木々が茂り、光がさえぎられた箱庭の奥——『不思議な森』。
ふわふわとした光が木漏れ日のように揺れていて、空気もどこかひんやりしている。
「どこだろ……ぼくの生き物……」
のび太は木の間をくぐり、茂みをかきわけながら進んでいく。
そのときだった。
ふと前方の開けた場所に、ぽつんと誰かが座っているのが見えた。
——子ども?
「え……?」
青白い光が差し込むその場所に、小さな少年がちょこんと座っていた。
やわらかな金髪に、水色のシャツ、短いズボン。まるで絵本から抜け出してきたような、まっさらな子ども。
彼はその手の先で、青くてぷにぷにした生き物を、指でつんつんとつついていた。
「ぷに……」
「わあっ、やわらか〜い! きみ、なにこれ、かわいい〜!」
無邪気な声。まっすぐな笑顔。
その小さな子どもは、うれしそうに笑いながら、青い生き物に頬をすり寄せた。
「……えっ? あれ、ぼくの……」
のび太がぽつりとつぶやいた。
「のび太くん、あれ……誰だろう?」
ドラえもんも後ろからのぞき込む。
気配に気づいたのか、少年がふり返った。ぱっちりとした大きな目が、のび太たちを見つめた。
「こんにちは〜!」
少年がぱたぱたと駆け寄ってくる。
「この子、すっごくかわいいね! よわよわしてて……えっと……よわ……ヨワリン! うん、それっぽい!」
「えっ!? い、いま名前つけたの!? え、ええ〜っ!」
のび太が口をぱくぱくさせている間に、青い生き物は「ぷにぃ……」と照れたように少年の後ろにぴたっとくっついた。
「でも……あれ、ぼくが作ったのに……」
のび太が少ししょんぼりすると、ドラえもんがぽんっと肩をたたく。
「うん、でもあの子、すっごくうれしそうに見えるよ。きっと……名前もらえてよかったんだね」
のび太は少し黙ったあと、小さくうなずいた。
「うん……そっか。ヨワリン、ね……」
少年がぱちくりと瞬きをする。
「きみたち、だれ〜?」
「ぼ、ぼくは野比のび太。こっちはドラえもん!」
「のびた……どらえもん……ふーん、かわいい名前!」
「そ、それはそっちが言う!? ていうか君こそ、誰なの?」
少年はちょっと困ったように首をかしげた。
「えっと……ノア。名前はノア。でも、それ以外は……わかんない」
「えっ……?」
「目が覚めたらここにいたの。ほかのこと、なんにも思い出せないや」
けろっと言うその表情は、どこか不思議に澄んでいて、のび太は返す言葉に困ってしまった。
「でも、ぼくこの子、気に入っちゃった。ずっと一緒にいてもいい?」
「えっ、えっと……べ、別にいいけど……」
そのとき——
「のび太ーーーっ!! ドラえもーーーん!! おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい!!」
爆発するような声とともに、スパークがぶっ飛んできた。
「ようやく見つけた……って、おい、なにこれ!? こいつはなんだ!? 誰だ!? いつ!? どこから!? なぜ!? どうやって!?」
「質問多い!!」
「え? この子、ノアって言うんだよ」
ドラえもんが説明すると、スパークはピタリと動きを止めた。そして、ゆっくり振り向いて——
「……え? ノ、ノ、ノ……ノアァ!?!?!?!?!?!?!?!?!?」
「反応おかしすぎるでしょ!」
「だ、だって!? どこから来た!? 誰が連れてきた!? 何のために!? なぜ!? どうして!? 存在が……存在が反則だーーーっ!!」
「もう意味わかんないよ!!」
のび太が叫んだ。
ノアはというと、そんなスパークの様子をキョトンと見上げて——
「このおじさん、うるさいね」
「おじさん!? 今、誰が『おじさん』って言った!? いったよね!? 聞き逃してないぞ!?」
「ねぇ、のびた〜、この人ずっとしゃべってる〜」とノアがくすくす笑う。
その笑顔に、のび太はなぜか——ちょっとだけ胸があたたかくなった。
「……ねえ、ドラえもん。この子、連れて帰ってもいいかな」
「もちろん。困ってる人は助けなくちゃ。のび太くんがそう思ったなら、きっと間違いないよ」
ノアはパッと顔を輝かせて、楽しそうに叫んだ。
