「ぎゃあああああああっっっ!!!」
けたたましい叫び声で、のび太は飛び起きた。
「な、なにっ!? 火事!? 怪獣!? えっ、テスト!?」
「ちがう! もっと怖いものだよ!!」
顔面を真っ青にしたドラえもんが、のび太の腕をがしっとつかんで震えている。
「ど、どしたのドラえもん……!?」
「み、見てよっ、あれぇぇえええええ!!」
のび太が指さす先を見てみると……そこには、どら焼き型のふよふよ生物『どら焼きマン』たちが、増えて草むらで集まっていた。
が——
「ひえええっ!! ネ、ネズミィィィィィ!!」
さきほど『おためし生物』として出された中の一種、チョロチョロとすばしっこく動く小型ネズミたちが、どら焼きマンたちの匂いにつられて集まってきていたのだ。
「や、やばい、やばい、やばいっ! ぼくのどら焼きマンがっ! た、食べられちゃうぅ〜!!」
「ちょ、落ち着いて!」
のび太があわてて止めようとするが、時すでに遅し——
「こ、こうなったら最終手段だっ!!」
ドラえもんはポケットをごそごそとかき回し、
「『地球破壊爆弾』〜〜〜っ!!!」
一瞬、その場の空気がピーンと張りつめる。みんなの顔が一気に青ざめ、のび太も思わず固まった。
「ちょっと待ったーーーーっ!!!」
光がきらめき、スパークが空から飛び降りてきた。
「やめろやめろやめろやめろ!!! ネズミ退治に地球壊すとかどういうバランス感覚してんのさっ!」
「だってネズミだよ!? こわいんだよ!? もうあいつらは絶滅していいよぉ!!」
「うわああああああんっ、やめてぇぇぇ〜〜!!」
のび太も必死でドラえもんにしがみつき、爆弾を取り上げる。
「と、とにかく、ネズミを追っ払おうよっ!」
「それができるなら苦労しないよぉぉぉ!!」
だが、その騒ぎに驚いたのか、ネズミたちはピョンピョンと逃げるように草の中へ消えていった。
「はあ……はあ……命拾いした……地球が……」
スパークが空中に浮かびながら、ぐったりと座り込んだ。
「も、もう……やっぱり防犯対策しておかないと……!」
ドラえもんは涙目でポケットをごそごそし、手のひらサイズの小さなロボットを取り出した。
「『ガードマンロボット』!」
ポンッ!という軽い音とともに、ドラえもんの手のひらから飛び降りる。警察官のような帽子をかぶった、小柄でずんぐりした体型。目はきらりと光っていて、胸にはバッジが光っていた。
「よし……次にネズミが来たら、びしっと追い払ってね……お願いだから……!」
ガードマンロボットは敬礼のポーズを取ると、どら焼きマンたちの周りを巡回しはじめた。
その様子を、少し離れた木陰から、ノアがじっと見つめていた。
目をぱちくりとさせながら——でも、どこか、その光景を何かの断片のように、深く刻みつけているような、静かなまなざしだった。
夕暮れのようなやわらかい光が草原を染める中、空の彼方からプロペラ音が近づいてきた。
「おーいっ!! 帰ったぞーっ!!」
「たっだいまーっ!!」
「ふふん、お待たせ〜!」
「ジャイアン! しずかちゃん! スネ夫!」
のび太が手を振ると、3人はそれぞれ満足げな顔でタケコプターで降りてきた。
「聞けよ! オレの『火山ドームエリア』、マジでスゴいんだって!!」
真っ先に胸を張ったのは、もちろんジャイアン。
「山ってレベルじゃねえぞ? ドッカーン!って火が吹く火口が3つ! マグマの川がぐるっと流れてて、真ん中に『バクゴンのすみか』も作った!」
「えぇぇ!? すみかあるの!?」
のび太が驚く。
「もちろんだ! 自動的に溶岩風呂がわくんだぞ! 男のロマンだろ!!」
「熱すぎて住めないよぉ……」
ドラえもんがぶるぶる震えた。
「まぁ……わたしのエリアとは、正反対ね」
しずかがにっこりと笑いながら言った。
「『グリーンガーデンレイク』って名づけたの。森と湖が中心で、風の通り道には白い花が咲いててね……モサモサンたちが暮らしやすいように、ふかふかの草原も広げておいたの」
