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「ところでデートのとき、どんな服を着ていけばよろしいかしら?」
「……ええと」
本日のトレーニングも終わって、トレーナー室で軽くミーティングも終えたタイミングの不意打ちだった。
彼女の強引さや無理難題にそれなりに付き合ってきた自覚のある身としては、構えてしまう質問だ。慎重に答えねば、と一瞬の思考に潜っていく。
ぎゅっ、ぎゅっ、とハンドグリップの軋む音を室内に響かせながら、俺の回答を待つジェンティルドンナ。今日はえらく悠長に待ってくれている、気がする。
「……それは誰かと……婚約者候補と行く予定? としたら、君はいつも通り君らしく着飾ればいいんじゃないか? 誰かの意見で曲がるほど、君は安くはないだろう?」
「あら……ほほほ」
優雅な所作で口元を隠しながら微笑むジェンティルドンナ。気を持たせてくる彼女の態度に、安堵よりも不安が勝つ。
瞬間、ばつん! とハンドグリップが弾けて壊れた。最近は力のコントロールに意識を割いていたこともあって久しぶりの破損だ。そうは言いつつトレーニング器具を日用消耗品の在庫のようにストックしているのは、トレセン広しといえどもウチくらいだろう。
閑話休題。
失礼、と言ってジェンティルドンナがソファから立ち上がり、壊れたハンドグリップを俺の執務机の上に置いた。
それを回収しようとした俺の手に、ジェンティルドンナの手がそっと重ねられる。握ることも、繋ぐこともなく、ただ俺の手の甲に彼女の手のひらが乗せられただけの接触。
「あなたの意見はもっとも。けれど、いじらしくもかわいらしい顔を見せた相手に対して、少しつめたくなくて?」
「そうかな。君には華があるし、自己管理もできている。なにをそんなに不安に思っているんだ?」
「…………不安?」
すん、とジェンティルドンナの表情が消えた。
美人の無表情は圧がすごい。それがジェンティルドンナともなれば、視線だけで腰を抜かす人もいるだろう。
そしてその圧は、俺へと説明を求めているようだった。どうやら俺の言った「不安」というワードがお気に召さなかったらしい。
「君は君が思うよりずっと精神的に幼いよ。野心と克己心を両立させて叩き上げるのは凄まじいとは思うけど、そのせいで育つべき情緒が無垢すぎるきらいがある」
揺るがぬ心。折れず貫く信念。
燃える野心と凍える理性。
強い心と誰もが言う。俺もそう思う。
しかしその強さにはしなやかさがない。いや、思考の柔軟性がないという意味ではない。余裕、あるいは暇、もしくは無駄がないという意味だ。
「ジェンティル。君は、そのデート相手のことを恐れている」
「なにをばかな」
「そうか? いつもの自分じゃ優位に立てないと思ったんだろう。だから俺の意見に動揺してハンドグリップが壊れた」
「これはたまたま……」
「そして君は、俺の手を握らなかった。動揺した事実を咄嗟に受け入れられず、文句を言おうと俺の手を取ろうとして、それができなかった。潰してしまうと思ったから」
ジェンティルドンナは、黙った。
図星を突かれたから、というよりは自己分析している様子だった。俺の推理が正しいのか、自分の心と向き合っている。
「君は、彼を好きになったんだ」
「…………」
「君の心にはいつだって【最強】という在り方があった。そうあれかしとはならず、ただ実直に【最強】であることを証明し続けた。だからこそ、そうではない自分の在り方がわからないんだ」
「…………」
「それは弱さじゃない。心のパラダイムシフトだ」
「…………」
「君の野心と克己心が同居するように。【最強】のジェンティルドンナとそうじゃないジェンティルドンナも同居する。……ああ、でも、そうするとかなり悔しいな」
「……なにが?」
「自惚れるわけじゃないけど、君をそんなふうにするのは俺だと思ってた。――ああ、いや、勘違いしないでほしいんだけど、俺のことを好きになると思ってたとかそういう話じゃないぞ」
瞬間、みしり、と手持ち無沙汰になっていた右手からイヤな音がした。いつの間にか、重ねられていたはずのジェンティルドンナの手が、俺の手を握っていた。
そこから見上げれば、怒り、だろうか。
眉根は吊り上がり、くわ、と見開かれた鳶色の瞳には火花が散っているようにすら見えた。牙を剥き出しにするほど噛み締め、顔も赤らむほど力が籠もっている。
「あは。ふふ、ふふふふふ! ああ、そう! よくもまあ、ぺらぺらとヒトの心を知ったように暴きますのね? さぞお気持ちの良い時間でしたかしら?」
「じ、ジェンティル……お、おち落ち着いて……!」
「言うに事欠いて、お相手を好きになった?」
俯いたジェンティルドンナが今、どんな表情を浮かべているのかが伺えない。しかし、次の瞬間、握りしめられていた手が開放された。
痛みに呻いていると、ジェンティルドンナは振り返ってトレーナー室の扉へと無言で歩き始めた。爆発寸前の力を無理矢理抑え込んでいるからか、ぎちぎちと動きがぎこちない。
「ご、ごめん! 君を怒らせるつもりじゃ……!」
「怒っているように見えまして?」
バッ、と振り向いたジェンティルドンナ。
今にも漏れ出しそうになるなにかを、必死で押し留めているような……吊り上がった眉根と、潤んだ瞳。真っ赤に染まった、白磁の肌。
それは、まるで。
「お覚悟なさいませ」
本当に?
「そしてお楽しみに。あなたのジェンティルドンナがジェンティルドンナらしく、あなたのお心を鷲掴みにしてさしあげましょう!」
……ああ、こりゃまいったな。