「やったぁ〜! じゃあ、ヨワリンもいっしょだよ!」
「ぷにぃっ!」
こうして、のび太・ドラえもん・ノアとヨワリン——不思議な出会いが、ひとつの『はじまり』となった。
「みんな〜! あのね……ちょっと変な子、拾った……」
のび太が茂みをかき分けながら、ノアの手を引いて戻ってくると、しずか、ジャイアン、スネ夫が顔を見合わせた。
「だれ、それ?」
スネ夫が眉をひそめた。
「うそ……子ども?」
しずかが思わず前に出る。
「どこから入ってきたんだ?」
ジャイアンは周囲を警戒するようにキョロキョロと見回す。
ノアはというと、みんなの視線など気にする様子もなく、ふわふわとした足取りでバクゴンのしっぽをつかんでみたり、ハニワルにスコップで砂山をつくってもらったり、モクモサンに顔をうずめて「もこもこ〜」と笑っていた。
「……ねえ、ドラちゃん。この子、まさか——迷子じゃないわよね? 親が探しているんじゃい?」
しずかが心配そうにたずねる。
「それっぽいけどな……」
スネ夫も腕を組んで考え込む。
「おいのび太、連れて帰ってきたってことは、どうすんだよ? ちゃんと警察とかに——」
「はいはいはい、ちょっとストーップ!」
スパークが宙にひゅっと舞い上がり、みんなの真ん中で両手を広げて制した。
「いいかい? こいつは箱庭の中で見つかったんだ。外から来たとかじゃない。つまり、この世界と何かしらの関係があるってことだろ?」
「そ、そんなのわかんないじゃん!」
スネ夫が言い返す。
「それに、のび太にこんなになついてるんだぜ? あれ見てみなよ。」
ノアは今、ヨワリンを両手でそっと抱えあげ、じっと目を合わせていた。
その隣では、のび太もしゃがみこんで見守っている。
「よーわーりーん! ふにゃふにゃだね〜〜」
「ふにゃ〜〜」
ヨワリンもまんざらでもなさそうに、ノアのほっぺに自分の顔をすりよせる。
「わっ……ヨワリン、そんなことぼくにしないのに……」
のび太が驚きながらも、なんだか嬉しそうに笑った。
「……すごい、この子。動物と話してるみたい……」
しずかが思わずもらす。
「ま、しばらくはこっちで様子見しよう。なにより、のび太が見つけたんだ。責任とってもらわないと!」
スパークが強引にまとめると、ドラえもんも苦笑してうなずいた。
「うん……とにかく、一緒に遊ばせてみようか」
「やったあ〜! みんなとも、あそぶー!」
ノアは目を輝かせて、バクゴンの背中によじのぼる。
「お、おい!? おれのバクゴンになにすんだー!」
「へえ、意外と元気そうじゃない。……ねえ、名前、なんていうの?」
しずかがしゃがんでノアにたずねた。
「ノア!」
「名字は?」
「んー……ノアしかわかんない!」
「えぇ……」
みんな、なんとなく目を合わせる。明らかに普通じゃない。でも、悪い子じゃなさそうだ。
「ま、いっか。名前だけでもわかったし」
ジャイアンがぽりぽり頭をかく。
ノアはハニワルに手を引かれ、スコップで何かを一緒に掘っていた。モサモサンには葉っぱを頭に乗せてもらい、嬉しそうに笑っている。
「……うーん、やっぱり不思議な子だなぁ」とドラえもん。
「でもさ、なんかこう……放っておけないよね」
のび太がぽつりとつぶやくと、みんなも自然と視線を交わし、うなずいた。
——新しい仲間が、ひとり増えた。
空はどこまでも澄みきって、箱庭の大地には、誕生したばかりの生き物たちの息吹が満ちていた。
「さーて! それじゃいよいよ……本番スタートだ!」
スパークが勢いよく宙返りを決めながら叫んだ。
「この『わくわく箱庭ランド』にはな、目標ってもんがあるんだ。おまえら、ただ生き物作って終わりじゃないぞ?」
みんなが顔を見合わせる。
「目標?」
ジャイアンが眉をひそめる。
「そう! この世界でいちばん大事なのは——どれだけ多様な生き物を、ちゃんと生き残らせられるか!」
「たくさん生き残ればいいの?」
しずかがたずねる。
「それだけじゃ甘いな。数だけじゃなく、種類も、バランスもだ。環境に合った暮らしができるか。他の生き物とうまくやっていけるか。そういう『生きのびる力』も大事なんだよ!」
