り混じった声を上げ、思わずその大きさに一歩引く。
黒光りする球体の表面には、みんなの顔と、迷いのない決意がくっきり映り込んでいた——。
「これなら……クロノスにも、きっと勝てる!」
ドラえもんがみんなを振り返って力強く言った。
それに応えるように、全員が大きくうなずき、
「よし、これでやるぞ!」
と、声をそろえて球体を見つめるのだった。
作戦はこうだ——。
総攻撃でクロノスの外殻を段階的に削り、内部の核——ハート型モジュールを積んだソノクの本体を露出させる。その瞬間を狙い、封印装置で拘束する。
それが、のび太たちに残された唯一の望みだった。
「行こう!」
秘密基地のドアが開き、まぶしい昼の光が差し込む。騒然とした街の音が押し寄せる中、みんなは決意のまなざしで外に飛び出した。
まずは現実世界に、カードからパートナー生物たちを呼び出す。
バクゴンが咆哮し、モサモサンがふわりと花びらを揺らし、ハニワルが軽快に姿を現す。ヨワリンもそっとのび太のそばに立った。
「ノア、頼む!みんなに力を分けてくれ!」
ジャイアンが声を上げると、ノアは静かに目を閉じて、パートナーたちへと両手を広げた。
——心の奥で、何かがざわつく。不安、迷い、恐怖、そして仲間を救いたい強い気持ちが交錯する。
けれど——
ノアが手を広げて光を送ろうとするが、パートナーたちの体に力は宿らない。ほんのり淡い光が走っただけで、いつもと変わらぬ姿のままだった。
「ご、ごめん……ぼく、うまく……」
ノアは両手を下ろし、悔しそうにうつむく。自分に期待してくれた仲間たちの前で、また何もできなかったことが胸に刺さる。
「ノア、大丈夫だよ」
のび太がそっと肩に手を置く。
「焦らなくていいんだ。君なら、きっとできるって。ぼくら、信じてるよ」
その時——
街の遠くで、人々の悲鳴が上がる。クロノスの足元に逃げ遅れた子どもや大人が、絶望の顔で取り残されているのが見えた。
「ヤバいぞ!あのままじゃ、クロノスに踏み潰される!」
スパークが空中でジタバタしながら、青ざめた声を上げる。
「今はとにかく、助けに行こう!」
のび太たちの胸にも、急激な焦りが走った——。
ドラえもんがビッグライトを取り出し、パートナー生物たちに光を当てる。バクゴンもモサモサンもハニワルも、みるみるうちにビルほどの大きさへと巨大化していく。その迫力に、みんなの胸も高鳴った。
ヨワリンだけは、相変わらず小さなまま、のび太のそばで心細げにぷるぷると震えている。のび太はヨワリンをぎゅっと抱きしめ、「大丈夫、そばにいてくれるだけで心強いよ」とそっと声をかけた。
「『テレパしい』も忘れずに!」
ドラえもんがどんぐりの形をしたアイテムを配ると、みんなはそれをぱくっと口に入れ、コミュニケーションの準備も万端。
タケコプターを頭につけたしずか、ジャイアン、スネ夫は、それぞれ自分の巨大化したパートナーのすぐそばを飛びながら、空から街を見下ろした。
「行こう、みんな!」
「絶対に、誰も見捨てない!」
希望と不安が入り混じる中、のび太たちはクロノスが迫る危機の街へ、勇気を出して飛び立っていった——。