「それ、絶対ヨワリン向きじゃん……」と、のび太がぽそり。
「湖の真ん中に小さな島を作ったら、なんだか見たことないアヒルっぽい生き物が勝手に踊ってたのよ〜。スパークのおためし生物かしら? もう、かわいくって! モサモサンも、じーっと見てて……なんだか気に入ってたみたい。」
スパークは目を丸くして叫んだ。
「えっ、もうそこまで行ってたのか!? まあ、モサモサンが気に入ってたなら平気だな!」
「ふっふっふ。お待ちかね、都市設計師スネ夫様のターンだ!」
スネ夫が前髪をかき上げながら一歩前に出る。
「その名も、『オアシスシティ・サバクゾーン』!! 砂漠と文明の融合さ!」
「名前だけは、やけにカッコいいね……」
ドラえもんが小さくぼやく。
「砂漠の中に、ちゃんと井戸と市場もあるんだ。あと、ハニワルたちが建設中の石の塔もあってね……まさに知性の花咲く不毛地帯!」
「……なんか、言ってることちぐはぐじゃねぇか?」
ジャイアンが眉をひそめる。
「しかも、砂嵐がときどき来るんだけど、それを見張る『予知タワー』を建てておいたのさ。……もちろん、ちゃんとは動かないけどね。雰囲気重視ってやつ!」
「予知って何さ!? 未来でも見えるのか!?」
スパークが目を白黒させていた。
みんな思い思いに自分のエリアを語り合い、草原にはにぎやかな笑い声が響いた。
けれど、空の色は次第に赤く染まり、箱庭の時間もゆるやかに終わりに近づいていた。
「……そろそろ、今日はおしまいにしましょうか」
しずかが小さく言うと、みんなが少しだけ名残惜しそうに顔を見合わせた。
「ふぁ〜……オレ、今日マジで頑張ったしな……」
ジャイアンが大あくびををする。
「ボクも……明日こそ、文明開化だ……」
スネ夫はどこか夢うつつ。
「ヨワリンも……そろそろ、眠たいのかな……」
のび太がしゃがみこみ、小さな青い生き物をそっと抱き上げた。
隣でノアもそっと手を添え、ぬくもりを感じるように目を細めた。
「じゃあ、いったん解散! 明日、また集合なっ!」
スパークが手をぐるぐる回して、空へジャンプする。
——こうして、にぎやかな一日が幕を閉じた。
それぞれの想いと、生まれたばかりの世界を胸に秘めて——
仲間たちは、箱庭の夜に別れを告げた。
*
夕焼けが差しこむ、のび太の部屋。
床の上には、さっきまで入っていた箱庭ランドの箱がぽつんと置かれている。外はすっかり静かで、虫の声がかすかに響いていた。
「ふぅ〜……やっぱ、疲れた〜……」
のび太はごろんと床の上に寝転んだ。
その横では、ノアが部屋の中をきょろきょろと見回していた。
押し入れ、本棚、机、天井……見るものすべてが珍しいらしく、目をきらきらとさせている。
「ねえ、これなに?」
ノアはふいに、机の端に置かれた鉛筆立てを指さした。
「ん? ああ、それ? えんぴつっていって……勉強するときに使う道具だよ」
「ふーん、べんきょう……ってなに?」
「えっ、えーっと……うーん……まあ、なんかこう……字とか、数とか、覚えるやつ!」
「ふーん……なんか、むずかしそう」
ノアは鉛筆を一本そっと手に取って、くるくると回してから元に戻した。
次に向かったのは、棚の上に置いてある地球儀だった。
「これ、なに? まるい!」
「えっ、ああ、それは地球っていうんだ。ぼくらが住んでる星の模型ってやつ」
「ちきゅう……へええ、まるいんだ〜」
ノアは地球儀を両手でそっと抱えて、まるで宝物のように見つめた。
その無邪気な仕草に、のび太は思わず笑ってしまう。
「へへ……ノアって、なんか赤ちゃんみたいだな」
「えへへ〜。だって、なんにもおぼえてないし」
その時だった。
ノアがふと、本棚の前に立ち止まった。
ぎっしり詰まった本の背表紙を、ひとつずつ指でなぞるように見つめていたが——
「これ、なにが書いてあるの?」とつぶやきながら、本を一冊、そっと引き抜いた。
すると——