「へえ、なんかゲームみたいで面白そうだな」とスネ夫。
「ゲームってほど甘くねえぞ!」
スパークがピシッと指をさした。
「この箱庭じゃ、生き物たちは餌の量と環境の相性、他の種との関係で増えたり減ったりする。そういうルールなんだ。だから——バランスが命!」
スパークは、くるりと回って自慢げに笑うと、頭の三角帽子に手を突っ込み、中から小さな四角い箱をいくつも取り出した。それぞれラベルがついている。
「『チカラ』『ハヤワザ』『カシコサ』『タフネス』……全部、餌だ! おまえらの生き物たちは、これを食べて元気になり増えていく! でもな——」
スパークの目がきらりと光る。
「与えすぎたり、偏りすぎたりしたら逆効果! 強くなりすぎた種が暴れて、他の生き物が絶滅したり、逆にうまく立ち回れずに全滅したり……弱肉強食ってのは、忘れちゃいけないルールだぞ?」
みんな、思わずゴクリとつばを飲みこんだ。
「じゃあ、まずは『おためし』を見せてやるか!」
スパークはふたたび宙でくるくる回りながら、帽子に手を突っ込む。
地面に放たれたのは、小さな生き物たちの集まりだった。体の色も大きさもバラバラで、それぞれ違った雰囲気をまとっている。
「こいつらは『おためし生物』。この箱庭ランドに、はじめから入ってる基本のセットみたいなもんだな!」
中には、ひときわ小さな、チョロチョロとすばしっこく動くネズミ型の生き物もいた。
「ひゃああああっ! ね、ね、ね、ネズミーーーッ!!」
ドラえもんが飛び上がって、のび太の背中にしがみついた。
「ど、どうしてそんなの混ざってるのぉ〜!?」
「え? たまたまだよ? おためしだからな〜」とスパークはとぼけた顔で笑い、
「こいつらには負けるなよ?」と、ニヤリと目を細めた。
「さあ、そろそろ各自のエリアに行って、自分の理想の環境を作ってこい!」
みんなは頭にタケコプターを装着し、スパークから貰った『天地創造ステッキ』と『ねんどロボ』を手に持った。
「エリアの場所は自由だ。北でも南でも、山でも水辺でも、好きな地形を作れ! あとで合流して、おたがいのエリアを紹介しようぜ!」
「わー、楽しみね!」
しずかが目を輝かせる。
「おれ、めっちゃカッコいいの作るぞー!」
ジャイアンが意気込む。
「フフフ……みんな驚くぞ〜」とスネ夫はニヤリ。
「じゃあ、みんな、行くぞーっ!」
それぞれの夢と好奇心を胸に、3人はタケコプターで空へ舞い上がり、自分だけの世界へと飛び立っていった。
残されたのび太は、草原にちょこんと座りながら、そばのノアとヨワリンを見つめていた。
「……よーし、ぼくももう一体、生き物つくるぞ!」
のび太が立ち上がって、ぐっと拳を握る。
「今度こそ最強のやつだ! ジャイアンに負けないくらい強くて、すごくて……!」
「おいおい、力が強けりゃ最強ってもんじゃないぜ?」
スパークがふわりと宙に浮き、くるりと一回転しながら言った。
「え?」とのび太が首をかしげる。
「この世界じゃ、力だけじゃ生き残れないんだ。バランスが大事だって言っただろ? たとえば、『他の生き物とうまくやってくやつ』。そういうの、めっちゃ生き残るぜ?」
「相手を倒すだけが、生き残るって意味じゃないんだよ」と、ドラえもんも補足する。
のび太は、そっと草むらに目を落とした。
ヨワリンが一人、ぷにぷにと動いているのが見える。さっきから他の生き物とあまり関わらずに、ぽつんとしていた。
「……でも、強いって、どういうことなんだろう。ジャイアンのバクゴンみたいな、どかーん!ってやつも強いし、スネ夫のは頭よさそうだし……」
のび太は、ねんどロボのやわらかい粘土を見つめながら、考え込んだ。
「ぼくは……ぼくの生き物には、あんまり争ってほしくないな。誰かを助けたり、守ったり……そっと寄りそってくれるような、そんなの……」
言いながら、のび太の頭の中には、ふわふわで、白くて、やさしい目をした生き物の姿がぼんやりと浮かんでいた。
「……みんなに優しくできることが、強さってことかも」
その言葉に、ノアがぱちくりと瞬きをして、興味深そうにのび太を見つめた。
