ドラえもん のび太とAIの子   作:マタタビネコ

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第5話 はじめてのスパゲッティ

「ぎゃあああああああっっっ!!!」

 けたたましい叫び声で、のび太は飛び起きた。

「な、なにっ!? 火事!? 怪獣!? えっ、テスト!?」

「ちがう! もっと怖いものだよ!!」

 顔面を真っ青にしたドラえもんが、のび太の腕をがしっとつかんで震えている。

「ど、どしたのドラえもん……!?」

「み、見てよっ、あれぇぇえええええ!!」

 のび太が指さす先を見てみると……そこには、どら焼き型のふよふよ生物『どら焼きマン』たちが、増えて草むらで集まっていた。

 が——

「ひえええっ!! ネ、ネズミィィィィィ!!」

 さきほど『おためし生物』として出された中の一種、チョロチョロとすばしっこく動く小型ネズミたちが、どら焼きマンたちの匂いにつられて集まってきていたのだ。

「や、やばい、やばい、やばいっ! ぼくのどら焼きマンがっ! た、食べられちゃうぅ〜!!」

「ちょ、落ち着いて!」

 のび太があわてて止めようとするが、時すでに遅し——

「こ、こうなったら最終手段だっ!!」

 ドラえもんはポケットをごそごそとかき回し、

「『地球破壊爆弾』〜〜〜っ!!!」

 一瞬、その場の空気がピーンと張りつめる。みんなの顔が一気に青ざめ、のび太も思わず固まった。

「ちょっと待ったーーーーっ!!!」

 光がきらめき、スパークが空から飛び降りてきた。

「やめろやめろやめろやめろ!!! ネズミ退治に地球壊すとかどういうバランス感覚してんのさっ!」

「だってネズミだよ!? こわいんだよ!? もうあいつらは絶滅していいよぉ!!」

「うわああああああんっ、やめてぇぇぇ〜〜!!」

 のび太も必死でドラえもんにしがみつき、爆弾を取り上げる。

「と、とにかく、ネズミを追っ払おうよっ!」

「それができるなら苦労しないよぉぉぉ!!」

 だが、その騒ぎに驚いたのか、ネズミたちはピョンピョンと逃げるように草の中へ消えていった。

「はあ……はあ……命拾いした……地球が……」

 スパークが空中に浮かびながら、ぐったりと座り込んだ。

「も、もう……やっぱり防犯対策しておかないと……!」

 ドラえもんは涙目でポケットをごそごそし、手のひらサイズの小さなロボットを取り出した。

「『ガードマンロボット』!」

 ポンッ!という軽い音とともに、ドラえもんの手のひらから飛び降りる。警察官のような帽子をかぶった、小柄でずんぐりした体型。目はきらりと光っていて、胸にはバッジが光っていた。

「よし……次にネズミが来たら、びしっと追い払ってね……お願いだから……!」

 ガードマンロボットは敬礼のポーズを取ると、どら焼きマンたちの周りを巡回しはじめた。

 その様子を、少し離れた木陰から、ノアがじっと見つめていた。

 目をぱちくりとさせながら——でも、どこか、その光景を何かの断片のように、深く刻みつけているような、静かなまなざしだった。

 

 夕暮れのようなやわらかい光が草原を染める中、空の彼方からプロペラ音が近づいてきた。

「おーいっ!! 帰ったぞーっ!!」

「たっだいまーっ!!」

「ふふん、お待たせ〜!」

「ジャイアン! しずかちゃん! スネ夫!」

 のび太が手を振ると、3人はそれぞれ満足げな顔でタケコプターで降りてきた。

「聞けよ! オレの『火山ドームエリア』、マジでスゴいんだって!!」

 真っ先に胸を張ったのは、もちろんジャイアン。

「山ってレベルじゃねえぞ? ドッカーン!って火が吹く火口が3つ! マグマの川がぐるっと流れてて、真ん中に『バクゴンのすみか』も作った!」

「えぇぇ!? すみかあるの!?」

 のび太が驚く。

「もちろんだ! 自動的に溶岩風呂がわくんだぞ! 男のロマンだろ!!」

「熱すぎて住めないよぉ……」

 ドラえもんがぶるぶる震えた。

「まぁ……わたしのエリアとは、正反対ね」

 しずかがにっこりと笑いながら言った。

「『グリーンガーデンレイク』って名づけたの。森と湖が中心で、風の通り道には白い花が咲いててね……モサモサンたちが暮らしやすいように、ふかふかの草原も広げておいたの」