本の隙間から、ひらりと一枚の紙が舞い落ちた。
「……あれ? これ、なに?」
「えっ!!」
のび太があわてて飛び起きた。
ノアが手にしていたのは——
「や、やめて! それは見ちゃダメ〜〜!!」
「えっ? どうして?」
ノアは不思議そうに、0点と大きく赤い丸がつけられたテストの紙を見つめていた。
くしゃくしゃの角、消しゴムで消した跡、ところどころの落書き。まるで戦いの痕のようだった。
「こ、これは……その、うーん……えっと、ぼくがちょっとだけ、うっかり……ね?」
のび太は顔をまっかにしながら、そそくさと紙を取り上げて机の奥に隠した。
「それ、たいせつなの?」
「だ、だいじじゃない! というか、ぜんぜんちがう!」
ドラえもんがくすっと笑って口をはさんだ。
「ある意味、のび太くんの歴史資料かもね」
「いらないよそんな資料ーっ!!」
「そっか〜」
ノアは首をかしげながらも、にこにこと笑っていた。
そして、ポン、と床の上にぺたりと座って言った。
「でも、のびたって、おもしろいね。ヨワリンにやさしいし、ふわふわしたのつくるし、変な紙ももってるし!」
「変な紙言うなーっ!」
のび太が頭をかきながら叫んだ、そのとき——
「……ねえ、のびた……」
「ん?」
「おなか、へった〜……」
ノアは自分のお腹をぽんぽんと叩きながら、ちょっと困った顔をした。
まるで「ごはんって、どこで出てくるの?」と言いたげだ。
「ええっ!? そっか、まだなんにも食べてないんだ……!」
のび太も慌てて立ち上がる。
「う〜ん……台所に行けば、なんかあるかも!」
「いこういこう〜!」
ノアはうれしそうにのび太の手をぎゅっと握った。
「じゃあ、ドラえもんも行こ!」
「ぼくもお腹が空いてきたよ〜」
3人はそろって部屋を出て、階段をトントンと下りていった。
そして、台所の入口にさしかかった、そのとき——
「まあ、のび太。どこにいたの……って、あら?」
のび太のママが、ふきんを手に立っていた。
視線の先には、にこにこと笑う金髪の少年。
「まぁ〜〜、可愛い子! どこの子? え? え? えぇ〜〜〜!?」
ママの目がまるで漫画のようにぐるぐるしはじめる。
「え、え、えっとぉ……ちがっ……その……」
のび太が汗をだらだら流しながら振り返ると、ドラえもんがさっとポケットに手を入れた。
「よし、こういうときはこれだっ! 『催眠グラス』〜!」
ドラえもんは素早くママの目の前で眼鏡をかけた。
「ママ、この子はね……親戚の子だよ。今日から泊まりに来てるの、忘れたの?」
ママは一瞬きょとんとしたが、すぐに「……あら、そうだったわね!」と笑顔に戻った。
「のびちゃんったら、ちゃんと教えてくれなきゃダメじゃない。夕飯、いま作ってるところなの。スパゲティでいいかしら?」
「う、うんっ! ありがとうママ!」
のび太は、心の中でドラえもんに五億点のありがとうを送った。
やがて——
台所のテーブルには、湯気の立つスパゲティが並べられた。
のび太、ドラえもん、ノアが席につき、ママは笑顔でその様子を見守っている。
「いただきま〜す!」
のび太がフォークを手に取り、くるくると麺を巻きつけて口に運ぶ。
その隣で、ノアはスパゲティをじーっと見つめていた。
「……これ、どうやってたべるの?」
「え? ……あ、フォークこうやって持って、くるくるって巻いて……」
のび太が実演してみせるが、ノアはぎこちない手つきでフォークをにぎり、
「うーん……くるくる……? あれ……? まきまき……」
ブシュ!
「うわっ!」
勢いあまってスパゲティが飛び、ドラえもんの顔にケチャップがベチャッ!!
「わっ!? ドラえもんごめん〜〜!!」
ノアが叫ぶ。
「うおおっ!? なんか赤いのが目に〜〜!」
さらにノアは、フォークを落としてしまい、今度は手づかみでスパゲティをわしづかみ!
「もっしゃもっしゃ……ん〜〜っ、なんか、うまくたべれない〜〜!」
両手も、口のまわりも、ケチャップでまっかっか!
