ドラえもん のび太とAIの子   作:マタタビネコ

6 / 28
第6話 ノアの大冒険

 朝の光が、淡い緑のカーテン越しにやわらかく部屋に差し込んでいた。

 ノアは、勉強机の上でちょこんと腰を下ろし、外の景色をじっと見つめていた。

「……すごい……あれ、なに?」

 彼の視線の先には、青空をゆっくり横切っていく白い飛行機。

 ごぉぉぉ……と、小さく音も聞こえてくる。

 その下では、自転車に乗ったおじさん、買い物袋を下げたおばさんが行き交っている。

「いろんな人が……いっぱい……」

 ノアは、ガラス越しに額をぺたりとつけると、今度は庭を歩く一匹の猫に目を留めた。

「わぁ……かわいい……!」

 猫が木の下で伸びをすると、そのままふにゃ〜っと座り込む。

 すると今度は、通りの向こうからトコトコと歩いてくる小型犬が、しっぽをふって近所のおじさんにじゃれついた。

「へえ〜……いろんなのが動いてるんだね」

 ノアは、まるで世界のすべてが宝石みたいに見えるような顔をして、目を輝かせていた。

 ——そのとき、玄関のほうから声が響いた。

「おーーーい、のび太ーーー!!」

「やっほー!」

「おはよう、のび太さん!」

 ドタバタとにぎやかな足音とともに、玄関のチャイムも鳴る。

「わっ、みんな来たみたいだよ!」

 のび太はバタバタと部屋を飛び出していく。

「きっとジャイアンたちだね。ぼくも行ってみるよ」

 ドラえもんもあとを追った。

 バタバタバタ……と階段を下りていく音が響き、部屋の中は一瞬だけ静かになった。

 

 ——数分後。

「じゃ、2階あがるかー!」

「ノアくんにも会ってみたかったしね!」

「うん、びっくりさせないようにしなきゃ……」

 3人が階段を上る声と共に、のび太とドラえもんもいっしょに部屋へ戻ってきた。

「ただいまー、ノア〜! みんな来てくれたよ!」

 ガタッと扉を開けて、のび太たちが部屋に入る。

 だが——

「……あれ?」

「え? ……いない?」

 布団は畳まれたまま、窓も少し開いている。でも、ノアの姿はどこにもなかった。

「ノア……?」

 のび太がきょろきょろと辺りを見回す。

 そのとき、しずかが窓のそばに駆け寄った。

「……あっ!」

 彼女の目が、大きく見開かれる。

「ノアくん、外にいるっ!! あっちの通りを走って……!」

「ええっ!? ま、まさか……勝手に出てっちゃったの!?」

 のび太が青ざめて声を上げる。

「これはマズいんじゃねーか!?」

「えぇ〜? 本気で追いかけるのぉ?」

 ジャイアンが一番に飛び出し、スネ夫もしぶしぶ後を追う。

「お〜い待ってってば〜〜!」

 のび太も慌てて廊下を駆け抜ける。

「ドラえもん、道具! なんか道具出して!」

「うわっ、うん、ちょっと待ってぇ!」

 5人は家を飛び出し、ノアの姿を求めて町へと走っていった。

 

「えーい、『たずね人ステッキ』、ノアの場所を教えて!」

 ドラえもんがステッキを立てると、パタンと倒れて、細い路地の方向を指し示した。

「ほら、こっちこっち!」

「ほんとに当てになるの? それ、的中率70パーセントだったよね?」

「きみ、70パーセントがどれだけ高いか分かってないな? テストなら優秀な方だよ?」

 のび太が半信半疑で、今度は自分でステッキを立ててみる。倒れた先は——反対方向。

「ほら見て! やっぱりさっきのはウソ方向だったんじゃ……」

「いやいや、ちょっと風が吹いただけだよ、風!」

 ドラえもんがしれっと言い訳する中、ステッキの先から数十メートル先に、ふわふわと動く小さな影が。

「あっ! ノアだ!」

 のび太の声に、ドラえもんも身を乗り出す。

 ノアはスズメを追いかけて、公園の方へぴょんぴょんと走っている。

 クリーム色のシャツと水色のパンツが、風にはためいてちらちらと揺れていた。まるで風に誘われて踊っているようだった。

「ちょっと待って、車道の方行ってない!?」

 のび太の声が裏返る。

 ノアはまるで散歩でもしているかのように、ふらりと縁石の前で立ち止まると——

 ぴょん、と軽く足を出して、縁石をまたいだ。

 その先は、交通量の多い車道。

「ノアーっ、あぶないっ!!」

 のび太が叫んだ、その刹那——

 キィィィィィィィィ……ッ!

「ダメよ、坊やっ!!」

 通りすがりのおばちゃんが、ほとんど反射的にノアの肩を後ろに引いた。

 直後、ノアの目の前を

 ブゥン!!