「それ、絶対ヨワリン向きじゃん……」と、のび太がぽそり。

「湖の真ん中に小さな島を作ったら、なんだか見たことないアヒルっぽい生き物が勝手に踊ってたのよ〜。スパークのおためし生物かしら? もう、かわいくって! モサモサンも、じーっと見てて……なんだか気に入ってたみたい。」

 スパークは目を丸くして叫んだ。

「えっ、もうそこまで行ってたのか!? まあ、モサモサンが気に入ってたなら平気だな!」

「ふっふっふ。お待ちかね、都市設計師スネ夫様のターンだ!」

 スネ夫が前髪をかき上げながら一歩前に出る。

「その名も、『オアシスシティ・サバクゾーン』!! 砂漠と文明の融合さ!」

「名前だけは、やけにカッコいいね……」

 ドラえもんが小さくぼやく。

「砂漠の中に、ちゃんと井戸と市場もあるんだ。あと、ハニワルたちが建設中の石の塔もあってね……まさに知性の花咲く不毛地帯!」

「……なんか、言ってることちぐはぐじゃねぇか?」

 ジャイアンが眉をひそめる。

「しかも、砂嵐がときどき来るんだけど、それを見張る『予知タワー』を建てておいたのさ。……もちろん、ちゃんとは動かないけどね。雰囲気重視ってやつ!」

「予知って何さ!? 未来でも見えるのか!?」

 スパークが目を白黒させていた。

 みんな思い思いに自分のエリアを語り合い、草原にはにぎやかな笑い声が響いた。

 けれど、空の色は次第に赤く染まり、箱庭の時間もゆるやかに終わりに近づいていた。

「……そろそろ、今日はおしまいにしましょうか」

 しずかが小さく言うと、みんなが少しだけ名残惜しそうに顔を見合わせた。

「ふぁ〜……オレ、今日マジで頑張ったしな……」

 ジャイアンが大あくびををする。

「ボクも……明日こそ、文明開化だ……」

 スネ夫はどこか夢うつつ。

「ヨワリンも……そろそろ、眠たいのかな……」

 のび太がしゃがみこみ、小さな青い生き物をそっと抱き上げた。

 隣でノアもそっと手を添え、ぬくもりを感じるように目を細めた。

「じゃあ、いったん解散! 明日、また集合なっ!」

 スパークが手をぐるぐる回して、空へジャンプする。

 ——こうして、にぎやかな一日が幕を閉じた。

 それぞれの想いと、生まれたばかりの世界を胸に秘めて——

 仲間たちは、箱庭の夜に別れを告げた。

 

            *

 