そこへ偶然、新聞を読みながら入ってきたパパが絶叫した。
「うわっ!? な、なんだこのケチャップ怪獣は!!」
「ち、ちがうの! この子、あのっ……記憶喪失だから! 食べ方忘れちゃってるだけでっ!」
のび太が必死に取り繕うと、ママはあきれたように笑いながら、ふきんを手に持ってやってきた。
「もう、しょうがないわね〜。ほら、拭いてあげるからじっとしてて」
ノアは口の周りを拭かれながら、なぜか気持ちよさそうな顔をしていた。
「のびた、もういっかい、くるくるってやってみて?」
のび太がそっとフォークを持ち直し、くるくると麺を巻いてみせた。
「ほら、こうやって……くるくるってね!」
ノアはじっと見つめてから、自分のフォークを持ち直した。
「えっと……くるくる……こう?」
おそるおそる手を動かして——
「おお〜〜〜っ! まいた!!」
今度はちゃんとスパゲティがフォークに巻きついている。
ノアはうれしそうに、ぱくりと一口食べた。
「……おいしい!!」
その顔は、星が飛び散るような満面の笑顔だった。
「ありがとう、のびた!」
「えへへ……どいたしまして!」
テーブルの上には、やさしい空気と、ケチャップの香りがふんわりと広がっていた。
ママは台所の片隅からその様子を見つめ、ふっと笑った。
「……不思議な子ね。でも、なんだかあったかい気持ちになるわ」
ドラえもんはケチャップまみれの顔で、おしぼりを受け取りながらつぶやいた。
「こっちは、あったかいっていうか……むしろアツアツだよ……!」
一同、どっと笑い声が弾ける、夕暮れのキッチンだった。
*
夜。
窓の外では虫の声がしんしんと響き、のび太の部屋にも、むわっとした夏の空気が流れこんでいた。
床の上には、二枚の布団。
のび太とノアが、それぞれごろんと寝転んでいる。
……といっても、布団の上にちゃんと寝ているのは最初だけで——
「ん〜〜……あっちぃ〜……」
のび太は、タオルケットを蹴っ飛ばして大の字に。
「むにゃ……あち……ふにゃ……」
ノアも、頭と足の向きが逆になっていた。
両手は枕を乗り越えて、まるで空でも飛んでいるかのよう。
「……なんか、寝るっていうより……転がってるだけって感じだなぁ……」
のび太が目を半開きにしてつぶやいたそのときだった。
「……やだ……やめて……!」
不意に、隣からかすれた声が聞こえた。
ノアが、眉をひそめてうなされている。
「……こないで……いや……こわい……!」
「えっ……ノア……?」
のび太はぱちっと目を覚まし、身体を起こした。
ノアの額には汗がにじみ、手足がびくびくと震えている。まぶたをぎゅっと閉じたまま、何かを必死に振り払うように身をよじっていた。
「ノアっ、大丈夫!? ノアっ!」
のび太は慌てて身体をゆすった。
「ノア、起きて! ノア!!」
その声に反応するように——
「ど、どうしたの!?」
押し入れのふすまがガラッと開いて、ドラえもんの顔がひょこっと出てきた。目に寝ぐせの跡がついている。
「ノアが……なんか、悪い夢見てるみたい……!」
のび太が振り返って言ったそのとき、ノアが急に目を見開いた。
「はっ……!」
息を切らしながら、ノアはがばっと身体を起こし、何かを確かめるように辺りを見回した。
そして——
「のびたぁ……!」
ノアはのび太にぎゅっとしがみついた。
小さな手が、のび太の体にしがみついてくる。
「……なんか、こわい夢、見たよ……」
声はふるえていて、まるで今にも泣き出しそうだった。
のび太は一瞬、驚いたように固まったが、すぐにそっとノアの背中に手を回した。
「……もう大丈夫。ここにいるよ」
その声に、ノアは少しずつ落ち着いたように、くったりとのび太にもたれかかった。
ドラえもんは押し入れの中から出てきて、静かに二人を見つめた。
普段とは違う真剣な表情。
「……やっぱり、なにかあるのかな。ノアには……」
のび太も、黙ってうなずいた。
月明かりだけが、そっと三人を照らしていた。
——不安の影が、少しずつ忍び寄っていることを、
まだこのときのび太たちは、はっきりとは知らなかった。