 という爆音とともに車がすれすれで通過。

 クラクションが耳をつんざいた。

 のび太とドラえもんは、数十メートル先で固まっていた。

 思わず足がすくみ、声も出ない。

「は〜〜〜……心臓止まるかと思った……」

 ドラえもんが汗をぬぐいながら、目を丸くする。

 ほっとしたのも束の間、ノアはまたチョウチョを見つけたらしく、公園の奥の茂みにふらふら入っていってしまう。

「ま、待ってノアーっ!」

 のび太たちが駆け出すが、横から曲がってきたトラックに遮られ、一瞬視界を失う。

「ノアー! 返事して〜っ!」

 

「ノアくん、どこに行っちゃったの……?」

 しずかは、息を弾ませながら人混みの中を見回していた。日曜の商店街は、家族連れや買い物客でごった返している。

 そのときだった。向こうのショーウィンドウの前、ガラスにぺたりと顔を近づけている小さな後ろ姿。

「……いた!」

 ノアは宝石店の前でじーっと立ち尽くしていた。ガラスの向こうには、キラキラと光を反射するネックレスやイヤリングが並んでいる。

「これ、なんだろ……」

 ノアは呟くように言いながら、ガラス越しに指をちょんちょんとつついた。

 すると、横を通りすぎた子どもが、うれしそうにアイスキャンディーを舐めていた。ノアは目をぱちくりとさせ、そちらへふらりと歩き出す。

「まって……ノアくん……!」

 しずかが手を伸ばしかけた瞬間——

 ノアはそのまま子どもを追うように、混雑する通りの中へ。

 ベビーカーを押すお母さん、ショッピングカートを引くおじさん、荷物をかかえた人たち……何度も人とぶつかりそうになりながら、ひらひらとかわして進んでいく。

「あっ、危ないっ!」

 ノアの足先を、カートの車輪がギリギリでよけていった。しずかの心臓がきゅっと縮む。

 ノアはそれにも気づかず、角の八百屋の前で立ち止まった、アイスの子どもを見つめている。

 しずかが駆け寄る。

「ノアくんっ!!」

 声を張り上げた——その瞬間。

 店先の呼び込みの声や、商店街のざわめきにかき消されて、ノアはまったく気づかず、するりと曲がり角の裏路地へと消えていった。

「……ううっ、もう少しだったのに……!」

 しずかはその場にしゃがみこみそうになりながら、懸命に息を整えた。

 

「見ろよスネ夫、あれノアじゃねーか!?」

 ジャイアンが指差した先、川沿いの歩道の先——

 そこに、ひとりの少年がしゃがみこんでいた。

「ほんとだ……なにしてんだ、あいつ……」

 スネ夫が双眼鏡を構える。

 ノアは、川辺のベンチに寝そべっていた猫を見つけていた。

「ねこ……!」

 そろりそろりと、猫に近づく。猫はちらりとノアを見たあと、ひょいとベンチから飛び降り、スタスタと斜面のほうへ歩き出した。

「まって……」

 ノアはそのまま、猫のしっぽを追って川岸の斜面を降りはじめた。

 足元の草は朝露でしめっていて、ずるり。

「うわあっ……!」

 すべった、と思いきや——ノアはおしりから滑りおり、そのまま芝の坂道をスライダーのように滑走。

「きゃはははっ!」

 草の上をすべっていくノアの声が、川沿いに響いた。

「おいおいおい、川に落ちるってば!!」

 スネ夫が双眼鏡の奥で絶叫する。

 ノアは、そのまま笑いながら斜面を加速する。

 草のすべり台は予想以上に傾斜があり、スピードはどんどん上がっていく。

「止まんない!? うそ、うそ、止まってよ〜〜〜!!」

 スネ夫が頭をかかえる。

 もうすぐそこに、水面がちらちらと光る川。

 ノアの手が、泥の地面に触れたその瞬間——

 ズルッ!

 小さな体が、さらにぬかるみにすべりこむ——!

 ……と、ぎりぎりのところで、ノアは前のめりに手をつき、ようやく止まった。

「うわっ……なにこれ……」

 ノアはびしょびしょの土に手を突っ込み、ぽかんと目を丸くしていた。

「ちょっと待ってろ! 今助けに——」

 ジャイアンが地響きを立てて走り出した、その瞬間。

 ノアは立ち上がると、ぬかるみの感触を靴で確かめるようにぐにゅぐにゅ踏んで、

 また猫を追って川沿いの小道を歩き去っていった。

「あっ! おい待てってば!」

 ジャイアンの声もどこ吹く風。ノアはふらふら、違う世界にいるみたいに進んでいく。

 スネ夫は双眼鏡を下ろして、ため息。

「……まるで忍者かよ、アイツ……」

 

「しましまの棒……」

 ノアは細い指で、黄色と黒のしましま模様のバーをそっとなぞった。

 その向こうでは、クレーンがのしのしと動いている。大きなトラック、積み上がった鉄骨、そしてどこかで鳴る警告音。

 ノアの目は、まるでおもしろそうな遊び場を見つけた子どものように、きらきらと輝いていた。

「なんだろ……中、たのしそう」

 まるで遊び場を見つけた子犬のように、ノアはふらりとバーの下をくぐり抜けた。

 足元に小石が転がり、砂ぼこりが舞う。目の前には、広々とした工事現場が広がっている。

 クレーンが大きな鉄骨をゆっくりと吊り上げているのを見て、ノアはふらふらとその下へと近づいていく。

「なんか……飛んでる……?」

 無垢な瞳が、空高く吊られた鉄骨を見上げた、その瞬間——

 クレーンのワイヤがピンッと鳴った。

 風にあおられて、つり下がった鉄骨がぐらぐらと揺れる。

 一瞬、動きが止まったかと思うと——

 バキィィン!!