 夕焼けが差しこむ、のび太の部屋。

 床の上には、さっきまで入っていた箱庭ランドの箱がぽつんと置かれている。外はすっかり静かで、虫の声がかすかに響いていた。

「ふぅ〜……やっぱ、疲れた〜……」

 のび太はごろんと床の上に寝転んだ。

 その横では、ノアが部屋の中をきょろきょろと見回していた。

 押し入れ、本棚、机、天井……見るものすべてが珍しいらしく、目をきらきらとさせている。

「ねえ、これなに?」

 ノアはふいに、机の端に置かれた鉛筆立てを指さした。

「ん? ああ、それ? えんぴつっていって……勉強するときに使う道具だよ」

「ふーん、べんきょう……ってなに?」

「えっ、えーっと……うーん……まあ、なんかこう……字とか、数とか、覚えるやつ!」

「ふーん……なんか、むずかしそう」

 ノアは鉛筆を一本そっと手に取って、くるくると回してから元に戻した。

 次に向かったのは、棚の上に置いてある地球儀だった。

「これ、なに? まるい!」

「えっ、ああ、それは地球っていうんだ。ぼくらが住んでる星の模型ってやつ」

「ちきゅう……へええ、まるいんだ〜」

 ノアは地球儀を両手でそっと抱えて、まるで宝物のように見つめた。

 その無邪気な仕草に、のび太は思わず笑ってしまう。

「へへ……ノアって、なんか赤ちゃんみたいだな」

「えへへ〜。だって、なんにもおぼえてないし」

 その時だった。

 ノアがふと、本棚の前に立ち止まった。

 ぎっしり詰まった本の背表紙を、ひとつずつ指でなぞるように見つめていたが——

「これ、なにが書いてあるの?」とつぶやきながら、本を一冊、そっと引き抜いた。

 すると——

 本の隙間から、ひらりと一枚の紙が舞い落ちた。

「……あれ? これ、なに?」

「えっ!!」

 のび太があわてて飛び起きた。

 ノアが手にしていたのは——

「や、やめて! それは見ちゃダメ〜〜!!」

「えっ? どうして?」

 ノアは不思議そうに、0点と大きく赤い丸がつけられたテストの紙を見つめていた。

 くしゃくしゃの角、消しゴムで消した跡、ところどころの落書き。まるで戦いの痕のようだった。

「こ、これは……その、うーん……えっと、ぼくがちょっとだけ、うっかり……ね?」

 のび太は顔をまっかにしながら、そそくさと紙を取り上げて机の奥に隠した。

「それ、たいせつなの?」

「だ、だいじじゃない! というか、ぜんぜんちがう!」

 ドラえもんがくすっと笑って口をはさんだ。

「ある意味、のび太くんの歴史資料かもね」

「いらないよそんな資料ーっ!!」

「そっか〜」

 ノアは首をかしげながらも、にこにこと笑っていた。

 そして、ポン、と床の上にぺたりと座って言った。

「でも、のびたって、おもしろいね。ヨワリンにやさしいし、ふわふわしたのつくるし、変な紙ももってるし!」

「変な紙言うなーっ!」

 のび太が頭をかきながら叫んだ、そのとき——

「……ねえ、のびた……」

「ん?」

「おなか、へった〜……」

 ノアは自分のお腹をぽんぽんと叩きながら、ちょっと困った顔をした。

 まるで「ごはんって、どこで出てくるの?」と言いたげだ。

「ええっ!? そっか、まだなんにも食べてないんだ……!」

 のび太も慌てて立ち上がる。

「う〜ん……台所に行けば、なんかあるかも!」

「いこういこう〜!」

 ノアはうれしそうにのび太の手をぎゅっと握った。

「じゃあ、ドラえもんも行こ!」

「ぼくもお腹が空いてきたよ〜」

 3人はそろって部屋を出て、階段をトントンと下りていった。

 そして、台所の入口にさしかかった、そのとき——

「まあ、のび太。どこにいたの……って、あら?」

 のび太のママが、ふきんを手に立っていた。

 視線の先には、にこにこと笑う金髪の少年。

「まぁ〜〜、可愛い子! どこの子? え? え? えぇ〜〜〜!?」

 ママの目がまるで漫画のようにぐるぐるしはじめる。

「え、え、えっとぉ……ちがっ……その……」

 のび太が汗をだらだら流しながら振り返ると、ドラえもんがさっとポケットに手を入れた。

「よし、こういうときはこれだっ! 『催眠グラス』〜!」

 ドラえもんは素早くママの目の前で眼鏡をかけた。

「ママ、この子はね……親戚の子だよ。今日から泊まりに来てるの、忘れたの?」

 ママは一瞬きょとんとしたが、すぐに「……あら、そうだったわね!」と笑顔に戻った。

「のびちゃんったら、ちゃんと教えてくれなきゃダメじゃない。夕飯、いま作ってるところなの。スパゲティでいいかしら?」

「う、うんっ! ありがとうママ!」

 のび太は、心の中でドラえもんに五億点のありがとうを送った。

 

 やがて——

 台所のテーブルには、湯気の立つスパゲティが並べられた。

 のび太、ドラえもん、ノアが席につき、ママは笑顔でその様子を見守っている。

「いただきま〜す!」

 のび太がフォークを手に取り、くるくると麺を巻きつけて口に運ぶ。

 その隣で、ノアはスパゲティをじーっと見つめていた。

「……これ、どうやってたべるの?」

「え? ……あ、フォークこうやって持って、くるくるって巻いて……」

 のび太が実演してみせるが、ノアはぎこちない手つきでフォークをにぎり、

「うーん……くるくる……? あれ……? まきまき……」

 ブシュ!

「うわっ!」

 勢いあまってスパゲティが飛び、ドラえもんの顔にケチャップがベチャッ!!

「わっ!? ドラえもんごめん〜〜!!」

 ノアが叫ぶ。

「うおおっ!? なんか赤いのが目に〜〜!」

 さらにノアは、フォークを落としてしまい、今度は手づかみでスパゲティをわしづかみ!

「もっしゃもっしゃ……ん〜〜っ、なんか、うまくたべれない〜〜!」

 両手も、口のまわりも、ケチャップでまっかっか!