ドラえもんは、そんな二人の様子を見て、にっこりとうなずいた。
「よーし、つくってみよう!」
のび太はねんどロボを手に取り、ふにふにと粘土をこねはじめた。さっきよりも真剣な表情で、やさしく丁寧に手を動かす。
「やわらかくて……白くて……見ただけで、ほっとするような……」
のび太の手の中で、ふんわりと丸いフォルムをした生き物が少しずつ姿を現していく。まるで牛のような、小さな角が頭にちょこんと生えていて、白くもこもこの毛におおわれていた。
つぶらな黒い瞳がきょろきょろと動き、くるんとしたしっぽがふわふわと揺れる。後ろ姿には、淡いクリーム色の大きな斑点がぽんとのっていた。
二本の足で立ちあがると、どこか人懐っこいような、守ってあげたくなるような雰囲気をまとっている。
「できた! 名前は……フワミルク!」
のび太が嬉しそうに言うと、フワミルクは「も〜っ」と小さく鳴きながら、ちょこんと頭を下げておじぎをした。
「おお、さっきよりマシになってんじゃん?」スパークが粘土の残りかすをつまみながら、感心したように言った。
だがその横で、ヨワリンがじっとフワミルクを見つめていた。
「ぷに……」と、どこか寂しげに、小さな体をふるわせて。
「……ヨワリン?」
のび太が声をかけると、ヨワリンはそっぽを向いて、草の上にぽすんと座りこんだ。
「ま、今はそいつのことは後でいい。まずはコイツに、エサをやってみな!」
スパークが投げてよこしたのは、小さな箱に入った『カシコサ』のエサだった。やさしい光が漏れていて、ふんわりとした香りがする。
「……強くなるんじゃなくて、誰かの役に立つように。そっと助けたり、みんなが安心できるような……」
のび太は願いをこめながら、フワミルクに餌を差し出した。
「もぐ……もぐ……」
フワミルクはうれしそうに、もこもこのしっぽをふりながら、ちいさな口を動かして餌をゆっくりかみしめた。食べ終わると、のそのそと歩いてきて、のび太の横にぽすんと腰を下ろした。
「も〜……」
やさしく鼻を鳴らしながら、ぬくもりを分け合うようにのび太に体を寄せる。
「……よかった」
のび太は思わず微笑んで、その頭をそっとなでたとき、ふとヨワリンのことが気になって振り返った。
「ヨワリンにも……エサ、あげるね」
のび太は、同じく『カシコサ』のエサを差し出してみたが——
「……ぷに」
ヨワリンは一度ちらりと見ただけで、ぴたりと動かなくなってしまった。じっとエサを見つめながら、まったく口をつけようとしない。
「……あれ? 食べないの?」
「そいつ、食べなくても死にはしないけどな」
スパークが肩をすくめた。
「でも、増えもしないぜ。食べてくれなきゃ、種としての未来はないってことさ」
そのとなりでは、ドラえもんの『どら焼きマン』が、次々に餌箱へと顔を突っ込み、ひたすらむしゃむしゃと食べ続けていた。
「もぐもぐ……もぐもぐ……」
どら焼きのような体がぷるぷる揺れながら、餌を丸呑みにしていく姿に、のび太は目をぱちくり。
「……君は、わかりやすいなぁ……さすが『どら焼き』だね……」ドラえもんが苦笑しながら肩をすくめた。
そんなやりとりを聞きながら、のび太は地面にごろんと横になった。
「なんか、つかれた……」
あたたかい風が草をなで、太陽の光が心地よく照りつける。ヨワリンが寂しそうにすり寄ってくると、のび太は目を細めた。
「もう……ちょっとだけ……ねむ……」
ドラえもんがそっと隣に腰を下ろし、のび太の顔にかかりそうな葉っぱを手でよけてやった。
「……ぼくもちょっとだけ……」と、彼も隣で目を閉じた。
それを見ていたノアも、ふわっと笑って、ヨワリンの隣にぺたりと座り込む。
「ぷにぷにしてて、きもちいい〜……ねむ……」
そして——
「やれやれ……」
スパークは空中で腕を組み、ため息をついた。
「創造主チーム『ドングリの会』は……だいたい、こんな感じだよな……」
それでも、彼の口元にはどこか、やさしい笑みが浮かんでいた。
だが、彼らはまだ気づいていない。その平和な光景を、少し離れた草むらの茂みから、何対もの目がじっと狙っていたことを——。