 鋼鉄のワイヤーが突然はじけ飛び、鉄骨が宙を切って落下し始めた——!

「わぁっ!」

 ノアは反射的にしゃがみこんだが、その上空、鉄の束がまるで雨のように迫ってくる。

 その時、赤い影がすっと滑り込む。

「オレの出番ってわけだな……!」

 真紅のフード付きマントをまとった人物が、突風のように舞い降りた。

 手にした一枚の薄布を、ふわりと宙にかざすと——

「スッ……!」

 布が風を裂くようにしなり、空から落ちてきた鉄骨を次々とはね返していく。

 触れた鉄が、まるで風に押されたように軌道を逸らされ、地面に転がった。

 その動きは、まるで風と踊るような不思議な舞だった。

 しかし——

「……あっ」

 最後の一本が、ノアのすぐ頭上めがけて真っ直ぐに迫っていた。

 その瞬間、別の赤い影が飛び込んだ!

「ボールはアミーゴ(友達)!!」

 弾丸のように飛んだサッカーボールが、ゴォン!と音を立てて鉄骨を打ち抜くように逸らす。

 鉄の塊は地面にめり込み、火花を散らした。

 ノアはその場にへたり込んだ。ひざが震えて立てない。土煙の中で、ただぼうぜんと空を見上げる。

 やがて、マントの二人がノアのもとに歩み寄る。

 ひとりは腰に手を当てて、やれやれと首を振った。

「まったく、こんなところで遊んでちゃ危ないぜ!」

 もうひとりは、にこりと微笑んでノアの前にボールを差し出す。

「キミ、だいじょうぶ?」

「……う、うん」

 ノアは恐る恐るそのボールを受け取った。少し温かい気がした。

 抱きしめると、胸の奥にふっと灯りがともるような感覚が広がった。

「ありがとう……」

 ノアが小さく呟くと、赤いマントの二人は顔を見合わせ、片方がウィンクを送った。

「また会おうね!」

 それだけを残して、二人は鉄柵の外へと消えていった。

 風にひらめく真紅のマント。名も告げず、姿も見せず——

 けれどその背中は、どこか懐かしい『誰か』を思わせるものだった。

 ノアはサッカーボールを胸に抱いたまま、小さく呟いた。

「……なんか、すごかった……」

 彼の肩はまだ震えていたが、ボールを抱きしめたまま、ほんの少しだけ呼吸が静まっていくのがわかった。

 ノアがまだ肩を震わせたまま、サッカーボールをぎゅっと胸に抱いていたその時だった。

「ノアーっ!!」

 遠くから、砂ぼこりを上げて走ってくる声が聞こえた。

 のび太、ドラえもん、しずか、スネ夫、ジャイアン——みんなの声だ!

 ノアは顔を上げ、ボールを抱きしめたまま、ふらりと工事現場の外へと歩き出す。

 柵をくぐり抜けたその先で、みんなが一斉に駆け寄ってきた。

「無事だったんだね……!」

 のび太が息を詰まらせたまま、ノアに手を伸ばす。

 ノアは少し間をおいて、ふっと笑った。そして胸のサッカーボールを見せるように差し出した。

「やさしい人たちが、たすけてくれたんだよ」

 その声は、まだ少し震えていたけれど、瞳の奥にはちゃんとした光が宿っていた。

 けれど——

「ノアーーーーッ!!!」

 突然、雷のような怒声が飛んだ。見ると、ドラえもんが顔を真っ赤にして立っていた。鼻息は荒く、目はつり上がり、まるで鬼のような形相。

「なに考えてるんだ!! こんな危ない場所に勝手に入って! しかも一人で! みんながどれだけ心配したと思ってるんだよ!!」

 ノアはビクリと肩を震わせ、まるで落雷のような怒りに押しつぶされそうになる。そして、反射的にのび太の後ろに隠れた。

「……ご、ごめんなさい……」

 小さな声が、のび太の背中越しにこぼれる。

「ちょ、ちょっとドラえもん、こわすぎだよ! ノア、ほんとに反省してるんだからさ……」

 のび太はあわてて手を広げ、ドラえもんの前に立ちふさがった。

「そ、そうよ。ノアくん、ほんとに怖かったんだから……」

 しずかも心配そうに言葉を添える。

 ドラえもんは、ぎゅっと歯を食いしばりながら、ノアの顔をちらりと見た。

 そして、大きく息を吸って——

「……もう、絶対、ひとりで行動しちゃダメだからね」

 と、今度は小さな声で言い直した。

 ノアはそっとのび太の袖をつかみながら、かすかにうなずいた。

 そして、誰もいないはずの空の彼方を、もう一度だけ、サッカーボールを抱えたまま見上げた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。