 そこへ偶然、新聞を読みながら入ってきたパパが絶叫した。

「うわっ!? な、なんだこのケチャップ怪獣は!!」

「ち、ちがうの! この子、あのっ……記憶喪失だから! 食べ方忘れちゃってるだけでっ!」

 のび太が必死に取り繕うと、ママはあきれたように笑いながら、ふきんを手に持ってやってきた。

「もう、しょうがないわね〜。ほら、拭いてあげるからじっとしてて」

 ノアは口の周りを拭かれながら、なぜか気持ちよさそうな顔をしていた。

「のびた、もういっかい、くるくるってやってみて?」

 のび太がそっとフォークを持ち直し、くるくると麺を巻いてみせた。

「ほら、こうやって……くるくるってね!」

 ノアはじっと見つめてから、自分のフォークを持ち直した。

「えっと……くるくる……こう?」

 おそるおそる手を動かして——

「おお〜〜〜っ! まいた!!」

 今度はちゃんとスパゲティがフォークに巻きついている。

 ノアはうれしそうに、ぱくりと一口食べた。

「……おいしい!!」

 その顔は、星が飛び散るような満面の笑顔だった。

「ありがとう、のびた!」

「えへへ……どいたしまして!」

 テーブルの上には、やさしい空気と、ケチャップの香りがふんわりと広がっていた。

 ママは台所の片隅からその様子を見つめ、ふっと笑った。

「……不思議な子ね。でも、なんだかあったかい気持ちになるわ」

 ドラえもんはケチャップまみれの顔で、おしぼりを受け取りながらつぶやいた。

「こっちは、あったかいっていうか……むしろアツアツだよ……!」

 一同、どっと笑い声が弾ける、夕暮れのキッチンだった。

 

            *

 

 夜。

 窓の外では虫の声がしんしんと響き、のび太の部屋にも、むわっとした夏の空気が流れこんでいた。

 床の上には、二枚の布団。

 のび太とノアが、それぞれごろんと寝転んでいる。

 ……といっても、布団の上にちゃんと寝ているのは最初だけで——

「ん〜〜……あっちぃ〜……」

 のび太は、タオルケットを蹴っ飛ばして大の字に。

「むにゃ……あち……ふにゃ……」

 ノアも、頭と足の向きが逆になっていた。

 両手は枕を乗り越えて、まるで空でも飛んでいるかのよう。

「……なんか、寝るっていうより……転がってるだけって感じだなぁ……」

 のび太が目を半開きにしてつぶやいたそのときだった。

「……やだ……やめて……!」

 不意に、隣からかすれた声が聞こえた。

 ノアが、眉をひそめてうなされている。

「……こないで……いや……こわい……!」

「えっ……ノア……?」

 のび太はぱちっと目を覚まし、身体を起こした。

 ノアの額には汗がにじみ、手足がびくびくと震えている。まぶたをぎゅっと閉じたまま、何かを必死に振り払うように身をよじっていた。

「ノアっ、大丈夫!? ノアっ!」

 のび太は慌てて身体をゆすった。

「ノア、起きて! ノア!!」

 その声に反応するように——

「ど、どうしたの!?」

 押し入れのふすまがガラッと開いて、ドラえもんの顔がひょこっと出てきた。目に寝ぐせの跡がついている。

「ノアが……なんか、悪い夢見てるみたい……!」

 のび太が振り返って言ったそのとき、ノアが急に目を見開いた。

「はっ……!」

 息を切らしながら、ノアはがばっと身体を起こし、何かを確かめるように辺りを見回した。

 そして——

「のびたぁ……!」

 ノアはのび太にぎゅっとしがみついた。

 小さな手が、のび太の体にしがみついてくる。

「……なんか、こわい夢、見たよ……」

 声はふるえていて、まるで今にも泣き出しそうだった。

 のび太は一瞬、驚いたように固まったが、すぐにそっとノアの背中に手を回した。

「……もう大丈夫。ここにいるよ」

 その声に、ノアは少しずつ落ち着いたように、くったりとのび太にもたれかかった。

 ドラえもんは押し入れの中から出てきて、静かに二人を見つめた。

 普段とは違う真剣な表情。

「……やっぱり、なにかあるのかな。ノアには……」

 のび太も、黙ってうなずいた。

 月明かりだけが、そっと三人を照らしていた。

 ——不安の影が、少しずつ忍び寄っていることを、

 まだこのときのび太たちは、はっきりとは知らなかった。

 

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